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後編

今日は久しぶりの完全オフ日。

今は学校も夏休み中だから、家から一歩も出ないという選択肢もあるのだ。

たまにはそんな日も有りよね。うーん、悩む…。

しばらく悩んでから、結局、夏休みの宿題の読書感想文のために本を買いに行くことにした。

面倒事を後回しにすると、気になっちゃう自分の性格はわかっているつもりだ。

「早く終わらせてダラダラするぞ〜!!お〜う!!」


隣駅にある8時開店の本屋さんにやってきた。

まだ開店したばかりで8時台のためか、店内はめちゃくちゃ空いている。

ここは駅前で待ち合わせなどの時間潰しにも使えるし、店員さんの手書きポップが充実していると評判のお店なので、混雑する時間はすごい人なのだ。

新しい本との出会いに期待しながら、ポップをじっくり読ませてもらって選ぶのが好きなので、重い腰をあげて早く来て良かった!


「あ」

店員さんのおすすめコーナーに置かれている本に目がいく。


【とにかく、静かに時が流れる。静かに、静かにーー。

多くは語らないのに、圧倒的な描写で、たちまち本の中の世界が目の前に広がり、現実との境界線がわからなくなる。

読了後、心の中にポツンと小さく残る温かさは何なのだろうか。

 *

読み切る時間を確保してから、ぜひ一気に読んで欲しい作品です。

江村三月、受賞後初の新作『風の方向』】


江村こうむら 三月みつき

作品は純文学に分類されるのかな、一昨年、かの有名な賞を受賞して、最年少記録更新とかで騒がれていた作家だ。

顔出しはしていないのたが、実は、彼の受賞作品を原作とした映画に出演した時に、招待されていた彼をチラリと見かけた事がある。

そして、この前の赤い糸の男!あの日、家に帰ってから気づいたのだけど、奴の正体がその江村三月なのだ!

考えてみたら、リアル赤い糸の実験だなんて変な事するの、題材を考えている作家くらいのものよね。

などと言いながら、結局は『風の方向』を買ってしまった。

…だって、彼の作品は好きなんだもん。

仕方ないじゃない。作者が変人だからって本に罪はないもの。


あ、やばい、読むのが楽しみで、つい足取りがスキップみたいになっちゃう。

まだ9時だから、帰ってから読み始めれば、今日中に十分に読み終えることができるな。


「……ん?」

ふと、視界の端に、違和感を感じた。


「んーー?」

嫌〜ぁな予感がして、違和感の正体を探るため目を細めてみる。

そこにはまた、あの、赤い糸があった。



彼の他にこんな事をしている人がいるはずはない。

今度こそはちゃんと物申してやろうと、赤い糸を回収しながら進んでいくと、河川敷のベンチでぼうっとしている彼がいた。


「江村さん。…江村さん!……ちょっと江村さんてば!」


呼んでも反応しないため赤い糸を引っ張ったらようやく反応した。


「ああ、ごめん、江村って俺のことか。…あれ、君は、この前の、俺の赤い糸の相手じゃないか。」

「へ、変な呼び方をしないでよね!!赤い糸を見つけた人とかの呼び方にすればいいでしょ!…て、あれ、貴方、私の事がわかるの?」

「???」


私は前回、かなり気合いを入れて変装をしていた。

共演者の俳優がワイドショーを騒がせていて撮影所にたくさん取材が押し寄せていたので、巻き込まれないように、変装をしていたのだ。

この前は、業者の仕事帰りでお疲れの人という、存在感の薄い設定だった。

おかげで取材陣の横を素通りしても、何の反応もされなかった。


自慢じゃないが、私は自分の変装技術には自信がある。

設定に馴染む服装やメイク選びに、演技で表情、歩き方や姿勢なども変えている。

ユウリという本名を芸名に使っているけれど、学校でだって、私の正体はバレていないのだ。


比較して、今日は、眼鏡とキャップだけで、変装はしていない。

本来なら、同一人物だってバレるはずない。


「それなのに!何でわかったの?」

「え??だって、中身はどちらも君でしょう?」


「だから、どの辺が、どう同じだったのか教えて?」

「え、だって、同じ人じゃないか。 」


いやいや、だから!もう!

あんな巧みに言葉を使う作家なのに、説明下手ってどうなのよ!


「はあ、まあ、いいわ。私だってわかっているのなら話しが早いし。江村さん、あなたまたこんな実験していたの?」


「ヤヨイ。苗村なえむら弥生やよいだ。

江村って俺のペンネームのことだよね?呼ばれ慣れていないから自分の事だって気付かないんだよね。ヤヨイでいいよ。」


「わかったわ。ヤヨイって三月のヤヨイ?ペンネームそのままじゃない。私は、ユウリ、西園寺さいおんじ侑梨ゆうりよ。」


ヤヨイから話しを聞いてみたところ、今日は、前回に続いて、赤い糸の実験の2回目なのだそうだ。

空が明るくなり始めた4時台くらいから仕込みをして、ここでずっと座っていたのだそうだ。


「私は目がいいからたまたま気づいたけれど、データをとりたいのなら、もっと毛糸くらい存在感のある糸を使ったら?」

「それだとだめだよ。人によっては気付かないものに気付く人がいる。そこにある要素を調べたいんだから。だから、そこのところ、6番目の質問に細かく書いてくれると助かる。」


ニコニコとヤヨイが言う。

何だかんだと、今日もアンケートに協力してしまっている私だ。


「ねえ、"赤い糸"って、本の題材にするの?江村三月の作風からはあまり想像つかないわ。まあ、それはそれで読んでみたい気はするけれど。」

「いや、本の題材っていうのは正解だけど、別名義で書く作品の予定だ。」


「んん?別名義って、江村三月以外でも本を書いているの?」

「あれ、俺の事を知っている風だったから、てっきり出版関係の人かと思ったけど違うんだね。」


いやいや、出版関係の人が変装とかしないよね!?


「俺、江村名義の他にも、5つくらいのペンネームで書いているんだよね。だから顔出しもしないでもらっている。」


(5つ!!変人だと思っていたけれど、やっぱり、とんだ変わり者だ!)


「ねえ、それ、心の声のつもり?声に出ているからね。」


げげっ、うっかり!

というか、変人呼ばわりされたのに、ヤヨイは楽しそうに笑っている。……やっぱり、とんだ変人だわ。


「あ、そうだな、用紙の一番下に、どうして俺のことを知っていたのかも書いておいてくれる?知り合いだったケースというのも検証したいから、詳細によろしく。」

「はいはい、わかったわ。」


サラサラサラサラ。

私が鉛筆を動かす音だけが静かに流れる。

太陽が本格的に地上を照らしはじめた時間帯になり、じっとしているだけでも汗が流れてくる。

でも、木陰のおかげか、不思議と心地よい。


「はい、書けたわよ。」

「ありがとう、ありがとう。」

書き上げたレポートを渡すと、ヤヨイは、表彰状のように両手で受け取った。


「ねえ、この前は空を見ていたでしょう?今日は何を見ていたの?」

「人。」

「ああ、なるほどね。」

「うん。」


この人…、感覚が私と似ているんだ。

マジックアワーの時もそうだったけど、外でただ人を眺めて過ごす時間というのも、私には経験がある。

たぶん、私が来なかったら、夕方までだってここで過ごせたんじゃないかな。そういう人種だ。


…だめだ。危険だわ。帰ろう。


「実験もいいけどさ、この季節にこんな場所にずっといたら倒れるわよ?もしまだ続けるのなら、次回は涼しい場所を選びなさいよね!」


じゃあねと告げると、私は、走ってその場から脱出した。



一駅分を家までそのまま走って帰ってきた。倒れるとかヤヨイに忠告しておいて、私が倒れちゃうわね。

あーあ、唐突に走り去って、ヤヨイに変に思われたかな。

…いや、もう会う事もないんだし、関係ないっか!!


ズキン、心の中に痛みが走った気がした。


「ただいまー。」


今日はみどりさんが来る日じゃないから、返事が返ってくるものではないのだけど、何となく日課のようなもので、口に出して言っていた。


「ユウリちゃん、おかえり〜。ユウリちゃんがいないから、ケーキ作ってたよ〜。」


そこには、フリフリの可愛いエプロンを付けた、マッチョなオジサンが立っていた。

思いがけず返事が返ってきたから、完全に不意をつかれてしまった。


「パパ〜!!」

私の涙腺は崩壊して、パパに飛びついて大泣きしてしまった。

パパは、エグエグと泣きながら話す私の話しを、頭を撫でながら聞いていてくれていた。


夏の暑い中を走ってきて、そのまま水も飲まずに大泣きした私は、その後、案の定倒れてしまった。

ようやく落ち着いて、今は、パパが甘やかして口に運んでくれるケーキを、ベッドに入ったままモグモグしている。


「ユウリちゃん、大丈夫だよ。自分の中に育った気持ちに気付いて、思わず防御をしてしまったんだね。かわいい、かわいい。」


パパの大きな手で頭を撫でてもらって、ケーキをまた一口。もぐもぐ。

完全に甘やかされモードだ。


「ユウリちゃんの初恋は、保育園の先生だったよね。その後はピアノの先生に、本屋のお兄さん。

僕とは違うタイプばっかりで、パパはいつもちょっと悲しかったよ。」


パパがおどけたように、優しく話してくれる。


「今回、憧れとは違う恋をはじめて知って、戸惑っているんだね。

ユウリちゃんは、色んなことを考えて立ち回る所があるからね。女優っていう立場だとか、もしかしたら、僕たちに迷惑が及ぶだとか、そんな所にまで無意識に計算をしているんじゃないかい?

そういう君のさとい所、僕たちはとても誇りに思っているけれど、同時にちょっと寂しくもあるんだ。

気持ちのままに行動したっていいんだよ?それで何か問題が起きたって、その時のために僕たちがいるんだから。」


「うぅ〜、グズっ、そのせいでマスコミに注目されて、パパとママの事まで嗅ぎつけてきて、あれこれ書かれたらと思うと、耐えられないわ…。」


また涙が込み上げてきて、鼻をすすり、泣きながらも、気持ちを言葉にしてみた。


「ほらほら、かわいい泣き虫さん。

いいじゃないか、マスコミが書きたいなら書かせておけば。ユウリちゃんは、ただ恋をしただけなんだよ?そんな素敵なこと、取るに足らないもののせいで手放しちゃダメだ。

僕たちの子だってバレちゃ、何が困るの?何か聞かれたら、たっぷりと自慢するさ。」


「パパぁ〜グスン、グスン。で、でも彼に迷惑だって思われたら?そんなの、悲しい…。」


「そうだね。人の気持ちだから、彼と両思いになれるとは限らないね。残念ながら、そればかりは誰にもわからない事だ。

でもね、少なくとも迷惑だなんて、思われるわけないよ。だって、赤い糸なんて本当なら見えないものを、ユウリちゃんに繋げたのは、他ならない彼なんだから!

それとも、彼は自分のした事の結果が想定外だったら、相手のせいにするような奴なのかい?」


フルフルと首を振って答える。


「ほらね。なら何も気にすることはないじゃないか。ねっ。ほらほら、目が腫れちゃうから、そんなに泣くもんじゃないよ。かわいい、かわいい。」

パパは優しくタオルで涙を拭ってくれて、また頭を優しく撫でてくれた。


「パパ、あのね。彼もね、パパとは違うタイプの人だけどね、パパと同じくらい、一緒にいると心地良いなって思える人なの。

だからね、私の好みは、パパに似た人なんだと思う。」

「僕の天使〜〜〜!!! 」


その日は、パパにたくさん甘やかされ倒して、私はすっかり元通り、元気になっだのだった。



恋か…。

自分の中にあったぐちゃぐちゃしたものを、パパに全部受け止めて肯定してもらえてから、この気持ちに向き合ってみようという覚悟は出来た。


でもね、いざそう決めてみたところで、私って、彼との接点は何にもないんだよね。

うかうかしていたら、彼が赤い糸の実験で新しい出会いをしちゃうんじゃないかって、そんな心配が浮かんでくる。

だめだめ、何もしないうちに、そんな弱気は捨てたんだ!


大丈夫、道に落ちている怪しい赤い糸を回収していくような、酔狂な女なんて、私くらいのものだわ。

ふっふっふ、何とでもお言い。開き直った私は図太いのだー!

うん、大丈夫。変わり者同士、お似合いだと思う!


あーあ。ちゃんと連絡先を聞いておくんだった!

地道にファンレターでも送ってみようかな。

たぶん、返事は書かないだろうけど、もらった手紙とかはちゃんと読む人よね。

そうよ、2回もおかしなアンケートに協力してあげたんだもの。作品が出来たら知りたいって手紙を出してみたらどうかな。それならもしかしたら返事を貰えるかも。


うん、考えていても仕方ないもの。この作戦でいこう!

そうと決まれば、素敵なレターセットを買ってこよう。家には茶封筒しかないから、さすがにそれじゃ味気ないわよね。

学校の登校日から家に帰る道から、文具屋へ向かう道に進行方向を変える。


「え…?」


覚えのある違和感が視界に入った。

いやいや、まさか。いくらなんでも、都合の良い見間違えだろう。

そう思いながらも、気づいたら走り出していた。


(……うそ。本当にあった!彼に繋がる赤い糸!!)

そこには彼が懲りずに仕込んだであろう赤い糸。


嬉しくて泣きそうになる。

もうこんなの、私にとっては本物の運命の赤い糸だよ。


暑さが落ち着く夕方でもなく、まだ太陽が照りつける前の早朝でもない、こんなに暑い昼間だよ。

まったくもう!何をしているのよ。

文句を言って、もうやめるように言ってやるんだから、絶対!


ドクン。


赤い糸を回収しながら夢中で走って進むと、遠くに彼が見えた。

まだ結構距離があるけれど、彼だとわかる。

今日は美術館前の広場に並んだベンチに座っている。 今回は珍しく、赤い糸の続く先に正面を向いて座っていた。

息を整えながら、一歩一歩ゆっくり近づいていくと、彼もこちらに気付いて、立ち上がった。


驚いたような笑っているような複雑な表情を浮かべて私を見ている。

逆光のせいか眩しそうに目を細めたのが見えて、また心臓が反応してしまう。


ドクン。


走り出したいような、その場で立ち止まってしまいたいような、忙しい心の中とは裏腹に、一歩一歩ゆっくりと歩き、彼の前に立った。


「まさかとは思っていたけれど、現実にまた君が現れるなんて、出来すぎですね。」


「え?」


「赤い糸はあくまで伝説ですが、感触は掴みました。」


そう言って照れたようにヤヨイは笑った。


ありがとうございました。

この時の赤い糸たちは、きれいに洗って、ユウリのアクセサリーケースで大切に保管されています。


「べ、別に、捨てたらもったいないからよ!」

「あら、ユウリ、顔真っ赤よ〜?」

「違うったら〜!」

「ああ、僕の天使。かわいい、かわいい。」



連載中の『この赤い糸、異世界まで繋がっていますか?』は、この2年半後くらいからスタートいたします。


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