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「ミチル、お前ってやつは本当に鈍くさい。
なんで何もないところで転べるんだ?」
ふう、と呆れたようにアーラスが私をみて溜息を吐いた。
地面に額をつけながら「オホホ」とおかしな笑いをする私にアーラスは「薄気味悪いからその笑い方やめろよ。」と私の頭を上から小突いた。
もう限界だ。
この沸点が低いと評判な大らかな私でさえもう我慢ならない。
母が出掛けた途端に私に「あれを取ってこい」だの「間抜け、そんなことも出来ないのかよ。」などと言う傍若無人な振る舞いにもう我慢ならない。
挙句の果てには転んだ幼い妹に対してこの仕打ち。
「・・・助けなさいよ、この馬鹿兄貴!」
良いだろう、私の本気を見せてやる。
頭の中で「ファイッ!」と戦いのゴングが鳴った。
兄弟喧嘩をしているとこの家のメイド長のお婆、ナリーに杖でコツン、コツン!と私と兄の頭を叩かれた。
地味に痛い。
「くそばばあ!杖で叩くなよ、痛いだろ!」
「くそばばあ?女性にそのような口の利き方をするなど言語道断。
そんなことをいう口はこの口ですかね、坊ちゃま。」
「い、いででで!やーめーれー!」
ナリーに口を引っ張られている兄をみてざまあみろ、と思っているとナリーは私を見て
「お嬢様はもう少し坊ちゃまを見習って要領よくせねばなりませんよ。
この前見かけましたが菓子の一つを盗むのにどれだけ時間を費やすかと思えば・・・はぁ。
結局失敗して菓子職人からお情けで貰っていたでしょう?
まったく嘆かわしい。坊ちゃまがお嬢様と同い年の時には難なく出来ていましたよ。」
なんて滅茶苦茶なメイド長だ、幼い子供にもっと盗みを上手くやれなんて。
だがこの家では悪事は善となる。
なんとびっくり、ラブリーハート家はただの一家じゃありませんでした。
ラブリーハート家。
名前はとてもきゅんきゅん少女らしいのだが、実のところ名前とは真逆の歴史を持った家だ。
暗躍と暗殺を繰り返して成り上がったらしい。
政変も毒殺もなんのその、大抵それにはラブリーハート家が一枚かんでいるらしい。
なんて一家だ。業が深すぎる。
そのため他の家臣や貴族とは一線を引いたところに常にいる立場を保っている。
そして一口情報、親ばかな父は暗殺、能天気な母は諜報が得意らしい。
「嘘やん・・・。」
思わず関西弁になってしまった。関西に行ったことないけど。
初めてそれを知った時それぐらい衝撃的なことだったのだ。
まさかあのゆるふわ系の乙女ゲームにそんな裏事情があったなんて・・・!
「将来はアーラス様もミチル様もこのラブリーハート家をさらに栄えられるように今から学ばなければいけません。
そのように兄弟喧嘩をしている場合じゃないのです。
見極める目を持ち、大業を成せるような力を持たなくては。
漁夫の利を狙うのですよ、いいですね?」
手に杖を持ったお婆がふんっと鼻息を荒くしながら兄の名を呼んだ。
「アーラス様、アーラス様はラブリーハート家のご嫡男!
もっとその座を自覚なさいませ!そのようにまだ幼いミチル様をけしかけて菓子を厨房から盗んでこいなどと小さな悪事で満足せぬように!どうせなら料理長を脅すなり買収するなりしなさい!」
声が大きくなるたびにぺっぺっと唾が飛ぶ。
・・・なんて元気の良いお婆だ。
「はいはい。そんで何?ナリーが直々に俺等のところに来るなんて珍しいじゃん。」
「お嬢様に急ぎの用事があるんですよ。
先程奥様が戻られたのですが明後日のお茶会にお嬢様も一緒に行くことになったそうです。
ですから急いでマナーや外出着の確認をしなくてはなりません。」
「へえ?ミチルがお母様に同行ねえ?誰のお茶会?」
「ハナ妃様のですよ、同い年の女の子がいるので引き合わせしたいとのことです。」
「ふうん、アレか。精々頑張れよ、鈍くさミー。」
「では行きますよ、お嬢様。
まずは服からに致しましょう。その後にマナーの確認ですからね。」
ふんっと気合いを入れるナリーに手を引かれながら後ろを振り向くとアーラスは今日のおやつであるキャラメルプリンを私の分まで食べていた。
「あー!私の!プリン!」
「お嬢様!そんな大声で叫ぶなどいけません!
まったく!明後日が心配ですよ私は!」
コツン、と杖で叩かれる私をみてアーラスはふふんっと笑いながら最後の一口を食べた。