冴子、恋愛相談を受ける。
コロナの影響や、春休み等、諸々な今月は2話分投稿します。
多少の暇潰しになればと思います。
遊里は私には友達が居ないと思っているらしい。
失礼な話である。
まあ、確かに遊里ほど多くもないけれど。
一応、親しい後輩くらいはいるのだ。
私はある日、大島ことりから電話連絡を受けた。
彼女は私の2年後輩にあたる。
基本、あまり人付き合いはしないがことりは別で時々(時々?)は会ったりすることもある。
私の携帯番号とメールアドレスを知っている数少ない知り合いの一人。
彼女は私に相談があるという、私に答えられればいいのだけど。
「ことり。」
彼女は指定してきた喫茶店にいた。
遠くから見ても、近づいて見ても見た目は高校生・・・いや中学生に見えるけれどれっきとした社会人。
時々補導されそうになったり、身分証明書の提示を促されるので嫌なんです・・・と嘆いている。
確かに、音大に居る時も実際の年齢に見えずに最初は何で中学生がと思ったほどである。
私との初対面もそんな感じで、あまり向こうは私にいい印象は受けなかったと思うのだけれど。
しかし、周りの人間が私を避けるのにも関わらず彼女は私に近づいてきた。
最初はうざったく思っていた私も、邪険にされても邪気の無い笑顔で近寄ってくることりに、いつの間にか心を許して私のパーソナルエリアに入ってくる事を許した。
なによりも裏表が無く、かわいい雰囲気のことりは私が嫌うような人間ではなかったのだ。
「小日向さん。」
私が近づくと椅子から立ち上がった。
「立たなくてもいいわよ。」
せっかく、本を読んでいたみたいなのに。
「いえ、お呼び立てしたのは私ですし後輩ですから。」
「固い事は言わないわ、座って。」
「あ、はい・・・ありがとうございます。お忙しいのにすみません。」
「いいわよ、時間が無かったらここには来ていないから。」
近づいてきたウェイターにココアを頼む。
座る前には注文が決まっていたから、ウェイターには何も言わせない。
彼は少し戸惑ったような顔をしてから戻って行った。
私は周りをチラリと見渡してからことりと向かい合う。
以前、会ったのは半年前。
少し、雰囲気が変わったような気がする。
かわいいという感じが消え、“綺麗になった”が当てはまるような感じを受ける。
「で、相談って?」
私はだらだら前置きは言わないし、聞かない。
時間がないわけじゃないけど時は金なり、無駄に過ごしたくないから。
「あいかわらずですね。」
ことりが苦笑する。
私の単刀直入な態度の事だろう。
「私の性格を知ってるでしょ。」
「はい。」
「相談に答えが出たら、世間話でもなんでもするわ。」
今日会うのは”相談”がメインなのだから。
「相談と言うのは・・・」
ことりは言いずらそうに、下を向きながら話はじめた。
「・・・・・・・・・」
彼女から話を聞き終わって私は黙ってしまった。
険しい顔というよりは、困惑に近い。
ただ、ことりには分からないようなポーカーフェイス。
遊里にはバレてしまうかもしれないけれど。
「私にそんな相談なの?」
「他の誰にも相談できない話ですし・・・」
顔を真っ赤にしながら言う、ことり。
確かに、誰でも相談できるような問題でもないか。
彼女を見ながら思う。
なんでまた・・・。
心の中で苦笑する。
ことりの相談事は恋愛に関してだった。
私に恋愛話は筋違いなような気もしないでもないけど、他に相談する人がいないのでは仕方がない。
しかし、内容がね・・・(苦笑)。
「笑いますか?」
しばらく何も言わなかったので不安になったのかビクビクしながら言う。
「ことりは、私が笑ってるように見える?」
「・・・・すみません。」
「真剣に相談しに来ている人に、笑うのは失礼でしょ。」
実際、心の中で苦笑はしたけど私には笑うことが出来なかった。
だって、今ことりは遊里と会った頃の私と似たような立場にあるから。
好きになった相手が同性ってのは少々、やっかい。
相手はことりの勤める市民オケが使用しているホール近くの花屋の店員らしい。
彼女の想いが実る確率はほとんど無いに等しい。
ここでバッサリ言ってやった方がいいのか、わずかに残る確率賭けて背中を押してやった方がいいのか迷う。
「もう一度、聞くけど本当に好きなの?」
意外と本当は、ただいいな――――と思っただけというのもある。
”あこがれ”がその一つ。
花屋の店員に憧れるってのはないだろうけど。
ことりがどこまで本気か知りたかった。
「はい、好きです。」
ことりは迷いのない口調ではっきり言い切った。
私に言い切れるなら本人に告白で出来そうなものなのに。
「私だったら好きなら告白する事をすすめるわ、ただ相当の覚悟は必要だけど。」
「そう、ですよね・・・」
反転、弱気なことを言う。
「世の中、いい人ばかりじゃないから吹聴されることもあるわ。それでも一歩前に踏み出さないと現状も変わらないわよ。」
誰もみんな傷つくのは嫌だと思う。
私だって傷つくのは回避したい、でも傷つくのを恐がって自ら動かなかったらそのまま。
自分の感情、思いはそのままでそのままの人生を送るだけ。
どうにかしたいのなら動かないと。
「動かなきゃとも思ってます、でも・・・やっぱり恐くて・・・」
「ことりの不安も恐怖も分かるわ、それでも答えは同じよ。」
私らしい事はそれくらいしか言えない。
多分、誰に相談されてもそう答える。
「今日久しぶりに会って印象がことりの変わったのが分かった、かわいいから綺麗に変わったのは恋をしてるからなのね。」
「私が、ですか?」
信じられないということり。
「呆れた・・・・自覚が無いの?」
「自分じゃ、分かりません。」
無自覚。
それがどれほどの武器か分からないのだろう、彼女には。
「自信を持ちなさいよ、滅多なことは言えないけど本気の想いなら伝わるわ。」
「小日向さん。」
「それでもダメだったら、縁がなかったって事よ。」
もちろん再度アタックするかは、ことり次第だけど。
諦めきれないのなら相手の心境を思いながら距離を縮めるのもいい、またはすっぱり諦めて新しい恋に走るか。
「・・・がんばってみようと思います。」
ぐっと顔を上げる。
「そう、その意気。私には応援することしか出来ないけど。」
「小日向さんに相談してよかったです、もやもやが吹っ切れました。勇気も出ましたし。」
私が喝を入れたようなものかしら。
「最初はびっくりしたけどね、相談の内容を聞いた時。」
「真面目に聞いてくれて、的確な答えを出してくれそうな人は小日向さんしか思い浮かばなかったんです。」
そう言って彼女は運ばれたチーズケーキにフォークを入れる。
「みんな、私の事は敬遠するのに。」
「私は小日向さんのこと好きです。」
「あら、私に告白?」
「ち、違いますよーみんながどう思っていてもすごい人だと思うし、やさしい人です。」
いつもの対人態度が誤解を生んでますけど・・・と付け加える。
悪かったわね、それは余計よ(笑)。
私達はその後は、つらつらと近況を語り合った。
それは普通の光景で、周りの人たちの視線も気にすることもない。
私にしたら珍しいことだった。
家に帰ると私はリビングの棚の上にある写真立てを手に取った。
遊里はまだ帰ってこない。
写真立てにはコンクールで優勝を逃した時に写された写真が入っている、それが遊里が私を初めて撮った写真だった。
それから何年経っただろうか、もうずっと一緒に居るような気がする。
お互いケンカも何回したか分からない、私は家出もしたし。
今日、ことりに言われて思い出した。
遊里に告白された自分を。
当時、遊里はしつこいカメラマンだった。
いくら冷たい態度を取っても、邪険にしても全然こたえないみたいで私にしつこく付きまとってきた(当時の私の感覚であるけれど)。
私はことりとは反対で相手を拒否できる立場にあった。
もちろん最初から私は拒否していたのだけれど結局、遊里の猛アタックに押しに押されて付き合うことに。
でも、『あなたのことが好きなの』面と向かって言われた時の事を今でもはっきり思い出すことができる。
一瞬で身体が熱くなったのもあれが初めてだった。
その後、何度も言われてるけど一番最初に言われたアレが心に残っている。
そのようなことを思い出して、ことりの恋も実ればいいなと心から祈った。
「携帯、鳴ってる。」
遊里が暖簾から顔を出して言った。
「そっちの方にあった?」
「もう、どこにでも置くんだから冴子は。」
キッチンでおやつを作り中の遊里は呆れている。
私は放置した携帯のゆくえなどどうでもいいように、新聞を読んでいた。
仕方なく、新聞をテーブルに投げるとソファーから起き上がって取りに行く。
こんな時間に誰なのよ。
外は憂鬱な雨、家の中でだって動きたくもなくなる。
ブツクサ言いながらキッチンに携帯を取りに行った。
携帯は途切れることなく鳴っていて、しつこい。
「もう、誰よ」
だらっとしながら発信先を見るとことりからだった。
気づいて、すぐ私は電話に出た。
「ことり?」
「小日向さん。」
元気が無い。
その様子からなんとなく分かった。
「この間の報告?」
「・・・・ダメでした。」
「大丈夫?」
「だいじょうぶです。」
最初は気丈にもちゃんと話していたことりの口調が段々変わっていく。
「心配しない・・・でください・・・」
しゃくり、鼻すすり交じりの声じゃない。
それもひどくなって。
今居る場所は目立つような場所じゃないんでしょうね、と心配になる。
「心配しないでって言う状態の電話じゃないわよ、コレ。」
「ごめんなさい、すみません・・・・」
そう言っているそばから泣き声のようなものが聞こえる。
さすがに子供のようにはわんわん泣いてはいないようだけれど。
「どこに居るのよ。」
仕方なく、居場所を聞く。
相談まで乗ったんだから失恋のケアまでしないとダメか。
「だい、じょう・・・ぶです。」
「大丈夫そうに思えないから聞いてるんでしょ、それに私に電話してきたのだって私に話を聞いて欲しかったからじゃないの?」
「でも・・・」
「どこに居るの? 言わないと切るわよコレ。」
少しイラついてしまい、強く言う。
雨のせいかもしれない、グジグジしていることりのせいもあるかも。
「でも・・・」
「ことり。」
あと二こと、三こと言ったら即切っていたかもしれない。
かろうじてことりは自分の居場所を言った。
「どうしたの?」
急いで支度をはじめた私に遊里が聞く。
「ちょっと外に出てくるわ。」
遊里にはことりの事は話していない。
「今、できるのに。外は冴子の嫌いな雨よ。」
ドーナツなのか、いい匂いが漂う。
「仕方が無いわ、大事な後輩が呼んでるんだもの。」
「珍しいわね、冴子が構うなんて。」
「早めに帰ってくるから、それと帰ってきてから食べる。」
ジャケットを羽織ながら私はさいばしにドーナツを挟んだ遊里にキスをした。
「なるべく早めにね、冷めたら美味しくなくなるわよ。」
「うん。」
外は思った以上に雨が降っている、傘を差しても濡れてしまいそうな雨だった。
仕方がない、私は腹を括って傘を差して雨の中に飛び出して行った。
携帯で言っていた場所に着いて私は思わず叫んでしまった。
意外とマンションから近い場所で、人は全く居ず、ことりだけ。
何よりも驚いたのは、彼女が傘も差さないでただ突っ立っていたからだ。
「何やってるのよ!」
なんだか腹が立ってしまう。
「バカでしょ、ことり!」
「すみません」
もう雨なのか、涙なのか分からないくらい顔、頭からずぶ濡れだった。
いくらなんでも失恋したからって修行僧のようにならなくてもいいじゃない。
「気持ちはわかるけど、風邪を引いたらもっと悲惨じゃない。」
いまさら傘を差しかけても仕方が無いけど差しかけ、雨をしのげる場所に移動する。
まさか、こんなに濡れているとは思わないからタオルなんて持ってこなかった。
ハンカチで顔だけでも拭く。
半分腹を立てている私だから容赦しない、やさしくなんかしてやらないわよ。
「すみません・・・」
謝ってばかりのことり、うわごとのように言う。
ショックなのはわかるけど風邪だって死ぬこともあるのよ?!・・・まったく。
「そんなことより、移動するわ。」
「えっ?」
「泣くならあとにしなさい、私も寒いし雨に濡れるのも嫌なのよ。」
私は携帯を取り出し、遊里に電話をかけた。
「遊里? 今戻る、悪いけどお風呂を間に合わなくてもいいからやっといて。」
『お風呂? もしかして濡れたの?』
「ずぶ濡れよ、まったく。」
後輩がね。
『迎えに行かなくてもいい?』
「近いからいいわ、せっかくの車が濡れるわよ?」
『濡れる・・・のかあ』
苦笑しているような遊里。
まあ、そうよね。
私だって大事なものを水で濡らしたくないもの、たとえ遊里でもだろう。
『わかったわ。』
遊里の返答を聞いて私は電話を切った。
電話をかけている間も雨は強く傘に当たり、差していない部分を濡らした。
早く家に帰らないと私まで濡れて風邪を引いてしまう。
「歩く力は残ってるんでしょ、私は担いで歩けないから歩きなさい。」
「は、はいっ」
私にびしっと言われたのでことりは弾かれたように身体をビクリとさせた。
雨さえなければこんなにはイラつかないと思うのに・・・。
玄関のドアが開くと私は傘を放ってもたもたしていることりを家に上げた。
遊里はといえば驚いてあんぐりした状態。
「お風呂に入るわよ、ことり。」
「えっ!? あっ!」
「悪いけど遊里、床拭いといて!」
有無も言わせずに、ことりの服を剥ぎ取る。
私より濡れているのだ、服から水が滴る量が半端ない。
「こ、小日向さん!」
「黙る、早く脱ぎなさい。」
「大変だわ、こりゃあ・・・」
遊里が私達の様子を見ながら笑って言った。
服を脱がせるとバスルームに押し込む、私も入る前に遊里を振り返る。
「悪いわね。」
「いいって。上がったら温かいもの作っておく。」
「ありがとう。」
私はバスルームの扉を閉めた。
遊里のことだから頼まなくても服を洗濯・乾燥までしてくれると思う。
だから後の事を心配することもなく先に放り込んだことりの対応に向かった。
「何やってるの、身体が冷えたんだからシャワーを浴びなさい。」
見ると浴槽には半分くらいしかお湯が張れていない。
ことりは前を隠してただ立っているだけ。
「で、でも・・・・」
「もうーここまでしてやらないとしょうがないの?!」
押しのけて、シャワーの温度を調整すると頭からかけた。
「小日向さんっ!」
「うるさい、もう黙る。」
さすがに私も冷えちゃったじゃないの。
ことりの方が冷たいから先に温めてからじゃないと温まれない。
しばらくは暴れていたけど、おとなしくなった。
黙って私にお湯をかけられる。
「落ち着いた?」
「・・・・はい。」
「よく温まるといいわ、雨の中傘も差さないでいるなんてバカは止めなさい。」
「・・・・・」
「聞いてる? 人生まだ先があるんだからこんなところで躓いていないのよ。」
お湯を受ける肩がかすかに震え、嗚咽が漏れた。
「泣く事はいいっていうわ、溜め込むよりね。私以外は誰も見てないし聞いてないから思いっきり泣いて明日にはさっぱりしたらいいわ。」
私は黙って泣きやむまで、お湯をかけ続けた。
シャワーとお風呂で温まった私達が出てきた時、気が利くことに着替えも用意されていた。
もう夜だし、殆どパジャマに近いけど。
「ああ、お疲れ。よく温まった?」
遊里は湯気を立てているお椀を手に私達に言った。
「十分ね、おかげでふやけたわ。」
「そちらは?」
「あ、ありがとうございました。」
慌てたように、ことりが言う。
「服は今洗濯してるから、コレでも飲んで温まって。」
ちょっと寒いキッチンより、リビングに促されシジミ汁を渡される。
「ありがと、遊里。」
「・・・・・」
私はいつもの事なので普通に受け取ったけど、ことりはお椀を持ったまま困惑している。
「うちはね、お客さんを迎える時はお茶とかコーヒーじゃなくてシジミ汁なのよ。」
そんなことりに遊里は笑って補足した。
「シジミ汁なんですか?」
「そう、ここの主が三度のご飯より大好きでね。」
「いいじゃない、美味しいのよシジミ汁。特に遊里の作るやつは。」
丁度おなかも空いていたから私はお替りする、おやつのドーナツも私はおなかに入れた。
「災難だったわねえ、冴子って容赦ないでしょ?」
「いえ・・・」
「でもね、どうでもいいって気にもかけない人が多い中で、ここまでするのは珍しいのよ?よっぽど気に入られているのね。」
そう言われてちらりとことりが私の方を見た。
「後輩なんだから当然でしょ。」
「普通、後輩でもここまでしないわよ。お風呂に放り込むなんて、びっくりしたわ。」
「私も、びっくりしました・・・しかも一緒にお風呂に入るとは思いもよりませんでしたし。」
身体が温まったからなのか、恥ずかしいからなのか分からなかったけれど顔が赤く見える。
「別に変じゃないでしょ、女同士だし。」
「ドきっぱり言ったね、冴子。」
「変に意識する方が悪いのよ。」
「銭湯とか、温泉とか入らないくせによく言うわ。」
「別にいいじゃない、そんなこと。」
私はリビングのソファーにどっかりと座った。
人の世話は疲れる・・・・。
「ありがとうございました。」
そんな私にまた、ことりは謝る。
「もう、いいって言ってるでしょ。」
疲れているから、突き放したようになってしまう。
失恋したのだから冷たくするのもまずいとは思うけれど、自分の感情に正直になってしまうのだ。
自宅だからなおさら。
「服、乾くまで結構あるけど・・・ことりさん、うちはゲストルームなんかあったりするんだけど泊まってく?」
ひょいと、遊里がやって来て言う。
「えっ、でも・・・」
ことりは私を見た。
「なによ。」
「ちょっと、恐がらせないのよ、冴子。」
遊里のヤツ、ことりに抱きつく。
「まだ雨だし、せっかく乾いた服も濡れるのは嫌でしょ?」
「あ、あの・・・っ」
・・・・私の後輩を真っ赤にさせてなにやってんのよ、私の前で。
「あんな態度だけどちゃんと心配してるのよ、あなたの事を。」
「また帰る途中で泣かれて、呼ばれるのは嫌よ。」
「天邪鬼だからね、冴子は。心配しないで泊まっていきなさいね。」
夕飯、腕によりをかけちゃおうかなとも言っている遊里。
「本当にいいんですか?」
「主が言ってるんだからいいのよ。」
「でも・・・」
「好きにしたらいいわ。」
ひと仕事したつもりのわたしはどうでもいいように言った。
ことりも遊里と話して少しは気持ちを楽にさせた方がいいのかもしれないから。
私じゃ、とてもそんなことは出来ないし。
その気もなく、相手を陥落させることができるのは遊里くらい。
後輩のためだと思って私は目をつぶる事にした。
「やっぱり、帰ります。」
ことりは夕飯を食べて、お茶を飲んでいる時に言った。
本人が帰るというのだから引き止めるのも変よね。
「そう、大丈夫?」
「はい、色々話したら楽になりました。」
殆ど遊里に、だったけど。
向かい合って聞いていたのは遊里、でも私もちゃんと耳に入れていたわよ。
あえて言わないけど。
「雨も少しやんだみたいだから遊里、送ってあげて。」
中途半端に引き渡す。
遊里は私の方を向いて苦笑した。
「いいの?」
「どうせ暇でしょ?」
「暇ってことは・・・・」
おやつにドーナツを作ってくれるほど時間に余裕があったじゃない(笑)。
「私、ひとりで帰れますから大丈夫です。」
「気にしなくてもいいわ、遊里そういうのは好きだから、ねぇ?」
「・・・・はいはい、分かりました。」
肩をすくめて返事をする。
「でも、本当に大丈夫ですから。」
「ことり、親切は聞くものよ。」
「・・・ちょっと寄りたいところがあるので、ほんとにいいんです。」
じっと彼女を見る、引きそうもない意思を感じ取った。
要らぬお世話か・・・私らしくもないわね。
十分、泣いたし話したからことりは少しはすっきりしたのかもしれない。
「じゃあ、タクシーで帰ってね。夜遅いし、ここら辺は人気がないから。」
遊里がお土産として、作ったドーナツを持たせる。
私も見送った、本来ならここまでしないわよ、ホントに。
タクシーが来るとそれに乗り込む、雲は出ていたが雲の間から月が覗いていた。
とりあえず見送ると、どっとまた疲れが来た。
あくびをして上半身を伸ばす。
「おつかれさま。」
「送っていけなくて残念? 遊里。」
「まさか。」
遊里は笑って私の問いかけを一笑に。
「彼女が冴子の後輩かー、なかなか見る機会ないからねぇ、貴重だわ。」
「一応、私にも”後輩”というものも居るのよ。」
「かわいい、ね。」
「言ってればいいわ。」
身体を寄せて来る遊里を牽制しながら、戻る。
とりあえず、私にできることはした。
あとは、ことり自身の事。
次に会う時は明るく元気な笑顔で会いたいと思った。