野生 3
集まった動物たちは、皆動揺していた。
(何だこれは...。)
森の木々の間に隠れて、金色の壁ができている。大きさは大人の猪十頭が入るくらいだろうか。壁の表面は網目状になっていて、中が見えるようになっているのだ。中にはシャグラスとナオミがいる。狸の方はあくびなどをしているが、人間の方は表情がこわばっている。人間も人間で、何か両手に細長い金色の棒を持っていた。
(そんなもので我々から逃れられると思っているのか!いけ!)
ウサギの長が咆哮を上げた。甲高い鳴き声が辺り一帯に広がり、その後猪の野太い咆哮が響き渡る。
猪とウサギが一斉に金網に飛びかかった。
(ほらね。動物の戦い方なんてこんなものなんだよ。)
あくびをしながらシャグラスは言った。
「じゃああなたは何者なの」
ウサギや猪がフエンスに触れそうになると、金色の刃物が地面から飛び出し、彼らを貫いた。その度に悲鳴が上がる。
シャグラスはキョロキョロと金網の外の様子を見ながら、みるみるうちに肉の壁を築き上げていった。ナオミの仕事は、金網際で息をしているウサギや豚を、ブスブス刺すことだった。
「うっ...。」
全方位動物の屍で囲まれているため、金網の内側には、血やら内臓やらの悪臭に彼女は嘔吐かされた。血しぶきが黄金の網を徐々に赤色に染めていく。
彼女の足元が、血で泥濘んできた。
「ねえ、降参してくれないの?」
(聞いてみるよ。おい!ウサギの長!降参する意思はないのか!)
すると、すぐさま返事が返ってきた。
(貴様のように残虐非道な者たちに我々は屈しない!)
(うわぁ...、これは大変だよ。)
大きく出たウサギの長であったが、現在打つ手なし、またしてもわなわなと震える他なかった。
(ぐぬぬ...。もう少し。もう少しなのだ。もう少しで、奴らが来るのだ。)
金網はギシギシと音を立て、所々曲がり始めている。肉の壁は、ナオミの背丈と同等の金網の、その高さまで到達しつつあった。
そのとき、シャグラスは何かの物音を聞き取った。
(ナオミ、ちょっと危ないかも...。)
「えっ?」
ナオミが聞き返した瞬間、辺り一帯一体に野太い咆哮が響き渡る。猪など比にならないほどドスの利いた声である。数は少ない。
「牛じゃん...。」
巨大なジュブルが四頭、金網を囲うように東西南北に立ち塞がった。牛の声を聞くと、飛びかかろうと構えていたでいたウサギや猪たちがさっと引いた。
東西南北のジュブル(ヨーロッパバイソン)は全て筋骨隆々、前足の蹄をガリガリと岩に擦りつけている。中でも一際体の大きい、北のジュブルがシャグラスに話しかけた。
(貴様ら。良くもこの間は俺達の仲間を食ったな。)
(馬鹿でしょ。まあ子持ちの牛は美味しかったよ!)
「ああ!あのときの!」
ナオミは手を叩いて反応した。ジュブルたちには彼女が何を言っているのかがわからなかったが、そのことがより一層彼らを怒らせた。
(コケにしやがって!!)
ジュブルたちは一斉に肉の壁に向かって突進した。壁は最早真紅となった網に向かってなだらかに積み上がっており牛たちは、屍の背中や腹や目玉など、所かまわず踏みつけながら壁の内側を目指した。
そのとき、
(ごめん...、実はちょっと疲れてきた...。)
とシャグラスが言った。シャグラスは泥濘んだ地面にべたりと腹をつけて座り込んだ。
「えっ?ま、待ってよ!」
全身真紅に血塗られたナオミは、慌てて聞き返した。
牛たちが肉の壁を登ることができたのも、実を言うとシャグラスが既に疲弊しており、金色の剣を出すことをためらっていたからである。そのとき既に、真紅のカルデラの中でナオミが両手に持っていた剣は、ぐにゃりと弓のように曲がっていた。
(来るよ!)
シャグラスはナオミに呼びかけると、新しい黄金の剣を一本作った。今度はより太く、長い、大型動物の頭蓋骨も容易に砕けそうな代物である。彼女はこの一本で、四頭の牛と戦わなくてはならない。
(しまった!)
そう言ったのは、ジュブルのうちの西にいた一頭、最も早くカルデラに到達した者だった。この牛は勢い余ってジャンプして網の中に飛び込んだ為、血の沼に勢いよく体を打ち付けてしまった。
「よし!」
ナオミはその瞬間を逃さず、一気にジュブルに接近し、剣を目玉に突き立てた。彼女の体重であれば、泥濘んだカルデラでもなんとか動くことができた。
(ぎゃあああああああああ!!!!!!)
牛は悲鳴を上げたと思うと、電源を切ったロボットのように頭を下げて動かなくなった。
「よし!あと三頭!」
ナオミは剣を中段に構え、前後左右の状態を確認した。三頭のジュブルたちはじっと一人と一匹を見張っている。
(出てこないか!卑怯者め!)
北にいたジュブルがシャグラスを挑発すると、シャグラスも負けじと言い返した。
(何とでも言ったらいいよ。中に入ったら勝てないってわかってるんでしょ?)
そういうと、狸はお腹にべっとりとまとわりつく血を舐め取った。汚れをとるふりをして体力を回復しようという魂胆であった。力を得たシャグラスはジリジリと牛の死骸に近寄る。牛を背にしたナオミにの横にピタリとくっつくと、
(しんどいし流石にもう終わりにしようか。)
とナオミにだけ聞こえるように語りかけた。
(おい!勇気のあるジュブルさん!今からいいものを見せてあげる。見たい?)
(......。)
シャグラスはへたり込みながらも、できるだけ背筋を伸ばして牛たちを睨みつけた。
沈黙。牛と狸の睨み合いがしばらく続いた。死んだ牛が不可抗力でどさりと横に倒れた頃、シャグラスはじりジリジリとその牛の死体に近寄づいていた。
(しょうがないなぁ。)
するとシャグラスは突然、死んだ牛の潰れた眼球に噛み付いたのである。
東の牛が野太い声で鳴いた。目は血走っていた。シャグラスは食べ続ける。ブチブチと音を立てながら視神経を頭蓋骨から引き抜いた。
(よ、よくもおおお!!!!)
東の牛は今にも飛び込みそうな勢いである。南の牛は鼻と瞳孔を開いてわなわなと震えていた。
シャグラスは空洞になった目のところに顔を突っ込みながら言った。
(君たちの種族はとっても美味しいね。)
(この悪魔がああああああああああああ!!!!!)
東の牛が後ろ足に力を込めて死んだ豚の頭を蹴りつけようとしたとき、
(落ち着け!)
と北のジュブルが静止した。
(悔しいが...、帰るぞ...。)
(でもこいつら、殺さないと!)
(お前に殺せると思うか?少なくとも...、俺は...、三頭では無理だと思う。)
北の牛は狸に向けていたその大きな巨体を、東の牛に向けた。
(くそ...。いつか絶対殺してやる。)
(貴様らろくな死に方しないからな。)
恨みつらみを言いながら、牛たちは引き返して行った。
(ふう...。大変だったね。)
「ほんと。なんなの戦争って。」
(全くだよ。)
(やれやれ、いただきまーす。)
そう言うと、牛の尻のほうに回り込み、シャグラスはその膨満な肉にがぶりと噛み付いた。
(レアステーキ!うまい!)
「いや、それ生じゃん...。」
彼女は血の池に頭から倒れ込んだ。