聖夜系彼女
黒彼クリエピ。例によって本編未読は非推奨及び余韻感じたい人はバック
「お兄ちゃん、その飾りを壁に着けないでよ」
「え、マジで? でも壁に着けたらなんかお洒落っぽくならないか?」
「ならないッ。だってそれツリーの飾りなのに壁に似合ったらおかしいよね? そういうのはセンスある人がやるから面白く見えるんであってお兄ちゃんにそんなセンスあったかどうかって言われると……ない!」
「狩也君にその手のセンスがないという意見については否定出来ないね」
「碧花、お前もか!」
今日は楽しいクリスマス。いや、厳密には明日なのだが、俺達の国は取り込み方が独特というか上手いこと表面だけをかっさらうので、今日と明日を合わせてクリスマスとする人も居る。イブをクリスマス本日とする人間も居る。俺も一々意味なんて考えていないのでそういうノリだ。とはいえ流石に思考停止している訳ではない。
今日がイブで明日がクリスマス。関連する日にちが二日もあるなら目的は明白だ。今日は派手に騒ぐつもりだが明日は―――碧花とゆっくり過ごすつもりだ。部屋から一歩も出ないは言い過ぎかもしれないが、極力離れる時間を減らしたい。
高校生に冬休みは存在しないが、三年生にもなって進路が決まっているとなると後はもう、遊んでていい。流石に極論だが、一日くらい休んだ所で何の問題も無い。俺も碧花も生真面目な人間ではないのだ。まだ学生だからと言って皆勤賞を狙うよりは、終生のパートナーと濃密な時間を過ごしたい。
「お兄ちゃんやる気あるの!? 怒るわよッ!」
「何でだよ! カーテンに装飾するくらいいいだろ!」
「だからってカーテンに鈴つけないでよ! 美的センス皆無な人は大人しく言う事に従いなさい!」
「ぐぬぬ……」
口喧嘩では妹に勝てそうもない。それ以前に自分の非は明白なのだが、どうして彼女の発言を心から受け入れられないのだろう。間違っていると分かっていても反発してしまう自分が居る。遅すぎる反抗期だろうか。相手は実妹なので情けなさが倍増しているが。
「心理的リアクタンスだね」
俺の心を見透かした碧花がポツリと呟いた。
「制限された自由を取り戻そうと反発する心理作用の事だよ。宿題をやれと言われてやりたくなくなった経験とかない?」
「あーそういう……でも無いな俺は。宿題いつもお前がみてくれたし」
俺にとって宿題は嫌な時間ではなく好きな人と一緒に過ごせる素敵なひと時だった。疲れた時にくれるココアは抜群にうまいし、眠たそうに伏し目になる碧花は可愛いし、対する俺は机の上に乗せられた彼女の胸に興奮しっぱなしで全く眠くならない。リアクタンスも何も、俺は十分自由だった。
特に夏は胸元のガードが緩く、透けブラも相まってそれはもうとんでもない事に……これ以上はやめておこう。今はクリスマスだ。気が早すぎる。残念ながらここは夏にクリスマスがある国ではない。
「あのー。。いちゃつかないんで欲しいんですけど! まだ飾り付け終わってないのよ?」
「だってよ、狩也君」
「いや、お前もだからな?」
言われた通りにツリーの飾りつけを進めていく。主に頑張ってるのは女性二人。いつもの事……ではない。妹と仲違いしていた時は碧花と二人きりだったし、『前回』に至っても二人きり。今回は俺の家で執り行われるのであんな雰囲気にはならないかもしれないが―――別に惜しくはない。『家族』で楽しめるならそれはそれで。
「天奈。お前、今年は友達の所に行かなくていいのか?」
「ふぇ? あーうん。別にいいの。今年はお兄ちゃんと過ごしたい気分だから」
「私もね」
「碧花さんはいつもじゃん」
「……フフフ♪」
飽きる、という言葉は無い。俺と碧花は三十年以上一緒に居る。熟年夫婦と呼ぶにはまだ早いが、それでもかなりの期間隣に居る。それでいてずっと新婚気分。得てしてそんなカップルは破局しやすいらしいが、俺達の様な経緯を経ればそうも行かなくなる。
碧花は俺の為に全てを捨て、俺は碧花の為に全てを捨てた。
破滅的な選択だったかもしれないが、俺達が望んだ事だ。互いに相手の居ない世界を考えられない故に。
「かんせ~い!」
手伝い始めて二時間と少し。ようやくクリスマスツリーが完成した。プレゼントボックスや色のついた玉、てっぺんの星など……少し飾りが多いかもしれないが人は煌びやかな雑多を豪華と呼ぶ。素晴らしいツリーが完成した!
「お兄ちゃんいえーい!」
「いえーいッ」
「碧花さんいえ~い!」
「やったね」
三人でハイタッチをしたのは初めてだ。碧花も完全に棘が抜けて天奈と良好な関係を築いている。碧花が下手に事を荒立てる性格でないのは『前回』で知っている。警察が俺の所に来ようとしなかったのは元々仕事で繋がっていた所から碧花が色々と頑張っていたからだ。彼女のストレスは想像に難くないが絶するものでもある。
『今回』は俺が守るので、そんなストレスはかけないつもりだ。
「ん……あれ?」
「どうかしたの?」
「お前等コスプレしないのか? サンタコス……クリスマスには付き物かなあなんて思ってたんだが」
「お兄ちゃん、今の時間って朝だよ。早朝から急ピッチでやってたんだよ? 今まで寝ぼけてたの? 朝からコスプレしてたら恥ずかしくて外歩けないわよッ」
「私は別に構わないけど、学校があるからね。明日休む口実は今作っておかないと嘘として信憑性が弱くなる。それっぽくサボるのと堂々とサボるのとでは君の心持が違ってくる筈だ」
「俺だけなの? 碧花だってそうだろうが」
「私は君が望むなら堂々とサボるよ? せっかく一緒に住んでるんだからとことん共犯になろう。学校、行くかい?」
手を取って、碧花が小さく首を傾げた。以前までの彼女なら俺だけサボらせようとしたかもしれない。でも今は違う。俺達はずっと一緒だ。それを望んだが故に円満の未来を捨てた。たった一度きりの『人生』を捨てて、碧花との愛を貫いた。
「……一応学生だし、行かなくてもそんなに問題ないつっても罪悪感あるし。行こうぜ」
「うん。天奈ちゃんは学校行かなくていいの?」
「私も行くけど、お兄ちゃん達邪魔したくないから後でね」
「……そこまで空気読まなくてもいいんだけどな」
「お兄ちゃんがどんだけ碧花さんの事好きなのかはよく分かってるつもり。何年妹やってると思ってるの?」
「二十七、八年」
「成人してるじゃん! 成人しててこんな体つきだったら流石にちょっと悲しいかも、せめて背は伸ばしてよ! ……じゃなくて、お兄ちゃん私が居るといちゃつきにくいでしょ。配慮してあげてんのよこれでも」
「……狩也君、そうなの?」
「ん。いや、そういう自覚がある訳じゃないんだがな」
長年の自制が無意識に発動しているのかもしれない。学校に隠しているとはいえ俺達は名実共に恋人だ。少しくらいエッチな事したって文句は言われない。どっちかと言うと文句をつけるのは俺で、碧花は放っておくとどんどん勝手に段階を進めてしまう。恋人でなかった時から自分が処理すると言い張ってその場は聞くがやめなかった。俺が望んでいるという前提があるなら外でだってまぐわろうとするだろう。
まあそんな前提は根がチキンな俺にはあり得ないが。
「……フフ。いやごめん。ある訳ないよね、君に。私があんなにアクションを起こしたのに全然告白しないどころか変な方向にこじらせるんだもの。あったらびっくりだよ」
「な、何を言うんだ! 碧花それは違うぞッ。俺はお前のそういう姿を他の誰にも見せたくないからで―――!」
「それも分かってる。独占したい君と独占してほしい私とで利害は一致してるから……ウフフ♪ 耳を赤くしてまで反論なんて、可愛い事するね」
「かわ―――!?」
「あーもう! 早く行ってよ、見てるとむず痒くなってくるの! このバカップル、さっさと行けやこらあ!」
天奈に軽く足で押される。全く以てビビった様子は見られないが「怖いから早く行こう」と碧花が急かす。仕方がないので俺も付き合う。
「……じゃ、行ってくる。なるべく早く帰るよ」
玄関の扉が閉まった。やはり碧花は全く怖がっておらず、愉快そうに微笑んでいた。
「初心なのは首藤家共通なのかな」
「誰が初心じゃ」
「冗談……でもないけど。しかし困ったな。行ってらっしゃいのキスが出来ないじゃないか。一緒に登校も考え物だよ」
……一つ、面白い事を知っている。水鏡碧花は自らの美しさを自覚し、全てを手玉に取っているかの様な喋り方で接してくるが、その本質は純粋な少女。何にも染められず、恋によって黒く焦がされただけの。
「碧花」
「んー。何―――? ッ」
少しでも立ち止まれば遅刻をするかもしれない。でも仕方ない。突然キスしたくなったのだから。「かりや―――んッ! ちょ、遅刻が―――ん……」
離さない。碧花は顔を真っ赤にしながら戸惑っていたが決して拒絶はしなかった。むしろ俺の背中に腕を回して逃がすまいと身体を掴んでいる。誰かが自転車で横を通過したかもしれないが気にしていない。胸を張ればいい。
水鏡碧花は俺の―――彼女なのだと。
「……もう何年も一緒だけど、き、君のタイミングだけは掴めない……ね」
興奮冷めやらぬ朱に頬を染め、心底恥ずかしそうに碧花が微笑む。
「初心なのは水鏡家共通か?」
「…………いじわるな狩也君」
「お互い様だよ」
今度は恋人繋ぎに手を取って歩き出す。遅刻について楽観的に考えていると、視界の外から彼女の鼻唄が聞こえてきた。
全てを賭ける価値がある。それはこの様な尊さに対して使うのだろう。
授業が終わるなり、俺は碧花のクラスに直行した。交際を隠しているからだろうか、クラスの男子が鋭い眼光を碧花に浴びせている。彼女の弱みを見つけて身体の関係を迫るか、または単に恩を売って好感度を稼ごうとしているのか。
いずれにしても碧花が危ないので、男共の視線を背中で受けながら声をかけた。
「碧花。一緒に帰ろうぜ」
「うん。いいよ。帰ろうか」
夏は夏で趣があったが、冬の碧花も中々どうして美人だ。首から上にお手製のマフラーを巻いて首と口元を隠している。今は校内だからしないだけで、外に出ればすぐにそうなる。
「今日は前日祭―――イヴだけれど、はしゃぎまわる気にはなれないね」
当然の様にマフラーの一部を貰って身体を寄せ合う。元々これをしたいが為に彼女は敢えて長めに作っていた。
「寒いからか?」
「私ももう子供という年じゃないからね。公園で遊ぶ子供を見ていると、どうしても少し羨ましくなってしまうよ」
「あーそれは俺も分かるかもしれない。昔は寒いの平気だった気がするし。今は……まあその気になればって感じだけど風邪引きそうだ」
「寒いなら私の胸を貸そうか? ちょっと待ってね、すぐ―――」
「いやだから脱ぐな。キスが限界だ馬鹿野郎。誰が外で胸に顔突っ込みたがるんだよ」
「君以外の男だったら急所を蹴って二度とそんな真似出来ないようにするだけだし」
「そういう意味じゃねえッ。変態だって言ってんだよ!」
体育とかでどさくさにまぎれて試す奴はたまにいるが、碧花自身の身体能力はクオン部長にも引けを取らない。当然躱されるし、直接頼んでも駄目だ。殆どのクラスメイトは知らないが碧花は水鏡家という一部界隈で有名なお嬢様―――というか当主なので、本当の意味で高嶺の花だったりする。だのに男子が諦めきれないのは碧花の表情が豊かになって純粋にとっつきやすくなったからだろう。
他の人からすると誤差に思われているかもしれないが。
「「ただいまー」」
帰宅時刻は夕方。パーティと洒落込むには早かったが、天奈はとっくの昔に仮装して準備していた。
「お兄ちゃん、お帰り。メリークリスマース!」
妹はひざ丈のスカートにノーショルダーのサンタ服に着替えており、普段の彼女からは考えられない思い切った露出度にビックリしてしまったが、普通に可愛い。「どう?」とその場で回転してみせる天奈に俺は拍手を送りながら頷いた。
「可愛いと思うぞ。でもお前にしては珍しい格好だな。肌見せるタイプは好きじゃないと思ってたが」
「お兄ちゃんだけに特別だよ? 幸せ者だねえ~君は?」
「碧花の真似するならもっとちゃんとやれ。でも可愛いのは本当だから撫でてやろう」
「え、い、いいよ。別に。 …………でもお兄ちゃんがそこまで言うなら、撫でさせてあげる」
「素直じゃない奴だな。俺に似たのか?」
「妹ですから!」
よしよしと頭を撫でてやると、更に気が緩んだ妹が抱き着いて来たのでついでとばかりにお姫様抱っこ。抱えながらリビングに足を踏み入れる。
「お兄ちゃん重くないの?」
「いつも碧花抱えてるし。重くなんてねえよ」
「……君、暗に私を重いって言ってる?」
「天奈よりは確実に重いだろうが」
妹の手前口には出さなかったが、あんなに豊満な乳房を持っておいて重くないはむしろ嘘だ。確かに腰はスッキリくびれているし、お腹は腹筋が縦にうっすら見えるくらい締まっているが。あれで軽かったら全部ハリボテだ。俺は体重の重さ程度でとやかく言う男ではない。
それにしても俺は朝、本当に寝ぼけていたのかもしれない。電飾の光るクリスマスツリーはミラーボールの如き輝きを放っており、周囲の装飾もクリスマスに沿った冬らしい物となっている。天奈が雪の結晶のヘアピンを着けているのも演出の一環だろう。
「いやあ豪華だなあ……俺の苦労も報われたというものだよ」
「お兄ちゃんむしろ足引っ張ってたよッ?」
「ええ? そうだったかなあ?」
「その反応はうざいよお兄ちゃん。冗談でも止めた方がいいって」
「……すまん」
「所で碧花さんは?」
言われて振り返ると、先程まで会話していた碧花の姿が無かった。この家は狭いのでくまなく探せば見つかるが、大方の予想はついている。自分もと着替えにいったのだろう。探しに行くのは野暮だ。
「ま、待っててやれよ。きっと変身してるんだよお前みたいに」
「あ、そっか。碧花さん制服だったもんね。……ねえお兄ちゃん」
「ん?」
「家族でパーティっていいよね!」
屈託のない笑顔でそう言われたら。他ならぬ血の繋がった妹がそう言うのなら、一体誰が否定出来るだろう。
「―――そうだな。でもたまには友達とのパーティも楽しめよ? 友達が居ないってのはきっと寂しい事になるからさ」
「そういうお兄ちゃんは友達いるの?」
「いない事もないし、碧花は『トモダチ』だ。恋人以上、夫婦以上のな」
「何それ」
妹を抱きかかえながら駄弁っていると、視界の端に映っても見逃せない美脚がリビングを踏んだ。
「…………碧花?」
「……どう、かな」
かつての彼女のコスチュームは俺に対する精一杯の色仕掛けだったのだろう。今年もあれだろうと考えていたが随分と方向性が違った。髪を後ろでまとめて帽子を被っている。サンタ柄のジャケットを着ており、下は巻きスカート風の短パン。
上半身を包んで下半身のエロスのみに振り切った意外な服装だったが、案の定、服の下からでも彼女の胸は自己主張をするかの如く大きな丘陵を作っていた。二人を見比べていると、エロスとは露出度ではないのだなと常々思う。
単に俺と血縁にあるからという可能性は否めないというかそれしかないが、天奈にはどうしても色気が…………少々不足しているので、驚きこそしても可愛い止まりだ。一方の碧花は胸で生地が張っているとはいえこの綺麗な足が全てを物語っている。彼女のスタイルの良さを。
「……いいと思うぞ!」
「私も可愛いと思う!」
「―――ウフフ、有難う♪ やっぱり初めて見せる衣装は少し心配だね。でも君達がそう言ってくれるなら……買った甲斐があったかな」
語彙力が無制限に上昇し、詰まり事故を起こし、結果的に何も言えなくなる。不意に俺は自分がこの場に不適切な事に気が付いた。
「俺、着替えてねえじゃん!」
「あ」
「―――あ」
誰も気づいていなかった。
天奈を体の上から降ろすと、慌てて寝室に戻って制服から素早く着替える。普段はトナカイだったがたまにはサンタで会わせてみるのも一興だ。
制服を脱いで薄着一枚になった所で扉が開いた。ノックもせずに入ってくる人物はこの寝室の使用者しかいない。つまり……
「いや、流石にまだ着替え終わってないぞ」
「急かしに来た訳じゃないよ。ただ、こっちを見てほしいなあって思って」
背後で碧花がベッドに座る音がする。上着だけ仮装を終えた所で振り返ると、タイミングを見越していた碧花が慣れた手つきでジャケットのボタンを外していく。
その内側には、コルセット風のビスチェが豊満な谷間を形作りながら隠れていた。前言撤回をするかもしれない。露出はエロスに直結すると。
「……わざわざ君だけに見せた意味、分かる?」
「…………いつもの悪戯?」
「違うよ。パーティは飽くまで健全に楽しむつもりさ。でも今日の夜と明日は……フフフ♪ 悪い子になっちゃうかもね」
「…………えーと。つまり」
「恋人専用のコスチュームって事。夜は君が思うよりずーと、長くなるよ」
淫靡に笑う碧花に、もはや欲望を自重する気は無い。そしてそれは別に悪い事ではない。誰だって特別な日には羽目を外したくなるというものだ。
碧花にとって、今がその日というだけ。
着替えも終わった所で、俺はベッドで足をばたつかせる碧花に手を差し伸べた。
「幾らでも付き合うぞ。望む所だからな」
「…………せっかくだからクラッカーでも持っていく? 天奈ちゃんをびっくりさせる為に」
「お、いいな、それ。別にクリスマスにクラッカー使っちゃいけない法律はないしな!」
フフフ。
ハハハ。
「「フハハハハハハハハハハハ!」」