第90話 60階層
ついにブルームポートの迷宮の最下層である60階層に突入した勇者パーティーは、前回踏破の記憶通りに探索を進めていた。
60階層は廃城の中の様な作りとなっており、石造りの通路を進む。
時折みかける窓の向こうは漆黒の深い闇。何もない空間となっている。落ちたら帰ってくることはできないのかもしれない。そんな闇の中にあるはずのこの廃城だが、ぼんやりとした灯りに包まれており、視界は悪くはない。
そんな不思議な空間の中、時折突然現れる動く鎧。兜を弾き飛ばしても中身が空なそれは剣を振り向かってくる。
前回の探索で初めてそれと遭遇した時には戸惑った勇者だったが、胸の中心にある核らしき部位を破壊すれば倒せることを知って以降は取り乱すことは無い。
淡々と作業のように鎧を倒し、そしてたどり着いた広間には、上階へと続く長い階段があった。
何も言わずに階段に敷かれたボロボロのカーペットの上を歩いて登ってゆく勇者。そして大きな扉の前にたどり着くと、仲間の方へ振り返り声をかける。
「いいか?この中に中ボスがいる。俺たちが近寄ると突然そこに現れるから油断すんじゃねえぞ」
「はい」
仲間の三人が声を合わせて返事をすると、勇者は頷いてその扉を開けた。
支柱に囲まれた広い部屋。中央上部にある天窓からぼんやりとした光が刺している。
部屋の向こうには出口である扉があるが、四人は慎重に進む。
そして光の照らす中央部に近寄った時、突然四人の目の前にそれは現れた。
全身が硬い鱗で覆われた巨大な象。
鼻先がとげのついた鉄球のようになっており、それを振り回して攻撃してきた。
勇者パーティーの盾役である重戦士バカラが、自分の身長よりも大きい大盾でそれを受け止める。
激しい衝突音と共にバカラが吹き飛ばされるが、その後ろにいた仲間たちには傷一つない。
慌てて退避行動を取る荷物持ちのピートと、バカラに駆け寄る聖女レオーネ。
レオーネはバカラへ回復魔法をかける。
そして巨象に対峙している勇者ダイジローは剣を構え臨戦態勢を取った。
「≪雷撃≫!」
振り下ろした聖剣から走る雷撃が、巨象の魔物へとさく裂する。
ブオオオオオオ!!!
耳を覆うほどの叫び声を上げる巨象。
だが、土竜の死体を爆散させるほどの勇者の雷撃を浴びて、その巨体はいまだ健在だった。
もちろん雷撃一撃で倒せないことをすでに知っていた勇者は、追撃を浴びせるために女神の加護に包まれたその身体を跳躍させる。
およそ人間とは思えないほどの速度で飛び出した勇者は、見るからに強固な巨象の体へ向けて聖剣を振り下ろす。
まるで包丁で食材を切るかのように巨象の表皮を切り裂いてゆく。
痛みに暴れる巨象は、叫び声を上げながら勇者を振り払おうと鼻先の鉄球をめちゃくちゃに振り回す。
だが勇者はそれを難なく交わし続け、一方的に攻撃を続ける。
そして一番大きな傷に対し、至近距離から再度雷撃の魔法を食らわせた。
「≪雷撃≫!」
雷撃が巨象の内部へ突き刺さり、激しい爆発音を上げながら巨象の腹部は爆散した。
レオーネを庇いながら大盾を構えたバカラが、爆発音の後に勇者たちの姿を確認すると、そこには大きな魔石の横に立つ勇者の姿だけがあった。
「倒しましたか……」
危険の及ばない場所まで退避していたピートが、戦闘が終わるとすぐに勇者の元へと駆け寄り、巨象の魔石を回収した。
「行くぞ……」
「お待ちください」
すぐに先へと進もうとする勇者に対し、レオーネがそれを止める。
「さっきバカラさんの鎧が変形してしまって苦しそうです。直すまでお待ちください」
「すいません……」
バカラは肩の接合部から鋼鉄製の胸当てを外し、内側に凹んだそれを直そうと内側から叩き始めた。
「ちっ、もたもたしてんじゃねえよ!足を引っ張るのもほどほどにしろ!」
王都内にいる時には神の結界によって制限されている勇者の女神の加護だが、制限されることのないこの迷宮の中では勇者の身体能力は超人的だ。だが女神の加護のない仲間の三人は飽くまで常人の域を出ることなく、それが勇者にとって足手まといにすら感じられた。
だが聖女の回復がなければ勇者自身が怪我をした時に困るし、聖女を守るためには盾役のバカラがいる。そして勇者が荷物を持っていては戦闘に不便なため念のためのポーション類や魔物を倒した時のアイテムを運ぶ役としてピートが必要になる。必要最低限のメンバーとはいえ、それでも勇者はいらだちを覚えていた。
「バカラ、てめえダメージを受けすぎだぞ。てめえの回復で聖女の魔力が尽きたらどうすんだバカヤロウ」
「す、すいません!」
鎧を修復しながら勇者に頭を下げるバカラ。
「バカラさんは私を守ってくれて怪我をしてるのです。悪いのは私です」
それを庇うレオーネ。そんなやりとりに勇者の苛つきは増す。
「そう思ったらテメエももっと気をつけろ!一回踏破してんだから、敵の動きくらい分かってんだろうが!」
「すいません!」
二人の会話を横で聞いているピートは、いつ勇者のいらだちが自分に向かってくるかとびくびくしながら、何も言えずに冷や汗を垂らしていた。
そして黙って一人で進み始める勇者を、慌てて胸当てを付けなおしたバカラたちが追った。
勇者ダイジロー、重戦士バカラ、聖女レオーネ、運び屋ピートの順に並んで歩く四人。
ふと勇者は後ろを振り返り、バカラの後ろにいるレオーネへと声をかけた。
「レオーネ。てめえあいつらに何話したんだ?」
「えっ?」
「知らねえと思ってんのかよ?てめえあいつらに会った日、あいつらの宿に行ったんだろ?」
「え……その……」
「へっ!どんな悪知恵を企んだんだか知らねえが、お前たちの思い通りになると思うなよ?今日この迷宮を踏破したらすぐに王都に戻ってあいつらの死刑を手配するからな!」
勇者の言葉に肩をすくめ怯えるレオーネ。
そんなレオーネを見て、勇者はニヤリと笑う。
「てめえもあいつらに肩入れしておいて、ただで済むとは思うなよ?神殿に言ってそれなりの罰を与えてやるからな。鞭打ち100回くらいは覚悟しとけよ」
俯いて暗い顔をするレオーネ。バカラとピートはレオーネを庇いたいが、何か言って勇者の不機嫌が自分に向かってくるのが怖くて何も言い出せない。せめて王都に帰ったら神殿にレオーネへの罰を軽くしてもらえるよう直訴しようと思うのがやっとだった。
そんな重苦しい空気の中、四人が薄暗い通路を進んでいると、勇者がふいに呟いた。
「おかしいな……」
「何がおかしいのですか?」
勇者の独り言にピートが尋ねる。
「この通路には泣き女霊が出るはずなんだが……」
ピートに返事しているのか独り言なのか分からない言葉を吐く勇者。
そして一行は次の扉にたどり着く。
「……まあいいか。それじゃ行くぞ。次の部屋の方がさっきの中ボスより面倒だからな。この部屋にはガーゴイルと死霊の群れがでる。俺が取りこぼしたヤツにやられんじゃねえぞ!」
「はい」
三人の返事を聞き、勇者は扉を開けた。
先ほどの巨象が出た部屋と同じような構造になっているその部屋には、さっきの部屋の支柱の代わりにある台座だけが並んでいた。
「あ?」
異変を感じ速足で前進する勇者。慌てて追う三人。勇者と同じく時間逆行を経験している聖女もその異変を感じ取っていた。
「なんでガーゴイルがいねえんだ?死霊も出てこねえじゃねえか?」
部屋の中央で回りを見回す勇者。
バカラとピートは何がおかしいのか分かっていない。
「ちくしょう!何でだ?」
突然勇者は一人で走り出した。
慌てて三人が追うが、勇者の足の速さに追いつけない。
勇者を見失った三人は、魔物に怯えながらも道を知る聖女に案内されて先へと進む。
なぜか一切魔物が出現しなくなった迷宮を、三人はただただ走った。
そしてようやくたどり着いたこの迷宮の最深部、60階層ボス部屋である玉座の間では、先にたどり着いていた勇者が荒れ狂って辺りを破壊していた。
「うおおおおお!」
「どうされました勇者様?!」
「ねえ!どこにもねえんだよ!ふざけんじゃねえ!」
聖剣によって部屋中のものを破壊し続けながら、勇者は絶叫する。
怯えながらバカラは勇者に尋ねた。
「何が無いというのですか?」
「だからこの迷宮の核になる『聖鍵』がねえっつってんだよ!!!うおおおお!」
あっけにとられているバカラとピートを横に、レオーネは上を見上げながらここで起きた出来事を確信した。
「ロキさん……」




