旅行先にて我(冴子)、思う。
二人で旅行に来たけどいきなり1日の終わりから始まりますが冴子と遊里、二人の独特の甘々ぶりをお楽しみ頂けると幸いです。
項に軽く唇が当てられたのを感じた。
そのまま私は後ろから腕を回されて、抱きしめられる。
今日はマフラーを忘れてしまったのでタートルネックのセーターを着ているものの寒い。
しかも、今居る場所がタワーの上っていうのは更に寒いのは当たり前だ。
「誰か来るわよ。」
そのままにさせながら私は遊里に言った。
観光で寄ったその街の名物というタワーの展望台からは眼下の夜景が綺麗に見えている。
ただ、閉館時間が近づいていた今は強風のため私達の他は誰も居なかった。
「誰も来ないでしょ? 来ても閉館を知らせる警備員くらいじゃないの。」
遊里はのんきに言う。
「来たらまずいじゃない。」
「まずい? 平然と『はい、そうですか降りますね♪』って言ってあげればいいと思うけど。」
出かけ先だから遊里はあまり気にしない。
遊里はいいけど、最近私の方が気にしないといけなくなった。
雑誌、演奏活動、果ては音楽番組まで出ざるを得ない状況の私は巷で指名手配犯のごとき認知度が増していた。
仕事があるのも、増えるのもいいけど・・・さすがに気が抜けないのは困る。
外国だったらこんなことで悩まなくてもいいのに。
「冴子のため息はいいね、絵になる。」
ありがたくも無い褒め言葉を遊里から聞かされた。
困っているからつくため息なのに、それを絵になるとは所詮人ごとよね。
「絵にはなっても、私の為にはならないのよ。」
また、私はため息。
私の心を知らない恋人の一言に。
「それはご愁傷様、それより伸びたわね髪。」
「まだちょっとだけよ。」
ばっさり切ってしまった長い髪はやっと肩まで伸びたくらい、遊里には不人気なんだけど。
「どこまで戻すの?」
「さあ。」
どうしようか迷い中、長いと手入れが面倒なんだけど・・・遊里は短いとぶつぶつ言うし。
自分次第と思いながらもつい遊里を気にしてしまう、やっぱり遊里の考えは気にはなる。
屋外に取り付けられたスピーカーから閉館のアナウンスとほたるの光が流れ始めた。
「閉館ね。」
遊里が身体を離す、温かかった身体に風が吹きつけ急に寒くなる。
「今日の夕飯はどうする?」
「食欲があまり・・・」
お昼に食べ歩きすぎたかもしれない、魅惑のフードロードを歩いた。
いつもは食べ歩きなどしないのだけれど久しぶりの旅行でハメを外しすぎたのかも。
「じゃあ、早くホテルに帰る? 温泉付きですって。」
私に手を差し出して遊里が言った。
大浴場の温泉でしょ。
私はあまり大勢の人たちと入るのは苦手だった、遊里は全く気にならないみたいだけど。
まあ、部屋にもユニットバスがあるからいいか。
ホテルに帰ってゆっくりしたい気はする。
「帰るわ、疲れたし。」
「じゃあ、決まりね。」
私が遊里の手を掴んだ時、警備員がやってきて閉館を促した。
「はい、わかりました。」
離そうとした私の手を遊里は離さず、つかんだまま警備員に答える。
「おつかれさまです。」
なおかつ、にっこり笑って通り過ぎた。
警備員も寒い中、窓を閉めていく作業もあるのか私達には関心も持っていないのか振り向きもしなかった。
私は少しホッとする。
必要以上に他人の視線に敏感になっていてちょっとの事でもビクビクしている私。
「大丈夫だったでしょ?」
遊里はウインクする。
「まあね。」
「冴子は気にしすぎよ。」
そう言ったけど、彼女自身が気にしなさ過ぎな気もするけど・・・。
ホテルに戻ると速攻、温泉大浴場へ行った遊里は私の予想より早く部屋に戻って来た。
その早さに、ホントに入ってきたのか疑った私だ。
私も部屋付のお風呂に入って、ドライヤーで髪を乾かしていたのに。
「また、行くからいいの。」
温泉は3回入ることで効果が出てくるというからそういう入り方をするつもりなのだろう。
そして、手には自販機から買ってきたらしいビールが。
「地ビールみたいよ。」
「ふうん。」
確かに見たことの無い銘柄ラベル、商品詳細を見ると地元だ。
「では、では乾杯。」
「お疲れさま。」
よく冷えているのか、私の身体の方がお風呂上りで体温が上がっているのか缶を持つ指先が冷たい。
栓を開けるときもいい音がしたから、美味しさも予想できた。
冷たいビールが喉越しもよく胃に流れ込む、遊里などは一気に半分以上は飲んでしまったようだ。
飲み終わりにはオヤジのように例のセリフだし。
仕事の後の一杯じゃなく、一日の終わりの一杯でソレ?
「温泉はいいし、ビールも良くってもうサイコーよね。」
時間を置いてごろごろとベッドに遊里は転がって言った。
「色々モメて旅行はここにしたけど、良かったじゃない。」
「うん、そうだねえ。美味しい物も食べたし、月曜からがんばれる気がする。」
それは私も同じ、リフレッシュは必要よね。
酔いが思いのほか早く回ってきた、私は自分のベッドに腰を下ろす。
窓からはタワーの上から見たような景色が見えたけれど、部屋の明かりが邪魔して夜景として綺麗には見えない。
「遊里、窓の夜景が見たいから電気を消してもいい?」
「夜景?」
「ずっと見えてたじゃない、気がつかなかったの?」
部屋に入ってすぐに私が綺麗って言ったじゃない。
”温泉”の方に気を取られていて全然目が行かなかったの?
「・・・忘れた・・・いいよ。」
思い出すのも億劫そうに言う。
私は笑ってナイトテーブルにある部屋のスイッチを切った。
窓が暗闇に浮かび上がって、ネオンやLEDが綺麗に見える。
最近じゃ、夜景を楽しむ機会も無いからこの時間を楽しむとしようと思う。
むっくり。
突然、遊里が寝ているベッドから起き上がった。
ベッドに横になっていたのが40分くらい、寝るかと思ってたのに。
「どうしたの?」
「忘れてた。」
「忘れてた?」
「そう。冴子、そっち行ってもいい?」
こっちに来るって・・・。
「もう、遅いわよ。酔っているんでしょ、遊里?」
「大丈夫。」
本当? 呂律が回ってないんだけど。
「おっと・・・」
自分のベッドから立ち上がって隣りの私のベッドによろけるようにダイブしてきた。
身体をコントロールできてないじゃないの、私なんかつぶされたわよ。
「ちょっと、遊里!」
「ゴメン、ゴメン・・・」
そう言いながらどく気配が無い、しかも私の身体を遊里の手が弄り始めた。
「遊里。」
「ダメ?」
強く名前を呼んだので一旦動きを止めた。
「酔っててできるの?」
「冴子の身体なら覚えてるもの。」
両手で上半身を支えながら私を見下ろす、辛うじてまどから差し込むわずかな光で遊里の表情が見れた。
「旅行に来てまで?」
「旅行先だからじゃない・・・ダメ?」
遊里のおねだり攻撃は時に効果的に私を突いてくる、いつもはしないから時々使うと効果覿面だ。
年上なのに、なんでこんなにおねだり上手なのよ。
「冴子が欲しい。」
まだ了承もしていないのに、遊里は唇をローブの合わせ目から覗く私の肌に軽く口付けた。
「フライングじゃない。」
「待てないんだもん、これでも抑えてるんだけど。」
そう言いながらくちびるは止ることも無く、正確に首筋を這う。
ぞわぞわと這い上がって来る何か。
重なった触れ合う肌の部分が熱く熱を帯びた。
「・・・ダメかなぁ、冴子?」
すでにここまでしながら、ダメ押しのように聞くの?
止める気もないくせに。
舌で舐め上げられる。
「んんっ」
ビクリと私は身体を強張らせた。
「こんなに感じてるのに、許してくれないの?」
とうとう、遊里は合わせ目から手を差し入れてきた。
私はローブの上からそれを押さえつける。
「ゆ、遊里。」
「もう、いいよね?」
本当に酔っているのか疑いたくなる。
私への囁きも、普通に言っているように聞こえるし。
「あ・・・んっ」
声が出てしまう。
ゆっくりと揉まれ、突起を刺激される。
「冴子。」
遊里に囁かれるのは好きだった。
慣れているのもあるのだろうけれど、遊里の声はすっと私の中に入ってくる。
愛情や情欲を帯びて。
「愛してる。」
普遍的な言葉。
普段聞いたのならそのまま流す言葉も、ベッドの中では受け入れてしまう。
「分かってる・・・」
「ほんとに?」
私を見つめ、笑う遊里。
「嘘、言ってるの?」
「冴子にはホントのこと言ってる。」
「な・・・」
私が眉を寄せてセリフの真意を確かめようとしようとすると遊里は私の唇を塞いだ。
深く口付けて私に問わせないつもりなのか、唇を離すことができない。
やっと離す事が出来た時、私は息が切れていた。
遊里の手はいつの間にか私のローブすらもはだけさせていて、相変わらずの素早さに苦笑した。
「・・・さっきの、私にはってどういう意味よ。」
「そんな事、言ったっけ?」
私に顔を固定されながら邪魔になった自分のバスローブを脱ぐ遊里。
「言ったでしょ、他にも言ってるって。」
あれはそういう意味じゃないの? ぽろっと出た本音?
「ドキッとした? 時々変わったスパイスを注入した方がマンネリ化しないでしょ?」
私の手を掴んで外し、ニャリと笑う。
してやったり顔をされたので睨んだ。
「怒らないの。ホントに冴子にしか言ってないんだから・・・初対面からずっと私には冴子だけなのに、信用ないかなあ。」
「ああいう事、言うからでしょ。」
人を不安にさせるようなことを。
「もう、信用してよ。」
指を絡められ、また口付けられた。
もう口を挟むことができないくらい、情熱的なキスだった。
次の日の朝は、もう帰る日だった。
1泊2日なんてあっという間、本当はもっと休みたいんだけれど周りがそれを許してくれない。
短い休みでリフレッシュして、また明日から仕事をバリバリこなす日々。
朝からため息が出る。
多分、家に帰ったら気合を入れると思うけど今は面倒くさいだけ。
仕事をしないで優雅に暮らせる方法はないかしら・・・そんなことを考えてしまう。
「なによ、朝からため息なんて。」
ついさっき、温泉から帰ってきた遊里が言った。
よく温まったのか、血行が良さそうに見える。
「リフレッシュも今日までだと思うとちょっとね。」
「休暇のためにまたがんばればいいじゃない。」
「がんばるけど、そう思うまでがしんどいかも。」
「誰でもそうでしょ。」
ま、そうだけど。
長い休み明け、学校に行く学生のようなものかしら。
「それとも寡婦になる?」
「誰の?」
「私の。」
そう言って遊里は身体を寄せて私の髪に口付けてきた。
よくよくキスが好きな遊里。
「私、何も出来ないわよ。」
自慢じゃないけど(苦笑)。
「冴子には何も求めないって。ただ、私の側にいてくれればいいから。」
ね?と笑う。
「どこがいいのよ、私の。」
料理は出来ないし、掃除も滅多にしないし。
その上、言う事は言うし。
「愚問でしょ、そんな事聞くの?」
「・・・言ってみただけ。」
どうせ、”全部”って言うんだから。
私のマイナス部分がいいって物好きよね、遊里って。
でも、ちょっと気持ちが軽くなった気がする。
単純かな。
「今日は古代史跡に行くから、朝ごはんはきちんと食べるのよ。」
「はいはい。」
私は遊里をよけてベッドから出た。
朝は動き出すまでが長くて、困る。
面倒くささが80パーセントくらいを占め、テンションを上げていかないと私は1日の行動を起こせなかった。
歯磨きも、洗顔もやる気無さそうに手を動かしている自分をどうしようもないと思うくらいだもの。
その点、遊里は寝起きも良くって機敏でうらやましいわ。
すでに着替え終わっていた。
チェックアウトの準備も始めているし、さすが。
やっぱり、遊里の寡婦になるのが一番かしら?と思った私だった。