17 湯上がり女神様
「お風呂いただきました」
(ほぉ、)
自分に取ってあまりにも見たことのない光景だったので、平然を装いながらも心の中で転がりまわっていた。
お風呂から出てきた姫奈の体からは白い湯気がたっていて、顔が薄紅色に火照っており刺激的であまりに見ていられない。
パジャマには、白色の生地にいちごのイラストが所々にデザインされていて、頭には猫のカチューシャをつけている。
姫奈は少しぼーっとしていて、無防備の状態だ。
「浸かりすぎじゃないのか」
「湊斗くんの分まで浸かってきたのでホカホカですよ」
「浸かりすぎだよ」
「湊斗くんが悪いんです」
いやなんでだよっとツッコみたくなったが、ちゃんと浸かってきてくれていたことには安心した。といっても逆に心配しそうなレベルなのだが。
「水飲むか?」
「ほしいです」
そう言ってキッチンに行き、冷蔵庫から冷やしておいた水を取り出してコップに注ぎ、隣までやってきた姫奈にそのまま手渡す。さっきよりも姫奈の匂いが増していて少し混乱する。
(相変わらずいい匂いなことで……)
水を一杯飲んでからほぉっと一息ついて、ふわ~っと満たされて緩くなっていく姫奈を見ていて、かわいいなと思う。
何だか娘を見るお父さんにでもなった気分だ。こんな異性の姿は普通は見れないし、自分自身一人っ子で育ってきたので新鮮な光景だった。
しばらくの間姫奈を見ていたら、姫奈が気づいてきょとんとしている。
「どうしたんですか?湊斗くん」
「いや、なんでもない」
「そうですか。私も女の子なので見つめられると恥ずかしいのですが」
「ごめん」
別に他意があって見ているわけじゃなかったが、改めて女の子と言われると目を逸らしてしまう。
こんな光景を見せられたら、注視しない男なんてこの世にいないレベルだ。とりあえずは、机に戻って自分のやっていたことを再開することにした。
ポチポチポチっとパソコンとにらめっこして作業をしていたら、今度は姫奈の方が見つめてくる。
「何してるんですか?」
「あぁ、まぁ維持隊の仕事だよ」
「へぇ……学校の勉強に加えて大変ですね」
「まぁそうだけど、自分が決めた道だから」
確かに治安維持隊に入ってからやることが増えて、休日に遊びに行くとか家でゆっくり過ごすとかそんなことは出来ていないぐらいには忙しい。
別に人の役に立っているのなら苦ではなかったし、わざわざ治安維持隊に入るために遠く離れた場所から一人で引っ越してきたわけだから後悔はない。
こうして生活できているんだし。
「治安維持隊の人ってみんな優しくて、接しているだけで温かい気持ちになれるので何か不思議な力でも持ってるかのように感じます」
「それは分かるな。特に四番隊は他の隊に比べて情に厚い人が多いと思う。みんな子供達を救いたいって集まってきているからな」
四番隊は主に子供の虐待の被害を減らすために活動しているため、子供好きの人が多くてみんな優しい人が多い傾向だ。
自分もそういった虐待されている子供達を減らしたいと思って四番隊に入ったわけだった。
「そうなんですね。そうえば何で湊斗くんは維持隊に入ってるのバレてはいけないんですか?」
「性被害にも観点を置いているからね。本当は大学生以上しかダメなんだよ」
「そうなんですか。では湊斗くんはそういう事件も調べたりしているんですか?」
「していない。あくまで子供の虐待のことだけだよ」
さすがに高校生がそんな如何わしい事件まで携わっているとなったら大変なことなので、そこは大人が担当している。
でも時には、通報を受けたところでそういうことが行われているなんてこともないわけではなかった。
今の姫奈はやたらと真剣な目でこちらを見つめてきていて、興味津々な子供のようだ。
「もしかして、湊斗くんって凄い人ですか?」
「なんで?」
「だって、四番隊で高校生で所属しているの湊斗くんだけなんですよね?本当は入れないのに入れてる湊斗くんは凄い人だと」
「あぁ、そんな凄いわけでもないよ。俺が入りたかったから、めちゃくちゃ四番隊を押して隊長が許可してくれただけだ」
「そうなんですね。でもそこまで情熱があって入れているのは凄いと思います」
「ありがとう」
こんなことで褒められることはなかったので、パソコンを触って真面目にやっているふりをしながらも内面嬉しさでいっぱいだった。
今思えば、手紙をめちゃくちゃ送ってガキみたいなことしていたけど、よく隊長も受け入れたよなぁと思う。
見ず知らずのガキの手紙をちゃんと読んでくれて、理解して出迎えてくれたのだから。
あの時は一心不乱だったけど、今ではいい思い出だ。
姫奈も「課題します」と言って、自分の前で勉強道具を広げて課題をやり始めた。
集中している姫奈は、さすがは優等生というほどに勉強に向き合っていて見ているこちらも身が入ってくる。
大きな瞳を少し細めながら、問題の答えは全部お見通しだみたいな勢いで視線を問題集に向けていて、他の事を寄せ付けないような真剣さで、不自然さが感じられない。
伊織から聞いたには、学年一位を取るほどということなので血のにじむような努力を普段からしているんだなと感心した限りだ。
家で他の人と一緒に作業をすることは今までになかったので、どことなく心がムズムズして鼻のてっぺんがかゆくなってきた。
そんなこんなで時間が過ぎていきあっという間に寝る時間が来た。
「もう俺は歯を磨いて寝ようと思ってるんだけど、姫奈はいつ寝るんだ?」
「私もそろそろ寝ようと思っていました。大体いつもこの時間ですよ」
時刻は十時頃、姫奈も健康志向なのでこの時間帯に寝るっていうのは納得できた。夜更かしはお肌に悪いし。
「今日は先お風呂貰っちゃったし、先に歯磨いてこいよ」
「ありがとうございます。そうさせて貰いますね」
そう言って、姫奈は机に広げていた勉強道具を片付けてから洗面台に向かっていった。さすがに夫婦ごっこみたいに一緒に歯を磨くなんてことは出来ないからな。
そうして二人とも、歯を磨き終わって寝る準備が出来た所で就寝の挨拶となった。
「おやすみなさい湊斗くん。今日だけで湊斗くんと距離が縮まった気がします」
「俺もそう思うよ。おやすみ。あと夜中にトイレとか行きたくなったら遠慮なく電気とかつけてもらっていいから」
「ありがとうございます」
そう言って姫奈は自分の部屋に入っていった。
部屋の造り的にどうしても、自分が寝ているところの隣を通らなければならなかったので、そこは配慮するべきところだった。
こうして記念すべき同居生活一日目が終わった。
ベットに横になりながら、少しつっかえたことについて考えていた。
(姫奈って俺がタメ口になったとたん、やけに引き気味になったというか……)




