津田遊里。
「お疲れ様でしたー」
元気な声が響く、片付けるスタッフの顔にも笑みがこぼれる。
いや、にやけているといった方が近いか。
「おつかれさま。」
少女達がおのおのの私服で帰ろうとしていた。
この子たちは皆モデルで、今日は雑誌の撮影だった。
「ユウリさんはこの後、お仕事ですか?」
少女たちのうちの一人、呉羽 朋子さんが声をかけてきた。
モデルと言っても派手な感じはなく、むしろ清楚・ドラマや映画で活躍しているような子達だった。
「いえ、片づけが終わったら帰るだけよ。」
片付けながら言う。
私はカメラマンの津田 遊里、雑誌の撮影などを主に仕事としている。
彼女たちとの年齢差は7歳、小学生と社会人くらい差があるかな。
食事のお誘い・おごりかな(笑)
「じゃあ、スィーツでも食べにいきませんか?」
スィーツか、甘いものが好きな少女達のお誘いらしい。
「もしかして、甘いものが苦手とか?」
隣から稲尾 樹里さんが言う、こちらはショートヘアでスポーツ系。
「大好きよ、せっかくのお誘いだからご一緒させてもらうわ。でも片づけが終わるまでもう少し待ってもらえるかしら?」
「はい、外で待ってますので。」
「ごめんなさいね。」
私はそう言って片付けを急いで行う、その時の彼女達がクスクスと笑った理由を私はまだ知らなかった。
スィーツのお店は意外にも若者向けではない場所にあった。
あまりにも意外なのでお店の前で少し立ち止まってしまった。
「ここです、ココ。最初はちょっと入るの勇気がいりますけど。」
「あ、ええ。」
私の手を引き、猿田 みのりさんと一緒に入った。
入るとなるほど、店の中は明るく清潔感がある。
ガラスのショーケースが並び、中には美味しそうなケーキが多数あった。
「ここ、ケーキの美味しい店なんです。」
ガラスケースを覗いて物色中の呉羽さん。
「コーヒーや紅茶も美味しいんですよ。」
ちゃかりもう座っている稲尾さん、猿田さんは私の腕に腕を絡めてあそこに座りましょうと言った。
私たちの他にお客は結構いたけれど、注目は浴びなかった。
この3人は普通にしていても目立つのにと思ったけれど。
最近ダイエットしているのであまりカロリーの高くないゼリー系を私は頼む。
彼女達にダイエットは敵ではないようで、いかにも美味しそうなケーキを頼んだ。
カロリーも糖分も高そうであるが。
話はケーキを食べながら弾んだ、今流行っている話、お笑いの話、カッコいい男子の話。
さすがにジェネレーションギャップは少なかったけど、イマドキの短縮語についていくのは大変だった。
「あ、遊里さんのちょっと欲しいなあー」
私は彼女達の話に夢中になって頼んだゼリーを一口しか食べていなかった。
「いいわよ、どうぞ。」
お皿ごと渡そうとしたら、稲尾さんがくださいとあーんとしてきた。
これはスプーンで口に持っていってくれといってるのか・・・。
「すみません、いなおっちって甘えん坊で。」
「いいわよ、特別に。」
家ならともかく、外でこんな事をした事はなかったけれど彼女達は照れもなく要求するんだから日常の事なのだろう。
「あ-ん。」
雛にえさを遣るような感じに苦笑する。
ぱくり。
昔の高校生だったら考えられない、らしからぬリップで光った唇にゼリーは吸い込まれた。
「おいしーっ、ゼリーもいいかも。」
「え、いいなあ。」
「ちょっと、遊里さんのなくなっちゃうじゃないの。」
3人で私のゼリーについて騒ぎ始める。
「大丈夫よ、食べたいのならあげるわ。まだあるし。」
「本当ですか?じゃ、あーん」
今度は猿田さんが雛鳥に(笑)。
「はい、あーん。」
ぱくり。
食べ方が色っぽくて思わずドキリとする。
「あ、本当。美味しいかも。私も頼もうかなぁ」
「貰ってばっかりだとアレですから、私のどうですか?」
呉羽さんがザッハトルテをすすめる、チョコがいいツヤで光っている。
ここで断るのも雰囲気を悪くしそうなので貰う事にした。
「頂くわ、呉羽さん。」
「はい、どうぞ。」
フォークで切られたザッハトルテが口元に運ばれる、よもや私が今度は雛鳥になろうとは。
まあ、いまさら恥ずかしがる事でもないかと腹を括る。
フォークが口の中に入り、ケーキのほろ苦さが口内に広がった。
「ザッハトルテも美味しいですよね?」
まだ口の中に入っているので頷くだけしかできない、ダイエットしていないのなら全部食べてたけど。
「モンブランも美味しいですよ、遊里さん。」
稲尾さん、なんだか食べさせあいになってしまうような・・・。
喉を湿らせようとコーヒーに手を伸ばそうとした時、猿田さんが言った。
「ケーキ、付いてますよ。」
「え?」
身を乗り出してあろう事か、口の端についていると言ったケーキかすを舌で舐め取ったのだ。
ぺろり。
思わぬ行動に、硬直する。
「ちょっと! さーちゃんってば何してんのよ。」
「何って・・・だって、くーちゃんちゃんと食べさせないんだもの。」
「”かす”くらい手で取りなよ、遊里さんびっくりしてるじゃない。」
「だ、大丈夫よ。少し驚いただけだから。」
本当に驚いた。
まだ成熟していないとはいえこの自分の少女達は成長期なので、無意識的に性アピールすることもある。
写真でも同じような感じが見られるし、もちろん映像にだって映ることもあった。
なんだか、以前にもこんなことあった気がした・・・気がしたけれど思い出せなかった。
「すみません、もうさーちゃんってば誰にでもそうなんだから。」
「誰にでも?」
「そうなんですよ、男の人にもしちゃうんだもん。男の人勘違いしちゃうじゃない。」
呉羽さんが、ぷりぷり自分の事のように怒る。
「別に他意はないのに。」
「他意はなくても勘違いするような事、しないの。」
「手があるんだから、手使いなよ。」
確かに、これは勘違いしそうなシュチュエーションかも。
普通はこんなことしないから、いきなりされたらドキッとしちゃうだろうし。
「それに、ホントに嫌ならしないもん。」
「TPOを考えるの、好き嫌いじゃなくね。」
他の二人から怒られて猿田さんはしゅんとなる。
私はかわいそうになったのでフォローした。
「二人ともそんなに怒らなくても、猿田さん反省したみたいだし、ね?」
「遊里さん~」
「遊里さん!」
二人と一人の反応は随分違ったようだ。
「せっかく、美味しいケーキを食べてるんだから楽しく食べましょう。」
「もうー、遊里さん、優しすぎ。」
「ありがと。」
私は笑って残ったゼリーを食べはじめた、この事件がこのあとに自分の身に降りかかってこようとは・・・。
私は彼女達を各自、近隣の駅まで送った。
呉羽さんと稲尾さんは同じ駅、猿田さんはちょっと遠い私鉄の駅だった。
未成年を安心なところへ送るのは大人の役目である、昨今はぶっそうな事件が多いから用心しないと。
「じゃあ、気をつけてね。」
猿田さんをロータリーで降ろす。
「今日はありがとうございました、誘ったのに奢ってもらっちゃって。」
「いいのよ、撮影でもいいものが撮れたし。」
撮影は簡単そうに見えて意外に体力勝負、ちょっと雰囲気が違うだけで取り直しもあるし私が良くても関係者がNGを出す時もある。
「これ、私のメアドです。」
目の前に渡される名刺、イマドキの子らしくプリクラやデコメってあった。
「あら、いいの?」
いい仕事先のメアドゲットかしら(笑)。
「今度プライベートで写真を撮ってもらえないかと思って。」
「プライベートで? 私に?」
「ダメですか?」
「忙しい時はダメだけど、空いている時なら大丈夫よ。でも、私でいいの?」
こんな話は初めてなので驚く。
「遊里さん言ってたじゃないですか、今は今しかないし。高校生も今年で最後ですから・・・」
「わかったわ、あなたも忙しいと思うから時間が空いたら連絡頂戴。」
そう言って私も名刺を渡した。
「わーカメラマンさんの名刺ですねッ。」
「そんな大したものじゃないわ。」
そんなに有名でもないしね。
「じゃ。」
「ありがとうございました。」
私のアウディが駅から消えるまで彼女は私のバックミラーに映っていた。
それから3ヶ月くらい、仕事に追われる日々が続いた。
猿田さんに名刺を渡した事すら忘れていた頃、私の携帯に猿田さんからメールではなく、電話が入った。
「ゴメン、電話だ。またかけて。」
私はイタリアに居る恋人との電話を切って、猿田さんの電話に出る。
ここで私は選択を間違えたような気がする。
恋人と話していたら今後の展開も変わっていたのかもしれないのに。
「はい、津田です。」
「あ、遊里さんですか。」
「ああ、その声は猿田さんね。」
「以前お話した件なんですけど・・・」
「プライベートで写真を撮るってことね、今週末なら大丈夫よ。あなたは?」
「本当ですか、私も大丈夫です。」
「場所は決まってるの? それとも撮りたい場所とか。」
「決まってます、お金がかからなくてあまり人の目がないところ。」
準備万端だなと思う、気合の入りが違うかも。
「私、足が無いので遊里さんの車で行ってもらえませんか?」
「いいわよ、場所は?」
私はホワイトボードの予定表に書き込んだ。
”ここ”っていったら避暑地よね、別荘かしら。
聞いた場所は有名な避暑地として有名な場所だった。
まさか高校生が指定してくる場所とも思わなかったので少し驚く。
撮影実施日は今週の土曜日、朝早く行かないと日帰りは難しいなあ。
ボードを叩きながら思った。
朝から撮りたかったので撮影日の前日の金曜日に出かけることにした。
最初は話かけてきてくれたけれど、長い道中彼女は寝てしまった。
慣れているとはいえ、売れっ子だから睡眠時間も少ないのだと思う。
CMもよくTVで見るし、映画も1本公開された。
高校生なのに大変ね。
自分の高校生の頃は部活・部活だったけど、彼女たちよりハードじゃなかったわ。
こういう業界に身を置くと、普通では見られないものも見ることがある。
芸能界という一コマも見ることさえできる、ただそれも甘いものばかりじゃない。
何人も涙を流して去っていった子たちも見てきた。
すべての子達にがんばってもらいたいと思う、せっかく夢が半分かなっているというのに。
深夜の高速を走ったので現地には朝の8時くらいに着いた。
朝ごはんにSAで買ったお弁当を食べる。
場所はどうやら猿田さんの家が所有する別荘だった。
話を聞くとどうやら、いいところのお嬢様らしい。
なるほど、だから持ち物もいいものを持っているのか。
高校生では買えないようなブランド物を所持しているのを見ている。
「なんでこんな仕事してるのかって思いますか?」
「え?」
荷物を降ろすのを手伝いながら猿田さんは言う。
「好きだからじゃないの? 生まれとかは関係ないでしょ。」
お嬢様なのに、こんなタレント・モデルなんかしてと思われてでもいるのだろうか。
「みんなそうは思ってくれなくて。」
「思わない人にはそう思わせておいてもいいんじゃない? でも理解してくれる人がいるから今あなたがこの業界にいるのだと思うのだけど。」
「遊里さん。」
「ある意味猿田さんが居る世界は弱肉強食よ、実力が無い人は生きていけない。だからあなたは自信を持ってもいいのよ。」
「そうですよね、ありがとうございます。」
笑顔になってすたすたと機材を運んでくれた。
プライベートとはいえ、記念に残るものなのだから適当にはしたくない。
最低限度の機材のみを持参。
「休憩したら撮るから、コンセプトとか固い事はないので自由に動いてね。」
「はい、ありがとうございます。」
まずは別荘の中か、ロッジ風で古い装具がたくさんあった。
コレはいい感じ、現代っぽくなくて雰囲気もいい。
綺麗に掃除がされているみたいで、埃もない。
こういう場所を借りたらお金が発生するから助かったかも。
「準備できました。」
カメラを準備していると猿田さんが制服を着て出てきた。
「可愛いわね、それを着て学校に行ってるの?」
ブレザーに赤いリボン、フレアスカートは少し短目だった。
「はい。」
顔を赤らめて頷く様子は男子でなくても可愛く見える。
「ここ、結構いいと思うんだけどここからはじめる?」
「わかりました、私のほうで動いていいんですね?」
「時々、注文をつけるかもしれないけどその時はお願いね。」
彼女の自由も尊重するけれど、私も撮る側でいいものを撮りたいその為には少しだけ妥協してもらうこともある。
カシャ、カシャとシャッター音だけが響く。
別荘の他には何も無いので自動車の騒音すらも無い。
さすがに撮られ慣れているのか、動きに迷いがなかった。
それに、以前撮った時より動きも表情も艶がある。
ファインダー越しにドキリとすることも何度もあった。
滑るように隣りの部屋に移動する、プライベートゆえか普段聞けないようなことも聞いてみた。
「彼氏とかは?」
「遊里さんはどうなんですか?」
逆に聞かれるとは、苦笑する。
「ホントに答えたほうがいい?」
「嘘言うつもりだったんですか?」
クルリと回って近寄る。
「うそうそ、居るわよ。今、イタリアなの。」
「イタリア?! 向こうの人なんですか?」
「まさか、日本人よ。」
「へえ、そうなんだ。」
「?」
置物に触れ、立ち止まる。
「遠距離恋愛なんですか?」
また動き出す。
「ちょっと出張中なの。」
あと1ヶ月はイタリアに滞在する予定らしい、事情により帰国が延びてしまったのだ。
「それより、好きなタイプとかは?」
「そんな事聞いて、どうするんですか?」
はにかむ表情もいい。
「そうね、あなたの気分を盛り上げるのもあるけど、私を彼氏に見立てて写真を撮るのも有りでしょ?」
「遊里さんをですか?」
「笑わなくてもいいじゃない、見立てにはならないとは思うけど足しにはなると思うんだけど。」
「見立てになります、遊里さん。」
「そう?じゃあ何か言ってみて。」
「声は映らないですよ。」
階段に登りかけながら。
「声は映らないけど、喋っている言葉は映るのよ、ちゃんと。」
私が言うと首を傾げる、どう違うのか分からないんだろうな(苦笑)。
「難しいですね。」
「言うとおりにやってみたら? 映した写真が証明するわ。」
「魔法使いみたいです。」
「毒りんごは手渡さないけどね、さ、どうぞ。」
ちょっと考えた様子を見せて、猿田さんは階段を駆け上がった。
よ、予想外の行動だわ! 着いて行かないと。
「どこ?」
上がったのはいいけれど部屋が3つ、ドアはどれも開いていた。
鬼ごっこかい・・・。
仕方が無いわ、彼女の仕掛けなら受けないと。
そして、いい写真を撮るわよ!
「ここ?」
一つ目の部屋、本棚がたくさんある。
書斎かな、しかし彼女の影はなかった。
次の部屋へ移動する。
「どこにいるの? 猿田さん?」
二つのベットがある、客室? 壁にはクローゼットがあり、開いていた。
「・・・鬼ごっこは終わり。」
確信を持ってクローゼットを覗いた。
「あ。」
しかし、何もなし。フェイク?!
「残念でした、遊里さん。」
ドアのところから猿田さんの声が。
「だましたのね?」
「彼氏をだましたんですよ、遊里さんじゃありません。」
彼女はにっこり笑ってそこから移動した。
からかわれたの?! こんな手にひっかかるとは。
「ん?」
出ようとして廊下の床にリボンが落ちていた。
「猿田さん、リボンが・・・」
広い、最後の部屋に向かうと待っていたという風に猿田さんが立っていた。
「ありがとう、でもワザと落としておいたの。」
「猿田さん?」
言い回しが少し違う、雰囲気も。
広い部屋は壁にスクリーンがあって、大きなソファーが3つスクリーンを見るように置いてあった。
きっちり着ていたブレザーは前のボタンが外してあり、リボンが無くなった部分はYシャツの第2ボタンまで外してある。
180度、イメージが変わってしまい、色気すらある。
「彼氏ですよね? 遊里さん。」
「・・・・・・」
考えている事が分からないでもない、けどこれは・・・・。
「プライベートでここまでするものじゃないわよ。」
まだ、彼女高校生。
高校生でもグラビア写真を撮る子も居る、だけど残念ながら私はグラビアアイドルを撮る仕事はしていない。
「どうしても撮らないといけないわけでもあるの?」
「撮ってもらいたいんです。今しかないってこの間、遊里さん言いました。」
「言ったわ、でも私が言ったのはこういうことじゃないのよ。」
私が撮りたかったのはさっきまでの純真で生きいきとした猿田さん。
でも、彼女の撮りたい自分は目の前の、もう一人の自分。
「でも、今遊里さんに撮って欲しいんです。多分、もうこんな機会無いし。」
そんな顔で言わないでよ、ちょっとクラッてくるじゃない。
確かに、撮りたいと思わせる映像。
撮ったらすごくいい絵になる、絶対に。
でも、理性が押し留めているのよ。
自分からとはいえ、被写体をひん剥いている写真を撮るのは二の足を踏んでしまう。
「お願い、遊里さん。」
「っ・・・」
その格好で近づかれると困る(汗)。
確かに、公開されることはない写真だし、私と猿田さんしか知りえない写真。
期待を込めた目で見てるし!あー、さっさと終わる撮影のはずがなんでこんなに葛藤しなきゃならないのよ。
・・・もう、分かった! 決めた、決めたッ!
長い時間かけてこんな所まで来たのよ、やる事やって帰らないと後で恨まれるのは嫌だわ。
「分かったわ、撮るわ。」
「えっ。」
「もう乗りかかった船よ、納得がいくまで付き合うわ。」
心の中ではとほほほ・・・だけど。
高校生の甘い言葉にだまされたわ、かわいい顔してまったく。
「続けて。」
私は強く言った。
ここからはお望みどおり、撮ってあげるわよ。
公ではないけど、実は一人だけこういう写真を撮った事がある。
そいつはもっと我侭で、可愛気も無かったけど。
「Yシャツ、スカートから出した方がいいじゃない?」
「シャツ? ブレザーは?」
「ブレザーを脱ぐのは後、出して動いて。」
逃げるように動く、猿田さんを追いかける。
追い回すというより、追いかけるような感じ。
「ソファーの背もたれの上に座れる?」
頷くと自分の思うように座った、足を組むのでただ座るよりはいい。
Yシャツの着崩れ具合もいいかも。
「そのまま横になれる?」
「横に?」
「そう、横に。」
バランスが難しいとは思うけど。
「ここに乗ってはダメですか?」
「跨ぐ感じね。まあそれでも可。」
考えていたのはちょっと違うけど、いいでしょ。
ソファーの背もたれにうつ伏せで、こちらを見る構図でパシャリ。
全然、エロく無いけど表情は良かった。
「次はちゃんと座って、ただ座るんじゃなくて考えてね。どうやったら彼氏の視線を向けさせられるのか」
「はい。」
猿田さんは思わぬ行動に、ソファーに正座したのだ。
そのままブラウスのボタンを一つ外す。
ちらりと覗いていたブラジャーが見え始めた、ここでパシャリ。
「まだちゃんと座ってませんけど・・・」
「いいのよ、それで。続けて頂戴。」
ゆっくりと横に倒れ、正座を解き始める。
座っているのではないけれど、これはいいと思う。
正座をくずすのは難しい、なかなか崩せない様子も撮る。
スカートから覗く太もも、ソックスはアイテムよね。
「STOP、そのままこっちに顔と上半身を向けて。髪はいじらなくてもいいわ。」
真上からソファーに寝るような猿田さんをカシャリ。
髪の乱れ具合もいい感じだけどもうちょっと感情が欲しい気がする。
「気持ち、入る? どんな風に感じる?」
「気持ちですか?」
「そう。」
「遊里さんに何か言って欲しいです。」
「私に?」
「言われたら気持ちが入る気がするんですけど・・・」
「もう、贅沢ね。」
私はソファーの前に跪いた。
「遊里さん?!」
驚く、猿田さん。別に食べないわよ。
「もう少しスカートを上げるわ。」
スカートをそのまま上げるのではなく、少し彼女の太ももに触れてから。
ビクリと反応する。
「そして、ブラウスの前を少し開けるわね。」
乱暴気味にブラウスを開けた。
ちょっとセクハラ気味のような気がするけど、これくらいしないと気持ちも入ってこない。
「どう? 気持ち入りそう?」
一歩間違うと乱暴されそうな気持ちになりそうだけどね。
「・・・・・」
「もっと上げてみる?今度は自分でして。」
私を見ながら彼女は今度は自分でした。
これ以上はギリギリのラインで止める、私は全体を写さずに膝小僧から舐めるように撮る。
「遊里さん。」
「何?」
「私・・・」
「ギブアップ?」
「違います、私・・・」
私は起き上がった猿田さんの唇に手を当てる。
「私はカメラマンだから、それ以外の事はしないわよ。」
キッパリ言った。
以前、こんな雰囲気になったことがある、それと同じ。
彼女は押し黙った。
「あなたに他に目的があったとしても、私は撮るだけ。それ以外には応じない。」
まったく、怖いものなしっていうかなんと言うか・・・。
私が男性のカメラマンでもこういうことをしたのかしら。
「私、遊里さんの事が好きです。」
「ありがと、そんな格好で言われたの初めてだわ。」
カメラを構えながら言う。
「おどろかないんですね。」
「まあ、雰囲気と流れでなんとなくね。それに幾らなんでも普通はこんなことしないでしょ?」
「しないです、遊里さんにだけです。」
「ありがたいわね、でも本当にめぐり会う人に言ったほうがいいわ猿田さん。」
「私は、本気ですけど。」
軽く聞き流されたので彼女はむっつりして起き上がった。
「私もね、ここであなたを受け入れたら恋人に殺されちゃうわ。」
「怖いんですか、恋人って。」
「そりゃあ、もう。勘も鋭くてちょっとの目移りもバレちゃう。」
私はおどけてみせた。
「・・・振られちゃった。」
「ごめんなさいね、気分も下がった? 終わりにする?」
ここまででもいい写真は撮れた、自分で持っている分にはいいと思う。
彼女は少し考えてから何か考えたようにキッと顔を上げた。
「まだ、行けます。」
「・・・何か吹っ切れたような感じだけど・・・」
「ハイ、もう吹っ切れました。」
「・・・そ、そう?」
何か、勢いというものを感じた。
そして一呼吸おいてからの彼女の動きが一変したのだった。
「・・・・・・・」
満足のいく撮影後、彼女は疲れたといって別荘に引いてあるという温泉に入っている。
私はというとドッと更に疲れて車に荷物を積んでいるところだった。
若いって・・・と思わずにはいられない。
はあーっとため息をつきながら、疲労した心身にムチを打つ。
まだ自宅に帰らないといけないのだ、ここで落ちるのはまずい。
あの後の彼女の動きには違いがあった、無計画なものと計算されたもの。
後者は本能的に計算された動き、私を捉えようとする意図があって動いたものだ。
「よく理性がもったものだわ。」
思わず口にする。
今ならおっさんが援交に走る気になるのも分かる気がした。
あんなので迫られたら・・・溜まっているおっさんたちはイチコロだわね。
いつもと違う撮影に、もうしばらくはこういったものは引き受けないと決めた。
大体、二人きりというのが最初からまずい。
その時点で気付けば良かったのだ、私は。
もう終わってしまった事なので今更考えてもしょうがないんだけれど。
バタン!
トランクを閉めた、あとは彼女待ちか。
こんな気分だと、やめてしまったタバコすら吸いたくもなる。
家の中に入って彼女を待つことにした。
「遊里さん、すみません、お待たせしましたー」
30分くらいリビングで待っているといつもの調子の猿田さんが着替えてやって来た。
先ほど私を挑発したことなどなかったような明るい態度に拍子抜けする。
「大丈夫よ。」
「今日は無理言ってすみませんでした。」
頭を下げる。
「どっちの無理? 撮影? 私に好きと迫った事?」
「どっちもです。」
「撮影ならいつでも受けるけどね、あなたにはもっといい人が居るわよ。」
私は車のキーを持って立ち上がった。
「居るかなあ。」
「居るって、なんなら紹介しようか? イトコ。」
「遊里さん似?!」
「・・・・なんで私似なのよ。」
まだ、こだわるの? この子。
「だって、振られても遊里さんまだ好きなんだもんー」
「そういう目で見ない、そんな目で見てもかまわないからね。」
シッシッと追い払う。
「ケチー、恋人にも言わなければバレないですよー」
いや、バレるって。
異様に勘がするどいんだから、動物みたいな勘。
距離があって離れていた方が鋭くなる勘、私には恐ろしくてそんな気にはならない。
「いやいや、遠慮するわ。刺されるの怖いし。」
「そんなに怖いんですか、恋人さんって。」
別荘に鍵をかけ、車に乗り込んだ。
本当はこの車にも乗せたのにも後悔がある、変なところに気が付くし。
「みんな怖いでしょ、好きだからこそよ。だからあなたも早くボーイフレンドを作った方がいいわ。」
「失恋してすぐに恋なんか出来ません。」
ぷーっと助手席でふくれる、猿田さん。
「あなた、可愛いんだから大丈夫よ。」
「ホントですか? シャコウジレイじゃないですよね?」
シャコウジレイって・・・ホントに意味がわかって使っているのかしら、彼女。
「カメラマンの私が褒めてるのよ、嘘は言わないわよ。」
本当に。
ぐっと理性を抑えたのは本当、よくがんばった自分!って褒めてあげたい。
この仕事を続けていく限り、こんな事がまだあるのかと思うとちょっと凹むかも。
私に関係なく自分の言いたい事をマシンガンのように言い続ける猿田さんを横目に私は長い帰路についた。
撮った写真と引き換えに全身の生気を吸い取られたような0泊2日、個人からの依頼は余程困っていない限り、絶対中身を吟味してから引き受けようと思った私だった。