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宿屋に併設された食堂で果実水をご馳走になりつつエルフの少女、アキの話を聞いていた。
「つまり、アキさんが怪我の療養中にパートナーであったナツさんって人が性犯罪者として捕まってた、と」
「仮で組んだパーティーの奴らにはめられたに違いないんです」
「証拠は?」
「……有れば、こんなことになっていません」
頼む立場からか、先ほどの妙なフランクさと語尾を正すが焦りと苛立ちが誰の目からも明らかであった。
「万が一、いやそれすら絶対に有り得ないことですが、仮に魔が差して手を出したとしてもナツなら絶対自分を許せず自害します。そんな馬鹿正直な馬鹿女なんです。それにあいつが私に嘘をつくわけがない。やったならやったとハッキリ言う女なのです」
聞けばアキとナツはここ数年行動を共にハンターとして活動してきたパートナーであるという。
「で、今はハンターギルドの懲罰房に入ってて保釈金と慰謝料が払えないと三日後には奴隷落ち、と」
「なんとしても三百万ジェニンを明後日までに集めなくてはいけないんです」
「今、いくら持ってる」
「二十万ジェニン程です」
「詰んでる」
フユは非情にも断言した。二百八十万ジェニンを今日入れても三日で稼ぐ方法など思い浮かばない。
「金は貸せない」
「ここの宿代すら足りない君らに借りようとは思ってません」
流石に憮然とした声をあげるアキ。フユなりの冗談なのだろうかとシキは苦笑いをしつつ尋ねる。
「だよねぇ。で、何を僕らにして欲しいの?」
保釈金は二百万ジェニー、慰謝料は百万ジェニー、併せて三百万ジェニーが必要だというが自分たちに何ができるの見当もつかなかった。
「あなたたち、正確には貴方のアイテムボックスで助けて欲しいのです。迷宮に付いてきて頂きたい」
「迷宮……実入りは良い……けど、危険」
「あ、そういうのやっぱ有るんだ」
「でもここらに迷宮は無い、はず。一番近い迷宮でも馬車で移動して二日は掛かる」
「それは古い情報です。町から歩いて半刻程度の場所に迷宮が発生したのが確認されたからです」
フユは流石に驚く。迷宮はある日突然現れるという。シキと居たこともあるが情報収集が趣味と実益であるフユは少し落ち込む。
アキの主張は近場の森の中に先日出来たダンジョンに潜り、通常なら取捨選択する拾得物や倒した魔物をアイテムボックスで運んで欲しいとのこと。
レアな素材や魔石、あわよくば迷宮の主を倒せれば十分にお釣りが来るというのである。
「あーなるほどね。フユちゃん、どする?」
「報酬は?」
シキとしては迷宮には興味有るしそもそもフユへの恩返しをせねばとなっているのでフユが首を縦に振れば構わないと思っている。
「ここの宿代は勿論、Dランクのアーチャーと拳闘士の下僕が出来る、でどうでしょう。何なら五年くらい主従契約の術を結んでも構いません」
「え」
この言葉にフユは思考停止する。主従契約術はその名の通り主従関係、それも一般的なものではなく奴隷に近い存在になるということを意味する。
これを結ぶと様々な制約はあるが従者側は主人から逃げることも危害を加えることも精神的にブレーキが掛かり出来なくなる。物理的には逃げられるのだが主人とある一定の距離を離れると精神が不安定になり日常生活にも支障を来すようになる。
その強化された術が奴隷契約術で激痛だけでなくその違反行為の内容によってはその場で悶絶死することとなる。
今のフユはまだF級、シキに至ってはG級である。これはギルドへの貢献度と実力をもって判断されるクラス分けである。
確かにD級ハンターを二人従えることが出来るのなら五年で経験値稼ぎも金を稼ぐことも容易でそれ以上のメリットが有ると言えた。給料も最低限で良い従者を得るのはコストパフォーマンスが良すぎるくらいである。
「正気?」
「はい」
「なぜ。重罪の者は奴隷として売られ鉱山送りか迷宮探索隊に従軍のどちらか。だけど刑期が終われば解放される。それをいくらパートナーだからってあなたまで主従契約を結ぶ理由は」
「性犯罪の場合は五年。一年以上鉱山に入って帰ってこられる人間はほんの一握り、迷宮探索隊など使い潰されて死亡率はほぼ百%。それほど過酷な労働環境です。だから……なんとしても助けなければならないのです。万が一失敗した場合も私だけでも下僕となりましょう」
抑揚の無い口調だが、そこに絶対に覆らないと感じさせる意志が含まれていた。
言い切ったアキにフユは胸を鷲掴みにされた気分であった。友のために己を捧げるエルフ。嘘とは思えなかった。
しかし事はフユの問題だけではない。護衛に付いて行くのは勿論だがシキを迷宮という命の危険が有る場所に連れていかなければならないのだ。
フユが迷っているのを見て取ったシキはアキに問いかける。
「ふむ。ナツさんって人に会える?」
「面会は可能ですが」
「じゃ、実際に会ってから考えようか」
冤罪なら助けてあげたい気持ちもあるけれど実際に会ってみないと実感涌かないよねぇ、とシキはのほほんと考えていた。