ケンカをした冴子、思わぬ行動をとる。
仕事の事でケンカをした冴子と遊里、とんでもないことに発展します。
ちなみに冴子の設定はノンケです(あとで遊里とのなれそめを別の話で書きますが)。
遊里はグレー・・・というより、どちらかといえば女の子が好き・・・かなあ(笑)
*男性が関わってきますので苦手な方は自己判断でよろしくお願いします。
「・・・遊里。」
玄関で私を出迎えた冴子はむすっとして言った。
・・・どこまでも、鼻がいい(苦笑)。
移り香の心配があったのでシャワーを浴びてきたというのにそれが逆にまずかったのかもしれない。
いつもなら玄関までの距離が長いといって出ても来ないのに珍しく出てきたと思ったらコレか。
「なに?」
しかし、私もどうにいったもので冷静に対応する。
視線を反らさず、挙動不審にならなければ問題ない。
浮気なんぞはしていないのだ、ただ移り香を消去しようとしただけ。
「お風呂入ったの?」
「汗をかいたからシャワーを借りただけよ、但馬さんとこで。」
但馬さんはタレント事務所の社長さんだ、昔からなじみでもある。
所属のタレントの何人かは写真をとったこともあり、御用達だ。
ぴくり。
冴子が反応した。
本人は私に分からせないようにしているみたいだけど、気がつくわよ。
気になってしょうがないんでしょう?
自惚れじゃないけど彼女が私の事が好きなのは知っている。
いつもつっけんどんな態度だけど、それが私への愛情の裏返しだってことも。
但馬社長、美人だものね。
それに過去に私と何やらありだったら心配にもなるか(爆)。
でもね、今はもう何も無いわよ。
ただ、スキンシップは多いけど・・・だから今日はシャワーを浴びるハメになったんだけど。
「そう。」
むっつり言って、奥に入ってしまった。
納得したんだか、突き詰めても無駄だと思ったのか。
今晩は機嫌が直らないかも知れない。
私はそう思いながら冴子が少しでも機嫌が良くなるようにとまたシャワーを浴びることにした。
写真集。
写真集を撮る事になった、但馬社長の事務所のタレントが5周年ということで。
事務所一押しなのでかなり力を入れているようで、頻繁に電話が掛かってくる。
打ち合わせやら、趣旨やら。
最近はもっぱらそんな仕事が多くしめていた。
私は事務所というものを持っていないので自宅が兼仕事場になる。
当然、冴子も居るので冴子が居る場所での電話もあり、知らず知らずのうちに彼女に嫌な思いをさせているのに気付かなかった。
とうとう、そんな私に冴子が切れた。
その日も夕飯を終えて、片付けようとしていたら携帯が鳴った。
着信は社長から、趣旨変更の話。
今更・・・とは思いながら、電話ではやりとりできそうもないから事務所に来れないかとある。
「いやぁ、今日はもう遅いですから・・・夕飯も食べてしまってハイ。」
「明日にでも出向きますから、ええ。ちょっと、無理ですって・・・」
向こうもなかなか引き下がらない、困った。
確かに事務所の威信をかけての写真集だろうけど、そう急ぐこともないと思うのに。
「本当に勘弁してください・・・明日、朝早く出向きますから。」
悪くないのにもう、ひたすら低姿勢。
気付くと冴子の視線が痛い。
その様子にたらりと汗がコメカミを伝った。
早くこの電話を切らないとまずいことに・・・。
「はあ・・・」
なんとか社長に納得させて私は携帯を切った。
食事をして落ち着いたというのに電話のせいで興奮気味だ。
ため息をついてハッとし、冴子を見る。
「明日、出かけるの?」
問いかけだが、ずっしりと重い声。
・・・・朝早く出向くっていったような・・・
「あ、すぐ終わる用事だと思うから大丈夫よ。」
「すぐ終わるって保障はないでしょ? 私が先客よ。」
あちゃあ・・・約束してたな、冴子と。
約束は滅多なことが無い限り違えない冴子だから、変更は容易にはしてくれないかもしれない。
しかも、あの社長がらみではもっと難しいかも。
「・・・明日の用事、延ばせない?」
だめもとで、拝みながら聞いてみる。
「昨日、今日の約束じゃないでしょう。」
「それは分かってる、そこを何とか・・・ならないかと思って・・・」
「仕事も大事なのはわかるけど、私との約束は大事じゃないの?」
そこを突かれると痛い。
「それも大事だけど、出版は日程が決まってるから・・・」
ガタン。
冴子は乱暴に椅子から立ち上がった。
「私はね、ずっと我慢してたのよ。目の前で携帯で仕事の話をされて、嫌だったのに。それを我慢してたのは明日の約束のためだって言い聞かせてよ!」
「さ・・・冴子。」
めずらしく、感情を吐き出す。
「簡単に、明日行きますだなんてヒドイじゃない。」
「ごめん、そんなに嫌だったなんて思わなくて・・・」
「そんなに仕事が大事なら行けばいいわ!!」
冴子はテーブルの布巾を掴んで私に投げつけて、キッチンから出て行ってしまった。
布巾は的を外れて壁に当って床に落ちた、相変わらずノーコン・・・。
彼女の吐き出された感情と言葉に、私は少しショックを受けた。
一人で居る時はいいけど、自宅を事務所にしている時の弊害がコレか。
今更ながら電話は自室でかければよかったと思い始める、しかし後の祭りで冴子は怒り心頭。
あの調子だとおさまるまでかなり時間がかかりそうだった。
私は、ため息をついてしばらくその場に立ったままでいた。
あの諍い以来、冴子とは口をきいていない。
仕事も無い(今は)というのに彼女は外に出かけた、私と顔を合わせないためだ。
ご飯も作っても食べもしない、外で食べて寝に来るという生活を続けている。
私も写真集が佳境に入ってきたので家に帰ることも少なくなっていた。
一応、彼女の携帯にメッセージを入れるけれど聞いているのか聞いていないのか・・・。
「どうしたのよ、最近暗いわよ。」
進みが順調なので社長は気分がいい。
そんな様子を横目に私はあんたのせいだろうが!と心の中で思う。
ホテルのロビーの喫茶店でお茶中。
私が暗いというので社長が気を利かせて(?)外に連れ出しておごってくれていた。
「別になんでもないですよ。」
避けられるのが一番、辛い。
冴子の言い分は間違っていない、約束を破る私が悪いのに。
つかまえて、謝って仲直りをしたいのに冴子は逃げてしまう。
「そんなわけないでしょ、ユウちゃんがそんな表情するのって。」
ユウちゃん・・・そんな名で呼ばんでください、昔の呼び名なんですから。
「放ってくれるのが一番なんです。」
コーヒーを飲む。
あ、冴子はコーヒーがダメでココアが好きだったなと思い出す。
泣きたくなってきた。
早くこの仕事を終わらせて、さっさと自由の身になりたい。
「あら。」
ずずんと沈んでいると社長が驚いた声を上げた。
「なんですか?」
おっくうながら気にする。
「あれって・・・」
社長の口から聞かれないであろう人物の名を聞いた。
小日向冴子。
「えっ。」
思わず、聞いた途端飛び起きた。
「・・・飛びつくわね、知り合い?」
「いや、別に――――」
危ない、危ない。
「彼女がどうしたんですか?」
「ほら、あそこに。」
社長が顎で先を示す、示す先には冴子がいた。
しかも、滅多に見せない控えめな笑顔である。
偽りじゃない。
「へえ、ああいうのが好みなんだ。」
意味ありげに社長が言う。
私は冴子に気を取られていて隣にいる人物に気付かなかった。
「あれは、確か音楽評論家の渡瀬 博史よね。彼自身もピアノを弾くというわね。」
ご丁寧に説明もつけてくれる。
一点に目が行っていたので説明も耳から入って反対の耳から出て行くような感じだった。
冴子の腰に添えられていた手、それを嫌がらない冴子。
その光景にもショックを受ける。
「でも、彼結婚してたわね・・・ふうん。」
社長の態度が楽しげになってきた。
私は耐えられなくて目をそらす。
「こんな真昼間にひと目もはばからず・・・さすが、小日向冴子というべきか。」
ガタン。
私は目も耳も耐えられなくなったので椅子から立ち上がった。
相手の評論家の事ならどうでもいい、でも冴子のことを悪く聞くのは嫌だった。
社長も悪気があったわけじゃないのはわかっていたけれど、私はこの場に居ることすら出来ない。
「ユウちゃん?」
「ごちそうさまでした、今日はこれで。」
私はお辞儀をして喫茶店から逃げるように出た。
外の日差しは刺すように暑かった。
私に与えたショックはかなり大きく、速攻家に帰ってしまった。
何かに当たることはする方ではないので、落ち込んだ時は布団を被って寝てしまうのが私である。
以前、冴子に男の人と試してみたら?と言ったのを思い出す。
何気なく言った自分をバカバカバカと今は後悔している。
その時は、こんな気分になるとは思わなかった。
多分、自惚れていたのだと思う。
冴子はきっとそんな事はしないだろうと、好きなのは私だけなのだと。
そう思うと自分が激しく恥ずかしくなり、穴に入りたくなった。
コレが羞恥というものなのだろう。
しばらくは立ち直れないかもしれない・・・。
ずっと寝ていたらうるさく携帯が鳴った、着信は社長。
今日は仕事が無いはずだから私は出なかった、急用だって出るつもりはナシ。
誰が原因なのよ。
私と冴子のケンカの原因。
責任転嫁っていわれても社長のせいにしてやる。
今晩、冴子が帰ってこなかったら社長のせいなんだから。
悶々とそんなことを思いながら、ご飯もとらず布団にずっと入っていたら本能なのかいつの間にか寝入ってしまった。
眠たくなくても布団に入ってしまうと眠くなるのだろうか。
意識が遠のいてから遠くで電子音が鳴っているのを認識した時は、既に日を跨いでいた。
「・・・いつの間に・・・」
耳を澄ますが家の中に私以外の気配は感じない。
けっこう、寝てしまったようだ。
気分がどんよりしていると身体も重くなるのか、起こそうとするとかなり力を入れないといけなかった。
なにやらベッドの下のほうで携帯が鳴っている。
寝起きなので即断できなかったがこの着信音は、冴子からだ。
こっちが電話しても出なかったのに、私の携帯に電話をくれるなんて。
急いで起き上がって、携帯を取りにベッドから降りる。
あんまり急いでいたので途中、転んだ。
だって、切れてしまったら折角の仲直りのチャンスを失いそうな気がしたから。
「はいっ、もしもし!?」
私が急いで出るが向こうはしばらく無言だった。
冴子であることは間違いない。
・・・でも、冴子の携帯を誰かが使っているのかも?とも一瞬思った。
「冴子? 冴子なんでしょう?!」
仲直りがかかってるからこっちは必死だ、向こうから話す気になったのか電話をくれたのだから。
まだ、向こうは何も話してはくれない。
「今、どこに居るの?」
こちらは呼びかけるのみ、答えてくれるのを待つ。
「ごめん、私が悪かったわ。冴子の事も考えなくて。」
それでも無言は続く。
「・・・何か言ってよ、冴子。」
まだ怒ってるのか。
あのあとの事は考えたくはなかった。
「遊里。」
向こうで冴子が私の名を呼んだ。
久しぶりに彼女の口から私の名前を聞く。
ずっと避けられていたから、ちょっとの事でも嬉しい。
「冴子。」
「そんなに慌てて、心配した?」
その言い方はいつも通り。
「・・・少しね。」
「少しなんだ。」
つまらなさそうな言い方でこちらもいつもと変わらない。
「帰ってくるの?」
色々な意味を含めて言う。
もう日付は変わってしまったけれどこのまま帰ってくれば仲直りは出来そうな気配。
彼女の身に起こったことは仕方が無い、冴子が考えて決めたことなのだ。
私が言うことじゃないので、ぐっと我慢。
「遊里は私に帰って来て欲しいの?」
随分と気をもたせる、冴子。
「当たり前でしょ、仲直りしたいのよ。」
「・・・謝っただけじゃ許さないわ。」
「条件付き?」
「当然でしょう、私は何よりも傷ついたんだから。」
それは認める。
あそこまで怒ったのは初めてだった、冴子。
「とりあえず、帰ってこない? 今、どこに居るの?」
冴子は躊躇いもなく、あのホテルの名前を口にした。
昼間、ロビーでお茶した喫茶店が入っているホテル。
「泊まってるの?」
「・・・まあ、そうなるかも・・・」
ここだけ歯切れが悪い。
ひとりなのか一緒なのか、この電話では分からなかった。
なぜ、冴子が電話をかけてきたのかも。
「今、迎えに来てくれないともう帰らないわ。」
「泊まっているのに、今帰るのはまずいでしょ?」
「お金は払うんだもの、文句はないでしょう、ホテル側も。」
・・・出た、自己的解釈。
自分勝手な解釈で周りの事を良く考えないんだもの。
「そういう事は通らないのよ、大統領でも。」
「帰らなくてもいいわけね。」
「そんなことは言っていないでしょ、朝ちゃんと迎えに行くわ。朝になるまで待ってと言ってるのよ。」
「待てない。」
電話の向こうでキッパリ言う冴子。
・・・もう、いつも無理ばかり言う。
ため息が漏れるけれど私は結局、そんな無理を聞いてしまうのだ。
冴子のバカ。
コンコン。
ホテルの前に止めた車の助手席側の窓が叩かれた。
私はロックを外す、顔を確認しなくても冴子だ。
さすがにホテルのロビーまでは私は迎えには行かなかった。
良識があるのであればそんなことはしない、そこは譲らなかった。
「楽しかった?」
嫌味ではないが一言くらいは言いたい。
「遊里が心配したなら胸がスッとするわ。」
「子供みたいなこと、しないのよ。」
「抗議しただけ。」
私を避けてホテルに避難して、真夜中に迎えによこすことが?
ほとんど子供のイタズラじゃない、それ。
ギアを入れて車を発進させる。
色々聞きたかったけどやめた、冴子は帰って来たし仲直りもなし崩し的に出来たようだし。
「明日・・・今日ね、今日は仕事は無いんでしょ?」
「無いわね、良く知ってるじゃない。」
私の仕事には興味ないから聞かないけど、時々教えないのに知っているときがある冴子。
どこで仕入れているんだか・・・。
「この間の埋め合わせをして、遊里。」
「そうね、この間は行けなかったものね。」
まだこだわってるのか、冴子ってば。
「買い物はいいわ。」
「でも、楽しみにしてたんでしょ?」
行くはずだった買い物、楽しみにしていたようでカレンダーに印をつけていたのを私は知っている。
それが行かないなんて。
帰って来たら今度の事でてっきり、何か奢らされそうと思っていたのに。
しばらくの沈黙があって冴子が口を開いた。
「あまり良くなかったわ。」
「なにが?」
「SEX。」
ぶっ。
私はいきなりの発言に思わずハンドルを切りそうになった。
真夜中だったので車が少なくて助かった。
「・・・いきなり言うわね。」
何気なく言う事じゃないでしょうが!と心の中では叫んでるけど見た目は冷静に。
「もっといいものだと思ってたのに。」
椅子に深く腰掛け、前を見ながら言う。
「誰としたのよ。」
「怒ってる?」
「別に。」
あのロビーでの姿にはショックは受けたけど、不思議と怒る気にはならなかった。
私への当て付けだというのは分かっていたし、仕方が無いなと思っていた自分もいたから。
「以前、遊里言ったじゃない。」
「男の人とって話?」
「そう、私もカッとなってたからつい。」
それでつい、しちゃうってのも短絡的過ぎない?と思ったけど言わない。
「冴子の誘いに乗る人がいるとは思わなかったわ。」
「失礼ね、言い寄られはしてるのよ。ただいつも相手にしなかっただけ。」
私を見て心外な、と言うような顔をしてから前を向き直って言う。
「遊里が居るから。」
照れてはいないようなのが憎らしい。
「浮気した感想はどう?」
「浮気じゃないわ。」
「浮気じゃない、私が居るのに。」
怒ってはいない、浮気じゃないと言い張る冴子に感想を聞いているだけ。
「遊里が悪いんじゃない、約束を破るから。」
「約束を破ったのは悪かったわ、仕事の話を家に持ち込んだのも悪かったと思ってる。でも、それが男と寝るのと繋がるの?」
「・・・私もバカだったのよ、遊里が傷つけばいいと思って。」
冴子に言われなくても私はロビーでの彼女の姿を見ているから傷ついた。
すでに彼女の目的は達成されている。
「で、私を傷つけてスカッとした?」
「こっちが聞きたいわ、今の私が満足してるような顔してる?」
「してないわね。」
ホテルから電話をかけてきた時のような態度に近いものも感じない。
あんな感じで毒舌がポンポン出てくればいつもの冴子だ。
「気分が悪いだけよ。」
後悔はしてるんだ、それについては。
ただ、そのものが気分的なものからなのか肉体的からくるものかは分からないけど。
「帰ったら寝たらいいわ、ぐっすり寝たら忘れるから。」
「許してくれるの?」
「許すも許さないも、子供っぽい腹いせで寝たんでしょ? そんなんで怒るほど私は懐は狭くはないわよ。」
それに、あまり良くなかったみたいだしね(苦笑)。
良かった!って笑顔で言われたらムカムカして許さなかったかもしれない。
こっちとらずっと冴子の相手をしてきたのに、男というだけでその時間を越えられてしまうのは腹立たしい。
「遊里って怒らないわね、絶対に。」
「まさか、怒る理由があれば私だって怒るわよ。」
今回の冴子の行動は私のせいだし怒るに怒れないということがある。
もしかしたら、私の非では無い理由があって冴子が本気だったら怒っていたかも。
「一度くらいは遊里の怒ったところ、見てみたいわね。」
「やめなさいよ、そんなこと。怒るのって意外と気力と体力がいるのよ。」
「そうね、私も遊里と絶交状態だと面倒だわ。」
「面倒って・・・」
「ご飯も外で食べないといけないし、何よりもシジミ汁が飲めないのがマイナスだわ。」
そこなの?! 冴子の絶交によるマイナスは・・・・呆。
「外でだって食べられるじゃない。」
「私の口に合うのがないんだもの。」
それは褒めてくれてるわけ?
「じゃ、仲直りにシジミ汁を作ってあげるわ。」
「今から?」
「帰ったら。飲みたいんでしょ? そろそろ禁断症状が出てくるんじゃないの?」
毎日飲みたいって言うくらいのシジミ汁好きの冴子。
さすがに毎日は作らないけど何日おきかは作る。
しかも、どうしてもの時以外はインスタントは飲まない彼女。
「遊里の好意はありがたいけど後でいいわ。」
好物のシジミ汁にも飛びつかないなんて余程、疲れたのね。
私は残りのマンションまで帰る間は冴子が話しかけてこないない限り気遣ってしゃべらないことにした。
明日は休みなので話す事はいくらでもできる。
冴子も窓の外を見るだけであとは何も話さなかった。
ピリリリリ・・・
耳元に耳障りな電子音。
私は出る気にもならなかったので枕の下に放っておいた。
それでも鳴る携帯、しつこい。
本日は、休暇で臨時の呼び出しも拒否。
「・・・遊里、うるさいんだけど・・・」
私の腕の中で寝ていた冴子が機嫌悪そうに言った。
携帯の着信で起こされたから機嫌が悪いのだろう。
時計を見たら朝の8時。
早いのか遅いのか聞かれたら、私達には早い時間だ。
仕事なら普通だけど、昨日(今朝)寝入った時間を考えればもう少し寝ていたい。
「無視無視。」
「切ったらいいのに。」
「切ったら印象がまずいじゃない、気付きませんでしたでいいのよ。」
出たら絶対、行かないといけない。
そしたらまた冴子とけんかになるし、それにこのままの状態がいい。
私を避けていた彼女が腕の中に居るし、柔らかいさらさらな質の髪に顔を埋めているのは気持がいいので手放すつもりは無かった。
家に帰ってきた私は着くなり冴子に押し倒された。
ほんとはエレベーターでキスを迫られたけど、防犯カメラがあるからと言って手を繋ぐだけにしといた。
見られるのは嫌だし、他人に冴子のそんな所を見せるのは勿体無いじゃない(笑)。
性急さに驚いたけれど理由を聞いて笑う。
「なによ。」
「・・・それで結局、最後までしなかったのね?」
「途中で気持ちが悪くなったし、それに・・・」
「それに?」
私は聞きながら冴子の服を脱がす。
「携帯という邪魔がね。」
聞けば冴子と相手の携帯が同じ機種だったらしい、冴子はストラップとかをじゃらじゃら付けない性格なのでほぼ見分けがつかず何気に出てしまったのだ。
しかも出た相手がまずかったらしく、相手の奥さんだったというオチ。
冴子も豪胆だから相手が相手でも、つっけんどんな態度でくれば応えてしまう。
慌てて携帯の持ち主が冴子から奪って出たけど、そのあとは収拾がつかなかったみたい。
相手はHどころではなくなって帰ってしまった。
もちろん、口止めは忘れない。
「名前は出さなかったんでしょうね?」
「もちろん、そんなバカな真似しないわよ。」
「ここ、付いてるわね。」
私は鎖骨のちょっとしたの部分を指で触れた。
「気付いた時にはね、それ以降はやめてって言っておいたから無いけど。」
赤い斑点。
「ちょっと、ムカつくわね。」
「一箇所だけよ。」
唇が近づいて軽く触れる。
「・・・一箇所だけでもよ。」
唇を離させず、そのまま身体を上下入れ替えた。
私の中で熱く湧き上がってくるものがある。
嫉妬なのか、冴子が自分の身体に男性を触れさせた悔しさかどうかは分からない。
最後までさせなかったのは幸いだった。
表面では落ち着いてるように見えるけど、その痕を見たら心穏やかじゃない。
色々なことを考えてしまう。
「遊里・・・乱暴すぎ。」
ぐいっと、手で顔を引き離された。
「・・・乱暴?」
「なに怒ってるのか分からないけど、こんなキスされても嬉しくないわ。」
「怒ってる? 怒ってないけど・・・」
「自覚してないの?」
自覚? 私は普通に接してるつもりなのに冴子は違うと言う。
「ねえ、遊里。」
私は驚くくらい優しい声で話しかけられた。
こんな声を聞くのは初めてなくらい。
「私は遊里以外の他人に、触れられるのは嫌だと分かったのよ。触られてる間中、違和感や嫌悪感しか感じなかった。」
「冴子・・・」
「それなのに、遊里にこんな風にされたら私はどうすればいいのよ。」
拒否はしていないけれど、暗に非難されていた。
私は冴子が自分以外の人間に身体を許したと言う事実が許せないのだと思う。
それが行動に出てしまっているのかもしれない。
「ごめん。」
偉ぶっていても結局、懐の狭い自分を感じて恥ずかしくなって目を逸らした。
「いつもの遊里は?」
「・・・ごめん、気持ちの整理ができてない。」
私は冴子の上からどいた。
今の私は気持ちに余裕が無い、迎えに行った車内での気持ちとはだいぶ違う。
実際に事実を突きつけられるとまともな考えも出来なくなった。
「遊里でも?」
背を向けたので背後から冴子の声がする。
「私を聖人君子か何かだと思ってるの?」
「半分くらいそうかと思ってたけど。」
私は苦笑した。
怒った事がない印象が強すぎてそんな幻想を抱かせてしまったのならとんだ失敗だ。
冴子のわがままも聞き放題だし、私のイメージはそこからきているのかも。
「冴子が思ってるほどの人間じゃないわ。」
「それでも、遊里は遊里でしょ? 私は遊里が好きよ。」
背中から冴子は静かに抱きついてきた。
「・・・泣けるわね。」
「遊里の気持ちが落ち着くまで待つわ。」
「いつになるか分からないわよ?」
「んーできれば、今日中にして。」
そのわりに随分と急がせる(笑)。
落ち着くまで待つ、というのは気長にという意味じゃないの?
私はそう思ったんだけど。
「なんで?」
「気持悪かったとはいえ、中途半端にやめられたのよ? まだ不完全燃焼中なの。」
「・・・・・・」
「怒った?」
「・・・呆れた。」
私に他人の後始末をしろっての?
「遊里じゃないとダメなの。」
上等な殺し文句。
これで発奮しない人間はいないんじゃないの?
私も単純だから、めずらしくねだり調子で冴子に言われたら断れないじゃない。
「私は、遊里じゃないとイケないし。」
はいはい、わかりました。
しんみり気分も吹っ飛んじゃったわよ、今の言葉で。
私は苦笑する。
「ちょっと、聞いてるの? 遊里。」
「聞いてるわよ、私じゃないと満足できないんでしょ?」
くるりとまた体勢を変えて振り返る。
「・・・遊里に言われると照れるわね。」
「そう?」
私は冴子の両頬をに触れた。
「もう、整理できたの?」
「おかげさまで。冴子のボケのせいでね。」
「私、変なこと言った?」
「分からないならいいわ。」
笑って唇を重ねる。
大丈夫、今度はちゃんと冴子の事を思いやって相手ができる。
絡めた指に力が入り、冴子が身体を寄せて来た。
「今日は随分と、機嫌がいいじゃない。」
社長と会って開口一番がコレ。
「そうですか?」
「昨日、電話掛けたのに出ないんだものユウちゃんてば。」
まだ、言うか。
あぁ、いいけど。
もう冴子とは仲直りしたので気にしてないし。
「この間の沈みようとは正反対ね。」
「恋人と仲直りしたので。」
コレくらいは言ってもいいかもね。
「それで沈んでたの?」
「それで沈んでたんです、私だって恋人とケンカくらいしますよ。」
今日は写真集の最終的なチェック、最終的っていっても私のほうからこれがいいとか言う事もないので社長がよければそのまま決定稿になる。
「へぇ、ユウちゃんの恋人かー」
仕事そっちのけで私の事はいいから・・・
「かわいいの?」
「なんで、かわいいんですか。」
「女の子じゃないの?」
そりゃあ、社長とは色々あったし、よく女性には言い寄られるけど。
「なんでそう思うんですか。」
「女の勘?・・・というより、あまり男っ気なさそうなんだものユウちゃんって。」
「ありますよ。カメラマンの仕事は最近こそ女性も入ってきたけど男性社会ですから。」
「そうかなあー。」
納得していない様子。
「もういいですから、仕事の話しましょうよ。」
「まじめね、ユウちゃん。」
真面目って、仕事ですから。
それに車に冴子を待たせてるし。
時間がかかるから車で待ってなくてもいいって言ったのに、待っていると言った冴子。
なに考えてるのか。
結局、終わったのがお昼前。
3時間以上も冴子を待たせてしまった、アニソンCDを預けたけどさすがの彼女も怒ってるかなと思う。
挨拶もそこそこにビルの地下駐車場に戻った。
車からは音楽が漏れていて、助手席に退屈もせず冴子は座っていた。
「ごめん、すごく待たせたわね。」
「いいわよ、私が待つと言ったんだし。」
機嫌は悪くないようだ、これもアニソンのおかげ?
「ただ、警備員さんには胡散臭い目で見られたけど。」
「ははは。」
その様子が目に見えるよう。
「・・・今日はあまりくっつかれなかったようじゃない?」
エンジンをかけようとしたら顔を近づけて冴子は言った。
「最近は意識的に近寄らないようにしてるのよ。」
「自衛ね。」
「冴子の機嫌が悪くなると困るしね。」
「私の顔色を気にしてるの?」
ふふんと笑う。
「また、浮気されると嫌だし。」
「しないわよ、もう。」
顔をしかめる。
よほどよくなかったらしい、冴子には(苦笑)。
相手が悪かったのか、身体が受け付けないのか分からないけれど。
アクセルをふかす、静かな駐車場に排気音が響く。
とりあえず、今回の騒動が収まったのは良かったと思う。
私は内心 胸を撫で下ろして車を発進させた。