忍び寄る魔の手?
2020年最初の投稿になります。
正月らしい話が無くてすみません、演奏者は年末年始は大活躍なんですけどね(笑)
最近、妙な視線を感じる。
視線に気づいて振り返るけれど、視線の実体を見ることはできない。
不審な人物は見うけられない。
私は写真を撮る方だから、人の動きに対しては敏感に反応できるのにその正体を確認することが出来ないでいた。
「・・・・・」
家に帰って来て、気になったので窓に寄って外を見下ろしてみた。
しかし、そうしたところで私たち部屋は最上階に近いので小さくなった下をはっきりと見ることができなかった。
周りのビルやマンションも気にはなったがまさかと思って注意深くは見なかった。
「どうしたの? 遊里」
「え? ううん、なんでもないわ。」
冴子が私の行動を不思議がって聞いてきた。
夕飯はすでに済ませ、チェロの練習を終えて防音室から出てきたところらしい。
カーテンを閉め、足早にそこから離れた。
用心に越した事はない、・・・何の用心かは考えたくは無いけど。
この生活に波風を立てたくないから。
私はいいけれど、冴子の生活を脅かすことは避けたかった。
人は他人のゴシックに飛びつく。
自分の生活ではない他人の生活に興味があり、他人の事だから無責任に騒ぎ立て、当事者を傷つけることを平気でする。
私と居る事で冴子が傷つくのは見たくない。
「ねえ、遊里。」
私が用意した紅茶が入ったカップを持って聞く、冴子。
座って飲む気はないらしい、行儀が悪いっていつも言っているのに(苦笑)。
「なによ、座って飲んだら?」
「もう寝るからいいのよ。」
私は猫舌だけど、冴子は熱いのは平気だったから飲み干してすぐ寝ることが出来る。
実にうらやましい。
「で、なに?」
「・・・今日、カメラを持った男がマンションの前に居たわ。」
「カメラ?」
”カメラ”という言葉に思わず身体が反応する。
自分でもいつも使っているものなのに、それは別な意味を表す。
「何をしてたの、その男?」
嫌な思いを感じながら聞いた。
「さあ、私を見たらそそくさと逃げたわ。私も変なことに巻き込まれたくないから追わなかったけど。」
「・・・・・・」
「遊里ってば、変な事に巻き込まれてないでしょうね?」
それはこっちのセリフよ、と言いたかったが言わないでおいた。
ちょっと反論するとケンカに発展しそうになるし。
「大丈夫よ。」
「本当でしょうね?」
自分はどうなの?
私は詮索しないから冴子の交友関係は把握してない、冴子も私の交友関係にはつっ込んでこないのでお互い分からない部分もあった。
見えない部分については不可侵で、見える部分については干渉するのが冴子だ。
「・・・ちなみに変な事って何?」
「・・・まあ、色々よ。」
色々って言っても色々あるから(笑)。
「最近、世間にはあっと驚くような話が無いからカメラマンも暇なんじゃないのかしら?」
冴子が立っているから私も座れない、座らないでカップの紅茶を冷ます。
「あまり考えたくないけど、あのカメラマン・・・私たちの事・・・」
「考えられないことも無いわね。」
世にゴシップは多いけど、記者やカメラマン(パパラッチ)の着眼点によるものに左右される。
芸能人の男女、不倫・・・と色々あるけどよもや私達に目を付けるとは。
「まだ、分からないでしょ?」
めずらしく、不安げに冴子は聞いてきた。
「まだね、このマンションの別な人に用があるのかもしれないし、ないのかもしれない。」
「有名人が居るとは思えないけど。」
紅茶を飲んで呟く。
確かに。
ここは一般的なマンションだし、入居者も会って挨拶した限りではごく普通の人たち。
そう考えると、嫌な事だけれど自分達がロックオンされている気がする。
「窓側はあまり行かないほうがいいわ。」
冴子は外じゃクールだから私にじゃれてこないから尻尾は掴めない。
まあ、一緒に住んでいるのを問いただされると答えに窮するけど。
何回か引越しもしたけどかれこれ、8年以上だもの。
不自然といえば不自然だし、勘がいい人だと気づくかも。
「こわい?」
「なにが?」
冴子に聞いたのが間違いでした・・・。
なにが?って聞き返した冴子は怯えた表情も無く、むしろ挑戦を受けて立つ!みたいな雰囲気で。
「いいわ、なんでもない。」
「遊里は恐いの? 私との関係が世間にバレる事が?」
「不安はあるのよ。」
冴子の事を最優先で心配してるのに、この様子だと本人はあまり気にしていない感じで少し拍子抜け。
私の心配し過ぎなの?
「何の不安?」
「冴子がひどい事を言われて傷つくんじゃないかって。」
「私が? 普段の悪評の方がよっぽど傷ついてるわよ。」
吐き捨てるように言う。
「たのもしいわね。」
苦笑する。
「伊達に世間にもまれてきたわけじゃないわ、のんびりチェロだけを弾いてきたわけじゃないのは遊里も見てきたでしょ?」
「見てきたわ。」
「なら、私がどういう人間かもう分かってもいい気がするんだけど。」
「冴子は強いね。」
「弱かったら、くじけて、挫折してチェロだってやってないわ。」
まっすぐ私を見て言う、冴子にはいらぬ心配のようだった。
私だけ勝手に心配して、不安を煽っていただけのよう。
「それより、私は遊里の方が心配な気がするけど。」
「私?」
自分自身では気づかなかった。
冴子の心配ばかりで自分はどうなのか考えなかった。
「大丈夫よ。」
自分自身の不安は無い。
冴子との事がバレたからと言って仕事が完全に無くなるという事は無いと思う。
企業の広告とかの仕事をしていれば嫌な事だけれどイメージで減る事はあるのだろうけれど、引き受けている仕事をしている限りそういったことは無さそうな雰囲気もある。
「ほんとに?」
冴子は一歩踏み出して私の顔を覗きこんできた。
「こんなところで嘘ついてもしょうがないじゃない。」
「遊里が私を心配してくれたように、私も遊里の事を心配してるのよ。」
「冴子。」
いつもは強い態度だけれど、こういう時の冴子は言葉も態度も優しい。
私はそんな冴子のギャップにも惹かれている。
そのままの流れで、私達はくちびるを重ねた。
火が着くのはいつだって些細な事だ。
今回のように、お互いの気持ちを確かめ合った時とか、どちらかが欲した時とか(笑)。
単純と言えば単純なのだけれど。
「部屋も防音にした方がいいと思う?」
火照りが冷めた頃、冴子は少し笑いながら言った。
冗談なのだろう。
「さすがに隣の部屋に越しては来ないでしょ。」
冴子の髪はまた伸びた。
うざったそうにしながらも切る気配は無く、私はほっとしている。
なんでバッサリ切ったのか、今でも理解できないけどまた伸ばしているのは嬉しい。
私は冴子の髪は艶も、長さも触り心地も最高だと思っている。
今まで、出会ったひとの中で。
これは、言わない。
言えないし、恐くて(爆)
髪で、判断してるの!?と、すごい剣幕で抗議されそうだから。
そして、誰と比べてるのよ!とも怒られそうだし。
「いつ、興味を持ったのかしら?」
「まだ、分からないわよ。被写体は・・・」
柔らかい髪に顔を埋めた、シャンプーかトリートメントかのいい香りを吸い込む。
チラリと私を見たものの、冴子は私にそのままにさせた。
もしかしたら毎回するので、呆れているのかもしれない。
「だといいんだけど。」
「大丈夫よ、外ではボロ出してないじゃない。」
天邪鬼な冴子のおかげで、外では至って部屋をシェアしている友人同士にしか見えない。
「とりあえず気をつけるわ。」
「面倒なことになったもんだわ、まったく・・・」
「セリフと行動が一致してないわよ、遊里。」
髪をいじりながら冴子の指を絡めている私に。
「そう? こうしてると落ち着くんだけど、私。」
気にしない、気にしない。
「・・・子供ね。」
「子供だもん。」
と、おどけてみせると冴子はため息を付いて私を見た。
「寝るわ。」
「もう?」
「もう、よ。明日から体力勝負でしょ、私達目当てか分からないけど気は抜けないんだから。」
「冴子って、頼もしすぎ。」
「バカ言ってないで。」
私は冴子を抱き寄せた。
「私より頼りになるねぇ。」
「遊里が頼りにならないからでしょ。」
はいはい、憎まれ口も私の好きな冴子の一つ。
「でも、ちゃんと私が冴子は守るから。」
「・・・どうだか。」
そう言いながらも私に委ねる、言葉とは裏腹な態度に私は彼女を可愛く思う。
前髪を掻き分けて、額にくちづける。
「ねえ、住むのは何も日本じゃなくてもいいんじゃない?」
ふと思う。
人間、必死になればどこででも生きていけるんじゃないかな。
「後ろ向きな発言じゃないの、まだどうか分からないのに。」
「後ろ向きにもなりたくなるわ。」
バレた時のことを考えると頭が痛い。
まだ、分からないことではあるけれど。
「海外だとアニソンが聞けなくなるのと、シジミ汁が飲めないのが困るわ。」
がっくし。
やっぱりアニソンとシジミ汁ありきなのね、冴子。
ネットでも聞けるし、ジャパニーズフードもお取り寄せ可能なのに。
日本にこだわるわけね。
「ま、心配しても仕様が無いか。ボロを出さないようにするしかないようだし。」
「そうそう、心配しすぎて尻尾を出す方がマヌケよ。」
そう言って笑う冴子の手が私の頬に触れた。
寝るといいながら、寝る気配のない冴子を私はベッドに組み敷く。
「愛してる。」
「・・・こそばゆいから、あんまり聞きたくないんだけど。」
せっかく言った愛の言葉なのに!
しかも、冴子ってば本当にかゆそうにしているし。
「なんでよ、心から言ってるのに。」
「分かってるわよ、何度も聞いてるし、疑ってもないわ。」
「なら、”私も・・・”くらい言ってくれてもいいんじゃない?」
熱っぽく言ってくれたら、一気にガバッと襲いかかってしまうのに。
「今、そういう気分じゃないの。そう思えた時にきちんと言ってるわ。」
クールダウン効果・・・(泣)。
いつもの冴子が戻ってきてるし、手ごわすぎ。
「言葉じゃなくても伝わるわよ、遊里の気持ち。」
「ほんと?」
「ほんと。」
腕をほどいて私の首に回す冴子。
「全身で感じるもの。」
「感じる?」
「そう、遊里の想いも気持ちも私に触れた唇や指や手から。」
数秒前、私を突き放したというのに冴子はすぐ私の気を引くようなことを言う。
誘うような微笑は、また私の火をつけた。
「そんな事言うから・・・」
唇を肌に這わせる。
「・・・また?」
私の頭を抱えながら聞いてくる。
「また、よ。 嫌?」
「・・・・・・・」
聞き取れないくらい小さな声が私の耳に届く。
その言葉に私は微笑んだ。