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突然だが私の話をしましょう。
ある日私は金髪で蒼い瞳の王子様とキスをして思い出したの!
前世の行いが良すぎたために、なんとあのハッピーエンドが素晴らしい乙女ゲームのヒロインに転生したのよ!
なんてな。
そんなことあるわけないでしょうが。
私が思い出したのはそんな可愛い理由じゃなくて調子づいた叔父に高い高いをされて天井に頭を打った時だし、しかもたんこぶまで出来て暫く痛かった。
どんだけ高く上げるのよ、私は凧じゃないのよ。
叔父も母も父も笑ってるんじゃないわよ、触らないで、痛いのよ!
転生した先は乙女ゲームは乙女ゲームだけどちょっとやって飽きて止めてしまったからよく覚えていない。
しかも、恐らくだけど私は悪役令嬢だ。
だってミチル=ラブリーハート、なんて恐ろしくダサい名前なんですもの。
ラブリーハートって、あんた、クソダサい。
「ミチルお嬢様、またそんなはしたないことを!」
泥んこ遊びをしていた私を黒縁メガネをキラリと光らせながら教育係のマダムが叱る。
五歳児になにをそんなに期待してるんだか、と私は心の中で盛大で笑う。
マダムの頭上にやかんでも置けばすぐに沸騰するんじゃないかしら。
それほど顔を真っ赤にして怒るものだから、ついからかってしまいたくなる。
性格はあまり良いほうじゃありませんの、ごめんあそばせ。
「マダム、まるで木こり山の鬼ばばあみたいよ!
角でも生えてきそうね!」
「な、な、なんですって!
この私にそんな!侮蔑を!ああっ、もう我慢なりません!
私は今日をもって職を辞します!」
マダムは私に背を向けて奥様、奥様!と大声を上げて母を探しに走り去ってしまった。
「・・・こんなことで激高するなんて馬鹿みたい。
それに、あんなに大声をあげるほうがはしたないわ。」
ふんっと泥の塔を崩した。
手足や服に付いてしまった泥を落とすために風呂に入り着替え終わると母が私を待っていた。
「もう、ミーちゃんったらしょうがない子ねぇ。
どうしてマダムをそんなに怒らせてしまうの?
半年で三度も教育係が代わるなんて・・・お母様困っちゃう。」
はぁ、と頬に手を当てながら母が言った。
「だってあのマダムはヒステリーなんだもの!
すぐに怒るし、私嫌い!」
「まぁミーちゃんヒステリーだなんて難しい言葉どこで覚えたの?
頭が良いのねぇ、まだ小さいのに凄いわねぇ。」
のほほんと母がトンチキなことを言い始めたので私はほっとする。
どうやら泣いたり本気で叱らないところをみると母もあまりあのマダムを好きではなかったのだろう。
母が本気で叱る時は結構厄介なのだ。
一番嫌なパターンは父の前で泣きながら私を叱ること。
なんていうか、こう自分が最低野郎だと言われている気分になるのだ。
出来の悪い娘ですみません、と土下座したくなる。
「ミーちゃん、ミーちゃんはどんなマダムだったら良いのかしら。」
「メリーポピンズ!」
「メリーポピンズ?その方はどこにいらっしゃるのかしら。」
「傘を差して空から降りてくるのよ、お母様!
魔法も使える凄腕教育係よ、世界はミュージカルで溢れているの!」
「・・・また違う方を探しましょうね、ミーちゃん。
それまではアーくんにミーちゃんを見てもらいましょう。」
「えぇぇええ!お母様!それだけは!」
「ミーちゃんの面倒を見てあげたいんだけどね、お母様も色々社交で忙しいのよ。」
社交っていったってあんたの社交はただの噂好きの井戸端話でしょうが!と思わず言いそうになるが
ぐっと思いとどまる。
さすがに私だって言っちゃいけないことくらい分かっている。
「アーくん、アーくん。」
「なぁに?お母様?」
母が呼ぶとひょっこりと兄が顔を扉から見せた。
このマザコンがァ!どうせ呼ばれるの待っていたんだろうが!
あざといんだよ!にやにやこっち見てんじゃねーよ!
「あのねぇ、ミーちゃんの教育係が急に辞めてしまったの。
見つかるまでミーちゃんの面倒見れるかな?
アーくんは良い子だからね、ミーちゃんのこと見てくれてるとお母様安心できるんだけどな。」
「僕、良い子?」
「良い子よ~、とっても。」
何が「僕」だよ、へへっ、ってなんだよ!いっつも私の前じゃ「俺」のくせによォ!
ぶりっこ具合に砂糖吐きそう!
「お母様のお願いならぁ、良いよぉ。ミーちゃんの面倒みてあげる。」
ひぇぇ、やばい!
アーくんことアーラス、こいつはマジで性悪。
顔は天使、中身は悪魔!
「ねぇ、ミーちゃん、仲良くやろうね。」
母に背を向けてニタリと私を見下ろすアーラス。
メリーポピンズ、助けて!