15 当番決めと合鍵
腹いっぱいに寿司を食べ、姫奈も満足そうに頬を緩めて笑みを浮かべている。
「ごちそうさまでした」
「うまかったな」
「はい。お寿司を久しぶりに食べられてもう幸せでいっぱいです」
「それはよかった」
彼女の意見を聞き入れて本当によかったと思うほど、幸せそうな顔をしてくれたので自分としても嬉しい限りだ。
食べ終わったごみを片付け、寿司を食べる前と同様、また二人で向かい合わせとなってご飯の担当について話し合うことにした。
自分と姫奈がバラバラに作っていたら手間が増えるし、返ってガス代や水道代がかかってくるので食事は分担しようという事になっていた。
「湊斗くん、確かご飯は自分で毎日作ってるんですよね?」
「そうだよ」
前に病院にお見舞い行っていた時に、果物を切っていたので姫奈が気になって見ていたのを思い出す。
その時にご飯は自分で作っていると言って、姫奈は眉を上げて「男の子なのに凄いですね」と驚いていた。
「学校は三学期から行くんだよな?」
「はい。もう二学期は行かないので暇な日が続きますね」
「それなら俺が朝食を作るよ。朝早く起きるのは慣れているし、休日に朝早く起きるのも面倒だろう?ついでに弁当も作らなきゃだし」
「私も規則正しく生活するためにちゃんと起きるつもりですが。そうですね、その方がいいと思います。湊斗くんも帰ってきてから晩御飯を作るのは大変でしょうし」
「そうだな」
肌荒れ一つない綺麗な肌をしていて不健康など知らないような体をしているので、規則正しい生活をしているのはひと目でわかる。
自分も体調不良で任務に参加できないなんてことになったら大変なので、普段から規則正しく生活するように心がけている。だから普段から早寝早起きをするようにしているので、朝早く起きるのも苦痛な事ではない。
姫奈にとっては、朝起きてから晩御飯を作るまでに余裕があるのでゆっくりと決められるのではないかとも思う。
勝手な想像だが、二学期は学校に行かない分、当分買い物は姫奈に頼ることが多くなるかもしれないし……(もちろん自分でも行くつもりだが)
だから二人共が納得できるような意見だった。
「ふんじゃ、この案で決定で。昼ご飯は作ってほしかったら気軽に言ってもらえばいいし、好きなものを食べてくれたらいいから」
「はい。当分は私が買い物に行くので、何か欲しいものがあれば言ってほしいです」
「それは助かる。でも俺も買い物には行くようにするから」
「はい。ありがとうございます」
あくまで姫奈が長い間休む期間だけなので、冬休みになったら日に分担して行くか、いずれは一緒に行くことにもなるだろう。
「冷蔵庫に今あるものとか、調味料は自由に使ってもらっていいからな」
「ありがとうございます」
そんなに大したものはなかったが、日常的に使えるものなら一通り揃っていた。冷蔵庫を見られるのも普段から整理整頓しているので、なんとも思っていない。
そんなこんなである程度の食事分担については決まって、ひとまずこの話は終わった。
……でもある重要なことを忘れていた。
(まだ鍵渡してないな……)
一緒に住む分、この家は当然姫奈の家にもなるため鍵を渡してないだなんて自分でもうっかりしていた。
買い物にも行ってもらうことになる為、危うく鍵を掛けずにお出かけ……なんて事になるところだ。(姫奈だったら家で待っているだろうけど)
「そうえば重要な物を渡しそびれていた」
「え?なんですか?」
姫奈はポカーンとして、目を見開いた。
前々から鍵は用意してあったので、忘れないうちに収納してあるところに取りに行くことにする。
「これ、家の鍵」
「あ、ありがとうございます。確かになければ大問題でしたね」
「だな」
姫奈がくすすと笑うので、自分もつられて笑ってしまう。
異性に鍵を渡すなんて高校生の内に経験することのないことで、なんだかとても気恥ずかしくなった。
でも姫奈は大切そうに両手を広げて鍵を受け取り、そのままニコリと笑う。
「大切にします。自分の家の鍵なんですし最初からそのつもりですけど」
「そうだな」
自分の家の鍵なんて言われて少しドキッとしたが、間違ってはいないのでそのまま流すことにした。
姫奈は鍵に付けてあるキーホルダーを見ている。
「このキーホルダー湊斗くんがつけたんですか?」
「そうだよ。鍵単体だけではなくすだろうと思って。結構可愛いと思ったんだが」
「可愛いです。猫大好きなので嬉しいです」
鍵には単体だけではなくしやすいだろうと思い、猫のキーホルダーを付けてあった。もともと猫が好きなので、その辺の店でいいものがないかと見ていたら良さそうなものがあったので買ったものだ。
自分の好きなもので選んでしまったが、憎めないほどかわいかったので姫奈もかわいいと思って理解してくれるだろうと思っていた。
意外にも彼女も猫が好きだったというので、嫌いじゃなくて安心した。
「湊斗くんも猫好きなんですか?」
「好きだよ。モフモフしていて可愛いし」
「分かります。わちゃわちゃしてなでなでしたくなっちゃいますよね」
「ほぉ」
謎の擬態語を使われたので、一瞬なんのことだかさっぱり分からなかったが、後から考えてみたらめっちゃかわいい表現をするなと一人で和んでいた。
「もしかして、湊斗くんとお揃いですか?」
「いや、違うけど」
「そうでしたか」
お揃いだなんてまださすがに恥ずかしくて出来ない。一個セットだったし、そこまでは考えてなかったのだが、言われてみるとなんだか意識してしまう。
別に考えるまでもないが、姫奈は二個セットでもう一つは自分が持っているのだろうと思っていたのだと思う。
急に言われるとなんだか少し気にしてしまっただけだ。
「湊斗くん、こういうところ気が利いていいですね」
「ありがとう」
褒めてくれたので、素直に受け取っておくことにしておいた。
☆☆☆☆☆☆
「もうそろそろ、お風呂入りますか?」
「あぁそうするか」
時刻は午後の八時ごろ。あまり遅くに入ると体がほてって寝つきが悪くなってしまうため、この時間に入りたい頃だったが、今日からは異性もいるということでそこは配慮するべきだろう。
そこで大きな関門がひとつ出来てしまった。
正直何も考えてなかったのでどうしようかと思う。洗濯も脱いだついでにするだろうし時間もかかってしまうだろう。別に風呂を入る時間がズレてもそんなに問題ではなかったが、姫奈がどうしたいかさっぱり分からなかった。
何せ、体を洗うところだし、今は冬で湯船に使って温まっていきたい時期だろう。
(本当にどうしようか……)
この生活最大ともいえる問題に頭を抱えるしかなかった。




