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 膨大な容量のアイテムボックス持ちで通常よりストレスの溜まりやすい旅の道中でさえ我が儘どころか愚痴一つ言わないシキに対人経験の少ないフユはともかくアキとナツは驚いていた。


 この世界では女より数が少ないため甘やかされ、ちやほやされて育ちがちな男という生き物はは大なり小なり我が儘なものである、という常識を持っていた二人にとっては嬉しい誤算であった。


 ナツもアキもずっと二人で組んで臨時パーティー以外で男と一緒になることは無かったが、その少ない経験でも男とは王様の如く振る舞っているか女を家畜を見るように見下すかのどちらかであり、客商売が絡むならともかく実力主義であるハンターという世界ではそれが当たり前である。


 二人にとって恩人のシキ。ここ数日共に過ごした印象は妙に穏やかというかのほほんとしており、急に居丈高になるとも思えなかった。それどころか道中の料理の下準備などの雑用を率先してやってくれている。仮にシキがふんぞり返って寝てても誰も文句言わないのにも関わらずだ。


 なんて楽で素敵な男なんだろう。ちょっと変だけど。大分ずれてるけど。


 それがシキに対する三人の評価である。装備や能力においてかなり奇異な面が目に付くものの、それらは全て彼女たちにとってプラスにこそなってもマイナスにはならないので文句が有りようはずもない。

 そして男性が男女比として若干少ないこの世界である。シキの抱える事情・経緯を本人が言いたくなさそうなのに無理に聞いてパーティーから離脱されることこそシキに仄かな想いを抱いてしまっている三人にとって是が非でも避けたい事態である。本人が言うまで追求しないと暗黙の了解が確立していた。


「シキ君、疲れてないかい?」

「だいじょぶ?」

「ぜんぜん大丈夫だよ? ごめんね、夜の番、やらないで」


 四人は荷台が幌付きで幅は約二メル、奥行き四メル程度の小さな馬車を借りこの辺りで一番栄えている街ジュクシーンへと移動していた。

 きっかけはフユの付与効果多数の魔剣、メタルイーター製ショートソードであった。四人の共通認識としてはハンターとして強くなることは必須なことからシキの『解析』スキルで「良い武具探訪の旅」という名のショッピングツアーを第一目標に据えたのである。


 ちなみにナツを填めたパーティーの裁判は滞りなく終わり目出度く奴隷落ちして慰謝料もちゃんと受け取ったので財布的にはかなり余裕がある。


「日中も交代で昼寝してるし三人で回してるから余裕さ」

「アイテムボックス様々。楽」


 リマジーハからジュクシーンへは約三百キル(km)。一頭立ての馬車で通常ならば一日約三十~四十キル進んで七日から十日掛かる計算だ。だが、それは飼い葉やある程度の量の水桶等を積んでの話である。


 シキ達の場合、アイテムボックスに水や餌、食料を入れ込んでいる。さらに通常四、五人用としては小さい荷台の馬車を借りていた。

 寝具と手荷物程度しか荷台に乗せる必要がないため荷台は当然軽く引き馬の足取りもそれに伴い軽い。

 それらの要因で通常より速く、一日に五十キルは進んでおり三日目で既に総距離で言えば折り返し地点に入っていた。


「まず水の心配をしなくて良いってのが助かるさ」

「同意」

「でも、意外と制限あったなぁ」

「シキ君、制限って言ってもむしろその程度なら破格さ」


 シキが言う制限とはアイテムボックスの枠の問題である。意外な穴が有った。


**アイテムボックス**

水入り皮袋(五百ml)×90

干し肉(牛肉 百グラム)×91

乾パン(二百グラム)×91

皮袋(空)×9

空き

空き

空き

空き

空き

空き

==整理整頓=

==ゴミ箱==

************


 例えば水入り皮袋(五百ml)×90だが、これを一個出して少し飲み、またアイテムボックスに戻そうとすると


**アイテムボックス**

水入り皮袋(五百ml)×90

干し肉(牛肉 百グラム)×91

乾パン(二百グラム)×91

水入り皮袋(四百ml)×1

皮袋(空)×9

空き

空き

空き

空き

空き

==整理整頓=

==ゴミ箱==

************


 というようにアイテムボックスの枠が一つ埋まってしまうのである。その上で三百mlまで減らした物をさらに入れ込もうとするとさらに枠を一つ使ってしまう。また水を満タンに入れれば五百mlの枠に戻ることも確認取れたがこれは使用する上で気を付けなくてはならない。


 さらに検証した結果、色や形に関わらず、有る程度の体積・重量が近い物であれば一枠で済ませられるようである。水で言えば大体一割くらいの誤差なら問題ないが、再度取り出した時には五百mlになっているのではなくその減った分はそのままに出た。つまり表記上、運用上は一枠だが実際には誤差を容認しているだけである。

 たとえるなら商店で棚卸しをした際にビールのケース段ボールから一本抜かれた状態でも『一箱』としてカウントしているような状況である。そういう意味では非常にアバウトな検証しか出来なかった。


 あと、アイテムボックス内の物は腐敗しないようである。シキは試しに生肉を部屋に置き、アイテムボックスにも同様に入れたが部屋においた分だけ翌日には灰色に変色し異臭を放って宿の主人にアキとナツが怒られたので確かである。


 何故二人が怒られたかというと、本人からすると特徴の無い顔立ちだがこの世界基準で言えば文句のつけどころがない美男子であるシキに宿の主人はとてもじゃないが恐れ多く怒る気になれず「ちゃんと片づけないあんた達が悪い!」と上二人を叱ることで落ち着いてしまったためである。実験のことは聞いていたしシキが怒られる事は避けたいと思ったナツとアキは頭を下げるばかりであった。シキはシキでいたたまれなくなるのは当然で、二人に謝罪はしたが何か埋め合わせしないと、と考えているところである。


 さて、検証に使った肉だが、アイテムボックスに入れた方は赤々と変わらなかった。少なくともアイテムボックスに入れた物の状態は入れた時点で固定もしくは非常に緩やかに変化しているようである。


 さらには生きている生物は入れられない、シキが片手で持てるサイズ・重量・形状でないとアイテムボックスに入れられない、というのが発見した制限である。


 つまりは水そのものは入れられず、シキが片手で持てるサイズ・形状・重量の水袋なら入れられたのである。片手では持てない物に関してはアイテムボックスに拒まれるようにどうやっても収納することが出来なかった。

 シキの腕力では一つ五リル(リットル)の水袋が最大でそれを九十九個、水屋で購入した。馬車に積み込むフリをして幌の中で隠れてシキはアイテムボックスに水袋を突っ込んでいった。一日では怪しまれるしシキの腕の筋肉がもちそうになかったので三日に分けてそれは行われた。


「五リルの水が九十九個で四百九十五リル。馬は大体一日に十から二十リル、人間は二リル、フユ君ががぶ飲みしたって我々は一日に合計三十リルも有れば十分さ。約半月ももつ水が有るってのは楽だし安心さね」

「水場に一々寄らなくて良いからなぁ。水浴びすら手持ちの水でってかなりの贅沢だがこれは楽だし早いわ」


 四人の馬車は街道を通っていた。時折水場を示す目印の看板が立っているのだが一度も立ち寄らないのは時間的なロスも労力も少なくて済む。

 さらに川の水、生水で寄生虫や中毒に侵される危険がある。そのため大抵の馬車旅では馬には生水を、人間は荷車に積んだ飲料用の水桶から飲むこととなる。しかしそれも飲み干す前に目的地に着くためには何とか補充しなくてはならない。当然の事である。

 計画をしっかり立てイレギュラーな事態に見舞われなければ問題ないだろう。だが、そうでない場合で運が良ければ道中の村や宿場町で新たに水を買えるが、運が悪ければ生水を飲むしかない。せいぜい中毒や寄生虫予防に徹しても煮沸消毒した程度の川の水か湧き水を飲むしかないのである。

 水は現代日本に住んでいれば意識する事もないが、旅人にとっては生命線なのである。


「おや」

「ああ? ……おやおや」

「おやおやさね」

「どしたの?」


 御者をしていたフユが上げた声にそれぞれが反応して前方を見た。


「野盗」

「護衛も苦戦してるな」

「人数多いさね。逃げて迂回しよう」


 即決のアキにシキは「そりゃそうだ」と大人の判断だと口こそ出さなかったが思った。

 しかしナツは身を乗り出した。


「サクっと終わらせるわ」


 そう言い馬車を降りて野盗と被害者らに向かって走り出す。


「……あーあ」


 アキは面倒臭いとばかりにため息をつく。


「まぁ……そうさねぇ」


 しかしアキはアキでこのように方々に首を突っ込み正義感が先走るナツに拾われ、振り回され続けてきたので彼女の行動はむしろ自然であり不思議には思わない。


「ナツ姉ならあの程度、まず余裕」


 旅に出るまでに何度も手合わせしたフユは太鼓判を押す。フユの速度を武器とした戦い方に対してナツは技術と経験で見事五分五分以上に試合って居た。フユは魔物しか相手にしたことが無く対人戦を知らなかったのも大きい。

 魔物に対してはフユの速攻が目立つが対人戦という面でナツはこのメンバーの中で実力経験ともに最強であり、先日の迷宮内でシキに命乞いをさせてしまった件からフユはナツに師事するようになっていた。


「余裕だから面倒なのさ。ナツって息するようにトラブル引き起こすから。今から二人には謝っておくさ」

「はぁ……僕らも仲間になったんだしアキちゃんが謝る必要ないよね」


 苦笑いしながらシキは心配からナツを眼で追うが二十人以上いた野盗はナツに翻弄され、その拳打で次々と地に伏していく。

 豪快なナツの性格が嘘のように、襲い来る相手を受け流す。流麗で無駄の無い動きはまるで演舞のようである。あれならば確かにフユが言うとおり心配など不要であろう。


「同意」


 ナツの実力と共に、明るく豪快、実直な人柄だと感じているフユにとっては姉貴分として既に認識している。トラブルと言われてもナツが起こすのであればそれは共に立ち向かうイベントという認識でしかない。フユはフユでこれまで孤独だった分の反動かどこか浮かれている面は否めない。


「でも、人助けてトラブルは無いんじゃないかな?」

「あの馬車の紋章見るさ」

「剣をくわえた鷲? 立派だねぇ」


 アキの指し示した紋章を見て、シキは認識を改めた。


「あの紋章は確か、西領のものさ」

「なるほど。あ、終わった」

「ナツ姉、良い顔」


 清々しいまでの笑顔で浮かんだ汗をその腕で拭うナツ。

 野盗から助けることが出来た事よりも、暇で欠伸しながら馬車に乗っていたストレスを発散出来たからにしか見えない。

 シキから見ても満面の笑みで思わず見ている方が釣られて笑みを浮かべてしまう邪気の無さである。


「お疲れさま~」

「おう! 超雑魚だったけどな!」


 シキは「いやぁ、面白いねーちゃんだねぇ」と思いつつナツのために水と手ぬぐいを用意する。


「ナツ姉さんや。護衛っぽい人ごと殴り倒してるんだけど、謝るなら早い方が良いさ」

「あ? ……まぁ、助かったんだし細ぇこたぁいいだろ」


 頭痛を堪えるようにこめかみを押さえるアキに思わずフユは「お疲れ様」と労ってしまうのであった。




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