第11話 魔物の自然発生
迷宮は10階層ごとに雰囲気を大きく変える。10階層までは石造りとなっていて、まるで古代遺跡のような作りとなっているが、ここ11階層からは洞窟の様相をしている。
だが本物の洞窟と違って、この洞穴階層も他の階層と同じく迷宮全体が薄明かりに照らされていて、ランタンなどの照明は必要ない。
逆に洞窟との共通点としては、洞窟に生息するタイプの魔物がここでも出没するという点がある。
この階層でもっとも出現数が多い魔物は、ラットマンだ。
10階層までと同じようにスライムや大コウモリも出没するが、上層より数は少なくなっている。
先ほどラットマンとの戦闘を終えた俺たちは、無言のまま迷宮を進んでいた。
迷宮の中は俺たちの足音と遠くで水が滴る音、時々コウモリの羽音などが聞こえるが、まだ戦闘に突入するかどうかは分からない距離だろう。
この階層では、ところどころ部屋のような空間があり、そこでは魔物が出現しやすくなっている。
俺たちはフーゴの案内で一つの部屋へと入ろうとするが……
「待て待て待て待て!」
思わず俺は声を上げてしまう。
「何だ?」
俺の声にキョトンとした顔で振り返るフーゴ。その表情から察するに、何も気が付いていないらしい。
「足元よく見てみろ!」
俺が指を指したのはフーゴの数歩先の足元。そのまま進もうとしていた先だ。そこだけ他の地面と違う色をしていた。
「落とし穴だ」
「あ!本当だ」
とぼけた返事をするフーゴ。そんなんでよく今まで生き残ってこれたなと感心してしまう。
「ピットくらいなんだって言うんだ!落ちたって大した怪我はしないだろう!それっぽっちで手柄を挙げた気になるなよ!」
そしてアドンからは恒例の罵倒が入る。
確かにこの階層にあるピットは深さはだいたい1mほど。落ちた場合、酷くても足を挫く程度で命に係わる大けがをすることはまずない。
だからと言って、なんで落とし穴に落ちないよう指摘してやっただけなのに叱責されなきゃいかんのよ。
まあいい……。
俺たちはピットを迂回しながらその先の部屋に入る。俺たちが部屋へと入った瞬間、その部屋の中央に霞がかかったような物体が現れ、そしてそれはだんだんと形を成してゆき、一体のラットマンとなった。
これがダンジョン内で起こる魔物の自然発生であり、俗に言うポップするという現象だ。迷宮の中で魔物が生まれる瞬間だ。
「1体か!ちょうどいい、行くぞ!」
たった1体だけの出現を好機と捉え、圧倒的優位に俄然やる気を出したアドンは、まっすぐラットマンへと向かってゆく。そして相変わらずのチャンバラを始めた。
あまりにアホらしい光景だ。一応援護が必要かどうか聞いてみることにした。
「どうする?加勢するか?」
「おまえは黙って見てろ!俺たちの戦い方を見せてやる」
ぜえぜえ言いながら、ラットマンと打ち合うアドン。そして、「せい!」という掛け声とともに渾身の一撃を打ち込むと、ラットマンの持つ木の棒をはじいた。
「見たか!」
アドンは武器を失ったラットマンの頭を滅多打ちする。キィキィと悲鳴を上げ、両手で頭を押さえるラットマン。
「ダミアン!今だ!」
呼ばれたダミアンは駆け足で近寄ってゆき、超至近距離で火球の魔法を唱える。
火球がラットマンに当たると、ラットマンは悲鳴を上げて動かなくなった。
「どうだ、見たか!ぜえぜえ……」
超ドヤ顔のアドンに俺が何と声を掛ければよいか分からずにいると、フーゴがゆっくりと倒れて動かないラットマンに向かってゆき、やはり超至近距離で弓を構える。
「ギャア!」
フーゴの矢が当たりラットマンは絶命、その体は光となって消える。
「まだ死んでいなかった。油断はよくない」
「おおそうだったか、すまんな。どうだロキ?さっきは群れと遭遇して焦ってしまったが、お前が手を出さなくても俺たちの実力はこんなもんだ」
群れって、さっき会ったのは、たった4匹じゃねえか。そしてラットマンごとき殺すのにどんだけかかってるんだよ?何を自慢したいのか分からないし、どう突っ込んでいいのかも分からない。まあいい……
「じゃあ次行くか」
「待て!」
俺が部屋を出ようとすると、アドンから呼び止められた。
「休憩だ休憩!戦闘の後は休憩が必要に決まってるだろ?」
「え?あんだけで?」
「あんだけって何だおまえ!」
今度はダミアンが怒りだした。
「俺はなあ、魔法を使ったんだよ!魔力が枯渇すると気分が悪くなるのを知らないのか?魔力を回復させろよ!」
「え?」
俺の目が確かなら、こいつはたった一発の火球を使っただけのはずだ。しかもかなり威力が弱かった。さっきの戦闘でも一発撃ってその後何もしてなかったな……。
前々回組んだ魔法使いのパーシィは、火球なら残存魔力を気にせず自由に放っていた気がする。いや、彼は特別魔力が多いからだろうが、それにしてもダミアンの魔力は少なすぎる。剣士の俺だって数発は打てるぞ。
しっかり15分ほどの休憩をした後、アドンが口を開く。
「ふん、戦闘に参加しなかった奴が待てないみたいだから、そろそろ行ってやるか」
「仕方ない……」
そう言って座り込んでいたダミアンも立ち上がると、フーゴも無言でそれに続く。
「まだ完全に回復していないんだがな……」
ダミアンは、なんだかよくわからない独り言の言い訳をしている。
俺が無言でその光景を見ていると、またアドンがキレる。
「なんだてめえその目は?!は?俺たち三人だけで魔物を倒したから疲れてるの分かるだろ?」
「いや、俺だってさっき倒したんだが……」
「お前は一撃で殺してたんだから疲れるわけがないだろ!俺たちの戦闘を見てなかったのかよ?!」
俺が一撃で殺せる魔物に疲れるほど苦戦していて、なぜそんなに威張れる?
アドンの口撃は止まらない。
「お前周りから何て言われてるか知ってるか?D級のくせに偉そうな口だけの男だって言われてるぞ!」
一部の奴からそう言われてるのは知ってるし、勝手に言わせておけばいい。というか言ってるやつらってお前らみたいなやつらだろう。
しかし、パーティー内の空気がどんどん険悪になってゆくのはいただけない。
一匹殺しただけでこんなゆっくり休憩をしていたら、何も成果をあげることができない。かと言って大物と戦ったらこいつらは大けがをしかねない。
くそ、もしかしたらこれ、俺がソロで潜った方が稼げるパターンだぞ?いっそ別行動にするか?
部屋を出て歩きながら、俺は今日どうすれば最大限の成果を挙げられるかに頭を悩ませていた。
そんな時、迷宮の先から人の声が響いてきた。
「ん?悲鳴?」
迷宮の中では、あまり大きな声を出さないのがセオリーだ。なぜなら魔物を呼び寄せてしまう可能性があるからだ。
なのに大声を上げているという事は、もしかしたら助けを求めているのかもしれない。
「女の声ですぞ、アドン氏!」
「そうですな!これは助けに行かねば!」
アドンとダミアンが急に張り切りだし、悲鳴がする方に向かって走りだした。
「かわいい子だといいなあ……」
そう呟くとフーゴも二人に続く。
女の悲鳴のような声を出して男を惑わす魔物もいるという。だがこの階層で出没するという話は聞いたことがない。おそらく本当に女性が大きな声をあげているのだと思う。
基本的に迷宮内では他のパーティーとは関わらないのがマナーだが、助けを必要としている場合に手助けをすることはある。助けを必要としていないのに加勢するのはトラブルの元なので気を付けなければいけないが。
ともかく俺も3人の後に続き、悲鳴がする方へと向かった。