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冴子のアニ友(♂)がやってきて、戸惑う遊里。

自分の家の玄関を開けると外国人の男性に挨拶された遊里。冴子の友人で彼を客間に泊めるという、二重に驚いて開いた口が塞がらなかったが結局、冴子のいうがままに···

男性が二人に関わってくるので苦手な方にはおすすめしません。百合に男性は不要、と思われる方は回れ右(笑)。

「コンニチハ、はじめまして。」


彼は初対面でそれは大層丁寧な日本語で疲れて帰ってきた私に向って挨拶した。

「ハイッ?!」

背の高い外人男性に出迎えられて、一瞬ここが自分の家ではないのかと思ったくらい。

きょろきょろしていると、彼の後ろから冴子の声がした。

「安心しなさいよ、紛れもなく自分の家だから。」

「お邪魔しています、ユウリさん。」

しかも、私の名前まで知っている。

「こ、こちらこそ・・・」

パニくって名前を聞くことすらできない、日本人一般にある外人アレルギー(爆)。

しかし、なんとか持ちなおしてリビングに向かった。

「彼は?」

冴子はソファーで楽譜を広げていた。

防音室ではないのは珍しいし、かなり広げている。

「アレクシス・フォン・ディヴァ。」

名前だけ言われても簡潔すぎて分らないわよ。

「ミュージシャンです。」

後ろから私を追ってきたのか、彼が代わりに答えてくれた。

冴子は私にはあまり興味が無いのか、今やっている作業に集中しているのか私の問いに答えたあとは何も言わない。

「ミュージシャン・・・冴子と同じ、クラッシック関係?」

「ええ、ミス・サエコとはイタリアでコンサートがあった時に知り合いました。」

聞けば聞くほど流暢な日本語だわ、と生粋の日本人である私さえ感心する。

「今は何をしているの?」

リビングはそんなに狭くないけれど、楽譜がそこかしこに散乱している。

テーブルには飲みかけの、ビール・・・陽が高いうちから飲んだのか。

今日は比較的に早く帰ってきたら、こんな状態で私はどうしたらいいか分らないじゃない。

「曲のアレンジです、サエコもボクも好きなアニメです。」

 アニメ。

アニ友かい・・・・それを聞いて私は苦笑した。

ミュージシャン、クラシック、アニメがすぐには繋がらない。

チェロ奏者である冴子は本職のクラシックよりアニメ音楽をこよなく愛する。

いや、比重は100%とすると90%くらいはアニメで残りがチェロになるような感じ。

そういえば冴子がなんとなく真剣そうに見えるのは気のせい?

どうしてこうも力の入れ具合が違うのよ(苦笑)。

「今日はアレクが夕飯を作ってくれるから、遊里は休んでいていいわよ。」

ペンで楽譜に記号を書き込みながら冴子は言う。

「えっ? お客さんでしょ、彼?!」

「・・・いいじゃない、たまには遊里も休みたいでしょ? アレクは料理も上手だから安心して。」

いきなり、そんな話?!

朝、まったくこんな状況になるなんて話出てこなかったのに。

それに、他の人に台所とか冷蔵庫の中を見られるの好きじゃないのに。

どうしてそういうことに気づかないかな、冴子ってば。

「それに、今晩アレクは客間に泊めるから。」

「ええっ!?」

あまりの驚きに声を上げた。

「泊める?! 男の人よ?」

正気か、いくらなんでも・・・。

私が見上げるとにこにこと彼は笑っている・・・害が無いようには見えるけど。

「そんなに声を上げなくてもいいじゃない。」

やっと顔を上げる冴子。

「だって・・・」

「安心しなさいよ、アレクはゲイだから。イタリアに居た時も何度か彼の部屋に泊まったことがあったけど何も無かったわ。」

「泊まった?!」

「・・・うるさい。」

私の驚きの叫びに、耳の穴を指で塞ぎながら言う。

泊まったって・・・初耳よっ。

物事に無頓着な冴子だとはいえ、それはあまりにも気にしなさすぎ。

呆れてものが言えなかった。

「すみません、ボクのこと気に入りませんでしたか?」

「あ、いえ、いいのよー・・・」

彼が腰の低い態度で外人らしくないことを言う。

「じゃ、決まりね。あとで台所を案内してあげて遊里。」

そう言うと冴子は再び楽譜と向かい合ってしまった。

今は悲しいことに私には興味がないようである。

「サエコ、そこはこうした方がいいよ。」

書き込んでいる、楽譜を指差して助言をする彼。

「・・・そう? 私はこうした方がいいかと思ったんだけど。」

「確かにね、分からなくもない。」

などと、おたまじゃくしの乗った五線譜を変えてゆく。

私たちみたいな一般人は楽譜の音符から音をあまりイメージできないけれど、冴子たちのような音楽に携わっている人たちは頭の中に音楽が流れているのだろう。

実にうらやましい、音痴なわたしには特に。

私は肩を竦めて、自分の仕事部屋に引きこもった。



2時間ばかりして、部屋を出ると彼に捕まった。

夕飯の準備をしたいという。

あまりノリ気はしなかったけれど、冴子が言うのであれば仕方が無い。

命令ではないけれど私を思ってのことだろうし。

客人も作りたいと言っているのだから、甘えてもいいのかもしれない。

台所に行き、冷蔵庫に入っているものを見せた。

食器やガスはイタリアでも同じだろうからそんなに大変ではないと思う。

「手伝おうか?」

日本語が上手いので英語で聞かないでつい、日本語で聞いてしまう。

「すみません、アナタの仕事を取ってしまって・・・」

高い背屈めながら言う。

実に日本人的な気の配り具合、それにしたって純粋日本人の冴子はこんな気配り・・・いや、何も言うまい。

「いいわ、手際がいいのね。」

手元がスムーズに動くのを見て。

「独り暮らしが長いので料理は得意です。」

「ミュージシャンも色々あるけど、アレクは何になるの?」

「はい、指揮者マエストロです。でも楽器は大抵演奏できますし、作曲もします。」

スーパーマンね、予想していた楽器奏者とは違って少し驚いた。

「冴子の相手は大変でしょ?」

「全然、サエコは物怖じせずに自分の意見を述べて自分をアピールします。日本人ではあまり居ないタイプの女性です。」

「・・・・・」

自己主張の塊のような感じだものね。

「それに、とても美しい。」

料理の途中で宙を見上げて言う。

本当にそう思っているようだった。

確かにイタリアの男性は日本人の男性より感情を表に出すようである。

 まあ、否定はしないけど。

コレは口に出さないで心の中で言った。

冴子が聞いていないとは言え、そう思っている事を知ったら悪態をつくだろうし。

 彼女は天邪鬼なのだ。

「それなのに、とっつきやすくてボクには親近感が湧きます。」

「そう? 冴子がとっつきやすい? 」

私ですら時々、扱いにくい人間だと思っているというのに彼はそう思っているのか。

「同じ趣味を持っているからでしょうか。」

アニメ、ね。

労力のかけ方が違うのよね、冴子は。

どっちが本業か分らないくらい。

「とても魅力的です。」

「ベタ褒めね。」

「あ、いえ・・・そんなつもりで言ったんじゃ・・・」

私が嫌味を言ったように思われたか、彼が冴子を狙っていると私が思って言ったのか言葉に謝ってきた。

「本当にゲイなの?」

「・・・ええ、彼女とは何もー・・・」

「分ってるわ、害のある人とか興味が無い人は近づけないもの、冴子は。」

冷蔵庫からワインを取り出して、コップに注いだ。

「ワイングラスはディナーに使うから。」

コップを彼に渡す。

「いいんですか?」

「イタリア人はワインを飲みながら料理しないの?」

「貴女はするんですか、ミス・ユウリ?」

「しないわ、そんな優雅に夕飯を作らないもの。」

今日は特別。

思ったほど面白い客人が来て、台所で料理を作っているから。

「僕だって・・・固定概念ですよ、それ。」

アレクは笑って、肉をソテーする。

「TVで見て外国はすごいなーって小さい頃、思ってた。」

「TVでは料理番組ではそんな風に料理をしていたかもしれません、そういうTVの料理はすごく美味しそうに見えるんですよね。」

「あ、サエコからのリクエストです。”シジミスープ”は貴女が作るようにと。」

シジミ汁ね、イタリアンに合うのかしら。

「シジミスープは貴女のじゃないと美味しくないって言っていましたよ。」

「インスタントと大して変わらないわ、大げさすぎ。」

私はそう言いながらシジミ汁を作ることに取り掛かった。

「コレがシジミですか?」

「ええ、イタリアには無い?」

「こんな小さいのはありません、パスタに絡めるのはカラス貝やアサリくらです。」

「これは小さいけど、沖縄にはこれより10倍大きいシジミがあるのよ。」

「そんなに?」

シジミ汁に使うのは小さい方がいいんだけど。

その時、・・・もしかして、シジミのスープパスタはいけそう!とひらめいた。

でも、今日はせっかくの彼が作ってくれる料理だから別の日に作ろうと思う。

彼が夕飯のメインを作る横で私は私の仕事をすることにした。


「冴子、夕飯できたわよ。作業を中断して。」

3回、呼びかける。

子供か、まったく。

食卓には彼が作ったメイン料理と私のシジミ汁が並び、席には私と彼は座っている。

「本職でアレくらい熱中してもいいのに。」

私は溜息混じりに吐き出す。

「まあ、人それそれですから。僕は好きですよ。」

「やさしいわね。」

「悪かったわね。」

2人で言い合っていると、やっと冴子がやってきた。

いいご身分だわ。

「私だけならともかく、彼も居るんだから早く来なさい。」

「はい、はい。お、豪華ね、今夜は。」

海鮮サラダにタラコの冷製パスタ、牛肉のサイコロソテー、赤ワイン。

そして別存在感なシジミ汁(笑)。

最初の一口目はやはり、シジミ汁な冴子。

彼も恐る恐る飲む。

外国人仕様ではないのでもしかしたら、あまり合わないかもしれない。

「どう? 微妙?」

冴子が彼を覗き込んだ。

「うーん・・・」

首をかしげている。

「日本の”ダシ”は繊細だから、濃い味に慣れている外国人には薄く感じるかもしれないわね。」

「頑張ります。」

「無理に頑張んなくてもいいわよ、そういうものは自然と分かってくる物だし。」

「冷たいわよ、冴子。」

「私は甘やかさないの。」

彼は私を見て肩をすくめた。

いつも二人で食べる夕飯だったけれど今日は違い、三人。

しかも男性が一人入っている、そしてイタリア人。

私の知らないイタリアを教えてくれる、音楽、食べ物、世界遺産、民族、家族の事。

面白かった、第3者が入るとこうも食卓がいつにも増して楽しくなるのかと。

冴子の様子を見ても機嫌がいいのが分かる。

アニメ好きというのと、彼が異性として認識できる相手ではないからなのか。

そこのところは佐間之助くんを思い出す。

ルックス的には目の前の彼の方がかっこいいかもしれないけれど(笑)。

「遊里はカメラマンなの。」

冴子が私を紹介する、少々遅い気もするが。

「へえ、被写体は何を撮るんですか?」

「主に女性よね?」

「・・・・ちょっと、誤解を生むようなこといわないでよ。」

「ははは、人物・・・モデルとかですね?」

「ええ。」

「よく言い寄られるのよ、そういう体質なのね。」

ワインをひとくち。

「そういうことは仕事と関係ないじゃない。」

「サエコはユウリさんが大好きなんだね。」

彼にそう言われ、ワインを持つ手が止まる冴子。

私も内心びっくりする、私と冴子の事は彼は知っているのだろうか?

「どうして?」

「なんとなく。」

にっこり笑って、空いたワイングラスにワインを自分で注いだ。

「しいて言えば、言っている途中で機嫌が悪くなったからかな?」

「いつも悪いように見られているわ、私。」

「彼女の仕事は尊重しているけど、被写体の女性達と仕事とはいえ仲良くする事は快く思っていない。」

ニコニコしながらズバット切り裂いてくる。

「そうよ、否定しないわ。」

「君らしい、ヘタな言い訳もしない。」

「・・・あなただからよ、アレク。他の男だったら叩き出してるわ。」

「恐いなぁ、本気だからね君も。」

すまして言う冴子に、おどけるように言い返すアレク。

「でも、君がイタリアで言い寄る男たちを軒並み返り討ちにするのを見るのはスッとするよ。」

「男嫌いじゃないけど、濃すぎるのよ。」

「さもありなん、濃いね。僕も時々そう思うよ。」

アレクが言うとシャレにならないような気がするんだけど・・・。

「男にもあんな感じなの?」

冴子が興味深々で聞く。

「よしなさいよ、冴子。」

「いいですよ、サエコとはこんな話しないから珍しい。」

「そうよね、会えば話すのはアニメとアニソンの話だけ。」

「僕も話すから、君たちのことも話して欲しいな。」

「ギブ&テイク?」

「正確には違うけど、いつもとは違うサエコが知りたいな。」

いつもよりハイペースでお酒が回っていたのか、私は口を挟めなかった。

いや、挟む間合いが取れなかったのかもしれない。

「いつもと違うって言うのは違うわ、チェロを弾いている時も、アニソンを引いているときも歌っている時も今も小日向冴子だわ。」

「じゃあ、君の私生活。」

「変わってる。」

「君もね。さ、僕から話すからその次に。」

アレクは自分の深い部分についてを話し始めた。



次の日、私は起きてかなりパニックになった。

驚きで声も出ない。

あの、アレクが私の隣で寝ているのだ。

しかも、私に腕を掛けて。

自分が服を着ているのを見て少しホッとできた。

彼の身体の向こうにはどうやら冴子が居るようなのだが、一体この状態はなんなのだろうか?

酔った勢いというもので変なことになってしまったのだろうか?!

アレクは上半身は裸のようだし・・・。

昨晩の事は不覚にも覚えていない、重い溜息を付いて私は身体を起こした。

その動作で、アレクが起きてしまった。

「あ、あれ?」

彼自身も驚いたようで私を見て、後ずさる。

「おはよう、アレク。私もびっくりしてるのよ。」

「えっとー・・・コレは?」

「私も知りたいくらい・・・まあ、あなたの事だから何にもなかったと思うんだけど。」

ゲイって言ってる割には一緒に寝ていてもなんでもないのね。

「スミマセン!」

アレクは飛び起き、ベッドから出る。

私は側に脱ぎ捨ててあった服を渡す。

「落ち着いて、私は大丈夫だから。」

「おかしいな、昨日は・・・」

「覚えてる?」

「・・・全然・・・」

首を振るアレク。

「まあ、いいわ。朝食は私が作るからあなたは起きる準備をして。」

「サエコは?」

この状況ですやすやベッドで寝ている冴子を見る。

「起こさなくていいわ、おなかが減ったら起きてくるでしょ。」

オオモノです。

彼が言った言葉に私は納得して噴出した。


彼は冴子と違って朝食も手伝ってくれた、朝食は日本食にして彼をおもてなし。

冴子が起きてくる様子はなかった。

「ありがとう、アレク。」

出来た料理をテーブルにまで運んでくれる。

「いいえ、僕も日本料理を1品くらいは覚えていきたいなと思って。」

「勉強熱心ね、冴子なんかお湯もちゃんと沸かせないのよ?」

「人間一つでも秀でているものがあれば、チャラになりますよ。」

他の事ができなくてもいいというわけではないだろうけれど。

「僕はゲイだけど、サエコの事は尊敬しているし好きです。」

「私も好きよ、時々どうかな?ってチラッと思うことはあるけど。」

「・・・サエコが聞いたら怒りますね。」

苦笑してアレクがテーブルに座った。

一応、三人分用意して朝食を食べ始める。

「誰にも懐かない、媚びないネコのような彼女があなたには心を開いて向かい合っているのはやはり信頼と愛情なのでしょう。」

「そうかしら?」

態度が冷たい時も多々あって凹むことも多いのよね、私。

「そうですよ、リラックスしてる。」

しすぎなところもあるけど。

「ある時期まで、僕はずっと彼女は孤高の人だと思っていました。イタリアではずっと仮面を脱がなかったし。親しくなった僕にさえ・・・泊まった事があるっていいましたけど、本当にきっちりしていた。」

「・・・あなたの正体がバレた時から、あんな感じになったんでしょう?」

「ちょっとショックでしたけどね。」

だろうと思った・・・ネコかぶっていたのよ、冴子ってば。

「親しくなると、容赦ないから気をつけたほうがいいわ。」

「分かりました。」

彼は少しダシを濃い目にした、お味噌汁を飲んだ。

「どう?」

「あ、美味しいです。」

「そう、よかった。昨日は冴子仕様だったから合わなかったみたいだけど今朝は調整してみたの。」

朝の事は無かった事のように会話をしながら朝食を食べる。

それにしても彼は日本語も堪能だけれど、箸の使い方も上手い。

感心してしまう。

そんな私に気づいたのか彼は言った。

「僕、日本人の男性とも付き合っていたことがあるんです。その時に。」

はにかみながら言われて、私は苦笑して応えることしかできない。

「そう、いい人と付き合っていたわね。」

他人事ながら変な日本文化を教えるような日本人じゃなくて良かったと思う。

「そうですね、そこら辺は別れた今でも感謝しています。」

「別れちゃったの?」

「ええ、家の事情で学校を辞めざるえなくなってしまって・・・日本に帰国してそのまま音沙汰なしです。」

「ごめんなさい、悪いことを聞いたわ。」

「別にいいですよ、もう随分と前の事なので。サエコにもグジグジ未練たらしく思ってるな!って怒れられました。」

「・・・・・」

そのときの様子が思い浮かぶようだわ、冴子ってば。


「見ていてイライラしたからバシッと言ったのよ、仕事にも差し支えていたから。」


そこへ冴子の声が割り込んできた。

「冴子。」

「オハヨウ、サエコ。」

「二人仲良く、朝食?」

髪がボサボサで、パジャマ姿の冴子。

「彼が居るのよ?少しは身なりに気をつけたら?」

「何よ遊里、小言? 朝起きてどっきりしていたくせに。」

「起きてたの?」

「見ものだったけど、後ろ向いて笑ってたわ。」

あの状態で起きていたのね、趣味の悪い。

「ユウリの手料理だから早く食べたらいい、とても美味しいよ。」

「・・・言われなくても分かってるわ。」

不機嫌さは消えず、そのまま朝食が食べられる準備をしに戻って行った。

「不機嫌だった。」

アレクが上体を乗り出して来て言う。

「私とあなたが楽しそうに話していたからよ、昨日言った通りヤキモチ焼きなの。」

「ユウリを独り占めしたいんだね、分かるよ。」

彼が大きく笑う。

「もうずっと独り占めなのに、何が不満なのかしら。」

「自分以外の誰かと親しくするのを見るのは心が痛いんだ、痛くてその反動で君や僕に随分な態度を取ってしまう。」

素直になれないとも言うわね。

かといって、誰かと話すなとは言えないし。

それはそれで、子供っぽいと思われるのが嫌だろうし。

「親愛の裏返しだね。」

「それまた痛い裏返しだわ。」

「ははっははは。」

冴子が来たら怪しい雰囲気になりそうだったけれど、いつも違う朝食を取る事ができた。

 今日も朝から二人とも楽譜と向かい合いつつ、防音室に篭った。

私は洗濯を済ませ、仕事に出かけることにする。

掃除は休みの日に一気にやるとしよう。

せっかく集中している二人を邪魔するのは悪いので、昼食を作ってテーブルの上に置き、手紙を添えてから家を出た。

あの調子じゃ、また今日も帰って来るまでやっていそうだし。

いいコンビなのかもしれない。

私は笑って扉を閉めた。



「ただいまー。」

今日は”いつもより”早く帰れた、アレクが居るから和菓子でもと思ったから買って帰ってきた。

しかし、声が返って来ない。

防音室に篭っているのかもしれないので、覗く。

 居ない。

居間も綺麗に片付けられていた、テーブルに置いた昼食はきっちり食べた跡があり、片付けられている。

片付けたのは彼ね、分かってしまう(苦笑)。

どこに行ったのか、二人は居なかった。

「せっかく帰って来たのに、まったく。」

私は居間のソファーに座った。

どこに行ったのか、二人とも。

しばらくボーっとしているとガチャガチャと玄関のカギの開けられる音がした。

スタスタと冴子の足音がして、私に声がかかった。

「あら遊里、今日は早いのね。お帰り。」

「ただいま、アレクは?」

「演奏家を集め中、今日は帰ってこないわ。」

「そうなの? せっかくお土産を買ってきたのに・・・」

和菓子の箱を指す。

「泊めるのは昨日だけって言ったでしょ?」

「そうだっけ?」

「言ったわよ、帰ってこないから私が食べてもいいわよね?」

箱に飛びついた。

私はお茶を煎れる為に立ち上がる、冴子にそんな気の利いた事ができるはずもないので。

「出されたものは飲むわよね、冴子。」

「うん、飲む。」

もう食べているようである。

ポットでお湯を沸かし、急須からお茶を注ぐ。

ちょっと奮発して玉露だから匂いからして香り高い。

「どこに行っていたの?」

「作戦会議、選曲と曲のアレンジは終わったから次のステップ。」

「一般的なの?それは?」

心配になる。

「採算度外視の1回きりのライブなの、告知無しのゲリラっぽい感じ。」

「マニア狙いなの?」

「私たちもある意味マニアだし、興味ない人には来もらわなくてもいいわ。そんな大きい箱は使わないから。」

「己の欲望に忠実ね、冴子。」

私は感心してしまう、本職でもそれくらい発揮してもらいたいものである。

「遊里、来る?」

「どうかな、ラインナップによるかも。」

「アレクも雄姿を見に来てって。」

「彼は指揮? 他の楽器?」

「どちらも、両方。一方、一方やるの。」

さすがオールマイティー、なかなかね。

けれど、日程を聞いたら残念仕事とバッチリ被っていた。

1日がかりでコンサートにはどうあがいても間に合いそうもない。

「なによ、恋人の大事なコンサートに来れないの?」

お菓子を食べながらぶつくさる冴子。

「仕方がないでしょ、仕事が入ってるんだから。」

「まあ、そんなもんよね。」

目くじら立てるほどではないらしく、あっさり引き下がる。

「終わったらまたアレクを呼んで、食事しながらコンサートの話を聞きたいわ。」

「了解。」

しかし、朝のあれは何だったのだろう?

そんなに酔ったわけじゃなかったと思うのだけれど・・・・。

冴子は何か知っているみたい、怒り出さないのがその証拠。

「ねえ、冴子。」

「うん?」

「今朝のなんだけど・・・」

私がそう言うと冴子はにやりと笑う、やはり何か知っているようだ。

「気にする?」

「そりゃあ、気にはなるでしょ? そんな事気にする年じゃないけど。」

「意外に二人とも打ち解けていたわよ、アレクもゲイだっては嘘じゃないかと思ったもの。」

「何も無かったんでしょ?」

「当たり前じゃない、私が居たのよ? 何かありそうになったら叩き出すわよ、アレクを。」

ずずっと、玉露を啜る。

で、3人で仲良く川の字になって寝ていたってわけ?

「でも、なんで彼は裸なの?」

びっくりしたわよ、落ち着いてああ言ったけど久々に焦った。

「アレクは裸族なの、何か着ると落ち着かないみたい。」

「どこでも?」

「さあ、昨日は気を許しすぎて半裸(一応、気を遣って)になっちゃったんじゃない? お酒も入っていたし。」

「・・・・・・・・」

あっさり言ってくれる。

そんな感じだから、深く考えなくてもよかったんだけど。

「”しちゃった”と思った?」

「隣りで男の人が寝ていたらびっくりするじゃない。」

しかも半裸だし。

「でも、私が寝る前はちゃんとおもんぱかって何か着てたけど・・・途中で脱いちゃったのね。」

冴子ってば笑ってるし。

これって結構、重大なことよ。

真面目な話。

「貴重な体験ができたじゃない、ゲイと一緒に寝るなんて滅多にないし。」

「言うわね、それより・・・冴子。いつか彼の部屋に泊まったって言ったわね?」

「・・・ほじくり返すの? その話。」

新しいお菓子に手を伸ばしながら答える。

「気になるじゃない。」

「昨日言ったとおり、何も無いわよ。アレクはゲイだし、紳士だし。」

「どうだか。」

「・・・珍しい、遊里がヤキモチ?」

楽しそうに言う、人の気も知らないで。

「別にそんなんじゃ・・・」

「信用できない人の部屋になんかに泊まらないわよ、この私が。」

お菓子とお茶の容器を持ってやって来た。

『はいはい、どいた、どいた』という仕草をして私の隣りに座る。

「それにそんなに尻軽女に見える?」

首を横に振る。

どちらかといえば誰にも靡かないタイプ。

「大丈夫よ、ちゃんと操を守ってるから。」

「操って・・・そんなに古いタイプだった? 冴子。」

「あのねぇ、タンチョウツルと一緒なのよ私は。」

モガっと私の口に和菓子を突っ込む。

「★●・・■☆?」

急に入れられたものだから、よく喋れない。

「ツルの習性、知ってるでしょ?」

コクリ、コクリ。

「それと一緒なの。」

私の口の中に和菓子を入れると、ソファーによりかかった。

和菓子はもういいらしい。

「遊里は?」

今度は冴子の方が聞いてきた。

もちろん私も冴子と同じ・・・と返事をしたかったけれど口の中に突っ込まれた和菓子がなかなか飲み込めない。

「・・・何となく分かったからいいわ。」

私が苦闘しているのが分かったのか、苦笑して冴子は持っていたお茶をくれる。

ゆっくり飲み下してなんとか落ち着いた私。

「私がすべてをを許すのは遊里だけよ。」

ソファーにもたれながら言う。

きてらって言っているわけではない、流れの中で出た言葉。

「信じてない?」

「まさか、そんなことない。」

「そう、良かった。」

冴子が笑う。

そんなに笑うこともないので(笑っても照れ笑いや小さく笑うくらい)不覚にも見とれてしまった。

 今晩はいつもの私と冴子の二人、静かな夜になるようだ。




結局、アレクはうちに来ることはなかった。

日本でボーフレンドを捕まえたらしい、と言うのが冴子の話。

私は残念に思ったけれど、彼にはまた会えるだろうからその時に聞こうと思う。

彼には彼の生活があるのだ。

今晩はめずらしく冴子が私の夕飯の手伝いをしてくれている。

手伝う、という言葉をすっかり彼女から忘れていたのに(笑)。

「私の誘いを断って、捕まえた男と一緒なのよ今頃。」

ぶつぶつ言いながら。

「いいじゃないの、彼今までフリーだったんでしょ? ボーフレンドくらい作ったっておかしくないじゃない。」

「それがムカつく。」

じゃがいもをあぶなっかしい仕草で剥く。

「今度、誘えばいいでしょ。コンサートは大成功だったんだからそれで善しとしたら?」

「でもさぁ・・・」

「・・・冴子だって、コンサートの打ち上げパーティーより家に帰ってくるでしょ?」

「それは・・・」

様はそれと同じなのだ。

誰だって自分の大事な、大切なものの方が何よりも重い。

「今度はそのボーイフレンドも一緒だといいわね。」

「どうかしら? 気が合わないと私は嫌よ。」

「冴子。」

言った手前、この冴子の機嫌を損なわないようなボーイフレンドならいいのだけれど。

「久しぶりに手伝う気になったんだから、今日は気持ちよく手伝って。」

「いいわ、暇だし。」

そういうことにしておく。

彼の為に作ろうとしていた料理だったけど、今晩の私と冴子の晩御飯になる。

「・・・でもどうして今日は手伝う気になったの?」

「暇だからよ、他に何があるの?」

即答。

もう少し、つかえがあってもいいのに。

こういう質問をされるのがわかっていたのかもしれないから対応も考えていたのだろう。

「そう。でも、冴子と一緒に台所に立てて嬉しいわ。」

「母親みたい。」

「ちょっと、お母さんって・・・ないんじゃない?」

母親って、微妙なんだけど。

「まあ、でも・・・母親とはこんなことしないわね。」

そういうと冴子は私の不意をついてキスしてきた。

料理の最中に、とは思ったけれど私には拒否できない。

せっかくの気まぐれなのだ、機嫌のいい時にいい思いはしておくもの。

料理は後回しでもいい、と思ってしまう。

しばらく私たちの唇は離れなかった。

最初に離したのはやはり冴子で、私は名残惜しさを残してあがいてしまう。

「いいわね。」

「何が?」

「多分、男女の恋人同士でもこういうのはいいのかもしれない。」

「今頃、知ったの? 二人で作ったほうが楽しいのよ。」

一人で作るのは苦痛じゃないけどね。

たまにはラブラブでこういうこともしたいとは思った事もあったけど、相手が冴子じゃ望み薄だし。

「面倒ー。」

「そういうから私が作るんじゃないの。」

「その方が変なもの食べさせられなくてもいいし、楽でしょ?」

「変なものって言うけど食べられないものじゃないわよ。」

「・・・食べられないもの、って言ってる時点でどうかと思うけど。」

ダン。

ジャガイモがまな板で半分に切られる。

「ごめん、ごめん、気を悪くした?」

「別にいいけど。」

言い方は悪いけど、気分は害していないのは分かった。

「仏頂面で料理してると、味まで美味しくなくなるから止めて頂戴。」

私はぶきっちょにじゃがいもを切る冴子の髪にキスをする。

これくらいで表情が変わるとは思えないけど、雰囲気を変えたいところ。

「もともとなのよ、この顔。仏頂面っていうのは言いすぎ。」

「手伝う気はあるのよね。」

「もちろん。でなきゃ台所に立ってなんかいないわ。」

それはそうか(苦笑)。

「冴子はじゃがいも担当を任せるわ。」

「・・・・・・」

冴子が私の顔を見る。

「不満?」

にっこり、と笑顔を作る私。

「・・・分かったわ。」

しぶしぶというか、自分の役割が分かったのか納得したように返事をする。

冴子はやればできるのだけれど私に比べてしまうと各段に落ちてしまう。

私は全然気にしない、冴子には彼女のいいところがある。

料理が少しばかり駄目でも、それを補うものが彼女にはあるから。

それに私は、完璧な人間じゃないそんな小日向冴子が好きなのだ。

ジャガイモは安売りでたくさん買ったので彼女のおかげで色々なジャガイモ料理ができそうだった。

私は、今回の機会にアレクには少しばかり感謝した。

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