第12話 回復術士アルマ
迷宮探索をしているとあるパーティー。
「おい!もたもたしてるんじゃない!早くしな!」
「すいません!」
大声で叱責したのは、鋼鉄の大剣と丸盾を持つ金属の鎧を着た大柄な女。
その怒鳴り声におののき、謝罪して少し後ろから追いかけてくるのは、白いローブ姿の小柄な少女だった。
大柄な女は見た姿の通り戦士であり、このパーティーのリーダーであるB級探索者、名をロイダといい、かつてはA級探索者として最前線で戦っていたことがある。
ロイダはかつて組んでいたA級探索者たちのパーティーと喧嘩別れした後、決まったメンバーでパーティーを組むことが少ない。それは彼女のあまりにもチームワークというものから離れた行動に一緒に組みたがる者がおらず、それでもクランで用意されたメンバーでパーティーを組んでいるからだ。
そんな経緯から次第に格下の仲間だけになってゆき、いつの間にかA級探索者から降格する羽目になっていた。
それは彼女にとっては仲間が悪いせいであり、元A級であったというプライドだけは高い。
そんなことがあって、ロイダは何か問題があるたびに仲間のせいにして恫喝しているため、パーティーの仲間たちからも怖がられている。
遅れてきた白いローブの少女が息を切らせながら「すいません」と謝罪すると、ロイダは舌打ちしながらつぶやいた。
「まったく、とんだ足手まといだよ。何もできないだけならまだしも、足を引っ張りやがる」
「すいません、荷物が重くて……」
「はあ?!」
白いローブの少女が思わず言い訳をした瞬間、ロイダは顔を赤くしながら烈火のごとく激怒した。
「おまえが戦闘で何もできないから、せめて荷物持ちをやらせてやってるんじゃないか!それにすら文句言ってくるなんてどんだけ面の皮が厚いんだい?!それじゃおまえ何ができるって言うんだよ?!」
「ひっ!す、すいま……」
「寄越しな!」
ロイダは白ローブの少女の背負っていた布袋を奪い取ると、腰に差してあった予備のショートソードを抜いて彼女の前の地面に突き刺した。
「ひっ!」
驚いて尻もちをついた少女に、ロイダは次の言葉を言い放つ。
「荷物持ちができないなら前に出て戦いな!私らがどれだけ大変な仕事をしてるか身をもって理解するんだよ!」
「でも、私は回復術士なので……」
「ああ?!」
「す、すいません……」
「その回復魔法を使う機会がないんだから、言ってるんだろ?!おまえだけ遊んでて、みんなと同じ報酬をもらうつもりか?!」
「そんな……」
「べつにお前だけ前に出て戦えって言ってるじゃないんだよ!私がフォローしてやるって言ってるんだ。いくら回復術士って言ったって、戦闘になったら普通槍や弓でフォローするもんだろ!武器は重くて持てないなんてふざけたこと言ってるんじゃないよ!それが嫌ならここでお前を置いて行ってもいいんだよ!」
「それは……」
「わかったらその剣を取って付いてくるんだね!」
ロイダはそう言うと再び前に向かって歩き出す。
少女に他の仲間が声を掛ける。痩身の女だ。
「アルマ。あんただってロイダの言い分もわかるだろ?私らだってあんたが何もしないことにいら立ってるんだよ。見てごらん、あたしもベロニカもあんたと目を合わせもしないだろう?」
そう言われて、白ローブの少女は他の仲間の顔色も伺う。
声を掛けてきた魔法使いサンドラも、もう一人の弓を背負った女ベロニカも不機嫌そうな顔をしていた。
そう。自分はこのパーティーに歓迎されていない。それは早い段階から気づいていた。
白いローブを着た少女の名前はアルマ。
迷宮探索者では珍しい、回復術士だ。
回復術士アルマは後方支援しかできず、パーティーメンバーから悪く思われていた
迷宮探索者の中の回復術士はレアである。なぜなら回復術を使える者は、大抵神殿に就職してしまうからだ。
迷宮探索者は常に命の危険が伴うが、神殿で治療希望者への回復魔法を掛ける毎日には命の危険はない。
余程迷宮探索への憧れを持っているか、ハイリスクハイリターンを求める命知らずでなければ、回復魔法が使えて迷宮探索者を志すことはない。
アルマはそんな貴重な回復術士として期待されたが、実際は出番が少ない。回復魔法しか使えないからだ。
回復術士が少ないという現状は、怪我の治癒には回復薬に頼るしかない。回復薬というものは決して安いものではない。効果の高いものになるほど値段が跳ね上がる。
そのため迷宮探索者は怪我をしないよう、慎重に探索を進めるのが常だ。
だから回復魔法しか使えないアルマはほとんど何もできないお荷物のような存在になっている。
他のメンバーは戦闘中危険に身を晒して戦い時には傷ついているのに、アルマは安全な後方で隠れて何もしない。そんな現状をずるいと受け止められたようだ。
回復術士といえども普通は槍や弓などを使い、後方から戦闘にも参加するものだ。だが非力なアルマは攻撃には何の役にも立てないどころか、逆に足を引っ張ってしまうばかりであった。
家族からも期待されてこの迷宮都市に出てきたのに、うまくいかない現状にアルマは悔しくてたまらない気持ちになる。
目を潤ませたアルマは今にも流れ出そうになっている涙をこらえると、仕方なくロイダが地面に刺した剣を引き抜いて仲間の後を追った。
★★★★★★★★
「おらぁ!」
思い切り振り下ろされたロイダの大剣が、ラットマンの頭を真っ二つに割った。
「ベロニカ!宝箱の中身はどうだい?!」
ロイダに声を掛けられ、部屋の奥に置かれた宝箱のカギを開錠したベロニカは答える。
「これは……空っぽだよ!」
「ちくしょう!罠か!」
宝箱を見つけ部屋に入ったところ、突然入り口の扉が閉まり魔物たちが湧き出した。
ロイダの大剣とサンドラの魔法で魔物たちを相手にしている間に、ベロニカが宝箱を開けたが空っぽであったのだ。
ダンジョンには往々にしてこういうことがある。
「くそう!他に出口は?!」
「見当たらない!」
「ベロニカ!今度は入り口を開けてくれ!」
「分かった……」
そんなベロニカへ、ラットマンが向かってゆく。
「こっちだネズミども!」
ロイダは盾と剣を強く打ち付けて、ガンガンと激しい音をかき鳴らす。その音を聞き、ラットマンは標的を変えロイダへと歩き出した。
それは盾役職の者が使う技能、≪挑発≫。魔物の標的を自分へと向けさせる。
魔物の狙いから外れ、入り口の扉までの進路が確保されたベロニカは走り出す。その間にもロイダはラットマンを剣で叩き切り、サンドラの魔法はラットマンを焼き尽くす。
「どうだベロニカ?!」
「鍵がかかってて、開けるのに時間がかかりそうだ!」
「くそっ!」
扉の鍵を開けようとしている間、ベロニカに魔物を向かわせないよう、ロイダは≪挑発≫を続ける。
挑発に寄せられ、他に出入り口のない部屋なのに、次から次へとラットマンが湧いてくる。
そう、この部屋の中に、魔物の自然発生する場所があるのだ。
「ロイダ!きりがないよ!」
いくら殺しても湧いてくるラットマンに、一緒に戦っていたサンドラが悲鳴を上げる。
さすがにロイダも疲れてきており、焦ってベロニカに声をかける。
「ベロニカ!まだかい?!」
「ごめん、まだ……外からは簡単に開いたのに……」
その時、突然扉は開いた。
「あっ?!」
そこにいたのは、アルマだった。
内側からはなかなか開かない扉だったが、三人の歩みの速度に付いてゆけず遅れてやってきたアルマが、外から開けたのだった。
「でかしたアルマ!」
「え?!」
ベロニカのその言葉の意味が分からず戸惑うと、目の前に広がる数多くのラットマンにアルマは言葉を失う。
「逃げるよ!ロイダ!扉が開いたよ!」
「分かった!行くよサンドラ!」
ロイダとサンドラは入り口へと走り出した。
「早く!」
ベロニカに急かされてアルマも逃げ出す。
四人を追って部屋の中のラットマンたちはぞろぞろと付いてきた。
「くそ!どこまで付いてくる気だ?!」
ロイダは舌打ちをする。
足の遅いアルマにロイダたちはすぐに追いつくと、ロイダは何か思いついた顔をし、そしてアルマを突き飛ばした。
「え?!」
何が起きたか分からないまま、簡単に突き飛ばされ転倒するアルマ。
ラットマンたちはぞろぞろと近寄ってくる。
慌てて立ち上がろうとしている間にロイダたちはどんどんと先へ行ってしまう。
置いていかれた?!
アルマの頭が真っ白になる。あの数のラットマンに取り囲まれたら生き延びる自信は全くない。
慌てて走り出したアルマにラットマンの群れが追いつこうとした時、通路の先から再びロイダの声が響いた。
「畜生!こっちはゾンビだ!どきやがれ!」
大声の後、ガンガンと武器を打ち鳴らす音が響く。
すると次の瞬間、ラットマンたちはロイダを無視して音のする方へと歩き出した。
「え?!」
ラットマンだけではない。わき道からは大コウモリが現れ、そしてロイダ達へと向かってゆく。
アルマがその光景を見ている間にも、ロイダの≪挑発≫の轟音は鳴り響く。
そう、ロイダが迷宮の中の魔物をどんどんと集めているのだ。
「あの音を鳴らすのを止めさせないと!」
だが非力なアルマには、何もできることがなかった。