蘇生と反逆
ナオミは今日、領主、クラウスの邸宅に来ていた。領主の息子、ソニーとは、小さな時から領主の執事が管理する公園でよく遊ぶ友人の関係だった。今日はクラウスが金を村人に無料で配布すると言うので、両親に受け取るように言われたのだ。
「あら、ブラウンさんの娘さんも来てるじゃない。」
「あんなみすぼらしい子供を領主の家によこすなんて。稼ぎがないと恥も外聞もなくなってしまうのだな。」
パーティに来た村人がナオミを見る目は、軽蔑を込めたものだった。全員が配られる金をあてにしたという前提を棚に上げ、金を取りに来る一人の子供の悪口を言っていた。
一方パーティそのものは領主の振る舞う料理で賑わった。飯や酒で機嫌をよくした大人たちは、ナオミに優しくし始めた。彼女を椅子に座らせ、もっと食え、なかなかこんなことはないぞ、と口から出任せを言いながらこの場で唯一の子供であるナオミに次々と料理を勧めた。
働く両親を差し置いて飯を食べる罪悪感に苛まれながらも、ナオミはパーティ会場を見回す機会を手に入れた。彼女は会場の隅に、檻のような物を見た。
「なんだろ....、犬....??」
檻の中にいる生き物は近所で飼われている犬とは少し見た目が違う。生気の抜けた両目は焦点を失っていた。
生まれて初めて腹が一杯になるほど食べ、うとうとし始めたその時、会場内に悲鳴が上がり始めた。よく見ると会場の一か所に人が集まっている。恐怖に目を伏せる人や、叫ぶもの、興奮に当てられてじっと目を凝らすもの、多様な人々を搔き分けると、中心には鞭を持った領主、クラウスと、血まみれの犬のような生き物の姿があった。
「ひどい...。」
クラウスは引きつった顔で鞭を下げると、震えた声でこう言った。
「こ、この狸はスープにしてしまいましょう。」
「待ってください!」
少女の体はいつの間にか動いていた。彼女にはクラウスの姿が悪魔のように見えていた。
「その狸、私が連れて帰ります!」
「お前にはわからんだろうがな。それにこの怪我じゃもう助かるまい・・・。」
男がわざと同情する素振りを見せたので、それが彼女を余計苛立たせた。
「何を言ってるんですか!あなたが怪我をさせたんじゃないですか!そんなに叩いて!」
「ああ、だがな、嬢ちゃん。大人には大人の事情があるってもんだ・・・。」
「大人の事情?こんなひどいことが大人の事情なもんですか!」
ナオミは小さいながらも強い少女だった。相手が誰であろうと自分の考えを臆することなく言うことができた。クラウスの宿に呼ばれるような大人たちは、そんな彼女の姿を見て、ようやく自分たちのやっていることを客観的にみることができるようになったのか、彼女を擁護し始めた。
「そ、そうだ!動物をいじめているだけではないか!」
「お嬢ちゃんにゆずるんだ!!」
先ほど悲鳴を上げていた者たちも、今度は悲鳴ではなく抗議の声を上げ始めた。
「譲れ!」
「動物をいじめるな!!」
鞭を握ったまま俯くクラウスの顔がみるみるうちに紅潮する一方で、彼を取り囲む人々の言葉は罵詈雑言に変わっていった。
「お前みたいなひでぇやつが領主かよ!」
「そんなに狸が食いてえのか!狸みてえな腹しやがって。」
「金は一体いつになったられるんだ!くれないなら帰るぞ!」
挙句の果てには、彼の行政に対する不満を述べるものまでいた。
「こんな大きな家を建てて。税金が高すぎるとは思わないの??」
すると、クラウスが鞭を床に置き、狸を抱きかかえた。四肢はだらりと垂れ下がり、首もクラウスの肘の内側にかろうじて引っかかっている状態だった。
「皆様!静粛に!」
クラウスはなにか言いたいことがあるのか、人々を黙らせようと呼びかけたが、この状態で彼の言うことを聞くものなど誰もいない。クラウスが口を開くのを見るやいなや、さらに酷い罵倒の言葉を浴びせかけるのであった。ナオミもこのときとばかりに彼女の思いを叫んだ。
「その狸渡してよ!」
その時である。
「うおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
クラウスが突然大声を出して泣き始めたのである。
「なんでみんな俺の言うことを聞いてくれないんだぁああああああああ!!!!!」
この反応には市民も驚いたらしく、これから何が起こるのかを伺うように、罵声が小さくなっていった。ナオミを含めたほぼ全員が目を見開き、クラウスを注視していた。
「渡すよ!狸!悪かったよ!俺だってただ動物をいじめるなんて嫌だよ!でも本当に金が出たんだ!この子が頭をぶつけたときに金が!だからみんなに配ろうとしてここに呼んだんじゃないか!!」
クラウスは涙を拭くと、とぼとぼとナオミに歩み寄り、瀕死の狸を手渡した。彼が、
「ひどいものを見せたね。すまない。大切に育てるんだよ。」
というと、会場全体に拍手と歓声が沸き起こった。
クラウスはナオミの頭をなでて、頬にキスをしたあと、彼女の耳元でこう呟いた。
「覚えておけよクソガキ」
腹の底から出た、どす黒い声であった。