遊里にいいようにされ、写真を撮られる冴子。
2週間ぶりに演奏旅行から帰ってきた冴子、しじみ汁が飲みたいのに肝心の遊里は居ない。
翌昼に起きるとやっと帰ってきた遊里にしじみ汁を作ってもらい、いつもの感じになったのだが・・・
シジミ汁・・・・。
2週間のアメリカ演奏終了後、家に帰ってきての第一声がコレだ。
インスタントを持っていっても全然、飲めなかった!
今度はちゃんとおわんも持ってったのに、と憤慨する。
世界一美味しいシジミ汁を作ってもらおうとしたのに、遊里は家に居なかった。
また、仕事だろうと思って電話の留守電を聞く。
私が今日、帰ってくるのは知ってるはず。
ぽち。
機械的なメッセージが流れ、3件のメッセージを流した。
『あ、冴子? ごめん今日は帰れなくなっちゃった。ホントにゴメン!帰ったらシジミ汁作ってあげるから』
全部、同じ内容のメッセージ。
3回も同じもの、入れなくてもいいわよ。
自分で入れてもいいけど・・・ちゃんとしたのが飲みたい。
私はすごーく葛藤して遊里の作ってくれるシジミ汁を飲むことにした。
それまではシャワーを浴びて、時差ぼけしている身体を休めよう。
気力で家までたどり着いたようなものだから。
人の気配を感じてふと目を開けた。
音も聞こえる。
ナイトテーブルの時計を見るともう、お昼だった。
寝室だとまっくらで日差しでの時間の確認ができない。
心なしかお腹も空いている。
何も入れないで寝てしまったから。
私はカーデガンを羽織って起きだした、遊里のことだからシジミ汁
を作ってくれているだろう。
「遊里。」
「おかえり、冴子。」
私の姿を認めると笑って遊里は言った。
声なら1日におきに聞いていたけど2週間ぶりに姿を見る。
2週間じゃあまり変化は無いか。
「仕事で遅かったの?」
「あたりまえでしょ、仕事以外に何があるのよ。座って。」
シジミのいい匂いがキッチンに漂う、空きっ腹にはたまらない匂い。
お玉でシジミをよそると貝同士がこすれてジャラっと音がする、この音も好きだ。
「私の知らない、色々。」
「まだ、言う? もうしないって言ってるじゃない、勘弁してよ。」
毎回、数日家を空けて帰ってくると遊里に言う私。
信用してるけど、遊里をいじめるのが好きな私は可哀想だなと思いながらも言ってしまう。
「美味しい。」
貝でダシを取ったシジミ汁はやはり美味しい。
インスタントよりも数倍も美味しかった。
「よかった、ホントは冴子が帰って来てすぐ飲めるようにしたかったんだけど。」
「仕事が伸びたんでしょ。」
「そうそう、クライアントが納得いかなくて何度も取り直し。」
「ごくろうさま。」
「他に何か食べる?」
「いいわ、これだけで。」
私の場合はシジミ汁があれば他に何もいらないのだ。
「あと、遊里。」
私がそう言うと、もうーと言って遊里は笑う。
まんざらではないようだった。
そんなに寂しくなかったけど、2週間顔を見ないと少しは違和感はある。
「冴子。」
ベッドの上で身体を重ねながら遊里は耳に残る声で囁く。
「なによ。」
「やっぱり、冴子がいないと寂しい。」
唇が顎から首筋へ這う。
「なに、子供みたいなこと・・・」
「料理の作り甲斐がないし。」
「手間がなくていいじゃない。」
唇が軽く跡を付けながら移動した。
「ホントにそう思ってる?」
遊里の髪の毛が私の肌に触れ、こそばゆい。
「・・・思ってない。」
「素直じゃないんだから、冴子。」
私をチラリと見て、視線をあわせる。
「んんっ・・・」
鳥肌が立つ。
「アッ、遊・・・里っ」
身をよじって湧き上がる快楽を分散させるようにする。
でも、遊里は私の足を自分の足で押さえつけて固定した。
私もそれだけで早々に息が上がってしまう。
たった、2週間触れなかっただけなのに。
触れられた瞬間から私の身体は敏感に反応した。
ずっと旅行中もそんな気分にもならなかったし、寂しいとも思わなかったのに。
遊里に引き寄せられ、顎が痛くなるほどキスされて、覚えていた身体が遊里を受け入れるモードになるのか。
くやしいけれど、私は抗えなかった。
よっぽど嫌なら別だけれど。
私の身体を這う遊里の手が、ゆっくり臍辺りを撫で降りた。
「・・・・く」
遊里の指が触れる。
「冴子。」
また・・・会えなかった2週間分、私の名前を呼ぶつもりなのかもしれない(笑)。
「なに・・よっ」
腰から脊髄に甘い痺れが走る。
流されそうで流されたくない天邪鬼な私はつい、声をあげてしまう。
「相変わらず。」
知ったような顔で笑う。
・・・憎らしい。
こんな時に余裕だなんて、腹が立つ。
腹が立つけど、私の方が怒ってる場合じゃなくなってしまう。
「でも、私はらしくて好きだけどね。」
顔を寄せて来る。
「身体は正直。」
「別に、遊里のせいじゃ・・・ん、んっ!」
彼女の指は私を翻弄しはじめる。
遊里の腕をきつく掴んだ。
「あ、っ」
声が出てしまう。
遊里の言いようになってしまうのはくやしいのに、与えられた快楽に私は身を任せてしまう。
「く、っ・・・や・・・」
「・・・撮りたいな、今の冴子。」
こっちがどうにもならないのをいい事に不届きなことを言う、遊里。
段々、動きが激しくなった。
キスはやさしいのに、私をかき乱す。
「ダメ?」
ダメに決まってるじゃない。
人に見せないって言ったって絶対、絶対、拒否。
でも、甘えてる訳じゃないのに何かのフェロモンでも出てるのか、私を誘惑する。
「冴子を撮りたい。」
はっきり言う。
「ひ・・・ひきょう・・・じゃない。」
こんな時に言う?
「撮らせてよ、冴子。」
強気な遊里。
「だ、・・・だめって・・・」
「じゃあ、イかせてあげない。」
意地悪く、薄く笑って言う。
ひどい取引。
遊里ってこんなに意地悪かったかと思うくらいにひどい。
「このまま中途半端でいいの?」
「遊、・・・里」
「冴子がうんって言ってくれれば、すぐにでもイかせてあげるのに。」
顎に唇が触れた。
濡れた舌先が少し汗ばんだ肌を舐め上げる。
「一回くらい撮らせてよ、ね?」
ねっとりと絡みつくような吐息が私の顔に、耳にかかる。
こんな遊里は初めて。
驚くと同時に、本気の(?)口説きを体現しているような気がした。
「なんで・・・そんな写真が撮りたいのよ。」
「ずっと撮りたかった、今日がその日。」
多分、これ以上の日はない、と遊里は言う。
大安、仏滅みたいなもの? と頭をよぎる。
「今も私を欲情させてるから、きっと撮る時もすごくいいと思う。」
それって、褒め言葉じゃないわよね・・・。
「遊里の欲望を叶えるために私は被写体になるわけ?」
「冴子・・・」
・・・・もう、そんな声出さないでよ耳元で。
それでなくても今日の遊里って、いつもよりヤバイんだから。
いつもより私のドキドキ度が増してるし。
「撮らせてよ。」
「だ、め・・・っ」
せいいっぱいに答える。
「なんで?」
なんでって、当たり前じゃないの。
そんな後で絶対、後悔するような写真を撮らないとならないのよ。
私は今の自分を後世に残したいっていう稀有な人間じゃないのに。
「き、聞くけど、遊里は撮りたいって言われたら撮らせるの?」
「断るかな。」
言ってる事が真逆じゃない、遊里も断るのに私が断るのも道理でしょうが。
もう、こうなったらなんとか遊里から逃げようと動こうとした。
「逃げるなっ、冴子。」
遊里は笑みを浮かべながら私を押さえつける。
いやだ、って言ってるのに。
「ちょっとでいいんだけど。」
イ・ヤに決まってるでしょうが。
私のプライドが高いの知ってるくせに、なんでそんな事を聞くのか。
流されそうになる身体と断固拒否の頭が葛藤する。
「じゃあ、シジミ汁も作ってあげないって言ったら?」
「・・・・っ」
インスタントなら自分でも作れる、袋を開けて中をカップに入れ、お湯を注げばいいのだ。
でも、ちゃんとした美味しいシジミ汁は遊里にしか作れなかった。
そんな切り札をここで出すなんてヒドくない?!
「そういうこと言う?」
私は睨む。
「だって、撮りたいんだもん。ね?」
”だもん”って何よ、だ・も・んって。
「!」
まだ、遊里に絡めとられているので逃げられない。
「・・・それとも、どうにもならないくらいな時の冴子を撮った方がいいかなぁ」
悪魔。
やさしい顔して・・この、悪徳カメラマン。
「そっちの方が抵抗できないからいいか。」
「アアッ!」
もう私の意見なんかお構いナシに、遊里は動き始める。
私といえば、隅々まで知り尽くされている遊里からいいようにされてやっぱり逃げられない。
くやしいけれど遊里からの受ける快感は私の意思を挫けさせるのには十分だった。
・・・もう、何がなんだか覚えていなかった次の日の朝。
起きた時、隣りには遊里はいなくて・・・書き置きがあっただけ。
逃げたな!?と、思ったけどどうやら仕事らしい。
遊里、現像も編集も自分でするから昨晩の写真が外に出ることはないと思うけど。
どんな写真を撮られたのか、撮ったのかを覚えてないのが恐ろしい。
もし、覚えていたとしても恥ずかしすぎて、自己嫌悪に陥って落ち込むかもしれない。
帰ってきたら殴ってやろうかしら。
最後は折れてしまったとはいえ、本意じゃないもの。
あれはあくまで”身体”が屈しただけで、私の心が同意したものじゃない。(うん、絶対)
だるい身体を起こす。
写真を撮り終わった後も色々あったから寝たのは結局、ちょっと前。
冒頭で次の日の朝だなんて言ってるけど、貫徹に近い。
私は仕事がないからいいけど、遊里は仕事か。
仕事場でちょんぼでもして、怒られればいいんだわ。
いい、お灸よ。
「?」
ふと見るとベッドに私の携帯があった。
寝るときはちゃんとテーブルに置いたのに・・・メールか電話の着信のランプが点滅している。
不思議に思って確認すると遊里からのメール。
本当に数分前の着信。
なによ、謝罪のメール? メールで済まそうなんて許さないんだから。
ぷんすか怒りながら確認すると、もっと憤慨するようなメールだった。
メール文は軽めの謝罪だけれど、それだけでも許さない内容なのに私が絶句したのはそのメールに添付されて来た画像だ。
「~~~~~~~」
遊里ってば、仕事用のカメラだけじゃなくて携帯でも撮ったってこと!?
その映像があまりにも恥ずかしすぎたのと、怒りで私は携帯を投げつけた。
携帯は壁に当たって壊れ、床に落ちた。
顔から火が出る、とよく言うけれど今まさにそんな感じ。
グラビアアイドルがよくあんな風に撮っているのを見るが、よもや自分があんなモノを撮るとは・・・。
あまりにも恥ずかしすぎて、顔が・・・体中が熱くなってきたような気がする。
これは、帰ってきたら思いっきり抗議する必要があるわね。
人が拒否できないのをいい事に、やりたい放題したんだもの。
その報いは受けさせないと・・・ふふふふ。
私はナイトテーブルの明かりだけの寝室で自分でも不気味に思えるくらいに笑った。
この時の写真が、遊里独りでいる時に見る密かな楽しみの写真なのだった。
私にとっては思い出すのも嫌な写真だったけれど(怒)。




