表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

26


 暗闇に包まれた空間に黒尽くめは膝まづいていた。


「ドラゴンか」

「まだ若いな。門番にもならんぞ」

「こんなもので禄を喰むのだから楽なものだ」

「将軍でありながらこれか。恥を知れ恥を」


 黒尽くめは舌打ちを堪える。何もせず部下がもぎ取る果実を味わい批判しかしない。しかし逆らえる存在ではなかった。まだ。

 一通り詰られ大きなため息が漏れるのを堪えた。が、通路に響いて驚く。


「ふぅ……相変わらず年寄りは困ったものねぇ。ウィン、お疲れ様ねぇ」

「フォル、口を慎め……終わったのか?」


 響いたのは同僚のフォルのため息だったと気付く。


「私はねぇ。サマルとスプリーンはまだねぇ。なかなか大きなダンジョンらしいのよねぇ」

「そうか……一度見て来る」

「あらあら。面倒見の良いことねぇ」


 フォルを無視し、ウィンと呼ばれた黒尽くめは次元転移(ワープ)した。




 シキ達四人は武防具屋に居た。シキにとってはこの世界で初めて訪れた街、リマジーハはこの国の首都から馬車で一週間程離れた地方都市である。大森林と肥沃な平原が広がり、この地を納める貴族運営の農業団体によって活用され一万ほどの住人の胃袋を支えていた。同時に恵みの多い大森林には魔物も多く、年がら年中討伐をする必要が有る。有る程度間引かなければ森から溢れ出てくるためである。それは他の野生生物にも同じ事が言え、住人の職業としての猟師にとっても重要な収入源といえた。


 シキ達の今後の方針は買い出しを日中行った後、主に夕食時に相談していたがどう転んでもハンターである面々にとって武具の充実を計ることは当然のことと言える。

 ましてや金はあるし更に数日後にはナツを填めた面々が慰謝料を自身らか他者が払わなくても奴隷落ちにより発生する代金から補填されるので取りっぱぐれもない。


 金は有るのでシキも何か武器か鎧でも、と思い広い店内を眺めた。この町一番の武防具店で高価な筈のガラスのショーケースも有り見応えがあった。


「ガントレットかミトンか……それが問題だ」

「何が違うの?」


 指先から上腕の半ばくらいまでを覆う籠手を眺めながら眉間に皺を寄せ悩むナツに尋ねた。


「ああ、指が五本分かれてるのがガントレット、親指と他の指の二股に分かれてんのがミトンだよ」

「ふーん。重そうだねぇ」

「まぁ重さも威力だからな」


 大きさも様々だがどうやらアキは鋼鉄製のガントレットかミトンかで迷っているらしい。これまでは革のミトンで一輪のロの字型の鉄具を握って殴っていたという。要はメリケンサック一体型手袋である。


「ナツさんが拳闘士な訳だけど、なんで剣とか槍とかの武器使わないの?」

「は?」


 ふと疑問に思っていたことを聞く。


「いや、魔物相手だったらそれこそ剣とか槍とか弓とかの方がリーチあって安全じゃないかなって」


 これは前世でゲームをしていた時にも抱いていた疑問である。ゲームの作り手側からすると単純に兵種ジョブが多い方が戦闘システムとして幅を持たせられるから、という理由でしかないのだがこうやって現実として魔物と戦うという状況にあって尚、篭手などを使うにしても徒手空拳に拘る理由が有るのかとシキは疑問だったのである。


 これが地球であったならば、以前のシキの常識の中でならば、当然シキが正しい。だが、この世界には『ジョブ』が有り『ジョブスキル』が有る。これは武器の重さや鋭さだけでは覆せない威力を生むのである。フユならばそう説明したであろう。そしてアキならばもっと客観的な情報を元に説明したであろう。

 だがナツの場合は違う。


「その方が気持ちいいからな。楽しいぞ? 殴り倒すのって」


 つまりシキは聞く相手を間違えたのである。普通ならドン引きのナツの発言だったがあまりに明るく溌剌とした表情にシキは「あ、そういう趣味なのね」と思わずすんなり納得してしまう。


「とは言っても素手で殴ってると尖った処殴って怪我したり毒受けたりするからな。こういう篭手やガードが必要なんだよ。武器兼防具だな。今のが結構ガタ来てるからさぁ」

「ふーん」


 何気なくシキはスキル『解析』でナツが悩んでいた二つを視た。


 鋼鉄のガントレット:鈍重の呪い

 鋼鉄のミトン:倦怠の呪い


「え?」


 シキは二度見するが結果は変わらない。要は重い、疲れる、ということだろうかと納得しかける。確認のためにその横にある一段見た目の落ちる鈍色の鉄製ガントレットが目に入ったのでそれも『解析』してみる。


「お? これは」


 鉄のガントレット:打突力向上(大)


 呪いも無い。

 鋼鉄のガントレットと両方持ってみるが重さは大して変わらない筈なのに填めてみると鋼鉄のガントレットの方がどうにも重い、というよりも何か全身に重圧が掛かっているような気がしてならない。わずかな差なので勘違いかもしれない、とも思ったが何度も脱着を繰り返すとやがて確信となってくる。

 見た目に多少難が有るものの鉄のガントレットはそんな感覚は受けない。


「ん? 中古だな、これは」

「これにしない?」

「あー」


 シキが勧めるので無碍にも出来ないのだろうがハンターにとって装備品は重要であり妥協し難いのも事実である。

 見た目も格好良く値段を見ても一般的に上質なのは鋼鉄製である。ナツの気持ちも解るが良さそうな方を買って欲しいと思うのは人情。

 シキは店員に聞こえないようナツの耳元で囁く。その一瞬で「あ、なんかデートみたいだ」と妄想し顔を仄かに赤くするナツに当然シキは気付かない。


「『解析』したんだけど鋼鉄製がどっちも呪い有り、こっちは打突力向上(大)付いてるよ」

「何!?」


 ナツは顔色を一変させ驚きの声を上げた。他のスペースでそれぞれの武器を見ていたフユとアキも近寄ってきたのでシキは状況をこそこそと説明した。


「成る程。普通、この位の相場の武器に鑑定はしないさね」


 アキが言うには鑑定スキルは鍛冶士か商人のジョブのスキル持ちしかおらず、持っている割合も多くはない。鑑定料が掛かり普通の店での店頭売りされるレベルではわざわざ鑑定することはないという。商人ジョブの店員が居ても一日にそう何回もスキルを行使出来る訳ではないので買い取りで持ち込まれる物を鑑定するのが優先されるため店頭の物全てを鑑定する訳もないのだ。


 そして普通の量販品や中古品にそういった付加効果の有る物はまず無いというのが常識であり掘り出し物があっても大抵スキル持ちが見つけてオークションや大店に流すものらしい。

 呪い有り装備自体は珍しいと言えば珍しいがそもそも中規模程度までの店売り品を鑑定する物好きはあまり居ない上に余程強い呪いでなければ店に対して不良品だと文句が言えるものでもない。


「シキ、お前本当に便利なスキル持ってんなぁ。効果大って桁一個変わるんじゃね? これ買うわ。うっは~あんがとな。八万ジェニンで付加有りなんて有り得ねぇよ普通」

「大丈夫だとは思うけど万が一違ったらごめんね?」

「いや信じるぜ。つーかこの値段でもし付与効果無くても相場の値段だから損する訳じゃないし、実際使ってみりゃ解るだろ」


 ナツは当初十二万ジェニンの鋼鉄製を買おうとしていたところにそれよりも一桁、百万ジェニンからの相場であろう付与効果有りに出会えた事に狂喜していた。


 勿論まだまだシキの鑑定が正しいかどうかは検証の余地有りだがそもそもシキのブルーマジック自体が未知のものである。商人や鍛冶士のジョブスキル『鑑定』ではなく『解析』とシキが呼んでいるので恐らく違う面も有るのだろう。が、アイテムボックスの容量やシキが二日酔いから復活してから実際に己に対して使って貰ったブルーマジック【ゴブリン】の異常さからもシキが秘める可能性自体に疑う余地はない。


 材質こそ鉄だがそれでも打突力向上(大)は攻撃力を単純に倍増させる、拳闘士にとっては夢のアイテムである。そうそう手放す気は無いが大きな町で仮に鑑定料と証明証を支払ってでも用意して売りに出せば利ざやは相当なもので今即決で買わない手はない。そしてナツが言う通り間違っていても相場通りの値段で買うので損はしないし実際に手に填めて見るとシキの言葉が正しいと確信させる何か予感めいた物を感じたのだ。


「ぼ、ボクのも選んで」


 四種(クォドルプル)でジョブLVの上がりにくいフユにとってより良い武器を持つ事は命題の一つである。自身でもそこそこ武器の善し悪しは解るつもりだが、鍛冶士のジョブはあるものの鑑定スキルまでは無く『何となくでの善し悪し』というふわふわした鑑定眼でしかない。


「その次は私のも頼むさ」


 良い武具を求めるのは当然二種(ダブル)のアキも同じである。


「良いよ。じゃあフユちゃんから。どの辺りの欲しいの?」

「ショートソード。あの辺り。今のずっと使ってるから、切れ味良いの欲しい」


 棚を眺めるも、ナツのガントレットのように付与効果の有る物は見つけられない。


「んー……残念ッ!」

「あぁ」


 そんなに簡単に付与効果有りの掘り出し物が見つかる訳もないと納得しつつも落胆してしまう。


「次の出会いに期待しましょう!」


 がっくりと肩を落とすフユにシキは励ましの言葉を掛ける。


「ん……もうちょっとこれで頑張る」


 フユが腰のショートソードを撫でた。


「結構使い込んでるさね。見せて見せて」

「ん。何年もずっと使ってるから売らない。けどもっと切れ味良いもの有るなら欲しかった」

「刃零れもないし良い品さ。しっかり手入れして大事にしてある」

「おう。道具の手入れは大事だからな。偉いぞフユ」


 褒める二人にフユは首を傾げた。


「手入れ? どうやるの?」

「え、研いだり油引いたり……え?」

「アキ姉が昨晩やってたの?」

「そうさ」

「やったことない」


 シキだけ宿の部屋が別で三人は相部屋である。主にお金に余裕はあるものの大金を持ち歩いているので三人が相部屋なのは防犯の意味もあった。シキが一人部屋なのは男女別れなければ精神衛生上危険だからである。

 その相部屋でアキが短刀を夜に手入れしているのをフユは見ていた。


「おいおい、フユ。そもそもお前鍛冶士だろ? 研ぎ石とかでやるだろ普通」

四種(クォドルプル)だから鍛冶士と名乗るのも恥ずかしい。砥いだことない」

「店任せかい? そりゃお金掛かるさ」

「お前、【ジェニン投げ】使うわ手入れは外注だわじゃそりゃあ万年金欠で当たり前だろ」

「頼んだこともない」


 ならこのショートソードはなんだ? とナツとアキは半ば呆れつつフユを見る。手入れもせずどうやってこの状態を維持するのかと理解出来ない。危うく「まぁ子供が言うことだからな」で済まされそうになった段階でシキはフユのショートソードを『解析』した。その結果を見てとある悪戯を思いつく。


「フユちゃんに一つ残念なお知らせがございます」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ