表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

冴子、後輩に触発される?

前話、後輩を見送った後から続きます。

二人の家族構成がちらりと。

「なによ、焼いてるの?」


冴子は私に後ろから抱きつかれながら言った。

彼女の後輩を見送ったあと、玄関での私たち。

「まさか。」

そう言いながら私はうなじに口づけた。

「だったら、帰った早々抱きつかなくてもいいじゃないの。」

身体に巻きつけた私の手に触れる。

「なんとなくね。」

「変な遊里。」

「理由が必要?」

「全然無いわ。」

身体を私に預けてくる。

シャワーを浴びたとはいえいい香りを漂わせている冴子。

これで何も思わないってのは無理だと思う。

「ベッドに行く?」

唇を肌に這わせながら私は聞いた。

「やっぱり妬いてるんじゃない。」

「シャワーくらい浴びてる、今更。」

演奏旅行から帰ってきた彼女を何度、お風呂に入れてあげたか数えきれない。

欲望を持って一緒に入ったことも何度かあった。

「妬いてるんじゃなくて、触発された感じ。」

「私に欲情したんじゃなくて、本当はあの子にでしょ。」

確かにかわいい子だった、それは認める。

面倒見のいい冴子の一面に、こんな表情するんだと再発見。

「冴子に欲情してるのよ。」

耳元に囁く。

冴子がフッと笑った。

「今日は疲れたから相手できないわよ。」

私から密着していた身体を離しはじめる。

「別にいい。」

「ホントにいいの?」

相手が出来ないって言ったくせに冴子は誘うような表情で言った。




今夜は静かな夜、外は大雨だったけれど。

冴子の肌に触れているだけで今日の私は満足だった。

時々、思い出したように私がキスをするくらい。

「大丈夫かしら、あの子。」

ふと天井を見上げて冴子が言った、私の腕を枕にしている。

「大丈夫でしょ、あれだけアドバイスしたんだから。」

「・・・最後は面白がってたでしょ、遊里。」

「まさか、他人事とは思ってないわよ。」

大雨の中、連れて来た彼女は雨にぬれていたとはいえ泣いていた。

その理由も私は聞いた。

「実るといいわね。」

「そう祈るわ。」

しばらくお互い無言の時間を続けた。

話すこともないので私は何も言わない、窓が風にガタガタ音をたてる。

微かに繋ぐ指が動いた。

チェロを奏でる指先。

意外に滑らかでも、綺麗でもない。

そう見えるだけ。

はっきり見るとかなり苦労している。

爪も割れることもあるし、元々乾燥肌な冴子だから手入れも大変だった。

ストレスが溜まってくるとひどい事になる。

自分では保湿液を塗らないので私が保湿液を塗ってあげないとかさかさになった。

プロとしてどうよ?と思うけど『ちゃんと弾けるんだから問題ないでしょ』と言う冴子。

「なに考えてる?」

「もちろん、冴子のこと。」

当然でしょ、愚問中の愚問よ。

「優等生の回答よね。」

「何よ、別な事を言って欲しかったの?」

「違うわ。」

ほんとに曲がってるわね、冴子ってば(苦笑)。

「遊里。」

「なに?」

「あの子の相手も遊里みたいならいいのに。」

ぼそりと言った。

「皆、私と同じとは限らないけど想いが届く時は届くわよ。」

「そう?」

冴子は繋いだ手をゆっくり離し、私の顔を覗き込むように体勢を変えた。

「ダメだった時は、慰めてあげようか。彼女を。」

「・・・なに考えてるの?」

「冴子が今考えてること。」

多分、正解。

怒るかと思ったけど冴子は怒らなかった。

反対に笑ってもっと顔を近づける。

「嫌われるわよ? せっかく、先輩の理解ある友人になったってのに。」

「私は好かれる体質だって言ったでしょ、驚かれるとは思うけど嫌がりはしないと思うけどな。」

私には目算があって言う。

「ムカつくわね。」

「私があの子に手を出したら嫌?」

あたりまえじゃない。

脇腹を思いっきり抓られた、いあたたたった・・・・痛い。

「どの口が言うわけ?!」

「いたたたた・・・ゴメン、うそ・ウソ、冴子!」

「調子に乗りすぎよ、遊里。」

すましたように言う。

悪魔のような、という感じ。

でも、私は嫌いじゃない。

こんなに側に居ないと分からない小日向冴子の顔。

チェリストではない、別の顔。

「じゃあ、冴子があの子を慰める?」

私は冴子の首に手を回した。

「私は同性愛者じゃないわ。」

はっきり言う。

「私のことが好きなのに? 私とはHできるのに?」

「遊里は同性愛者なの?」

「・・・・・・・」

「私は、遊里が好きなだけよ。」


ただ、津田遊里という人間が好きなだけ。


男女は関係なく、一人の人間として冴子は私のことが好きなのよと言った。

「それは嬉しい。」

「遊里は?」

答えを求める冴子。

私の口から出る答えなんて分かってるだろうに、何で聞くかな。

「一緒に生活し始めてから何年くらい経つと思う?」

逆に聞いた、冴子はすぐに答えをもらえなくて少し眉を潜めた。

「――――――これだけ続くんだから答えは分かってるでしょ。」

付き合った男性達とは2年が最長、いつも好きという気持ちが続かなかった。

女性とは・・・無い。

これも驚かれるとは思うけど、付き合おうと思ったことはない。

遊びの相手ならたくさん居たけど。

多分、彼女達とのやりとりや会話が楽しかったんだと思う。

私は冴子の首を引き寄せてキスをした、彼女もキスを受け入れる。

ここまできても今夜は、熱くなる気分ではなかった。

ぎりぎり、というところでサッと引く。

「欲しくないの?」

冴子には聞かれたけど今夜は、彼女を腕の中で抱いているだけでいい。

鳴き声が聞きたい気も、艶かしい身体を拝みたい欲望もなかった。

「・・・冴子は?」

親指の腹で冴子の唇をなぞる。

「わからない。」

わからない?

「このまま静かに過ごすのもいいと思ってるし、いつものように遊里に抱かれるものいいと思ってる自分が居るの。」

「半分半分か。」

「だから、遊里次第。」

「じゃあ、このまま静かに。」

唇をなぞった指と手を動かし、冴子の顔を捕らえる。

「いいの?」

「私次第でしょ? 言うことを聞きなさいよ、冴子。」

本当はして欲しいんじゃないの?とは思いながらも再び私は唇を寄せた。



翌朝は昨晩の天気とはうってかわったような晴天だった。

強風がにごった雲を吹き飛ばし、雲ひとつ無い青空が窓から見える。

冴子はまだベッドで寝ていた。

ま、起こすのも忍びないのでそのままにしている。

起きたらいつものシジミ汁が飲めるように朝食の準備をすることにした。

が、その前にシャワーを浴びるかな。

さっぱりしたいし。

あくびをひとつして私は浴室へ向かった。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら、シャワーを使う。

今日の仕事は午後からなので急がなくてもいい。

髪を洗っているとお湯で温まった肌に寒気を感じた。

「?」

髪を洗っているので目が見えない。

けど、この気配は・・・・。

「何?」

「何って、分かるでしょ。」

私の身体を押しのけて手を伸ばす気配。

手の先は確か、ボディソープ。

「二人は定員オーバーよ、冴子。」

冴子が仕事以外で早起きするのは珍しい。

ついでに、浴室に入ってくるのも(笑)。

「この私に浴室にお湯が張れるまで待てっていうの?」

「・・・というより、私が終わるまで待ったらどう?」

やっと顔をシャワーのお湯で洗って冴子の顔を見た。

「早くさっぱりしたいのよ、私も。」

ニッコリ。

この、悪魔め!とは時々思う。

でも結局、惚れた弱みですぐ忘れちゃうんだけど。

「洗ってくれる? 遊里。」

はあっ!?

普通の人間なら切れそうなセリフを言われても私はため息をついて言うがまま。

さながら王女様。

「洗うだけでいいの?」

それだけだと癪だからボディソープを手に付け、冴子の身体に塗りたくった。

もちろん、愛撫も兼ねてやさしく念入りに(笑)。

「逆に質問するわ、ボディソープはタオルにつけないの?」

「私の手で洗われるのは気持ちいいわよ? 冴子。」

泡立てて、敏感な部分も手タオルで洗ってゆく。

冴子を後ろから抱きしめる格好で。

「んっ・・・」

「どう?」

朝っぱらから・・・私達はこんなことをしてるのか。

頭の中でため息をつくものの、身体がすでに動き始めていた。

「ゆ・・・遊里・・・」

ついさっきまでの冴子ではなくなる。

身体が受ける快楽に身を任せようとする冴子が私の腕の中に居た。

「昨日、不満だった?」

「んっ・・・あっ・・・」

浴室に冴子の声が響く。

片手が私の髪を掴んで引き寄せた。

「仕事、いけなくなったらどうするのよ・・・んっ」

文句を言ったけれど、すぐに口も塞がれる。

キスはお湯の味がした。

まあ、仕方が無いか。

「遊里・・・」

キスしている場所が場所だけに、息継ぎが難しい。

お湯が入って来て、鼻だけで息するのは難しかった。

だから冴子にねだられても、息継ぎの為に唇を離すしかない。

「来て。」

これじゃ、のぼせちゃうわ。

「遊里・・・来て・・・」

まったくもう・・・時々、思い出したようにこんなことするんだから。

それでも、そんな冴子に言いなりになったり、欲情してしまう自分にも呆れてしまう。

耳元で喘ぐ声を聞くとやっぱりテンションが上がる。

冴子の声なら尚更で。

浴室だから淫靡で、艶のある声が響いた。




「・・・ストップ!」

いつもよりしつこく迫ってくる冴子に私は、ストップをかけた。

これ以上はさすがにふやけるし、身体に悪い。

朝ごはん抜きでやるのも、それも身体に悪い(笑)。

「どうしてよ?」

不満げに言いながらまだまだ迫ってくる・・・なんでそんなに元気なのよ。

さすがに私は顔を上に向ける、いくら好きだといっても朝からこんなに濃い情事・・・。

「昼から仕事なのよ、今夜相手するから勘弁して、冴子。」

「夜まで待つの?」

「待って頂戴。」

私は冴子に強く言う。

引き際は大事、それに仕事前なのだ。

しばらくにらみ合うような格好の私達だった。

「・・・分かったわ。」

冴子は渋々といった様子で頷いた。

 はあー

私はというと、やっと解放されて息を吐いた。

「のぼせるから出るわよ。」

納得したとはいえ、翻すかもという可能性も捨て切れなかったので冴子の肩を抱いて浴室から強引に出た。

出るとすぐにバスタオルで冴子の頭から拭いてやる。

とりあえず、夜相手をすると言ったけどフォローはしとかないと後でうるさい。

当人もそのつもりだったのか、私にさせるようにさせていた。

といいうより、するのが当然といったような感じでもある。

いつものことだけどね・・・私も世話を焼くのは嫌いじゃないし。

「朝のシャワー、最高記録更新だわ。」

冴子に軽く苦言を呈す。

「記録更新、いいことじゃないの。」

いにかえさない態度で返された。

「なんだって今日に限ってなのよ。」

「別に、深い意味は無いわ。」

別なバスタオルを出して自分の身体を拭きはじめる。

時々、私が理解できないことを突然しだしたり、言い出したりするんだからまったく。

自分はしばらく仕事がないからいいけど、こっちは毎日あるんだから。

手がしわしわ・・・喉も渇いていて冷たい水を欲している。

「あ、ちょっと!」

ドライヤーをかけようとしたら冴子は私の手から離れた。

どうやら身体を拭き終わったようだ、当然だけど私より早く。

「後で自分でやるわ、遊里も早く拭いた方がいいわよ。」

「~~~~~~~」

その物言いに、少しばかりムッとした私だが冴子には悪気が無い。

素で言ってるのだから、周りに敵も多くなるというもの。

あの、私に甘えるように迫って来た冴子はどこへやら。

そんなものの面影すら無く、私は再び苦笑するしかなかった。

 長い朝のシャワーを終え、冴子にいつものシジミ汁を作ってあげて家事の一切を行ってから私は仕事に出かけた。

冴子は玄関にも出てこず、ソファーに座ってTVを見ながら私の出かけに応えただけだ。

 いつものこと。

そう思って私は気にも留めなかった、あんな事が朝からあったけれど冴子は冴子だということか。

しかし、いつものように仕事を夜半に終えて帰ってきた私はびっくりすることになったのである。




「は?」


夜半、機嫌取りのつもりで買ってきたケーキを持って帰ってきた私はただいまの声に反応がないので不審に思った。

 寝ているのかしら?

電気はついているものの、気配が無い。

寝室をのぞいたけど、布団はまっ平。

他の部屋も、冴子は見あたらなかった。

ただ、テーブルの上に紙切れが置いてあっただけ。


「は?」


もう一度、私は呟くことになる。

「・・・聞いてないわよ。」

紙切れには冴子の字で私への短いメッセージが書かれていた。


【実家に帰ってくる、しばらく帰らないから羽を伸ばすといいわ  冴子】


ホントに1行だけ、しかも要点のみの簡潔文章。

なんでまた、ほぼ絶縁状態だった実家に帰ろうと思ったのか不思議だった。

本人もあまりしゃべりたくないような家族状態だったみたいなのに。

 それとも、家族の誰かが病気?

全然、朝だって昨日だって実家に帰る素振りも見せなくていきなり?

寂しいわけじゃないけど、一言くらい言ってくれてもいいじゃないの。

紙を机に放って、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して飲んだ。

しばらくは私一人だから、面倒がないのがいいことだ。

冴子の事情で左右される事もないし、伸び伸びできる。

 このケーキ、ひとりで食べろっての? 

いつ帰ってくるかわからず、残しておく事はできないので、ホール丸々私が食べなければならないようだった。

ケーキとシジミ汁って合ってたわよね、確か。

以前、冴子がやったことをして食べようかと思ってやかんにお湯を入れて沸かし始めた。

ケーキとシジミ汁、やってみたけどあまり美味しくはなかった。

これのどこが?と思う、やっぱり冴子は悪食だ。

せっかく二人でケーキを食べようと思ったのに食べる気を削がれて私は久々に飲みに行く事にした。

もちろん、今度は泥酔などしないように注意をしないと。

以前の二ノ舞いはしたくない。

「こんにちわ。」

「おう、忘れられないうちに来たな。」

マスターが応えてくれる。

「坂崎さんは?」

「今日は白井さんだよ、今席外してる。いつものでいいかい?」

「うん、お願い。あと何かおススメな食べるものを頂戴。」

「食べてないのか?」

「ケーキだけ。」

ケーキかい? 眉を寄せて嫌そうに言う。

「マスター、ケーキ嫌い?」

男の人は甘いものはあまり食べないっていうけど。

「種類によってな、ここでもデザートで出すだろ?」

「確かに。」

メニューにある、手作りかは分からないけど。

「あら、遊里ちゃん。」

「こんにちわ。」

奥から渚さんが出てきた、相変わらず愛嬌たっぷり。

「どうしたのよ、恋人と喧嘩した?」

「なんでそうなるんですか、違いますよ。」

おつまみがトンと目の前に置かれた、ナッツか。

「なんだ、そうなのか?」

「マスターまで! 渚さん、変なこと言わないで下さいって。」

ケンカじゃないけど、今日は独りで家に居るのはちょっと嫌な気がしたから街に出てきた。

一人の夜は無いことはないけど、今日は何だかそんな気分なのだ。

「遊里ちゃん、お料理上手なのに普段来ないのは恋人に作ってるからでしょ?」

「・・・・もう、勘弁してください。」

「料理上手はいいな、食べる方も美味い物を食べたいし、家に帰るのが楽しみだってもんだ。」

恋人の方が家に居っぱなしだけど(笑)。

やっと、頼んでいたウイスキーが来て私は喉を潤す。

家に居ると冴子の趣味でビールとワインにあわせてしまい、まず飲まない。

ウイスキーは嫌いらしい。

以前、飲まされて散々な目にあってからは見るのも嫌みたいなのだ、冴子は。

「キムチ飯はどうだい?」

「いいですねえ、ピリ辛で頼みます。」

「キムチっていったら辛いんだよ。」

マスターは笑いながら作ってくれた。

いい匂いはお店の他の客の食欲も刺激したらしく、頼む人が続出。

「合わないですね・・・やはりビールが合いますね。」

「混ぜてみる?」

「よしてくださいよ、悪酔いしちゃうじゃないですか。」

悪酔いより、悪いかもしれない。

けれど、マスターの美味しいキムチ飯でお腹が膨れたし、程ほどに飲めた。

帰ったら一人だし、昨晩と今朝とんでもないことになっていたのでぐっすり寝られそうな気がした。





実家に帰る―――と、ドラマのような置き手紙を残してから2週間以上経った。


 いまだ帰ってこない、冴子。


電話をしようとするも、家族団欒の最中だったら悪いし・・・と思い、電話もメールもしなかった。

じりじり待っているわけじゃないけど、さすがに気になる。

仕事とかで3週間居ないとか言っていけば帰ってくる時間がはっきりしてるのに・・・今回のはどれくらい向こうに居るのか全然わからない。

毎日帰って来て、片割れが居ないのは少し寂しいと思うようになってきた。

あの朝、冴子はしばらく(長期)帰って来ないつもりだったから、しつこく迫った来たのではないかと邪推してしまう。

部屋で商売道具の手入れをしながら、冴子がくれたデジタルフォトを見る。

一応、二人で撮った写真もあるけど照れない程度に冴子単体を記憶してあった。

 バカって言われるかもなあ、見ながらにやけてしまう。

とりあえず帰ってきたら、シジミ汁!と言われて困らないようにシジミを買ってきて砂吐きをさせてから冷蔵庫に入れておいた。

一人だと食べるのも気力が無く、テキトーなものにしてしまう。

いつもなら食べないカップラーメンやらコンビニ弁当やら・・・。

結局、あのケーキは一人で食べるはめになった。

まったく、あれを食べきるのにどんだけ苦労したか。

今夜も手入れ以外はまったくやる気も起きず、外も内も寒かったのでテキトーに独り雑炊をすることにした。

テキトーな割には、細かい部分は妥協しない。

だって、独りで食べる食事だって美味しいものを食べたいじゃない?

カップラーメンは何か入れるくらいしか能が無いけど、雑炊は色々する事がある。

私は鶏ガラスープが好み、調味料としてダシを入れる。

薬味はあるもの、あるもの。

万能ネギは欠かせず、もちろん卵もとく。

ちょっとお肉を入れるのもいい、細かく切ったハムでも鶏肉でも可。

で、数十分すると美味しそうな雑炊ができあがり~~。

身体を温めてすぐ寝たいのでお風呂はすでに入っている、明日の仕事の準備も万全。

そして、ここでなぜか甘酒も登場。

似通ってると思いながらデザート(?)に甘酒を飲んで寝るのだ。

「いただきまーす。」

たとえ、ひとりでも「いただきます」は必ず言う。

感謝する事は小さい頃からの躾で身についていた。

器に盛って、さて食べようと口を開けた途端にインターフォンが鳴る。


「・・・・・・・・」


ナイスタイミングだわ・・・。

冴子かどうかは分からないけど、夜遅くに尋ねて来る人間は知らないのでやはり冴子だろうか。

食器を置いて玄関に向かう。

向かう足が早足だったのは気のせいだろうか。

「はい?」

扉はすぐには開けない、用心の為。

「私よ、開けてくれない?」

扉1枚向こうで冴子の声がする、数週間振りに聞く声。

「おかえり、冴子。」

つとめて冷静に言えたと思う、待ちわびていたなんて思わせたくない。

くやしいから。

「ただいま、遊里。」

にっこり、というよりはクールな微笑で応える冴子。

感動!という再会ではなかった。(再会と言うほどでもないけど)

抱きついてくるかと期待してたのに・・・チェッ☆

「?」

でも何か、違和感を感じた。

「なに?」

いつもと同じ冴子なのに何か、どこかが違う気がした。

部屋に入ろうとした彼女の腕を掴んで引き止める。

表情からは当たり前だが覗えない、でも・・・どこか違う。

どこかはすぐに出てこなかった。

「・・・・・・」

「なに、遊里?」

「あ、いい、いいや・・・」

言葉も継げないので私は手を離した。

「寂しかったとか?」

覗き込むように冴子は私の顔を見る。

「まさか。」

「そう? 扉開けた時の遊里の顔、見物だったわよ。」

フッと笑って私から離れる。

「お土産あるから、食べて。あら、いい匂いね、何食べるつもりだったの?」

「雑炊。」

冴子を追いながら言う。

「遊里の作る物だから極普通のじゃないんでしょうね。」

「普通の雑炊よ、大して手間をかけてはいないわ。」

美味しく食べようとはしているけど。

「この2週間、マズイ物ばかり食べさせられてうんざり。」

そう言うと私の夕食を、レンゲですくって一口食べた。

「何をしてたのか、聞いても?」

私が言ったことを1回は聞き流した冴子だけれど、2口目を食べて椅子に座った。

「これ、もらってもいい?」

「いいわよ。」

これ、とは甘酒。

面白い組み合わせね、と冴子が言う。

「実家に行ってたのよ、ちょっと思い立ってね。でも、慣れないことはするもんじゃないわ。家族に慣れようとしたけど・・・結局、最後は喧嘩別れ。」

椅子の背もたれに寄りかかりながら、指は食卓を叩く。

「ずっと音信不通だったじゃない、顔を見せただけ良かったと思うけど。」

たとえ、好きじゃなくても肉親・家族が居るって事はいいことだと思う。

会いたくても会えない人も居るのだから。

「最悪・・・」

呟くように言った。

あまり感触は良くなかったようだ。

2週間も私とはなれて家族と一緒に居て、出てきた言葉が「最悪」とは(苦笑)。

どんなことがあったか気にはなったけれど、それは冴子のプライベートなので聞くことはしなかった。

「夕飯は食べた?」

「・・・まだ。」

「じゃあ、それ食べたら?」

「遊里のでしょ、これ。」

「もう一つ、作ればいいわ。そんなに手間でもないし。」

「そう?」

嬉しそうに笑って遠慮なく食べ始めた。

 まあ・・・いいか。

美味しそうに食べてるし、自分用を作るのは手間をかけないやつにしよう。

キッチンに立ってまた作り始める。

さっきよりは少し、部屋が暖かくなった気がする。

質量的に人がひとり増えただけじゃなく、雰囲気的にも変わったからだった。

「私が居なくて楽だったでしょ?」

「まあね、のびのび骨休み出来たわ。」

仕事が目一杯あったのは言わない、仕事以外で・・・ということだ。

「それは良かったわ。」

軽く言い流すように。

「美味しいわね、さすが私の名コック。」

冴子が言うと嫌味に聞こえない、私自身も認めているところだから。

「明日からまた作ってあげるわよ。」

「そうね、また遊里の料理を食べられると思うと嬉しいわ。」

やはり誰かの為に作る、というのがないと食事作りに張りが出ない。

私における誰かは、言わずもがな冴子。

もうひとつの雑炊が出来上がった。

「そっちは?」

「なによ、こっちも食べるつもり?」

私から分捕った雑炊を半分以上食べてしまって、コンロから下ろした鍋を見た。

「違うわよ、何味かと思って。」

「普通中の普通の雑炊、卵をといだだけ。」

もう面倒だからほんとうに卵を入れてかきまぜ、テキトーな調味料を入れて完成させたやつ。

「ふうん」

「・・・・・・・・」

・・・仕方が無い。

物欲しそうにしてるから、私は冴子にこれも少しあげることにした。

自分が食べるレンゲで冴子の口まで運ぶ。

「いっ・・・」

「?」

口を開けて、レンゲを押し込むと冴子がふいに言った。

 いっ・・・?

押し込んだっていったってそんなに強引にしたわけじゃないのに、痛がること?

「熱かった?」

それともヤケドした? 作ってすぐだから・・・。

「なんでもないわ。」

口を拭いて乗り出した身を椅子に沈める。

私は冴子を再度ジッと見た。

やはり、どこか違和感がある。

この感覚はなんなのか・・・。

「なによ。」

「・・・・・・」

「ちょっと・・・!」

手を伸ばし、彼女の右頬に触れた。

触れた瞬間、手を弾かれる。

「ご、ごめん。」

謝ったのは私ではなく、冴子だった。

「痛いの?」

多分、私の質問は合っていると思う。

私の質問に冴子は苦笑いをする。

「・・・遊里には隠し事は出来ないわね。」

「ずっと違和感があったの、いつもの冴子だけどどこが違うと思ってたのよ。」

「これでも、”腫れ”は引いたのよ。」

「喧嘩って、殴り合い?」

「なんでそうなるのよ、私はチェリストよ? バットだって持たなかったのに。」

バッティングセンターへ行った時の事を言っているらしい。

「わだかまりが少し解けたから最終日に爆弾発言をしたら、バチーンって。」

「ひっぱたかれたわけね、誰に?」

「もちろん、父親よ。母親は父親の言いなりで決定権も何の権利も持ってないわ。だから私に何も言わない。」

「痛かった?」

「そんな事聞くの? 愚問でしょ、星が飛んだわよ。目の前が真っ暗になって。」

口の中も切れて、まだ痛いと言う。

一体ぜんたい、父親を怒らせるような、何を言ったのか。

いつもの憮然とした態度も怒らせたのだろうか。

「私の考えが甘かったわ。」

「考え?」

「・・・ううん、なんでも。」

冴子はそう言ってその話をそこで切ってしまった。

私も無理には聞きだすつもりはなかったので差しさわりの無い話だけする。

それだけでも合わなかった時間を埋めるには良かった。



「キスするのも痛い?」

私は聞いた。

「キス、したいの?」

逆に私に聞く冴子。

帰って来て4時間後のベッドの中、私が一人で寝ていると冴子が入ってきた。

「必然的にそうなるじゃない。」

「何もしないっていう選択もあるわよ?」

笑ながら冴子は私の背中を後ろから抱きしめる。

「うーむ。」

「遊里はしたいの?」

「本音はね。」

「今日はダメよ。」

「どうして?」

「痛いから。」

キス以外は?と聞こうとすると抱きしめる手を強めた。

「遊里は、どこかが痛い時に運動するのは嫌でしょ?」

まあ、確かに・・・しんどいわね。

でも、口の中でしょ?

「痛いのは口の中だけじゃないのよ、意外と繊細なのよね、私。」

・・・自分で言うか?と心の中で突っ込む。

「実家での事が原因?」

「ほぼ、当たり。」

口調を変えずに普通に言う。

自身で言う繊細かはともかく、実家で結構落ち込むことがあったらしいというのは感じた。

「言うつもりがないなら聞かないけど・・・」

「それは、聞いてるんじゃないの?」

そう言って、私の背中に頭突きをする冴子。

「聞く手段よ、言いやすいように促したんじゃないの。」

まったく、分かってるくせに天邪鬼。

「聞きたい?」

私の肩に彼女の顎が乗る、顔を軽く後ろに向けた。

「話す気があるならね。」

「あるわよ、心して聞きなさいよ。」

高飛車に言うのも冴子、慣れって恐ろしい。

最初は違和感があったものの、慣れてくるとこの口調にも順応する。

自然と、かしずく臣下のようになってしまうのだ。

この体勢はちとツライので私はベッドにうつ伏せになる、冴子はそのまま私の背中に身を預けるような格好で私の耳元に囁きかけるように言った。

「そろそろ遊里を紹介しようと思ったんだけど、ダメだったわ。」

「・・・ご両親に?」

その言葉には驚かなかったが、そんな事を考えていた冴子に少なからず驚いた。

「堅物オヤジだもの、仕方が無いわ。柔軟性というものが欠如してるし。」

「そうでもないんじゃない? 普通の反応でしょ。」

一般的な反応だと思う。

うちはもう両親が居ないからどういう反応するかは分からないけど、生きていたら同じような反応をするのかもしれない。

「荊の道ね。」

「初めからじゃない。」

「そうだけど。」

バタッ。

冴子が私の背中からどいて、隣りに転がった。

「で、殴られたわけね。」

「そうそう、もう話し合う余地も無いから帰ってきたのよ。」

その修羅場が思い浮かぶようだわ・・・苦笑。

売り言葉に買い言葉の冴子を想像する。

「悪かったわね、殴られるような事をさせて。」

体勢を変え、振り返って手を彼女の頬に伸ばす。

「いずれは・・・と思っていた事だもの、それが早まっただけ。」

あとになっても先になっても結果は同じかもしれない。

「私が行こうか?」

「・・・止めたほうがいいわよ、私以上の目に合うわね。」

自嘲的に言った。

「他人に?」

「他人だからよ。私はまだ身内だからいい方で、遊里なら殺されちゃうわ。」

遊里が死んじゃうと私がシジミ汁が飲めなくて困るから、まだ死なないでねと言う。

この期におよんでもシジミ汁か・・・呆れた。

「普通ならオヤジに頭を下げに行くんでしょ? 恋人が。」

「そうだけど、殴られない自信ある?」

ない、完全に無い。

父親じゃなくて母親なら陥落できそうなんだけど・・・笑。

「もう、この際、気長でいいわ。」

そう言った冴子に私は笑った。

理解されないのは少し悲しいけれど、それもしかたの無い事だ。

最初から”そういう考え”がないのだから。

思いつきもしないに違いない、選択のひとつとしても。

「このままおばさんになっちゃうわよ?」

「それもまた、人生。」

悟ったように言うわね・・・。

「遊里とならいいわ。」

付け加えるように言って、私の手を取る。

「私もよ。」

「じゃあ、これからもよろしく。」

改めて言う事?

「なんだか照れるわね。」

「そう?」

冴子はもうすっかり冷めた感じでいつもの彼女だった。

私と反して甘い雰囲気も無い、ちょっと不満がないこともないけど・・・。

「遊里、明日は仕事?」

「仕事よ、仕事。バッチリ稼がないと冴子の事、養っていけないもの。」

とりあえず、恥の無い仕事をしようとは思う。

絶対、生活とか色々言われそうだし。

それでなくても女性の職業は下に見られているのだ。

文句の出ないような仕事しないと。

「仕事はいいけど、私の事ないがしろにするのはどうかと思うわよ。」

「してないでしょ? 私がいつ冴子の事、ないがしろにしたのよ。」

捕まえられた手を逆に引き寄せる。

顔前に近づいた冴子の顔がフッと笑う。

「・・・そうね、遊里は私の事をないがしろにしないわね。」

「でしょ?」

「とても大事にしてくれてるわ。」

「当たり前じゃない。」

きっと・・・誰よりも、冴子の事を愛してるのは私。

ご両親よりは負けるかもしれないけど。

「私がわがままで居られるのも、好き勝手にできるのも遊里のお陰ね・・・ありがとう。」

気持悪いわね、改まって感謝されると。

むずかゆくなる。

私の顔に冴子の手が添えられた。

「キスするの痛いんじゃないの?」

「軽めのキスなら大丈夫よ。」

冴子の表情が柔らかい。

身体の奥から呼び起こされる、そんな顔されたら・・・我慢できなくなるじゃない・・・。

掴む手に力を入れてしまう。

「遊里。」

それに気づいて冴子が私の名を呼ぶ。

心地よく耳に響いた。

「まだまだ、時間はたくさんあるわよ。」

「たくさんあっても足りないくらい・・・」

「・・・欲張りね。」

「私は強欲なのよ、分かってるでしょ?」

「実はね。」

唇が重なる。

軽めって言っていたのに・・・冴子の方が数分と経たないうちに夢中になる。

私も冴子を朝までベッドから離す事はなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ