第98話 女神
神殿の礼拝堂に突如現れた巨大な人型の何か。
それが魔法を唱えると、ロキの足元に横たわる勇者の死体が光に包まれた。
その場にいた全ての者たちが、その何かに注目している。
自ら名乗るわけでもない、誰かから紹介されるわけでもない。
だがその場にいるすべての者たちは、それが何かを理解していた。
頭上より光に照らされたその姿は神々しく、その場にいた者たちすべての視線を集めた。
4mを超す巨大な全長は、人のような姿をしているが人間ではないことは明らかだった。
「女神……」
ちょうどその礼拝堂には、中央にある神のシンボルの横に女神像がある。
突如その空間に現れた女神は、その像と瓜二つであった。
そして女神の蘇生魔法を受けたロキの足元に横たわる勇者の死体は、その真っ青な顔色に血の気が差してゆき、胸は静かに上下を始めた。
「まさか?!蘇生魔法?!この世に存在しないと言われていた」
女神の魔法に国王が驚く。
危険を察知し国王の元へ駆けつけた護衛の騎士たちは、国王を避難させるために誘導する。
クーデターを企てた罪で騎士に連行され部屋を出ようとしていた元大司教のドルバンは、突如現れた女神の姿に目を見開く。
そして両手を掴む騎士の手を振りほどくと、女神へと膝を立て祈り始めた。
「おお!女神よ!」
「こら!立て!」
「愚か者め!女神が降臨なされたのだ!お前たちの思い通りになると思うな!こうなってしまえば私たちの勝ちだ!勇者は復活する。そして私たちに逆らう者たちは全て死ぬがいい!」
「くっ!」
再び連行しようと試みた騎士は、ドルバンのその言葉に躊躇した。
その場の全ての視線を集めていた女神は、身動きせずに無表情で横たわる勇者をただ見つめていた。
静かにもう一度勇者が起き上がるのを待っている。
「アルマ!!!結界だ!!!」
「あっ、はいっ!」
一瞬の沈黙の後、もう一度ロキの声がその場に響いた。
ロキの指示を受け、アルマは慌てて女神が現れている空間へと向けて結界を張った。
それまで無表情だった女神の表情が動く。
「何をする?聖女よ……」
アルマは黙って結界を張ろうと意識を集中する。
「やめなさい。何のつもりですか?」
女神はその顔が苦痛に歪んでいるかのように見えた。
「……止めろと言っているだろう!!!」
突如、女神は怒りの表情に変わり、アルマを恫喝する。
「アルマ止めるな。あいつを封じ込めろ!」
「はい!」
そんなロキの指示に従い、アルマは必至で女神の周りに結界を発動させようとする。
「きさまらああああ!!!」
その瞬間、女神の周りの空間に亀裂が入り、パリンという音を立ててガラスが割れたかのように透明な何かが飛び散った。
「きゃっ!」
アルマの悲鳴が響く。ロキは心配してアルマの体を支える。困った顔をするアルマと共にロキが女神の方に振り返ると、そこには怒りの形相でこちらを見下ろす女神の姿があった。
そしてロキは理解する。アルマの結界は破られたのだ。
怒りの女神は再び言葉を発する。
「勇者よ、目覚めなさい!」
そう言われたロキたちの足元の勇者ダイジローは、瞳を開くとゆっくりと起き上がった。
ロキたちは警戒し、身構える。
「勇者よ、その愚か者どもを倒すのです!」
ダイジローは一度女神の方を見る。そして振り返ってロキたちの姿を見る。
勇者の身体能力向上を封じていたアルマの神威結界は、女神によって破られた。
だとすると今の勇者は脅威だ。
ロキは身構えた。とにかく仲間たちを守るためにはどうしたらよいかに思考をフル回転させていた。
だが次の瞬間、
「うわあああ!」
ダイジローは叫び声を上げて壁の方へと走り出した。
「どうしたのですか、勇者よ?」
「嫌だ、嫌だ!もう嫌だ」
壁に肩から衝突すると、そのまま崩れ落ち、礼拝堂の隅っこで頭を抱えてうずくまる。
勇者ダイジローはひどく怯えていた。
その姿を見て、ロキは女神へと言った。
「はっ!そいつはもう使いものにはならねえようだな!」
ダイジローは、先ほどロキに殺された瞬間の記憶が鮮明に残っており、死に対する恐怖でおかしくなっていたのだ。
女神は手先であるはずの勇者が使い物にならなくなってしまったと知り、怒りで頬をひくひくをけいれんさせながら今度はロキを睨んだ。
「おまえは何者だ?先ほどから聖女に指示したり、私に無礼な言葉を吐いたり」
ロキは頭の中で戦う術を考えていた。
まだ女神は直接攻撃をしてきていない。
宙に浮かぶ女神の姿は、うっすらと向こう側が透けて見える。
実体を持たないようであったが、勇者を蘇生させた魔法を実際に使ったし、おそらくこちらに直接干渉できる自分たちが使う魔法とは別次元の強力な力を持っているはず。
今は自分たちの事を取るに足らない存在として見てるため、すぐに攻撃してこないようだが、もし女神が本気になったら、自分たちが殺されるだけでは済まず、大きな被害がでるだろう。
「黙ってないで答えたらどうだ?そこの男よ。私に逆らうとは、なんのつもりだ?」
ロキが先制攻撃をためらっていると、ついにしびれを切らした女神が右手をロキへ差し向けた。
ロキは、足元の感覚がなくなったと感じると、自分の体が宙に浮いていることに気が付く。
「私が質問しているのは貴様だ。私の声が聞こえぬのか?」
まずい。ロキがそう思った次の瞬間には、ロキは石畳の地面へと叩きつけられていた。
「うぐっ!」
ロキの全身に痛みが走る。
何か所か骨が折れたのを感じる。
痛みで動けなくなったロキに、アルマが回復魔法を唱えた。
「≪回復≫!」
一瞬ロキの全身がふわっとした光に包まれた次の瞬間には、ロキの負傷は全快していた。
ロキは手を付いて立ち上がる。
女神は今度はロキではなくアルマを睨んでいた。
「聖女よ。私の邪魔をするのを止めなさい。あなたも私の言う事を聞かないようなら、罰を与えますよ」
アルマは一瞬恐怖で体が縮こまったが、しかしすぐに勇気をもって女神を睨み返した。
「えいっ!」
「なっ!」
両掌を女神へ向け、強い意思で再び結界を掛けようとするアルマ。
その行為に動揺した女神は、再び困惑の表情を浮かべる。
「クソガキがああ!!」
今度は女神がアルマに手を向けると、アルマの体は先ほどのロキと同じように、宙に浮かび始めた。
「死ねっ!」
女神はアルマの体を地面へと叩き落そうとする。
だが、アルマの落下位置には、ロキとアポロとココロが集まり、三人でアルマを受け止めた。
「あ、ありがとうございます」
「礼はいい。おまえだけが頼りだ。なんとかあの化け物を抑えてくれ!」
「分かりました!」
アルマは再び結界を強く念じた。
苦しそうな女神は両手で自分の周りの空間をかき分けるようなしぐさをしていた。
「くそう、結界がまとわりつく……、こんなもの何度でも壊してやるわ!」
だが次の瞬間、女神を強い光が包んだかと思うと、ぴたりと動けなくなっていた。
「な……何がおきた?」
声を出すしかできなくなった女神が足元の人間たちを見ると、そこにはアルマの横で女神へ向けて結界を念じる聖女レオーネの姿があった。
「聖女が二人?!どういうことだ?」
「ルナさん!」
「アルマちゃんにばかり危険なことはさせられないわ」
「ありがとうございます」
そんな二人の聖女から、神威結界を掛けられた女神はだんだんと力を弱めていっていた。
「こ、このままでは星辰体を失ってしまう……、実体化するしか……」
女神がその場にいた者たちが理解できない内容の独り言を呟くと、半透明だったその姿がだんだんと色濃くなっていった。
ゆっくりと地に足を付く女神。そして膝をつきうなだれる。
女神が結界を振りほどくように体を動かし始めると、だんだんとその体の色は肌色から緑色に、そしてその皮膚がボロボロとひび割れ始めていった。
「うぐおおおおおおお……」
女神は聞くに堪えないうめき声を上げると、顔を上げる。
そして見開いたその両目は、真っ赤に光っていた。




