家族
ウサギ、猪、牛の集団に勝利したナオミとシャグラスは、自分たちが作った肉火山のカルデラに金の階段をかけて脱出し、さらに南を目指した。
(いやぁ、それにしても沢山食べ物が手に入ったね。)
「あれはやりすぎでしょ...。というか私、シャグラスがそんなに食べるって知らなかったんだけど...。」
(う...。実は今まで内緒で狩りのときに食べまくってたんです。)
「うわぁ...。」
軽蔑したようにそう答えるナオミは、どこか嬉しそうだった。
彼女らは数日間森を旅しながら過ごしたが、戦争を終えて草食動物が一気に減ったのか、狩りが少しだけ難しくなった。また森がじめじめとしており、木々の葉一枚一枚が大きく、より光を遮るようになった。
「あっ!」
(なに?)
「狸!狸だよ!ちゃんと見てなかったの?」
確かにそのとき、ナオミは小さな狸が茂みに入っていくのを見たのである。
(嘘だぁ。)
そう言ったシャグラスは、目をキラキラと光らせ、しっぽを左右に大きく振っていた。
「ちょっと追ってみてもいい?」
シャグラスはナオミがこんなところでわざわざ嘘を付くわけがあるまいと思ったので、彼女がゆく方向について行ってみることにした。何より、シャグラス自身が家族に会えるかもしれないと心を踊らせていたのである。
ナオミの背丈ほどもある草をかき分けてゆくと、彼女は奥にもさもさと動く茶色い塊を見ることができた。彼女は、できる限り声を抑えてシャグラスに伝えた。
「あれ...、あれだよ!ほら!」
(ほ、本当だ...。狸の群れだ...。)
とある狸はじゃれ合っており、またとある狸は周りを見張っている。獣道を追跡してきた以上、ナオミたちが見つかるのも時間の問題である。
「そろそろ引き返さない?」
ナオミは言った。
(いや...、行ってみてもいいかな...。)
「え...。でも、この間戦争を仕掛けられたばっかりだよ?」
(家族がいるかもしれないんだよ...。)
「家族ね...。」
ナオミは少し俯いてから、シャグラスの目を見つめて言った。
「いいんじゃない?行ってきたら?」
(うん...。)
シャグラスは少し硬い足取りで、草をかき分けながら群れの方へ歩いていった。
「家族ね...。」
ナオミはそのとき、自分をこき使った母親や暴力を奮った父親のことを思い出していた。
「今会ったら、優しく迎えてくれるんだろうか...。」
彼女は、自分がもし家に帰った時のことを考えてみたが、どうしてもぶたれたり、罵声を浴びせられたりする考え意外に想像することができなかった。
「シャグラス...。いいお父さん、お母さんだといいね...。」
シャグラスは、早速無数の視線を感じた。これは、気になるものをじっと見つめるという狸の習性によるものである。
(仲間...。)
(仲間だ...。)
狸同士でひそひそ話をするのが、シャグラスにも伝わってくる。
(すみません。長はいますか。)
ピリついた空気を押しのけるように、シャグラスは群れ全体に話しかけた。
(私が長、ソーンだ。お前はどこの群れから来た。)
長がシャグラスを認めていないのだと知るや否や、群れは一気に警戒感を高め、中には牙をむく者もいた。
(群れは...、ありません。)
(なんだと?)
(小さな頃からずっと旅をしているのです。)
(なぜだ。群れがなければ危険であろうに。)
(家族を...、探しているのです...。)
ふと、群れの雰囲気が変わった。
(ねえ、あなた...。)
長の背後から、雌の狸が現れた。気のせいか、雌の狸は両目の瞳孔が大きく開いており、さらに光を多く反射していた。
(この子もしかして、うちの子じゃないかしら。)
そう言うと、恐る恐るシャグラスに歩み寄ろうとした。
(待て。我が妻、エリスよ。そやつに触れることは許さん。おい、ヴェノムよ。こいつの匂いをかげ。)
すると群れの中から一匹、体の小さい、しかし成長しきったであろう狸が現れ、シャグラスの体を隈なく嗅いだ。
そしてヴェノムは、怯えた様子でこう伝えたのである。
(長、こいつは...、人間の臭いがします...。)
(なんだとぉ!?)
ソーンは牙をむき出しにしてシャグラスを威嚇した。シャグラスただ、じっと目をそらさず、長を見つめ返していた。
(よりによって人間だと...。)
(人間の臭いがするのがそんなにおかしいでしょうか。)
(とぼけおって...。お前、人間と行動を共にしているのではないか?)
(そのとおりです。この中に私の家族がいるかも知れません。一度会いたいのです。もしよろしければ、しばらくご一緒させていただけないでしょうか。)
(ならぬ。貴様など信用できるか。噂は届いているのだぞ。森の動物をひたすら殺し回る同胞と人間のことを。その人間を我々の群れに近づけてみろ。ただでは置かんぞ。)
つまり、どこぞの一人と一匹のせいでこの狸の群れは、森の中で浮いてしまっているのではないか、とシャグラスは推測した。
(これは...、失礼しました。)
シャグラスは諦めることにした。これ以上抵抗して、家族かもしれない狸たちに殺意を向けられるのはまっぴらだった。何より、戦争など起こされたらそのつもりはなくても大虐殺を起こしかねない。それだけはなんとしても避けたかった。
「どうだった?」
(だめ...、だった...。)
「そう...。」
(それより早く離れよう。ナオミがいると、また戦争が起きるかもしれない。)
「そっか...、私、森だと目立つもんね。」
シャグラスは聞いた。
(ねえ、私達、どこに言ったら幸せになれるんだろうね。)
ナオミは答えなかった。