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冴子、髪を切る。

遊里に内緒で冴子は髪を切り、サプライズ大成功(遊里にとっては青天の霹靂・笑)。

あとは二人のいつも通りの日常のおはなし。

「ちょ・・・っ!!」

遊里は帰って来て、私の顔を見るなりコントのような声を出した。

まあ、分からないでもない。

私が髪を切るのは遊里に相談していなかったから。

でも、自分の髪を切るのは自分の意思だから相談する必要もないのだけれど。

ただいま、と言ってからいつもどおりの作業をしてハタと気づき、もう一度私の顔を見てから叫んだ顔は見ものだった。

「な、なんで?!」

何でって、切りたかったからじゃないの。

そこで、何でって聞くほうがおかしいわよ。

「そんなに驚くほど似合わない?」

「似合わないわけじゃないけど、半分以上バッサリじゃない!」

叫ぶほどかしら・・・?

「気分転換よ、髪なんてすぐ伸びるじゃない。」

重かった髪が切って、軽くていい感じなのに。

切りたくて切ったのにこんな反応されるのはびっくりだわ。

「印象が変わった。」

「どんな印象?」

新聞を見ようとしたら止められた。

もっと顔をよく見ようと思っているらしい、じろじろ見られるのは遊里にだって嫌。

「がっかりした? その様子だと。」

私は意地悪く笑って言った。

「まさか。ちょっとびっくりしてるだけよ。」

確かに、動揺してる感じはある。

朝は普通どおりに朝食をとって、髪を切るなんて一言も言わなかったものね。

驚かすつもりで何も言わなかったってものあるけど。

結構ショックだったのか、お風呂に入って来ると感情もなく言ってバスルームへ向かって行った。

悪い事、したかしら(苦笑)。



遊里はしばらく、髪の短い私に慣れなかった。

髪を切ったくらいで、と私は思っているのに。

遊里って、意外とデリケート?

突然、顔を合わせたりすると身体を引くのよね。

「いい加減、慣れたら?」

休日、私の代わりに布団をベランダに干す遊里に私は言った。

今日はいい天気で布団干し・洗濯日和、遊里がしないハズがない。

「慣れたわよ。」

「慣れてないじゃない、今日もトイレで。」

「あれは急に出てきたからでしょ?」

そうかしら? 驚き具合が微妙だったんだけど。

「それ、終わったら仕事もないでしょ遊里?」

「・・・無いわね。」

考えながら遊里は答える。

「じゃあ、ひさしぶりに買い物に出かけない?」

「買い物?」

「そうそう、ちょっと本が欲しいのよね。」

旅行本、最近一緒に旅行も行ってないから今度行きたいなと思っていた。

構想だけでまだ言わない、ギリギリに言う予定。

また、驚くかしら。

「本ね、冴子がめずらしい。」

活字は読まないけど、写真とか絵のあるのは読むのよ(笑)。

「遊里も日用品で補充する物があるって言っていたじゃない。」

「確かに、そろそろとは思っていたのよね・・・冴子に頼むわけには行かないしね。」

「失礼ね、買い物くらいが出来るわよ。」

「そう? この間は私が頼んだのとは全然違うの買ってこなかったっけ。」

あれは・・・似たようなパッケージだったの(汗)。

急いでいたし、コレ!だと思って買ってきたのはまったく違った物だったんだけど。

きちんと確かめないとダメよね、やっぱり。

布団を干し終えて、軽く掃除した遊里はやっと出かける準備に掛かる。

私はいい天気なのでベランダから外を見ていた、結構高い位置に部屋があるので景色がいい。

緑は少ないけれどビル群が眺められる、霞がかっていなければすっきり遠くの連山まで見えた。

風も強くなくて気持ちがいい、短くて髪がなびかないけど。

すっきりして気分がいいのと、重くないのと手入れが楽っていうのが良い面かな。

仕事でも少し、影響出たのもあったけど。

写真を撮った直後だったのをすっかり忘れてて、再度打ち合わせで会った雑誌の人に遊里と同じく驚かれなおかつ『困りますよー!!』と泣かれたっけ。

結局、撮り直しさせてしまって申し訳なかったので反省してます。

「お待たせ、窓閉めて。」

部屋の中からお出かけのいでたち(普段とあまり変わらず)の遊里が現れて言った。

「はいはい。」

私は言われたようにガラス戸を閉めた。



遊里は運転できるけれど仕事以外と私の送り迎えには、交通機関を使って移動していた。

見られるのはもう諦めていたし、自然にやさしい(笑)。

要するに、遊里はエコ推進派なのだ。

「まずは本屋。」

電車に乗って遊里が言う。

電車は結構混んでいて、座れなかったので立ち話。

扉のある角に押しやられて遊里が身体を寄せる。

「結構、かかるかも。」

「どれくらい?」

「すぐ決まらないかもだし、遊里の買いたいものを買ってきていいわよ。」

「それじゃあ、一緒に来た意味がないじゃない。」

「一緒に来た、と言うのが意味になるじゃないの。」

「なにそれ。」

納得いかないような顔をする。

「新婚みたいにしたいの?」

「それが理想。」

出たか、本音。

私がベタベタするの嫌いなの知ってるくせに。

それに・・・この車両には、見るのも微妙なカップルが乗り合わせていた。

乗客もその雰囲気には困っているようで、表面は何事もないような顔でいるみたいだけどあきらかに時々咳払いして牽制していた。

 ああいいうは遠慮したい。

性格的にも鳥肌が立つ、周りの空気を読めないのか。

「本を選ぶだけなのに、側に居なくていいわ。」

「冷たい、冴子って。」

「こういう人間なのよ。」

だよね、と言って遊里は笑う。

納得されるとそれはそれで、カチンとくる。

「じゃあ、買い物が終わったら合流しよう。あと私の方が別口で見たいものがあるから移動してもいい?」

「了解。」

デパートまで一緒で、目的階で別れ別れ、デートとも言わないか。

本屋はワンフロアー丸々使っていてかなり広い、種類も多数でこの近辺では一番大きかった。

旅行関係でも結構ある、国内・国外・留学さまざま。

私は国外の棚に移動して、目的の国が乗っている雑誌を手に取る。

 チェコスロヴァキア。

最近、日本人の観光客も増えて来ているヨーロッパの宝石と呼ばれる国。

私も、あまり興味が無かったのだけれど師匠があまりにも薦めるので調べてみたりした。

古都風景は世界遺産にも登録されている。

ふむふむ、美味しい物もたくさんあるらしい。

気に入った本を2冊買うことにした、じっくり読んで予習しよう。

どうせすぐ出かけられるわけでもないし。

「これを。」

3つもあるレジに並び、何人かの後にやっと私の番。

こういう風に待つのは何となく居心地が悪いのよね、早く終われオーラを出してしまうし。

「?」

私は言ってから対応した店員の顔を見た。

変な顔している、例えるなら私が髪を切った日に驚いた遊里の顔のよう。

ようするに驚いた顔だ。

 でも、毎日顔を合わせている遊里はともかく顔を合わせたこともあるのかないのか分からない人に驚かれるのは微妙。

「なにか?」

「あ、すっ、すみません!」

慌てたのでバーコードリーダーを取り落とす、隣りの店員も何事かと思ってチラリと見た。

「2千円です。」

財布から取り出して払う。

どうやら落ち着いたらしいく、受け取り・釣り確認は流れるようだった。

「ありがとうございました!」

なんだか、そう言われた声は一番大きな声だったような気がする。

首をかしげながらも私は本屋を後にした。

携帯を確認するも、遊里からは何の連絡もない。

ということはまだ買い物途中なのだ、合流すればつかまるかもしれない。

日用品は3Fか。

エスカレーターを上がる、いつもならもっと安いところで買うのだけれど今日はともかくお互い多忙なので(笑)ひと所で買ってしまおうという考えなのである。

日用品フロアもこれまた大きい。

興味がない人にはまったくだけれど、遊里には日々のストレスを発散するにはいい場所らしかった。見ているだけでも気分転換になるらしい。

 居た。

姿をバス関係の売り場で見つけたので声を賭けようとしたけれど思わず眉をひそめる。

「・・・・・・・・・」

・・・まあ、久しぶりの一緒の外出なので思いつきもしなかったわ。

ただ、喋っているだけかもしれないし。

 女性と。

いちいちヤキモチを焼いていては小日向冴子がすたる。

遊里をつけ上がらせてしまうし、ここは穏便に、穏便に。

彼女がどうやって切り抜けるか隠れて見ていよう。


5分経過。


15分経過・・・


明らかに迷惑そうな顔をしてるくせに遊里。

私は不審がられない程度に覗見。

自分なら無視してさっさと離れてしまうのに、遊里にはそれができなかった。

 私より、やさしいのよね。

それが遊里の魅力であり、非常に厄介な部分でもあった。

私がシビレを切らして足を一歩踏み出そうとした瞬間、遊里が動いた。

動いたというより、彼女の携帯が鳴ったのだ。

会話を申し訳ない様に遮り、別れて携帯に出られるところまで出てくる。

その素早さに私は隠れるのが間に合わず、遊里と目が合ってしまった。

遊里は少し驚いたようだったけれど、電話をかけてきた相手をしながら微笑み返す。

その微笑みに、ちょっとムッとした。

 何よ、その分かったような微笑みは。

私はそういう風にされるのが大嫌いだった、気分も悪くなる。

一瞬のことなのだけど、頭に血が上った。

後でもう少し冷静になればと反省するのだけれどカッとなる性格なのでどうしようもない。

足が別の方向に向く、私の次の行動は決まっていた。

もう、知らないわよ。1人で帰るから。

すたすた歩く私は早い、帰るという目的があるから。

遊里は電話しながら追いかけてくるのでちょっと遅い。

待った!待った!と引き止めるジェスチャーをしながら携帯で通話なんかするから私達は目立った。

さすがに周囲の視線がきつくなってきたのである場所まで来たら仕方なく止まる。

遊里に早く終わらせろ視線を投げる。

プツ。

携帯を切って、ゆっくり仕舞った遊里。

「ゴメン。」

「なんで謝るの? ・・・ちょっと目立つから座らない?」

怪訝な顔で見る主婦に、店員その他色々。

お年寄り、子供用にある休憩スペースの椅子があったのでさす。

「・・・あ、これ買ってくるから。帰らないように!分かった?」

「はいはい。」

必死に。

カゴを持ってレジに向かう。

私といえば遊里が会計中に考える時間が出来た、毎回子供っぽいとは思うのだけれどこれを何回も繰り返している。

遊里も根気よく私に付き合ってくれるものだと苦笑した。

考えがまとまる前に予想外に早く会計を済ませた遊里がダッシュで帰ってくる。

そんなに急がなくても、帰らないわよ。

「お待たせ。」

「急がなくてもいいんじゃないの?」

「だって、冴子帰るじゃない。」

”だって”って・・・いい年の人間が言うセリフじゃないわよ。

「少しは大人なのよ、私も。」

「大人はこういう、子供っぽいことしないのよ。」

「・・・・・」

火花散る。

「悪かったわ。」

私が折れる、せっかく久しぶりの二人で外出なのに台無しにするのは1日無駄にするのと一緒だ。

カッとなったのは一瞬だし、もう気分も悪くない。

遊里だって好きで喋っていたわけでもないのだ。

「私も、冴子ってああいうことすると逆に取るからダメだって分かってるのについ、ね。」

そう言って私の隣に座る。

「わかっているのにするの?」

「そうそう。」

「全然、学習しないわね。」

呆れたように言った。

「冴子が可愛くてつい、忘れちゃうかな。」

真顔で言うか!? 思わずべしっと遊里の肩を叩いた。

「よく照れずにそんなセリフ言えるわね。」

自分に言われたとはいえ、感心すらする。

こっちが恥ずかしくなってくるじゃないの。

「そう?」

にやり、じゃなくて今度はにっこり笑う遊里。

・・・いつもこの笑顔で収まるのよね、丸く。

「遊里、行きたい場所があるんでしょ?」

「今日はいい、見たいと思っただけで買うわけじゃないし。」

「いいの? せっかく出てきたのに。」

「いいの。それよりケーキ食べたくない?」

「いいわね、甘酸っぱいのが食べたい。」

「了解、・・・そう言えば。」

お互いに立って、エスカレーターに向かおうとした時に遊里が言った。

「ここのレコード店に大きなポスターが貼ってあったね。」

「レコード店?」

最近CDは出してないのにと、怪訝に思う。

「再び注目だって。」

「・・・失礼ね、現役なのに。」

再び注目って、何よソレ。

現役バリバリ、最前線でがんばってるのに。

「弟子思いの師匠が、がんばって圧したからじゃない?」

「”圧した”なの? 押したじゃなくて?」

「そっ”圧した”。あれ以来、仕事がじゃんじゃん来てるじゃない。」

師匠とはいえ、私の先生は厳しくは無かった。

他の弟子に聞くと厳しい!と言うのだけれど。

御歳、80歳。

出生地がいいと言って若いころから国を出ない人だった、唯一出たのがコンクールと気が向いた時の旅行のみ。

特に日本は好きらしく、日本にだけは数は少ないものの来日。

私が習った当初はレッスンはまったくしてくれず、日本の話だけさせられた覚えがある。

3ヶ月前にも極秘で来日していた、ほぼ旅行が目的で私はその案内に駆り出された。

 日本のクラシックも聞いていらっしゃればいいのにと言うと、つまらん!と怒られた。

つまらんって・・・本当に旅行メインなんだとため息を付きつつ納得。

意外と大御所な師匠は音楽・TV関係者からも接触があったものの、一部を除きすべて断ったらしい。

 私は今回、一旅行者として来ているのになんでそんなもんに出ないといかん!と言ったかどうか定かではないけど(笑)。

でも、私の演奏は一応聞いて帰ったからチェックは欠かさないというところ。

『まあまあだな。』それだけ言って飛行機に乗って行ってしまった。

諸手を上げて褒められたことはないので、今回も精進しろという事だと自分なりに解釈することにして今に至る。

「忙しすぎるのも困りものね。」

「需要があるというのはいい事だよ、無くなったら干されちゃうしね。」

「それはカメラマンも同じ?」

「そうそう、お。」

「なに?」

「アレ。」

私はエスカレーターで降りながら下階の遊里が指差した場所を見た。

そこのフロアは私が本を買った本屋だった。

「ビフォアー、アフターだねぇ。」

私の顔を見ながら遊里は言う。

本が並べておいてある場所に垂らしてある広告、なんというのかは分からないけれど。

髪を切る前の私が載っている、間に合わなかった雑誌の広告だった。

ご丁寧に自分のサインまで入っている。

「覚えは?」

「・・・不覚にも無し。」

いやー・・・まったく覚えてないってどうなのよ!?と、ひとりでつっこむしかない。

さっきはエレベーターで来たから入り口は反対側でこんなものは見なかったから気づかなかった。

それを思うとさっきの店員の態度が理解できた。

そういえば、彼が持ってきた広告にサインしたような・・・気もする。

「豪快といえば豪快、細かい事を気にしない主義な冴子は好きだよ。」

「褒めてるのそれ?」

「もちろん。」

からかい半分で言われているような気もしないでもないけど。

「そんなところがお師匠さんも気に入ったんじゃない?」

似たもの同士で。と追加したので私はまた遊里を叩いた。



ケーキを食べて帰るのかと思ったら作ってくれる方だった。

材料を買って私達はマンションに帰り、遊里は早々に取り掛かりなんとか15時のティータイムには間に合うように作ってくれた。

さすが、ただのカメラマンじゃないわ、遊里って。

私は買ってきた旅行の本を読む、遊里はケーキ作りと夕飯の両方準備しているので私の買って来た本を読む暇もないから安心して読めた。

お腹の時計がそろそろかな?という時に遊里は私をナイスタイミングで呼ぶ。

 さすが(笑)。

本を裏返しにしてから出されてくるだろうケーキと紅茶を待つ。

程なくしてうちの名料理人であり、名パティシエである遊里がお盆にケーキと紅茶を持ってきた。

「お待たせ。」

「待ってました、クランベリーチーズケーキ?」

「そう、手早く作れるしね。酸っぱいの食べたかったんでしょ?」

見ただけで条件反射で涎が出そうなくらい美味しそうだった。

実際、文句なく美味しいけど。

フォークはサックリ入り、散した香りが鼻腔を刺激する。

一口食べると口の中にチーズケーキの濃厚な味とクランベリーの酸味、クラッカーの歯ごたえがなんともいえなかった。

「おいしい。」

「そう?良かった。」

遊里も座って食べる。

「家の方が落ち着くね。」

ほこっと言う。

安心して気が抜ける(リラックスする)のが出来る自宅はいいのかもしれない。

好奇の目で見られることもないし、写メも撮られないし。

「いつでもいちゃつけるし?」

「そこまで言ってないって。」

私のセリフに笑うけれど全完全否定というわけではないようだった。

その証拠にケーキの載ったお皿に紅茶カップを持ち、おもむろに席を移動してきた遊里。

「なに?」

「隣に来るの嫌?」

「なにも大きな部屋で密にならなくてもいいじゃない。」

「そりゃあそうだけど・・・」

私に半分拒否されて言いよどむ遊里。

ちょっと意地悪だったかな(笑)。

「ま、ケーキに免じて許す。」

「許すね・・・ありがと。」

はははと乾いた笑い。

「そういえば、今日はどんな理由でつかまってたの?」

「そこへ戻る?」

「会話よ、会話。」

ケーキと紅茶と場を繋ぐ会話。

「冴子ってば、私をいじめて楽しいの?」

「いじめてないじゃない、困らせてるのよ。」

同じじゃない、遊里はむっつり呟く。

その様子が可愛かったのでサービスすることにした。

「はい、あーん。」

私のケーキをフォークで一切れ取って遊里の口に運ぶ。

「お、珍しい。」

「今日だけね、サービスは多売しないの。」

「冴子のサービスは気まぐれだからね、今もらっとかないと今度はいつあるか分からないし。」

笑って口に入れる。

「おいしい。やっぱり天才だね、津田遊里。」

自画自賛かい。

「こんな美味しいケーキに、ご褒美は?」

遊里はいつの間にか私の手首を掴んでいた。

「最高の賛美を、天才カメラマン兼天才シェフ津田遊里サマ。」

「感情がこもってない、冴子。」

悪戯そうに笑って、顔を近づけてきた。

「まだ、ケーキが途中なんだけど遊里。」

背けるつもりも無かったのでギリギまで引き寄せてから言う。

「ケーキは残ってるけど、この感情は今だけのものだから。」

「どの辺でそう思ったの?」

「帰ってきてからすぐ。」

「じゃあ・・・ケーキ作りながら考えてたってわけ?」

思わず笑う。

ガシガシとケーキを作りながら、そう思ってたわけね。

全然、気づかなかったわ。

「冴子同様、隠すのは得意だし。」

「浮気の証拠はヘタだけど?」

「してないっていうのに。」

唇は軽く私の唇に触れただけだった・・・拍子抜け。

「不満? 最初から飛ばさないつもりだからゆっくりとね。」

私の考えが伝わったのかそう言い返して、遊里の指が私の唇に触れてなぞる。

その仕草に、最初に仕掛けた私の方が逆にドキリとする方だった。

身体が一気に熱くなる。

普段から同性を呼び寄せるフェロモンを発してるのに(?)、その気になったらめちゃくちゃ実力を発揮するじゃないの。

「遊里。」

自分のではないような声。

でも、口は動いているので自分の声だ。

程無くして私はソファーの上で遊里に押し倒されたのだと自覚する。

「冴子、もったいなかった・・・」

「短い方が絡まないでしょ?」

わさわさと引っかかって私も痛いし、遊里も動きづらいし。

「せっかく印象が良かったのに、短いと余計にキツく見られるんじゃないの?」

印象って・・・今は悪いってことじゃない(苦笑)

「余計なお世話サマ、私が切りたいと思ったから切ったの。」

もう、こんな問答は終わりにしたい。

実際に終わったことだし。

首に回した腕を引き寄せる。

「それとも、髪の短い私だと”その気”にならない?」

「どうして? 冴子なのに。」

「じゃあ、いつまでも髪の事を言うのは止めて。」

気に入ってるのよ、この髪も。

ああーだ、こーだ言われるのは私の意志を否定されているのと一緒じゃない。

髪はまた伸びるのに・・・一生伸びないわけでもなし、大げさよ。

「わかった。」

今度は深く口付けられ、身体を這う遊里の手が更に意思を持って蠢くのを感じた。





布団は日中干したので、ほこほこで動いた私たちには暑いくらいだった。

あのあと、早々にベッドに移動した。

意外に喉が渇く、あのケーキかと思う。

身体にまとわりついた遊里の腕を外して、起き上がろうとした。

「・・・冴子。」

「あ、起こした?」

珍しく、寝こけていた遊里。

まだ、夜でもないのに。

最近、仕事が大変みたいで徹夜も多かったからかもしれない。

それに、私の世話もか(苦笑)。

「今、何時?」

「今? 19時過ぎだけど。」

あれから4時間くらい経過したようだった。

「19時?!」

ガバッと上腕だけで起き上がった。

あまりの素早さに私も驚いたくらい。

「なんなの?」

「~~~寝過ごした! 仕事しないといけないのに。」

「出かけるの?」

「いや、家での仕事だから・・・」

寝ぼけ・寝起き半分で起き上がったものだからベッドの上でよろける。

 なら、キスで止めておけばよかったのに。

慌てている遊里を見ながら傍観者の視線で思う(ヒドイかな)。

「ちょっと、大丈夫? 期限が迫ってなければ何も急ぐ事も無いじゃないの。」

「自分で決めたことだから、やらないと。」

計画的なのはいいけど、身体を壊すスケジュールは止めたほうがいいわよ。

と、進言しても遊里は聞かないんだけど。

私も私だし、遊里も遊里の考え方があるのだし。

ただ、疲れているのにムチ打って仕事をしているのを見ている方としては忍びない。

「寝てたのは疲れてるからよ、遊里。」

「大丈夫だって、これくらい。」

その割りに、寝起きがいい遊里なのにまだ覚醒途中っぽく見える。

起き上がろうとする彼女を押しとどめた。

「冴子?」

「身体が休息を欲してるのよ、言うとおりにしたら?」

仕事は絶対遅らせたことが無い遊里、今回も多分大丈夫。

「でも。」

「でも、じゃないの。」

私はにっこり笑って遊里をベッドに倒す。

「遊里が倒れたら、私シジミ汁が飲めないじゃない。」

「そっち?」

私を見上げて遊里が苦笑気味に言う。

「うそうそ。遊里の身体の調子を思って言ってるのよ、もう少し寝てなさいな。」

「そうかなあ、最初の方が冴子の本音のような気がする。」

手を伸ばして私の手を取る。

「どっちでもいいわ。」

遊里が身体を休めるなら。

酷使させたあとでこう思うのもなんだけど(笑)。

「分かった、少し寝る。」

おとなしく遊里は頷いた。

「私は喉が渇いたからちょっと水を飲んでくるわ。」

「帰ってくるよね?」

「なに、子供みたいなこと言ってるのよ。」

床に足をつけた私は振り向く。

「今日はやさしいみたいだからね、冴子。甘えたくなる。」

「そう?」

自分では気づかないからよくわからないけど。

遊里がそういうならそうなのだろう、私より私を知っているから。

彼女の手がひらひらと私を追い払うように動く。

仕事をしなきゃと思って起きたものの、やはり身体が言う事をきかないのかベッドに身を横たえている。

遊里にはいい休息時間だと思う、毎晩遅くまで仕事していて今朝だって寝たのか起きてたのか分からなかったし。

 私が水を飲んで帰って来た時、すでに遊里は寝息を立てていた。

ベッドに座っても気づかないくらいで、鼻を摘んだって起きない感じ。

 さすがにそんなことはするつもりもなかったのでしばらく寝顔を見て、少し涼しくなった項に触れながら私はベッドに潜り込んだ。

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