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冴子、セクハラには屈せず。故に窮地に陥る。

忙しくて続きを上げるのを忘れてました(笑)

今回はどこの世界もあるであろうセクハラ・パワハラをされたら小日向冴子ならどうするか?を考えて書いてみました。

「なに、あれ?!」


私は珍しく早く仕事から帰って来てリビングに居るであろう、冴子に向かって言った。

「あれって?」

ぱりっ☆

煎餅を食べながら、冴子は私の方を向いた。

「・・・・・・」

せっかくの美人も台無し、私は一息吐く。

「外の記者たちよ、なんであんなに居るのよ?!」

マンションの駐車場へ入れようとしたら、まずは駐車場入り口に数人。

車が通るっていうのに、写真を撮ろうとしたりインタヴューをしようとしたり危なかった。

部屋までの通路に何人か、ここまで入ってきちゃって・・・家宅侵入じゃないの。

まさか、バレたのかなあと思ったら冴子が補足してくれた。

「彼らが取材したいのは、私達のことじゃないから心配要らないわ。」

「じゃあ、何のために居るの?」

「私でしょ。」

あっさり言う。

私は分からないんだけど、まったく。

「何かしたの? あんなに引き連れちゃって。」

「まあ、色々よ。」

肝心なことは話さない。

「安心していいのね。」

「遊里はね。」

その、“私はね”と言うのが気になるじゃないの。

意味深な言い方は止めて欲しいんだけどなあ。

私が取材陣の意味を知ったのはその夜のTV番組だった。



冴子がお風呂に入っている間に陣取っていたTV前のソファーに座って緑茶を飲んでいると夜のニュースが流れた。

夜だと芸能ニュースはあまりやらないのだけれど、その番組はB級ニュースなどを取り扱っていた。

芸能人の不倫だとか、借金だとか、恋愛話だとか色々だらだらと流していたのだがそのうちの一つのニュースに釘づけになった。

ぶっと飲んでいたお茶を噴出し、そして思わず、TVに向って前のめりになってしまった。

「冴子?!」

冴子は今日、午前中はコンサートだった。

しかもただのコンサートではない、世界的巨匠マエストロ指揮の名オーケストラと競演だ。

よく考えれば、大掛かりなコンサートだったのだからその後の打ち上げやパーティーもあるはずなのに家に居るのもおかしい。

いつも参加するのが嫌な冴子でも参加をしないのはマズイはず。

 番組では実際の映像は流れなかったが、コンサートに参加した観客にインタビューを行っている映像は流れた。


『びっくりしました! いきなりバシッですから!』


『一礼しましたけど、そのまますたすた帰っていってしまって戻ってきませんでした。』


『あんなの、前代未聞ですよ。』


『いくらなんでも、ありなんでしょうか?』


などなど、世紀の瞬間を見た観客は興奮気味に答えていた。


「・・・・・・・」


冴子の性格はよく分かってるつもりだ。

多少、わがままではあるが一般常識は持ち合わせている人間だということも。

しかし、その冴子がアンコール終了後、大歓声・スタンディングオベーションの中、世界の巨匠に平手打ちを喰らわせるというのは予想外だった。

そんなことをしたらどうなるか、分かるだろうに。

私にだって一瞬で静まり返るホールを想像できてしまう。

もちろん、冴子にだって言い分があるだろう。

余程の事がない限りそんな暴挙に走るわけはない。

番組に呼ばれたクラッシックに詳しい担当者が言う。

『確かに、彼には色々噂がありますから・・・実際、堂々とセクハラまがいな事をした場面も多く見られてますし。小日向さんは堪忍袋の緒が切れたというところじゃないんですか?』

・・・堪忍袋って、まあ考えられないこともない。

流れ的にはこうかも知れない。

①少しくらいなら許す。

②許したら、調子に乗って大胆になった。

③一応、拒否してみる

④止めない

⑤強硬手段に出る冴子

気が弱く権力に弱い演奏家なら、黙ってさせていたのだろうけれど今回は相手が悪かった。


 小日向冴子なんだもの。


冴子が泣き寝入りすることはないわよね・・・苦笑。

しかし、大胆な事をしたものと感心する。

このあと、どうなるのかしら?と人の事ながら心配になった。

やっぱり、この生意気な女。と思われて方々に手を回して仕事をさせないようにするのかしら。

そのマエストロが冴子に何をしたかは知らないけど、公衆の面前で受けた屈辱は憎憎しく思っているに違いない。

「まだ居る?」

冴子の声がする。

私は我に帰って声のする方を見た。

「取材陣?」

「そう、あの人たちも暇なのね。芸能人のスキャンダルの方がよっぽど視聴率も購売率も高いのに。」

「確かにね。世界的なマエストロを引っ叩いたんだって?」

「見たの?」

冴子は髪をタオルで拭きながら苦笑した。

「観客の感想とか、コメンティーターの説明やらを聞いただけ。」

「ホントの事を知りたい? 遊里」

「引っ叩いたんでしょ? それが事実じゃない、それ以外は興味ないわ。」

冴子の食べていた醤油煎餅に手を伸ばした。

「ゴメン、しばらく身辺が騒がしいけど。」

「冴子が謝るなんて、明日は雨かしらね。」

「その時はカッとなってたけど、段々自分のした事を実感してきたわ。」

冴子はソファーに座らないで肘掛に腰掛けた。

「らしくないわね。」

弱気じゃないけど、少し落ち込んでいるような感じは受ける。

さすがにね。

「師匠からは何か?」

東の小さな国で起こった事件だけれど、クラシック界には大事件に違いない。

あっという間に全世界に広がってしまうような出来事で、今後冴子の仕事にも影響が出てしまうのは間違いなかった。

「何もないわ。まあ、あとで来るかもしれないけど。」

「大丈夫?」

私は冴子の手を取って、軽く握った。

お風呂上りなので温かく、少しふやけている。

「まあね。」

「シジミ汁、飲む?」

「今日はいいわ。」

冴子は私の手をゆっくり解くように離して、ソファーの肘掛から降りた。

「しばらく、仕事は無いとは思うけど。」

「以前、私の寡婦にならない?って言ったの覚えてる?」

「・・・そんなこと、あったわね。」

思い出したように言う。

「冴子、一人くらい養えるわよ。」

私がそう言うと冴子はフッと笑った。

「おやすみ。」

「おやすみ、冴子。」

今日の事は、冴子には肉体以上に精神的にキツイと思う。

表面上はあまり打撃は受けていないように見受けられるけど、落ち込んでいるのは分かる。

余計なことをしてくれたものだ、そのマエストロも。

舞台袖とか、プライベートならともかく舞台上ってのはマズかろうに。

とにかく、夜が明けない事には冴子にもどうにもならないことだった。

私が出来るのは彼女の受けるストレスを少なくさせるくらいしかない。

バリッ。

煎餅が音を立てて割れた。



 冴子が謝った通りしばらくはマンションの出入りが大変だった。

さすがに管理人が敷地内へは立ち入りを禁止し、関係者以外の人間が無断で入って来たら訴えると脅して立ち入りは無くなったが敷地以外では、本人であろうとなかろうとわらっと囲まれ、カメラを構えられる。

普段カメラを向けている側なので、変な気分だった。

私は内心、関心を持ってくれるなと思いながら呆れるくらいの取材陣をかわす日々。

確かに冴子の仕事も、例の御方を覗うようにキャンセルされたものも何件かあった。

しかし、逆に事件によって御方の数々のセクハラがTVで暴かれる事にもなった。

冴子は泣き寝入りはしなかったが、世界中の女性演奏家が何人も彼に困らされていた。


何て女だ。


よくやった。


冴子の行動は大きく二つに分かれる。

当の本人は他人の評価などどうでもいいような感じだけれど。

キャンセルされる仕事があれば、反対に入る仕事もあった。

これも事件効果、というべきものなのか。

多分、世界的なマエストロを観衆の目の前で叩くという大技を演じたチェリストがどんなものか興味があるというものだと思う。

CDすら売れているらしいし、世の中よく分からないものだ。

「TV、見たわよ!何でゆうちゃんが写ってたのよ。」

仕事場で行く先ざきで、私はそう言われた。

TVは全国放送だから、帽子を被ってても分かる人には分かってしまう。

「同じ、マンションなんですってば。」

マンションの中までは取材陣は入ってこられないから、インターフォン越しという取材は出来ない。

とりあえず、同じマンションの住人が取材に応じたという場面は流れなかった。

普通のマンションでも珍しいことだった。

「言うべきことはありません。」

仕事がまったく無くなると思っていた冴子は、入った仕事に行く時も、私のように変装はしない。

堂々といつものように出かける。

あっぱれというか、尊敬するというか(笑)。

しかし、取材陣を完全無視はしない、印象が悪くなるからだ。

それでなくても普段もあまり良くない印象なのに、冴子ってば。

一声しゃべるだけでも、多少は変わるというものだろう。




「こんにちわ。」

私は街のデパートの新鮮物売り場で声をかけられた。

「?」

「覚えてますか?」

「ああー、さまのすけ!」

私は思わず指を差してしまった。

目の前に居たのは、クリスマスに冴子をナンパしようとしたヴィオラを奏でる青年だった(笑)。

「はい、佐間之輔です。お元気でしたか?」

苦笑しながら彼は答える。

「ええ。」

「近所なんですか?」

彼にはあまり警戒心は持たなかった。

多分、坊ちゃん坊ちゃんした草食系な容姿も影響していると思うけれど。

「んー、ちょっと遠いけどここのコレが美味しいからね遠足。」

カツヲを手に持って言う。 

「あなたが、さばくんですか?」

「そうよ、君は料理しないの?」

「ああ、少しはしますけどさすがに魚はさばけません・・・目が苦手で。」

「女の子みたいねえ。」

「そんなことないですよ。」

少し、プライドが傷ついたかな(笑)。

話を変えるように彼は言った。

「大変みたいですね。」

「・・・・TV見たの?」

「ハイ。」

「ほんとに、余計な事してくれたわ。あのマエストロ。」

「大きなコンサートも結構、出演をキャンセルしてくれっていうのがあったみたいじゃないですか。」

私は買い物の品を見定めながら歩き、彼は私に付いてきた。

さまのすけは冴子の話が聞きたいのかしら。

「覚悟はしてたみたいだから、冴子にはあまりショックは無いみたいよ。」

今日も元気に小さなお店に出張演奏に行ったし。

最近はお土産ももらって帰ってくるようになった、特に食べ物。

なんかグルメ旅みたいな感じで色々と。

「そうなんですか?」

「君は冴子に会えなくて残念?」

エリンギを2つ持って比べながら聞いた。

「え? そ、そんな事はないですよ!」

挙動が正直に物語ってるじゃない、さまのすけ君。

まあ、冴子の事心配してくれたのって事務所の人と恩師・私くらいなものよね。

ご両親も連絡を入れてきたことも無さそうだし、いくら疎遠でも娘なんだから少しは心配してもいい気はするんだけど。

「そう?」

私は彼の顔を覗き込んだ。

思わず身体を仰け反るさまのすけ君。

「・・・ちょっとは・・・・」

「君は冴子の事、好きなんだ?」

「ちっ・・・!」

「違う? この間の時もそう思ったんだけど。」

真っ赤になって、ちょっと可哀想かな。

「違いません・・・」

ぼそりと。

若いっていいわねえ(苦笑)。

かわいいって思えるもの。

「津田さん、って小日向さんと親友なんですか?」

「友達じゃなくて、親友?」

「ハイ、”友達”って言う感じじゃなくてもうちょっと距離が近い感じがするんですよね。」

鋭いね、のほほんとしているくせに。

「そうね、君の感じ方はほぼ正解。」

「・・・じゃあ、聞いてもいいですか?」

「なに?」

「小日向さんって、恋人とかいるんでしょうか?」

直球だね。

本人にしてみればただ疑問を冴子の親友であるという私にぶつけただけだろうけど。

「本人に聞いてみたら?」

「ええっ!こ、恐くて聞けませんって!この間も、誘った時に即答で断られましたし・・・」

ぶるぶると震えて言う。

眼中に無いと、切って捨てる冴子だからなあ・・・かわいそうに。

「居るわよ、恋人。」

さすがに目の前の私とは言えないけど。

「ああ、そうですよね・・・やっぱり」

ガックリ肩を落とす。

その落ち込み具合が、あまりにも可哀想だったので私は仏心を出してしまう。

「恋人は居るけど、友達ならいいんじゃない?」

「友達にだって昇格してませんよ、僕。 名前すら覚えてくれてないみたいだし・・・」

それも可哀想。

優越感からじゃないんだけど、と心の中で自分に謝る。

「私と友達は?」

「え?」

「私と友達なら、冴子とも会っても不自然じゃないでしょ?」

何を言ってるんだか、自分。

ライバルになりかねない彼を”友達”にだなんて、そう思いながらも口が勝手に動く。

「でも、迷惑じゃ・・・」

「君の事、気に入った。」

あの冴子に声をかけた度胸に(爆)。

あの時は回りのカップルにかなりご機嫌斜めで、集中して歩いていたからかなり真剣な顔で歩いていたと思う。

普段も声をかけづらい表情なのに更にだから私はよく、声をかけようと判断したものだとも思った。

「怒られませんか?」

「なんで怒るの?」

「なんとなく・・・」

怒るかも。

冴子のことだから、何でよ!って、きっと怒る。

怒鳴らないけど、つっけんどんかな。

でも、相手を知って気を許せるようになればそれも慣れると思う。

私みたいに。

冴子が怒ってるのか、拗ねてるのかも判断が出来るようになる。

「今日ね、冴子と晩ごはんなんだけど一緒にどう?」

「えっ?」

いきなりはどうかと思ったけど、さまのすけなら不埒な事には及ばないと判断する。

礼儀正しいし、きちんと両親にいい教育を受けた子だ。

冴子の”恋人”という事を隠しながらはあまり気分は良くないけど。

「いいんですか?」

顔がほころぶ、正直だねぇ(笑)。

最近はまだ少し、ストレスをためる生活だから冴子も私も少しは気晴らしができればいいんだけど。

彼には悪いけど、彼をイジるのも楽しいし。

「私がいいって言ってるのよ、大丈夫。」

ポンと彼の肩を叩いた。



しかし、私のもくろみは外れた。

彼を連れて行くことを連絡しなかったので、冴子が仏頂面で出迎えなおかつ冷たい態度になった。

「た、お待たせ・・・冴子。」

「・・・・・」

「・・・・・」

むっつり最悪の表情で冴子が立つ。

私とさまのすけ君は首を竦めて、その前に。

「なんなの、コレ?」

「コレって・・・さまのすけ君じゃない。」

「分かってるわよ、見れば。」

「友達になったのよ、彼とね。」

私は彼の腕をひじで突く。

「はっ、ハイ。そうです、よ、よろしくお願いします。」

思いっきり、お辞儀をする体育会系挨拶なさまのすけ君。

「友達? で、夕飯に招待なの?」

・・・だ、だめだ、完全に機嫌が悪い。

独特のオーラが出てるし。

「ダメ?」

「ダメ、とは言えないじゃない本人が前に居るのに。そんな事言ったら私が極悪人みたいじゃないの。」

例え嘘でもにっこり笑ってもいいじゃないの。

ホントに気分屋で、臨機応変ってできないんだから。

「じゃあ、上がって。さまのすけ君。」

このまま玄関で、問答ってのもどうかと思うし。

「冴子も、今日はお鍋よ。そんな仏頂面しないの。」

冴子の鼻をつまんで私は部屋の中に入った。

料理中に冴子とさまのすけ君を二人だけにしたってのに、冴子ってば早々にキッチンに居る私のところにやってきた。

ゲストをもてなしなさいよ、まったく。

「会話ぐらいあるでしょ、同じジャンルの人なんだから。」

料理をしながら声を掛ける。

「あるわけないじゃない、なんで連れて来たのよ。」

「少しぐらいは周りとコミニュケーションを取るように努力しなさいよ、人が寄って来てくれる時が花よ。」

「・・・・・」

「それでなくても心配してくれる人、少ないんだから。心配してくれたみたいなのに、彼。」

シャキシャキと白菜を小さく切る、新鮮だから音もいい。

「遊里は、彼の事好きなの?」

「嫌いではないわね、だから招待したのもある。冴子は嫌なの?」

「遊里の考えがよく分からないんだけど。」

「そう?」

彼とくっつけようという気はさらさらも無いのだけれど。

家に他人を上げたのは気に入らなかったらしい。

「今日は私の顔を立てて、彼をもてなしてもらえない?」

「高くつくわよ。」

「・・・わかったわ。」

貸しにするのもどうかと思うけど、これでさまのすけ君が肩身の狭い思いをしなくてすむと思うと少しホッとした。

ただ、自分で冴子に諭したのだが二人の共通話については不安が残った。

まあ、二人とももう子供じゃないし何か話題をみつけて時間つぶししてるでしょ。

私は料理に集中することにした。

「お待たせー。」

キッチンに立って2時間弱、やっと夕飯が出来てテーブルに用意して二人を覗くとトランプなんぞやっていた。

様子から見るとババ抜き?

「・・・・ご飯、出来たからどうぞ。」

「今、行くわ。」

「あ、すみません! ありがとうございます。」

ババ抜きって・・・思わず拍子抜け。

もっと、こう活発的な会話とかないの? 二人とも。

「鍋と、マグロのお刺身、その他もろもろにしてみたのよ。嫌いな物とかある?」

私は客人のさまのすけ君から鍋の具をよそった。

いつもは冴子からだけど今日は仕方が無い、あとで機嫌が悪くなっても無視しよう(苦笑)。

「いえ、ありません。頂きます。」

「冴子は魚があまり好きではないのよ、マグロは別みたいだけど。」

「へえ」

チラリと冴子を見る。

「余計な事はいいわ、遊里。」

「・・・気にしないでね、いつもこんな感じなのよこの子。」

「はあ・・・」

大体こんな風な冴子を見てる人は段々近づかなくなるのよね。

いつもつっけんどんな態度で来られたら、嫌になるのもよく分かる。

それでも私が冴子と一緒に居るのは好きなのもあるけど、それが地でどうしても変えられない性格なのだと知っているからだった。

「私は君の居る世界の人間じゃないから詳しくは分からないけど、君たちの間ではどうなの?」

「どうなのって?」

「冴子の事。」

「どうでもいいじゃない。」

「良くないわよ、親友としては聞いときたいわ。」

冴子にも鍋の具をよそる。

「半分、半分です。」

「賛美半分、批判半分ね。」

「あの人には噂では、色々ありましたし・・・小日向さんがあそこまでの事をするんだったらよっぽどのことかなと僕は思ってるんですけど。」

遠慮がちに言う。

彼は男性なのに、ここでは小さくなってしまっている。

蛇に睨まれた蛙、ということわざがあるけれどそんな感じで、蛇の冴子にビクビクするような。

 好きなのに、好きな人にびくびくするってどうなのかなぁと思わず笑ってしまう。

「当たり前よ、私だってグッと我慢したわ。」

今日初めて自分から冴子が喋った。

「でも、叩いたんでしょ?」

自分でさばいたマグロのお刺身を一切れ取る、赤身だけど脂が乗っていて美味しそう。

「さすがに我慢し切れなかったけど。」

「いいんですよ、少しは懲りればいいんです。」

「あら、味方してくれるの?」

「いくら世界的有名人でも女性の敵ですから。」

冴子の代わりにでも怒るようにさまのすけ君。

「男の人ってみんなそんな事、考えてるんじゃないの?」

「そ、そんな事無いですよ。」

冴子がさらりと言うと、顔を赤くして反論する。

だから・・・顔に出てるって。

「実行するか、しないかよ。あの人は立場を利用してきたけど。」

セクハラ、よく言えばパワハラに当たるのだろう。

「普通はしません。」

「しないわね、さまのすけ君なんか特にしなさそう。」

「できませんよ、そんなの。」

いい子なのに、ライバルとは。

「いい育ち方したんだね、さまのすけ君は。」

「そうですか?」

「そうそう、まっすぐ育ってる。」

うちも弟が居たけど、こんな素直じゃないな。

うるさくて乱暴で、もう手がつけられなかった。

両親も苦心している姿も見てるから、彼みたいな年下の男の子には何となく姉目線になってしまう。

「津田さんは何をなさってるんですか?」

「私?」

冴子とだと緊張するのかあまり口を開かない彼も私には話しかけてくれる。

目的は違うけど、隣りに好きな人物が居るからいいのかな。

「カメラマンをしてるのよ、雑誌とか細々したものね。」

「カメラマンですか、女性の?」

めずらしそうに言う。

最近じゃ、めずらしくもないのになあ。

まだ、認知度が低いのが残念だった。

「カメラマンってモテるのよ。」

いきなり横から。

思わず、肉団子を取り落としそうになった。

「モテるんですか?」

「そうそう、ビオラなんか弾いてないでカメラマンになった方がモテるわよ。」

しげしげと私を見る。

絶対、勘違いしていると思う。

冴子が言っているのは男性にモテるんじゃなくて、女性にモテるという事だ。

「ライバルを増やしてどうするのよ。」

冴子の仕返しに返していても仕方が無いので流す。

「なんか、コツってあるんですか?」

「だーから、モテないって。冴子の言う事は信用しないように。」

「でも、ちょっと津田さんってカッコイイですよね。」

ここで、今度は私をヨイショ?

「お料理すごく美味しいし、魚もさばけるし、カメラマンなんて大変な仕事もしてるし。」

「前の方は、普通でしょ? 料理は女性のたしなみよ。」

嫌味で言ったわけじゃなかったけれど、冴子の頬の筋肉がピクッと動いた。

 あっちゃ~~~、地雷踏んだかな?

「どうせ私は料理はできないわよ。」

「できないのも、いいんじゃないんですか? 足りない部分を互いに補えるように人はくっつくんですから。」

「いい事を言うね、さまのすけ君は。」

「父の受け売りです、母が実際料理の出来ない人でしたから。父が料理とか家事をして、母がバリバリ仕事をするという家庭で育ったので。何となく、津田さん母に似てます。」

一体、幾つの母親なのかね・・・

「確かに。何か出来なくてもそれを補う何かがあるわね。」

彼の言葉に頷いた。

ちょっと暗かった雰囲気が徐々に明るく変わった。

相変わらず喋らなかった冴子だけれど、家に入って来た時よりは機嫌が良くなった様子。

いつも二人の食事にひと一人加わっただけで、かなり楽しめた。


「すみません、遅くまで。」

玄関の前でさまのすけ君が頭を下げる。

「こっちが引き留めてしまったんだから、悪かったわ。」

時計は10時過ぎ、さすがにこれ以上は年下とはいえ男性を家に入れておくのは心理的に難しかった。

冴子も飽きてきたようだったし、見送りにも来ない。

まったくもう・・・。

「でも、今日は楽しかったです。元気な小日向さんにも会えましたし。」

「元気な? いつもの刺々しさ全開なのに。」

「ははは・・・らしくてよかったです、一緒に食事も出来て嬉しかったですから。」

笑顔は本当にそう思っているようだった。

「機会があればまた誘うわ。」

「・・・いいんですか?」

「どうして?」

「・・・小日向さん、あまりいい感じしてなかったみたいだし。」

「言ったと思うけど誰にもああなのよ、気にしないで。」

本当に。

心を許せば普通に冗談も言うし、笑いもするけど。

それはなかなか難しいことだった。

「それと、これね。」

「あ、名刺。ホントだ、カメラマンって書いてある。」

「信じてなかったの?」

「信じてましたよ、でも実際の人って見たことなかったので実感湧かなかったんです。」

「一応、営業も兼ねて。」

もらっておきます、もしかしたら頼むことがあるかもしれないし。

そう笑ってさまのすけ君は帰って行った、女の子じゃないので見送りはいいですと言って。

姿が見えなくなるまで見送ってから一息ついて、部屋に戻ろうと振り返る。

と。

冴子が居た。

「何よ、びっくりするじゃない。見送るなら早く出てきなさいよ。」

ほっとしてたのに、いきなり背後に現れたら心臓に悪い。

「本気で好きなんじゃないの?」

顎でドアを差す。

冴子は肩を壁に付けて寄りかかっていた。

「彼が?」

「さまのすけが。」

「冴子の事が好きなの、分かっていたでしょ?」

「あえて無視してたのに。」

・・・余計なことを。

続けて冴子はそう言った。

「今日のは、ただの傲慢じゃない。」

「おせっかい、って事?」

「どう頑張ったって、報われないのが分かっているのにウチに呼ぶなんて何考えてるのよ。」

「悪かったわ。」

やっぱり、気に入らなかったようだ。

私も反論するのは労力がいるのでもうしなかった。

「そうね、優越感から来る慢心だったのかも。」

食事は片付けたからあとはお風呂に入って寝るだけだった。

明日は久しぶりに朝が早いし。

「遊里は良かったかもしれないけど、私は傷ついたわ。」

「どうして?」

「分からないの? 私が困ってたのが。」

「コミニュケーションを・・・」

「それ以前の話よ、いいことをしたと思ってる? 満足した?」

気に入らないのではないかもしれないと思う。

イライラし始める冴子。

「遊里のエゴに付き合わされた私は、最悪の気分だわ。」

「・・・・・・」

冴子の吐き捨てる言葉にハッとなる。

「冴子。」

「今後はやめて。今日は遊里の顔を立てたけどこれ以降はないから。」

そう言うと壁に寄りかかるのをやめた。

静かな怒りみたいなものを感じる。

声を掛けようと思ったけれど、声が出なかった。

冴子が私に言った言葉は的を得ていたから。

私を拒絶した背中がゆっくりと部屋の奥に消える、些細な喧嘩は日常茶飯事だったけれどこういう風な喧嘩は後味が悪い。

 明日になれば私達は、すっかり何事もなかったような態度で過ごすけれどやはり心のどこかには残り、微妙な空気が流れるかもしれない。

まいったわ・・・良かれと思ったことが、冴子を傷つけていたなんて。

例の件でずっとピリピリして、精神的に大変な時期が続いているのに。

そう思うと、楽しい気分が一気に冷めてしまった。

人を思いやる塩加減というのは難しいと思った。




朝早く仕事に出て、マンション近くに帰って来たのは夜の10時近く。

さすがに取材陣は飽きたのか、夜遅くだからなのか誰も居なかった。

しかし、明らかに不似合いな車が1台止まっていた。

「・・・・・・・」

ごっつい高級車。

窓ガラスは黒いフィルムが貼ってあり、中が覗けないようになっている。

怪しすぎる。

そう思いながら通り過ぎ、駐車場へ入った。

刑事とかじゃないわよね、アレ。

見たところ外車だし、しかもこんな時間に止ってるのはちょっと怪しい。

首をひねりながら玄関に向かった。


「ただいまー・・・?」


声をかけてから、しまったと思う。

入ってすぐには気づかなかったけど、微妙にいつもと違う雰囲気が漂う。

玄関にいつもより靴が多い、男性の靴?

 ま、まずったかも・・・?

誰か来ているようだった、私にではなく冴子に男性のお客さん。

声かけちゃったからそのまま挨拶無しってのはないわよね、面倒だけど。

あとで怒られるかな、冴子には。

リビングに居るであろうから、顔を出すことにした。

「た、ただいま。」

私が顔を出し、挨拶をすると冴子、客人2人が振り向いた。

客人は1人はソファーに座り、一人は立っていた。

両方とも外国人だった。

「おかえり。」

冴子はそっけなく言ってまた外国人と向かい合った。

何も振られない時は何もしなくてもいいという事だ、私は自室に入った。

あの感じだと仕事関係の話だろうとは思う、ただなんでこんな遅い時間なのか首をひねる。

もっと陽が出ている時でもいいのに。

それより、冴子がちゃんとお茶を出せているのかも心配だった。

あ、外国人だからコーヒーか?

私が心配しても仕方が無いし、彼らが居てはシャワーも浴びられないので商売道具の手入れでもすることにした。

聞き耳を立てていたわけじゃないけれど手入れはおざなりに、聞こえる声を耳が拾う。

「わからないか。」

私の耳に入ってくるのは英語ではないので苦笑した。

英語なら少しは話せるけど、その他の言葉で話されると全然分からない。

こういう時は冴子はすごいと思う、意外に英語の他も話せるし。

そのうち会話する声が廊下へ向かうのが分かった。

やっとお帰りらしい、自宅なのに気にしながら自室に篭るのって微妙。

私は玄関の扉が閉まる音を確認してから扉を開けた。

「遊里。」

扉の向こうに冴子がいて、丁度私の部屋の扉を開けるところだったらしい。

「ごめん、お客さん居るの分からなくて。」

「いいわ、別に気にするような客じゃないし。」

「ちゃんとコーヒー入れられた?」

「・・・そっちの心配なの?」

「まあ・・・」

「大丈夫よ、私だってお茶くらい入れられるわ。」

「しかし、なんだってこんな遅くに男二人で訪問なのよ。」

一人は少し年を取ってる紳士、もう一人はガタイがデカマッチョな金髪。

威圧感ありありで見た瞬間びっくりしたわ。

そんなのと渡り合ってる冴子はすごいと感動した。

「謝罪ですって。」

「謝罪?」

私達はリビングに向かって歩く。

「あれって・・・そうなの?! そういえばどこかで見たような顔だと思ったけど」

一瞬、顔を合わせて『あれ?』と思った紳士。

その時は思い出せなかったけど、言われて思い出す。

「セクハラ、マエストロ?!」

「ザクセフォン・ファーガソンっていう名前がちゃんとあるわ。」

そうそう、大仰しい名前だった。

本物が目の前に居たんだ、あれがねぇ。

「次回のコンサートで一緒したいって。」

「冴子は許したの?」

「仕方ないでしょ、私ももう怒ってないし。」

「そうね公の場に一緒に出れば、仲直りしたのも分かるし冴子に来なかった仕事も戻ってくるか。」

「今後は最大限の便宜を払うって。」

それって・・・私は冴子を見る、冴子はにやりと笑っている。

ちょっと何考えてるのよ。

「喰いっぱぐれないってことよね。」

「ホントに謝罪なの?」

なんだか冴子の様子を見てるとそう思えない。

「謝罪よ。まあ今まであんなこと無かったみたいだからショックだったらしいわ。母親に怒られたらしいし。」

「はっ!? 母親?」

「齢93歳の母親に説教されたって言ってたわ、さすがの大物も母親には弱かったのね。」

コロコロと笑ってソファーに座る。

案外、大物は冴子なんじゃないかと私は思う。

仕事は全然無くなったわけじゃなかったし、最終的にはクラシック界の大物を後ろ盾につけたようなものだから。

「めでたしめでたしじゃない、私も安心できるわ。」

やっとお風呂に入れる、ご飯は食べてきたからあとは寝るだけ。

一気に冴子の事もカタがついたしね。

「迷惑かけたわ。」

「いいわよ、大した迷惑じゃないし。お風呂入ってくる。」

私は冴子の髪にキスをしてお風呂場に向かった。


その1ヵ月後、巨匠と冴子は再び競演し話題を提供した。

競演はオケ・関係者意外には知らされず、いきなりその場で発表となった。

巨匠はステージ上で改めて冴子に謝罪したことを報告し、今後は日々仕事にまい進したいと報告するという異例なコンサートとなった。

私はよかったと思っていたのだけれど事はそう私達のいいように運ばなかった。

最近は居なくなっていた取材陣がまた増え始めたのだ。

冴子の仕事も信じられないほどに増え、周辺が騒がしくなった。

「引っ越す?」

カーテンから外を見た私を見て、さすがの取材陣に嫌気がさしたのか冴子は言った。

「もう少し・・・と思えば、面倒くさいわね引越しって。」

荷物をまとめるのも面倒くさいけど、部屋を探すのが面倒。

ここだってかなりいろいろ調べた結果の部屋なのだ。

「じゃあ、そのままね。」

「そのまま。ここも気に入ってるし、私。」

マンションから街中を大きく縦断する一級河川が見える、山の奥の川ではないが夜は川に架かる橋に明かりが灯って綺麗だった。

「次、引っ越す時は海外かしら?」

「冴子がその気ならいいけど。」

「反対しないの?」

「多少、不自由はすると思うけど住めばどこでも都なんじゃない?」

冴子と一緒なら。

「ドイツはいいかも。」

「お師匠の庇護の下?」

本当に、私はどこでも構わないと思っている。

人間必死になれば生きて行くことはできる、なおかつ、支えがあれば。

私の支えは小日向冴子であり、大げさにいう所の”生きる糧”。

こんなことを言うと冴子は、ばっかじゃないと気にも留めないで言い捨ててしまうと思うけどね。

自分が思っている以上に冴子は、私にとって血の繋がった親族より大事な存在なのだ。

「考えてもいいよ。」

私はポンと冴子の肩を叩いてやり残した仕事を片付けに自室へ足を向ける。

「・・・本気?」

ぐっ、と手首を掴まれた。

歩みが止り、引っ張られるような感じで立ち止まった。

「本気。私の都合は冴子の都合、冴子の都合は冴子の都合。」

「なにそれ。」

「私の進退は冴子の、思いのままってこと。」

私がそういうと冴子は眉を少しひそめた。

綺麗な形の整った眉(笑)。

「・・・どうして?」

私の言った事が理解できない? そんなに難しいことは言ったつもりじゃないんだけど。

「私に合わせるの?」

「無理して合わせてるわけじゃないわ、間違わないように。」

「ホントに?」

「私が嘘を言ってるとでも?」

「・・・・・・」

冴子は掴んでいる手首を離した。

「愛してる。」

「えっ」

「しいて言うなら、それが理由かな。」

私は離された手で冴子の項を引き寄せ、髪に口付ける。

「なんで?って思ったでしょ、その答え。」

すべては冴子への愛の為なのだ(笑)。

ちょっと、自分で言っていて恥ずかしいけど。

「譲歩し過ぎじゃないの。」

「それくらい、私の愛情は深いのよ。」

お、少し照れた? 冴子の表情が変わった。

「バカ。」

そう言われ、身体を押される。

テレテレだな、これは。

ここで何か突っ込むと気分を悪くするので何も言わないようにする。

「もう一度、言おうか?」

「・・・いいわよ、一度で。」

さすがに苦笑の冴子、連呼されてもうれしいとは思わないようだ。

私達が引っ越すのはまだまだ先の話。

なかなか、ドラマチックな日常を送っている私と冴子だった。

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