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遊里、冴子に拒否されてうっかりやってしまう。

とある日の晩、あんまりしつこすぎて冴子に拒否されてしまった遊里。

しかもそれが原因で喧嘩に突入し、数週間。

そのストレスなのか、冴子に触れられない欲求不満からか、遊里は酷い裏切り行為をしてしまうのであった。

「ただいま~」

今日もまた深夜まで仕事がかかってしまったので声のトーンを落として玄関から入った。

リビングまで行くと冴子がソファーに座ってTVを見ていた。

見ていた・・・というより、寝ている。

TVはエンドレスでかかっているだけである。

 見ながら寝てしまったのか。

何々しながら~寝てしまったというのは冴子には多い。

音楽を聴きながら寝てしまい、お湯を沸騰 → 蒸発させてしまうような人間なのだ。

「おーい、こんなところで寝ていると風邪引くわよ?」

耳元で声をかけるが反応なし、起きないわね。

・・・しかし。

ふと、思う。

神様っていうのは二分を与えるのかと。

人間って公平だと思うのよね、でも世の中にはひとつもふたつも人より優れたものを与えられる人間が居る

っていうのは公平じゃない気がする。

もちろん、与えられたものを磨く努力をしないと人は伸びないし、さらに上にもいかないけど。

この目の前に居る冴子も二分を与えられた人間の一人ではないかと思うのだ。

本人はともかく、この美貌。

カメラマンの私だって時々見とれるくらいだし。

そしてチェリストとしての腕。

残念ながら今も、よしあしは分からないけれど世間一般での評価は高いところをみるとTOPクラスにいるのだと分かる。

腕を腰に当て、どうしたものかと考える。

運んで行こうにも寝ている人間は重いからと二の足を踏む。

それにさすがに腕力が足りない。

ここら辺が男だったら、と常々思うところである。

「ま、いいわ。」

私はそう言ってお風呂に向かった。

気持ちよさそうに寝ているんだもの、起こすのは無粋よね。

私は気をきかしたつもりだったのだけれど・・・。



「ま、いいわですって?」

「お、っと。」

頭を拭きつつ出てきた私を出迎えたのはいつの間にか起きていた冴子だった。

「・・・起きてたなら、お帰りなさいくらい言ってくれてもいいんじゃない?」

「・・・っ。」

正論だ、うん。

それとも甘えたいの?と聞いたらやぶへびになりそうなので言わなかった。

「おかえりなさい。」

小さな声だがちゃんと言う、意外に律儀な冴子。

私は笑ってしまう。

もちろん噴出さずに小さくだ、噴出したりすると冴子は怒り出すから。

「ただいま。」

そう言い返して、冴子にキスをした。

ちゃんと言えた(笑)、ご褒美。

私は軽くして離そうと最初は思っていたけど、返してきた冴子が可愛くてつい深く口付けてしまう。

身体は疲れているはずなのに、内から湧き出てくる感情に身体が自然と動く。

細い彼女の身体を引き寄せた。

「夜遅いのに。」

「どうせ明日も暇なんでしょ、冴子。」

耳元に寄せ、私は囁く。

「くやしいけどその通りよ。」

こそばゆいのか顔をよじって逃げる。

「じゃあ、夜遅いなんて言わないの。」

耳から舌を、首筋へと這わせた。

ぱらりと薄茶の髪がこぼれ落ちる、少し邪魔だけど。

「・・・わかったわ。」

今度は素直に冴子は頷いた。

それが合図で私は彼女の身体を離す。

手を引いて寝室へ向かう、TVを消したかどうかは私は気になるが冴子には気にならない。

光熱費がかかるから無駄な電力は消費したくないのだけれど・・・。



ま、まった・・・

冴子はベッドで覆いかぶさってきた私を弱々しく押しのける。

「なによ、もうギブ?」

「もうって、何回私をいかせるつもりなのよ。」

肩で息をしながら少し、しゃべりにくいようだ(笑)。

「何度でも。」

本当に何度でも冴子をイかせたいという気分。

今日はとりわけ、かわいく思える。

なにかのスイッチが入ったかな?

「い、や・・・だって・・・」

逃げようとする身体を捕まえて押さえつけた。

「いやじゃないの。」

「あ、んっ、い・・・や・・・っ」

私の身体を押しのけようと手で抵抗する。

意外に抵抗が強い。

「冴子がもっと欲しいのよ。」

そう言って、顔を近づけたらガツっと来た。

鼻を腕で打たれた、かなり痛い。

私は押さえつけていた腕の力を抜いてしまったので容易に冴子は私から逃げることができた。

「遊里の都合でしょ。」

「そうよ、否定しない。」

「・・・・・」

私がきっぱり言い切ったので冴子は言葉を継げなかった。

だって、誘ってきたのはそっちが先でしょ。

あのまま、寝ていればこんなことにもならなかった。

私だって、お風呂に入って『ああ、良く寝てるな』と寝顔を見て寝るだけだったのに。

私たちはベッドの上でお互い少し距離を置いて見やり、嫌な雰囲気が漂っている。


「冴子は何が望みなの? それとももう満足したからもういいって?」


ああ、嫌な自分が出てきた。


自覚しているのに、嫌な自分が言ってしまう。

冴子の表情が変わる。

多分、反撃してくる表情。

こんなことで喧嘩はしたくないんだけど。

だけど、おさまらない自分が居て、とてもいつものように冴子に折れようという気にはならなかった。





――――――喧嘩、2週間目。

冴子は今回は家出は無し、私はご飯だけは作っている状態。

でも、会話は全くない。

そろそろ私は仲直りの機会をうかがってはいるのだけれど冴子にその隙が見当たらなかった。

だからといってさびしいという気はない、なるようになればいいやと思う自分がいた。

「今日も遅くなるから。」

私はそう言って仕事へ出かける、今日は冴子と同業者を撮る予定。

事前に資料を見たけれど、なかなかの美人だった。

相変わらず、こんな微妙な仕事の依頼が多くて嬉しいんだか悲しいんだか(苦笑)。

冴子からは返事はなく、今日も肩をすくめて玄関を出た。



「おはようございます、今日はよろしくおねがいします。」

小さい音楽ホールの現場について機材を用意していると後ろから声をかけられた。

「あ、おはようございます。」

当の本人と隣にもう一人の女性、多分マネージャーかな。

印象は、撮りやすそうな感じ。

あまり細かな注文はしなさそうで、気難しいというような感じは受けなかった。

私としてもキツめ性格より、柔らかで撮影がスムーズに進むような人物の方が仕事がし易い。

「お早いですね。」

「そうですか? 大体いつもこれくらいには現場入りしてますから。」

準備であせるのは好きではないので、ゆっくり確実に撮影に入りたいという背景がある。

今、来たばかりだからヘアメイクと衣装に着替えて・・・あと1時間くらいしたら撮影に入れるかな。

「私も準備しますので、お願いします。」

「こちらこそ、よろしくお願いしますね。」

なんだか挨拶ばかり。

まあ、撮影を快くするには短時間とはいえ人間関係が円滑じゃないと。

彼女はマネージャーと一緒に与えられたメイクと着替えのための部屋に行った。

依頼の雑誌社は本人より少し遅れてやって来た。

「すみません、道が混んでいたもので・・・」

いつもなら、オイ、コラ!と怒るところなのだが本人が至って恐縮しているので怒ることもできず私は撮影の準備を進めることになる。

演奏中と、対談用の写真が主だった。

別にホールなぞ借りなくてもと思わなくもなかったけれど、臨場感を出したいとかで今日の現場となった。

渡されたデータから彼女はバイオリン奏者で、海外を拠点に仕事をしているらしい。

冴子は活動を国内・国外と決めてはいない、私と付き合っている限りは国内を優先したいといっていたのを思い出す。

風のうわさではオファーは何度かあったらしいのだけれど、すべて断ってきているみたいだった。

あくまでもうわさに過ぎないのだけれど。

クラッシックの女性演奏家っていうのは露出の高いドレスが多い、演奏がメインなのだがつい目がいってしまう。

現れた彼女は本番並に綺麗なドレスを着ていた。

ただし、演奏するために邪魔なものは何もついていない。

立ち撮影の時は、控えめなアクセサリーはつけてもらうけれど。

「美しい人が着ると映えますね、つい見とれてしまいましたよ。」

「ありがとうございます。」

彼女ははにかんで笑う。

冴子の日常を見ている私には新鮮な反応だった。

「じゃあ、演奏中の写真から撮りましょう。」

「はい。」

素直に返事をすると舞台の中央に立ち、しばし集中する。

観客は居ないというのに、私は少し驚いた。

集中が終わり、バイオリンが鳴りはじめると今度は私が集中することになった。

ぐいぐいと引き込まれていく。

どの角度でも魅力的な写真が撮れそうな感じでシャッター音は止まらない。

久しぶりにノッて撮ることが出来た。

私的には静物を撮るよりは躍動感があるものを撮るほうが好きなのでこれは楽しい。

曲は部分的なものだったけれどある程度弾き、終了時は特に吸い込まれた。

これが本当のコンサートならもっと私もテンションを上げて撮ったかもしれない。

この時点で、最近の仕事の中では一番いいモノを撮れそうな気がした。

 対談は忙しいことにまた着替えるようだった、リラックスして出来るようにとの配慮で。

1時間程度、海外での生活のこと、演奏家としてのことと少しのプライベートの事を話した。

長いと思った撮影はあっという間で、今度は私は機材を片付ける。

雑誌社の人は慰労ということでなにやら彼女を食事に誘っている模様。

 よくやるわ・・・。

私はそちらの方は見ないようにして手を動かし、耳だけ傾けていた。

さっさと帰るに限る、冴子とも仲直りしないといけないのに。

だけど困っている人がいると手を差し伸べてしまうお人よしな私はやはり声をかけてしまう。

「用事あるみたいですよ、彼女。」

荷物を持ってさあ、帰るぞ!状態で私は言った。

「えっ」

「私の帰る方向と同じなので車で乗せてゆく約束をしたんです。」

もちろん、でまかせである。

うるさい輩を追い払う口実で、大概空気の読める人間は言われたら引く。

引かないのは面倒くさい人間なのでできれば出会いたくない。

「あ、はい。そうです!」

彼女があわてて口裏を合わせる。

わざとらしい感じだけれど、彼女が困っていたのは感じていたので助け舟にはなると思う。

そこまで言われて強引に彼女を誘うような度胸はなかったのか、雑誌社の人間は引き下がった。

もう少し、人が居れば彼女も行くとは思うけれどさすがに1対1では行かないだろう(笑)。



「ありがとうございました。」

後部座席にマネージャーと座りながら彼女は発車早々、口を開いた。

「本当にすみません、本当に送ってもらってしまって。」

マネージャーともども謝られる。

「別にいいですよ、ついでですし。しかし、ああゆうのは困りますよねぇ。」

付合いもあるから無碍にも断れないし。

「はい、毎回困ってしまって。」

・・・冴子はそんな事は言った事は無いわね。

言い寄る男は居るって言っていたけど、冴子を誘おうなんて度胸のある奴は少ないか。


だ、ダメだ・・・つい、冴子と比べてしまう。


いかんなと思いつつ、ため息をつく。

「お店の前でいいんですよね。」

「はい、今日はマネージャーとご飯を食べて帰りますから。」

気心知れたマネージャーとの方がいいに決まっている、私だってそうだ。

「あら、津田さんを誘ったらどう?」

ふいにマネージャーが変なことを言い出す。

また変なことに巻き込まれそうになりそうな気が。

確かに興味が無いわけじゃない、だけどこのパターンはマズイ。

「でも・・・」

彼女はマネージャーと顔を見合わせてバックミラーに写った私を見る。

その表情に嫌な予感を感じた、デジャヴ。

 ああ、この人もか。

向けられる感情は悪くないんだけれど・・・。

「用事があるので今日は遠慮しておきます、申し訳ないんですが。」

「そ、そうですよね。お忙しそうですものね。」

こっちが悪いことをしたような錯覚を起こすような、明らかなしぼむ様子。

しかし、車は無常にもお店の前に着いてしまった。

私にしてみれば助かった、というところか。

一人ならともかく、今日は二人を乗せたのでいつものドア開けサービスは中止。

二人が出て、ドアが閉まると私は助手席のウインドウを開けた。

「お疲れさま、気をつけて。」

長居は無用、さりげなく短く言った。

そうすればだらだら会話を続ける必要も無いからだ。

別れを惜しむカップルじゃあるまいし、余計なことは私のためにならない。

「ありがとうございました。」

にっこり笑う彼女。

・・・最近、冴子ってば相手もしてくれないし笑ってもくれないからつい、こういう笑顔にドキリとしてしまう。

私は自分の心を彼女に見抜かれないようにとウインドウを閉め、車を発進させた。

ちょっと義務的な対応だった気はしないでもないけどこれでよかったのだ。

遅くなると言った手前、私は予定していた場所へ向かった。

30分ほど走らせ、有料駐車場へとめる。

そのままビルの専用エレベーターに乗り、7階のバーに足を踏み入れた。

カウンターのみの席が10席ほどで、席は半分くらいすでにうまっている。

私のいつもの席は空いていたのでそこへ座った。

「お疲れ様、仕事帰り?」

バーテンダーのサエグサさんが声をかけてくる、私と同じくらいの歳だ。

「そう、ビールを頂戴。」

「いいの? 車でしょ?」

「歩いて帰るからいいの。」

「ほんとかなあ。」

「本当、歩いて帰れる距離だし。」

最悪、車で寝てもいいし。

飲まなきゃやってられない。

店にバーテンは二人居る、一人はイケメン大学アルバイトのスサオ君で

もう一人は目の前に居るかつてはミスコン荒らしと言われたサエグサさん(笑)。

サエグサさんはクスリと笑った。

「なによ。」

「恋人とあまりよくいってないの?」

「そんなんじゃありません。」

サエグサさん的にそう思って聞いてきただけだろう、ここはなじみの店だけれど

そんなに個人的なことは話してはいない。

「そう? 遊里さんにしてみたら荒れてるような気がするけど。」

クラフトビールとポテトフライが目の前に出される。

一気に半分くらい飲むと、お腹に染み渡った。

「荒れてる? そんな風に見えてる?」

自暴自棄になったわけじゃないし、モノに当たったわけでもないし、とげとげしい態度で接したわけでもないのに。

「普通のひとは見た目、わからないだろうけど。」

「魔法使いみたい。」

「対人のお仕事ですからね、飲むのもいいけどほどほどにね。」

「はいはい。」

私はそういいながら1杯目を飲み干し、お代わりをした。

今日は何杯でも飲めそうな感じだった―――――





私はのどの乾きで起きた。

・・・というより、いつの間にか寝ていたのかという事実に驚いた。

上体を起こし、今の状況を把握することに努める。

「・・・・・・」

自分が何も着ていないことにさらに驚く。

そして、見慣れないベッドに居た。

床には服が乱雑に脱ぎ散らかしてある。


さて、私は何をやらかしたのか・・・・。


思い出せないのが恐怖で、どっと冷や汗が出た。

そして思い浮かんだのが冴子の顔。

これは、マズイ、かなりマズイ状況だ。


「起きた? ユウリさん。」


いきなり声がしてびっくりする。

後ろからだったので振り向くと、覚えが無い女性が立って髪を拭いていた。

「・・・あなたは?」

「私? サエコ。」

冴子? 少し混乱する。

サエコと言った彼女はベッドに乗ってきて、私に顔を近づけてキスをした。

「なっ!」

いきなりのことに身体を押しやる、いきなりキスは無いだろう。

「私のこと、ずっとサエコって言ってたけど恋人?」

「えっ?」

酔って言ってしまったのか。

不覚にもぐでぐでに酔ってしまったのかこの醜態・・・愕然とする。

「本人と間違えられたのは少しむっとしたけど、気持ちよかったからいいかな。」

つつーっと人差し指が妖しく私の胸の谷間を撫でる。

私はその様子に引いていた波が、去った感覚が戻ってくるように感じた。

「ユウリさんて、上手・・・私あんなにイッたのは初めてかも。」

彼女は押しやられた身体をまた寄せてきて、手を谷間から胸に当てる。

クラクラする、やっぱり最悪の事態が。

唇が触れる。

私は彼女とベッドインしたことに気を取られていて避ける暇も無かった。

今度はそのまま、ベッドに押し倒される。

「んっ」

強引にキスをされながら、身体が重なる。

息が出来ないほどの激しい情熱的なキス。

ローブがはだけ、豊満な胸が私の素肌に押し当てられた。

「もっと・・・」

舌が唾液が絡み、いやらしい音が響く。

私は拒否しようと思ったのだけれど、彼女はとても欲情的でキスをやめることが出来なかった。

最近は喧嘩していてずっと無かったからというのもあるかもしれない。

「・・・して・・・」

荒く息をしながら身体を押し付けてくる。

聞こえる声が私を正常ならざるものにする、冴子と錯覚してしまう。

とうとう私は、欲望のまま酔っていない状態でも彼女を抱くことを選択した。

肉体の渇望は自分が考える以上に深かったようだった。




酔いも完全に冷め、次に起きたのは朝7時頃。

仕事はなかったと思う。

結局、家に帰らなかった・・・。

隣ではすやすやと朝方の女性が寝ている、サエコが名前なのかは分からない。

ため息が漏れる。

どうやって言い訳しようか?

浮気のつもりはないけれど、冴子以外の女性と寝てしまった。

 と、とりあえず・・・帰らないと。

私はゆっくりベッドから抜け出た、朝は余裕が無くて周りを見ることが出来なかったが良く見回せばかなりいい部屋だった。

 ホテルではない?

ところどころに私物らしきものが置いてあり、ホテルというのには違和感があった。

「ユウリ・・・さん?」

着替えていると寝ぼけ眼で彼女が起きてしまった。

起きる前に立ち去りたかったのに。

「帰るわ、泊めてくれてありがとう。」

「帰る?」

「じゃあね。」

私は最大限度の敬意を払って彼女の額にキスをして部屋を出た。

彼女が何か言ったが私はきびすを返し、部屋を出てしまったあとなので何を言ったのかは分からなかった。




ごくり。

マンションの駐車場へ車を止め、部屋の扉の前に立って私はつばを飲み込んだ。

出来れば、出かけていてくれると助かるんだけど・・・。

でも、多分居るだろう冴子。

 はぁ。

出てくるのはため息だけ、さすがに自己嫌悪。

なんであんなふうになったか、全然、覚えていない。

はからずも、サエグサさんの言うとおりになってしまった。

胃も痛くなってきた、仲直りも遠のいてしまったような気がする。

けれど、ずっとこうして入るのをためらってはいられないので覚悟を決めて鍵を鍵穴に差し込んだ。

ガチャリ。

鍵は容易に軽い音を立てて開いた、私の心とは裏腹に。

「ただいま・・・」

ついくせで声を掛ける、でもその様子はいつもより中を伺うようで泥棒のようだと思う。

声が無い、まあ喧嘩の最中だから気分が変わらなければ冴子は対応しないだろう。

私は少しホッとして靴を脱いで上がった、そのまま部屋に直行しよう。

電気も付いていないから冴子はまだ起きてはいない。

ぱちり。

ふいに電気が付いた。

部屋のスイッチの辺りに冴子が居る。

「おかえり。」

仏頂面で言った。

「た、ただいま・・・早いのね。」

私は久々に声を掛けてきた冴子にうれしい気持ちもなく、このタイミングでか!と泣きたくなる。

「優雅に朝帰り?」

「ご、ごめん・・・ちょっといろいろあって・・・」

夜遅くなっても泊まる場合はちゃんと電話を入れるのだけれど昨晩はそんな余裕は無かった。

受け継いでもくれなくても留守電にはちゃんと入れているのに昨日だけはどうしてもダメだった。

「少し、疲れたから寝るわ。」

なるべく冴子に近づかないように迂回する。

「寝室はそっちじゃないわ。」

「いい、こっちで寝るから。」

もうひとつ、ゲストルームがある。

こちらはめったに使うことはないんだけど、今日は使わせてもらいたい。

「どうして?」

声色は変わらない。

「ほら、喧嘩中でしょ?」

「昨日の朝までは、一緒だったじゃない。」

痛いところを。

なんだって会話しようと思ったのか、冴子。

仲直りしたくなった?

けど、タイミングが悪すぎる。

「・・・ごめん、一人にさせて。」

「何かあったわけね。」

何かあったの?とは聞かなかった、断定的に言う。

冴子は視線を私に向けて離さないのだけれど私は直視に耐えられない。

「あとで話すわ。」

まだ混乱しているからここで罵倒されたり、引っぱたかれたりすると状況がさらに悪化しそう。

「今話して。」

「いやよ。」

ぴくりと、冴子が初めて表情を変えた。

「遊里が拒否するなんて初めてね。」

「・・・・」

私はここでボロを出す前に部屋に入ってしまおうと思った。

部屋に入ってしまえばもう、冴子も干渉できない。

普段は部屋には鍵を掛けないけど、今日は掛ける。

自分を落ち着かせて、いつもの私に戻りたいのだ。

無視してゲストルームに向かった、2mも距離はない。

冴子からは少し早歩きしないと届かない部屋で私に追いつくはずはなかった。

なのに―――――冴子は予想より早く私に追いつきドアノブを掴む手を押さえた。

「らしくないわね、遊里。」

ぐっと近づく。

「離して。」

「逃げるの?」

そう、言われても仕方が無い。

「そう思ってもらってもいいわ。」

「私が取り付く島もないの?」


なんで接近するのがこのタイミングなの? 冴子。


私は彼女の気持ちの変化をうらむ。

こんな時に私に近づかなくてもいいじゃない。

「ごめん。」

彼女の手を外し、扉を開ける。

「私が悪かったわ、遊里。」

あの、謝ることが滅多に無い彼女が言った。

悪くても私がほとんど許容してきたから謝ったことなどなかった。

悪いといってもそのほとんどが私じゃなくても笑って許してしまう事だけど。

「・・・私も悪かったからそれはいいのよ。」

「じゃあ、なぜ私たちは仲直りができないの?」

私は答えられなかった。

まだ冴子は気づいていない、このままシラを通して仲直りすることもできる。

でも、一時の事で酔った勢いでというのはあったにしても騙し通す事はできない。

「私も仲直りはしたいわ、でも今は・・・」

「なぜ? もう仲直りできない理由なんてないじゃない。」

仲直りに消極的な私に、ごうを煮やしたのか冴子は声を少し上げる。

本当の事を言ってしまったほうがいいのかもしれない。

だけれど、それを口にした時の冴子の様子が怖くて尻込みしている。

今まで迫られたことはあったけど、そのたびにかわして来たのに今回に限って・・・

あの時、サエグサさんの忠告を聞いておけばと後悔する。

「ごめん。」

それだけ言うのが精一杯だった。

「遊里、なんで謝るだけなのよ!ちゃんと言いなさいよ。」

さすがに感情的になる、冴子。

「この状態が耐えられないから仲直りしようとしているのに。」

「私だってしたいわよ、でも・・・」

「でも?」

お願いだからその先は聞かないでよ。

顔を逸らす。

「・・・理由は、この朝帰りに関係あるの?」

ズバリ、そのもの。

「あるのね? 聞くのも嫌だけど、私に言えないことをしたわけね。」

ぐいっと私の顔を自分に向けさせる。

やっと私の態度の理由に気づいたのか眉を寄せた。

反論しないのが冴子が言った事を私が認めたことになる。

「・・・寝たの? 他の人と。」

私はうなづくことだけしかできなかった。

「もう・・・」

冴子は大きく息を吐いた。

それは今までで一番深い、ため息だった。

弱々しく彼女の手が滑り落ちる。

泣きはしなかったけれど、私は冴子がその時見せた表情は後になってもずっと忘れられなかった。

「・・・そんなにしたかったわけ?」

返す言葉が無い。

平時はそんなこと、思いもしなかった。

でも、直面して自分が感じた事を思い出すと本心は・・・。

「ごめん・・・謝っても許してもらえるとは思ってない。」

謝るだけで彼女に触れることは躊躇われる。

喧嘩していたとはいえ、他の人と寝るなんて裏切り行為でしかない。

「どうしてよ・・・遊里。」

「ごめん、冴子。」

私を引っぱたいても、罵ってもいいのに冴子はしなかった。

激昂するのを想像していたのに、冴子の態度は全く予想外だった。

下に落ちた手が私の腕を強く掴む。

「・・・今は激しく後悔してる。」

後悔の嵐が吹きまくりで、穴にあったら入りたいし、タイムマシーンがあったらバーには行かないようにしたいくらい。

「許さないわ。」

「許さなくてもいい。」

私もそんな自分がショックだったけど、冴子の受けたショックの方が大きいと思う。

「だから、今は一人にして欲しいの。今のこんな私と一緒じゃ嫌でしょ。」

腕にかかる手をゆっくり外させた。

「今日1日でいいの、1日反省するから。そのあとは冴子の好きにしていいわ。」

したことの重大さは分かってる。

お酒が入っての出来事だったので今後は猛省して、喧嘩をしたらお酒は飲まないという風にしないとまたやってしまいそうな気がする。

 お酒に飲まれるとは思っていなかったのに、結果起きたらベッドの上だったし。

「遊里――――」

「じゃあ。」

私はそれでもすがる冴子をドアの外に追いやった。





・・・この事件以来、さらに私の隷属が強くなった気がする(苦笑)。

もちろん私は冴子に頭が上がらない日々。

土下座をさせられることは無かったけれど、後日1発キツイ張り手をお見舞いされた。

あれはかなり痛かった・・・。

仲直りはして今はとりあえずは何も無い、またいつも通りの日々に戻った。


「電話がきたんだけど。」

めずらしく、子機を取った冴子が私に持ってくる。

私は夕飯の準備で手が離せない状態だった。

「誰から?」

「さあ? ただ、ユウリさんですか?って。」

さらりと言う。

「・・・・・」

私は一瞬、背中に汗をかいた。

忘れかけていた事件を思い起こしそうな電話。

「代わらないの?」

「い、今は忙しいから・・・手が離せないって。」

冴子ってば、普通に言うから逆に怖い。

ユウリさんですか? だなんて私の知り合いは掛けてこない。

掛けてくるとしたら・・・。

「いいの?」

「いい・・・」

火種を大きくしたくない。

冴子はそう、と言って子機に向かった。

しばらくなにやら言い合っていたみたいだけれどやがて聞こえなくなった。

私はドキドキしながら夕飯を作る羽目になってしまった。



夕飯は冷製パスタとサラダ、カルパッチョがテーブルに並ぶ。

「お待たせ。」

「美味しそうだわ。」

「自信作だから食べたら美味しいわよ。」

私は冴子のグラスにワインを注ぐ、私は緑茶。

「言うわね、まあ遊里の料理は外れが無いから。」

食べながら会話をしてしばらくたった時、冴子は私を突いてきた。

フイをつく質問に私はのどを詰まらせる。

「ユウリさん居るんでしょう!? ってうるさかったんだけど、さっきの電話。」

声からは怒ってはいない様子。

「・・・言っておくけど、ナンパなんかしないわよ。」

「わかってるわよ。」

ニャリ、と笑う。

「でも、また掛けて来るわね。あれ。」

楽しそうに言わないでって。

私はその様子を見てはドキドキし通しなんだから。

「撃退したんじゃないの?」

言い合っていたのはそうかと思ってたんだけど。

「今出られないって言ってるのに引かないのよね、うだうだ言うから名前聞いたら先に名乗れって怒られたわ。」

冴子を怒るなんて(逆切れに近いけど)相手も怖いモノ知らず。

「名前言ったの?」

「もちろん、そしたらしばらく反応ナシでいきなり、私の事を呼び捨てよ。」


呼び捨て?


「なんで居るのよ!とか、ギャーギャーうるさかったから切ったわ。」

そういう類の電話は冴子が嫌いとするものだから大事と判断されなかったらこのようにブッツリ切られてしまうのである。

「名前、聞かなかったけど覚えはある?」

「もう、いじめないでよ・・・」

「いじめてないわよ、無礼な小娘といつ、どういう接点があったか興味があるだけよ。」

アルコールが入っているせいか、いつもより饒舌な気がする。

「・・・無いこともない。でも、もう関係ないことだもの。」

人物には思い当たるけど、酔っていたから名刺を渡したか自宅の電話番号は教えたかは思い出せなかった。

と、いうよりあの事件はもう闇に葬り去りたいのに。

今頃、また?!という感じである。

「無礼極まりなかったわ、全く。」

「ごめん。」

「謝りすぎよ、遊里。ごちそうさま。」

「?」

半分程度残っている時点で冴子は席を立った。

「美味しくなかった? それとも体調が悪いの?」

出されたものは大体食べきるのに、今日は残っている。

「美味しかったわ、でも今日はちょっと量が多いかも。」

・・・そんな事は無い、いつもと同じくらいの量を作ったのに。

「そう。」

私がそう思っていても冴子がそう言うのだから私は何も言わなかった。

もしかしたら本当は体調が悪いのかもしれない。

あとで様子を見るかと思いながら私は後片付けを始めた。




「明日、仕事でしょ? 早く寝たら、冴子。」 

TVを見ている冴子に声を掛けた。

「・・・まだ11時じゃない、人を子供だと思ってるの?」

かかっているのはお笑い番組なのに、ドキュメンタリを見るように真剣に見ている後姿を見ていたら眠っているのかと思うじゃない。

「寝不足は美容にも健康にも悪いのよ、これ飲んで寝なさい。」

生姜と蜂蜜の飲み物を出す。

「体調は悪くないわ、引っ込めて。」

そう言ったけれど私は冴子の額に手を当てる。

「熱はないわね。」

「当たり前よ、夕飯全部食べなかったの気にしてるの?」

私の手を軽く振りほどく。

「まあね、食べきれない量じゃないでしょうに。」

「ちょっとね。」

冴子は言葉を濁した。

濁すなんて・・・何かひっかかることがあるとしか思えない。

「言いたいことがあるなら言いなさいよ。」

「別に、なにも。」

「ほんとに?」

「ほんとに、よ。しつこいわよ遊里。」

・・・これ以上は問答になりそうだった。

「分かったわ。」

私は作って持ってきた飲み物を引き上げる。

けれど、引き上げる様子を視線だけで見ていた冴子は私が行こうとすると服の裾をつかんだ。

「冴子?」

「あ、別に・・・」

こういう時の冴子の行動はアレだ(笑)。

素直じゃないし、自分から言えないから私が察してあげるしかない。

「別に?」

ここはそんな冴子を笑う。

そうすると冴子は自分の考えていることが私に分かって笑われたと思いつつも、意志が伝わったと思ってホッするから怒らない。

「先に行ってて。」

必要なことだけ言って私は、冴子を先に送り出した。

 今日はこの間のような事にはならないようにしないと。

今考えるとあの時は、本当にどこかのスイッチが入ったとしか考えられない。

それかどこかでイラついていた自分がいたのか。

反省しつつ、寝室へ行くと冴子はベッドに横になって漫画を読んでいた。

「・・・・・・」

私の片頬が上がる。

ちょっと、そういう待ち方をする?

緊張感もないし、色気もない。

「あ、遊里。」

「”あ、遊里”じゃないわよ、どういう風に待ってるのよ。」

「遊里が遅いから悪いんじゃない。」

私は冴子と違って色々とやることがあるのよ、遅いと言われてちょっと心外。

「じゃあ、一人で寝る?」

「・・・そう来るわけ?」

起き上がった冴子はうかがうように言う。

「私は別にこのまま寝ても差し支えないし。」

これくらいの言い合いなら大事にならないし、駆け引きでもある。

「どうする?」

私は冴子のベッドに近づいた。

日常的な主導権なら冴子が取っているけど、こっちの方は私の方が握っている(笑)。

どちらに転ぶのも私次第というところ。

ただ、時々あのような事も起こるけれど。

「分かってるくせに・・・」

「何のこと?」

悔しそうに言う冴子はイジメ甲斐がある、でも程ほどにしておく。

あんまり焦らすと今度はほんとに怒りそうだから。

それに私は面白いことに気づいた、ちょっと前に。

屈めて冴子にキスをする。

軽く触れるだけにして、手に持っていた本を素早く取り上げた。

「私も一瞬、騙されたわ。」

「・・・・・」

「逆さまよね、これ。」

逆さまの本が意味する訳はひとつしかない。

「それが?」

認めないつもりらしい。

「わざわざ、工作してまで隠すことないじゃないの。」

私が言うと顔を背けた、図星らしい。

冴子は待っていたのだ、きちんとベッドの上で。

正座していたかどうかは分からないけれど。

「・・・待たせたわね、冴子。」

ハッとして、私の声にそむけた顔を再び向けた。

「遊里・・・」

「黙って。」

私はベッドに膝から乗り、冴子に覆いかぶさって横に倒す。

「好きよ。」

真下に冴子の顔を拝む。

そして、吸い寄せられるように唇を重ねた。

唇と同じく絡めた指は上気する体温と、感情に連動して握られる。

身体を重ねながら欲情するのはこの絡めた指の動きと、キスの途中で離れる際に出るため息交じりの吐息。

「ん・・っ」

互いに求め合って絡む舌は甘さを含む。

「ゆう・・り」

熱に浮かされたように私の名前を呼ぶ。

「私・・・」

「・・・後で聞くから。」

私はしゃべろうとする冴子を遮って続けた。


 さっきの夕飯を残した件? それとも私に掛かってきた電話?


そんなことが頭を過ぎるけれど、冴子を求めることの方が強くて聞いてあげられない。

何か言いたいのは感じている、けれど今の私に聞いている余裕はなかった。


 あの喧嘩以来の、お誘いだもの(笑)。


これまではどこかでまだ躊躇していて、私からは言い出せなかった。


 ずっと抑えたままでいるのは、私だって大変なのよ?


冴子は私のこと、優等生か何かだと思っているみたいだけど私だって普通の人間なんだから。

寒々とした寝室が私たちによって熱を帯び、淫靡な空気が支配する。

私はほとんど、本能に突き動かされるように冴子を抱いた。

滾々とあふれ出る泉水のように、湧き上がる欲情は止まることを知らない。

耳に届く喘ぎ声は、さらに私を加速させてしまうだけだった。


 その後、今晩のことを冴子に『あんなの毎日相手にしてたら、こっちの身体がもたないわよ・・・』と

恨み調子で言われてしまった。

でも、とりあえずは完全回復ってことでいいのよね? 私たちの仲は。

いやはや、今回みたいな理由で仲たがいするとは思ってもみなかったので気をつけなければと思った私だった。

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