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14 自滅からの幸せ

「あ、朝霧さんもタメ口で話してくれよ」


 声が震えているのを感じながら、朝霧さんへのタメ口の第一声を話した。


 自分の顔が今赤くなっているのを感じて、余計に緊張が増してきて朝霧さんの目から視線を少し外してしまう。


 朝霧さんの方は、男子高校生として理解していると言っておきながら、少しだけ上瞼を上げて反応する。


「え、あ、その私は敬語が普段の話し方ですから。最初っから普通だったんですよ!?」

「声が震えてるぞ」

「そ、そんなことはないです……」


 指摘するように言って見せれば、朝霧さんは視線を下に落として同じく頬を赤く染めた。


 (なんでだよ)

 

 自分が緊張するのは分かることだが、朝霧さんがなぜ赤くなるのか少し疑問に思ってしまう。


「少し顔赤くなってるぞ」

「気のせいです、」

「いや、無理しなくていいからな。元の話し方が良かったんなら元の話し方に戻るが」

「い、いえ大丈夫です……そ、その思った以上に湊斗くんの声が……」

「声が……?」


 朝霧さんは視線をあちらこちらにやり、あわわわと目をグルグルとさせてもう沸騰寸前のようだ。

 ここまでになってくるとさすがに不安になってくる。一体何かしてしまったのだろうか。


「その、普段は比較的明るいというかなんというか、今は男の子らしくちゃんと声が低くて、しっかりと男の子なんだなって思ってしまって」

「あぁ……」


 そんなことだったのかと思ってしまったが、確かに普段は声を少し高くして安心感を持ってもらえるよう、温かみのあるように配慮しているつもりで話していたので、そこはギャップが感じられるところなのかなと思う。


 だけど、今の朝霧さんはリンゴのように顔が赤く染まっていて、そこまでなることじゃないだろっとツッコみたくなるような様子だ。


「いや、まぁ、前のように戻すよ」

「いや、そのままでいいですから!お気になさらないでください!」

「そ、そうか?」


 急に声をあげて朝霧さんが言うので、少し驚いてしまった。本当にいいのかよとも思うが、今の声を聞くに戻さなくてもいいのかなとも思う。


「分かった。ふんじゃこのままでいかせてもらうよ。朝霧さんも遠慮せずに話してくれよ」

「は、はい」


 沸騰寸前にまで朝霧さんのことを熱くしてしまった為、少しクールダウンさせようと朝霧さんを深呼吸させることにした。

 深呼吸をした彼女は少し落ち着いたように口元を緩める。


「落ち着いたか?」 

「は、はい。取り乱してしまってすみません……」

「そんな、謝らなくてもいい」


 一旦は落ち着いて顔の赤みも引いていったのだが、まだ朝霧さんは何か言いたそうな顔をしている。

 意地を張っているかのようにもう一度自分の目をじーっと見つめてくる。

 

「み、湊斗くん」

「どうした?」

「苗字呼びは変なので、私の事を名前呼びあんど、呼び捨てでお願いしますっ」

「……え?」


 さすがに頭のなかがポカーンとなってしまった。いや何を言ってるんだ?自殺行為だろ。そっちの方が、沸点を超えるようなことなんじゃないか?

 確かに、タメ口で朝霧さんなんて呼ぶのは少し変だが今じゃなくてもよくないか。


 でも、それだけ親しくなろうとしてくれている気持ちは嬉しい。ただ、名前呼びなんてまたハードルの高いことを……


(ふぅ……)


 また心臓がバクバクし始めて、唇が震え始める。まるでクラス全員の前で発表する時のようだ。呼吸を整えてから朝霧さんを見る。


「ひ、姫奈」

「n!?」


 案の定、朝霧さんは元の姿に、もしくはそれ以上の状態になってしまった。今度は手で顔を隠している。


「な、名前だけで呼ぶなんて聞いてないですっ」

「い、いや、ごめん」


 見ているこっちまで恥ずかしくなってきて、また顔が熱くなってくる。名前呼びって言っていたのに。

 普段意識して名前を呼ぶことがないので、やってしまったと少し後悔する。

 

「やっぱり、これもハードル高いんじゃ……」

「い、いえ、す、すごくいいです」

 

 どこがいいのか全く分からなかったが、顔を隠しながら言われたので少し笑ってしまった。何だか、今度は自分で自滅していることに笑えてくる。

 こんな事を思うのはいけないと思ったが……


「そうか。とりあえず普通に戻ろうか」

「バカにしてますよね?」

「いや、そんなことはない」

「いや見えてますから」


 指と指の隙間からほんのり空いていて、そこから朝霧さんの目が少し見えていた。

 

「いや、まぁ微笑ましいなと。ごめん悪かった、許してくれ」

「む~ まぁいいですけど」


 そう言った朝霧さんは手を顔から下ろして、まったくと言わんばかりの顔をした。まだほんのりと顔はほんのりと桃色に染まっている。


 女神様もうっかりしてるところがあるんだな。


☆☆☆☆☆☆


 そんなこんなで、お目当ての寿司が家に届いた。


 目の前で、袋から寿司を取り出した姫奈は子供みたいに目をキラキラと輝かせて見ている。

 なんだか本当に小さい子を見ているかのようで心が和む。


「湊斗くん見てください。お寿司が反射してキラキラ輝いていますよ……」

「そうだな。めちゃくちゃ美味そうだ」

「はいっ、そうですねっ!」


 少しお高いのを選んだのが正解だったのか、いつも以上に寿司が輝いているのが自分でも分かる。

 

 さっきから所々語尾が上がっているところがいいなというか、かわいくて。

 かわいいなんて心の中でも表現するのが恥ずかしくて避けてしまいがちだが、今の状況はその言葉しか見つからない。


「食べてもいいですか……?」

「おう、遠慮なく食べてくれ」


 それに加え、小さい子がおねだりするような目で言われたため、もう太刀打ちが出来ない状況だった。


「いや、湊斗くん。ここは一緒にいただきますしましょう」

「あぁ、そうするか」


 そうして二人で手を合わせ、「いただきます」と言って寿司を頬張った。


 寿司は期待通りの味で、脂がのっていて口いっぱいに素材の味が広がるうまいものだった。


 姫奈も手を添えて、上品にパクっと食べたと思えば、幸せそうに笑みを浮かべて美味しそうに食べている。


「おいひいです、湊斗くん。こんなに美味しいものを食べたのはいつぶりでしょうか」

「ずっと病院生活だったもんな」

「はいっ」


 姫奈の表情は、女神様というか天使に近い表情だった。

 んーっと言わんばかりに、次々と口の中に寿司を入れていく。


「止まりません……」

「どんどん食べればいいよ」


(いい食べっぷりだなぁ)


 とても幸せそうに食べていて、自分が食べているよりも見ている方がいいと思えるほどだった。

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