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 シキの二日酔いは二日目どころか文字通りの二日間残り三日目にしてやっと軽い頭痛にまで回復した。


「フユちゃん、あれは人間の飲み物じゃないよ」


 地獄の苦しみからの回復後、第一声はこれであった。


「そりゃドワーフ用みたいなもんだからな。こいつらと同じ飲み方したら一撃だろ」

「あんなのドワーフ以外には酒じゃなく燃料さ燃料。私なら着火材かファイアーマジック代わりに使うさ」


 朝食後の茶を楽しむナツとアキは共に苦笑する。それでも止めなかったのはあまりにナチュラルにシキが注文するものだから大丈夫なのかと何故か思ってしまったからで悪気はなかった。


「え? ドワーフって、フユちゃんが?」

「ああ、シキ君。フユ君は見た目はドワーフっぽくないけど鍛冶士ってジョブはドワーフ特有のジョブさ」

「特有?」

「そ。コロボックルが細工師、エルフが精霊使いって具合にね。その種族にのみ発現するジョブで全員が全員それになる訳じゃないけど種族特有のジョブはそれなりに居るのさ。私はアーチャーと精霊使いの二種(ダブル)って言ったときにフユ君も四種(クォドルプル)でその内の一つが鍛冶士って言ってたさ。だからフユ君がドワーフ族だって私は気付いてた訳」


 目の前に座って黙々と朝から山盛りの肉とパンを頬張る少女を改めて見るが、どう見ても華奢な体と人形のように整った顔立ちで「どこがドワーフやねん? 身長以外どっちか言うとエルフやん」とシキは何故か似非関西弁で言いたくなるが堪える。


「じゃあ、ドワーフ以外鍛冶士になれないの?」

「お金を稼ぐ職業としては成れるし武器も防具も包丁も鍋も鍛錬すれば作れるけどジョブにはならないからスキル補正が付きにくかったりジョブ有りよりも腕が上がりにくいだけ。むしろそういうドワーフの鍛冶士以外のが一般的に売られてる物さ。鍛冶士が作った物なら鍋釜だってお値段倍増さね」

「俺らコロボックル族にも普通に居るぞ。ブラックマジシャンで鍛冶で食ってる奴とか。火入れが便利とか言ってたな。まぁ力無いから細かい物中心になりがちみたいだがそれはそれで需要あるんだとよ」

「あ、ごめん。今なんか違和感があったんだけど。ホットティーをアイスで注文する感じの」


 シキの違和感は尤もである。ナツが今、俺らコロボックル族、と自己紹介を絡めて来た部分に名状しがたい何かを感じたのである。


「ああ。この脳筋女、こんなデカいなりしてコロボックル族さ。普通のコロボックル族はフユ君より頭一つ小さくて成人サイズさね」

「ナツ姉、コロボックルなのにでかい」

「ドワーフの癖に細いフユに言われたくないんだが」


 どうやら一風変わった面子のようだとシキは感じて一応アキにも問いかけた。


「で、アキさんはどんな変わったエルフさんなの?」

「え……見たままさ」

「ん? 見たまま?」


 シキは首を傾げるが苦虫を噛んだような表情のアキと気まずそうなフユとナツを前に更にシキは首を捻る。首が捻挫しそうな程捻る。


「シキ、まぁ、大事なのは中身だと思うんだ」

「え、そりゃ勿論そうだよね?」


 意を決し諭すようなナツにシキは頷くが意図するところが全く見えない。


「あぁ……自分で言うのも苦しいさ。フユ君、頼むさ」

「食事中。パス」

「食べ終わってるじゃないのさ」

「おかわり。同じの三皿」


 我関せずと店員に注文するフユ。どこにそれだけの食料が入るのかと一瞬思考を奪われるが謎は謎のままでいいのか判断が付かないシキは答えを待つ。勿論フユの食事量の事ではなくアキのエルフらしからぬ点についてだ。ここで誤魔化そうとするならそれに乗るしそうでないなら素直に聞く所存である。


「ナツ姉、頼むさ」

「初めての姉呼ばわりがこのタイミングってお前鬼だなぁ……まぁ、しゃーねぇ、解ったよ」


 元々姉御肌のナツは世間知らずなシキにも解るように噛み砕いて説明を試みる。


「シキ、エルフってのは基本的に美形揃いだ」

「うん。それで?」

「あー……つまり、そういう事だ」


 急に日和った。ナツは基本的に言動は粗暴だがその実思いやり溢れた優しい性格なのが仇を成した。


「ん? どゆこと?」

「いや、だからな、エルフってのは他の種族から見て美形揃いなんだよ」

「うん、それは解った。ていうか僕の中でもエルフって美形揃いってイメージだけど。で、アキさんの変わってるところって?」

「シキ君……君は可愛い顔してなんて残酷な悪魔なのさ」

「え、なんで!?」


 ここに至って三者三様の反応を見せた。当事者のアキは嘆き、ナツは困惑し、フユだけが理解した。


「あふぃふぇ、ふぉふぁい」

「ふぇ?」


 既に半泣きのアキの肩をポンと叩きつつも租借しながら話そうとするフユ。


「いや、フユ。お前食うのか話すのかどっちかにしろよ。行儀悪いだろが」

「ん」


 ナツに咎められそれも尤もだと口の中の食べ物を飲み込む。そしてまた無表情ながらに目を輝かせて美味しそうにステーキ肉を頬張る。非常に美味しそうに食べる。食べる。また食べる。そして食べる。


「いや食ってねぇでまずは説明しろよ!」

「フユちゃん今の流れで食べるのは如何なものだろう」

「そ、そうさ。ふぉふぁいって何さ?」


 目の前の湯気立つ食事を悔しげに睨むフユ。フユはシキと出会うまでそこまで余裕が無く基本的に万年欠食児童状態だったので食に対する執着が強かった。が、今は我慢である。


「アキ姉、誤解。お兄ちゃん、多分美的感覚が変」


 そしてまた肉を頬張った。ちなみにナツ・アキ・シキ・フユの家族的序列はここ二日で完成していたためフユはシキをお兄ちゃんと呼ぶようになった。シキはシキでそう呼ばれるのは当然の如くウェルカムである。


「は?」

「ん? そんなことないと思うけど、どうして今そんな話になるの?」

「いやいやいや、どういうこった?」


 首を傾げる三人に構わず役目は果たしたとばかりに肉をかじる。肉汁が溢れフユは幸せを感じる。


「一度食べるの止めるっ! これは姉としての命令さ!」


 涙溢れ血走った目のアキに恐怖を覚え一端ナイフとフォークを置いた、ではなく皿の上に落としてしまった。あまりの必死さと経緯に仕方ない、とフユは説明、というよりもシキに証明して貰うことにした。


「えと、フユちゃん、どゆこと?」

「お兄ちゃん、僕って不細工?」

「え、何言ってんの? 超絶可愛いよ?」

「ナツ姉は?」

「綺麗だし格好良いね。健康美って感じ」

「アキ姉は?」

「THE・エルフって感じで美人だよね」


 そこでやっとアキもナツも理解した。


「いや、あー、シキ。本気で言ってるのか?」


 拗ねたかのような表情だが頬を紅潮させつつナツは尋ねる。


「本気だけど」


 シキからするとこんな美少女達に囲まれ嘘をつく理由はない。


「シキ君……君は天使さ」


 意図せず手のひら返しク~ルクルである。


「え? なんでそうなんの?」

「ああ、えーと。シキ、肉食うか? 俺の余りで良ければ食え」


 先日の打ち上げは別として見た目の割りにあまり食べないアキだが食べられないという訳ではない。前衛として動き回る身でフユとは違い成長期も終えているので動きが鈍らないようにある程度食事制限をしている。フユはフユでスピードを生かすタイプだが燃費がとことん悪いので食べられるときに食べておくという本能に従ってしまいがちである。


「ありがと、でももうお腹一杯だから良いや……えーと? つまりはどゆこと?」

「貰う」

「まだ食うのかよ」

「育ち盛り」


 ナツから肉の乗った皿をちゃっかり奪い口に運ぶ。胃袋の底の知れないドワーフである。フォーク鷲掴みでマナーも何も無いが異様に幸せそうな空気が駄々漏れで誰も指摘する気にならない。


「今のままの……シキ君で居て欲しいのさ」

「う、うん? 悲しくて泣いてるんじゃないってことで良い?」

「これは嬉し泣きさっ」


 フユの食欲を前にしても目もくれず、ただ感無量と言った様子で言葉を涙と共に絞り出すアキにシキは引きつつも取り敢えず頷いておく。


「だな。お前は今のままで居てくれ」

「ふぉぅい」


 フユはまた口一杯に肉を詰め込んでいたが、いつもの「同意」と言いたいらしいと三人は理解した。迷宮からこっち、すっかり食いしん坊キャラになってしまった。


 流石に本人達からそれ以上の説明をわざわざしないが、ナツ・アキ・フユはこの世界において中々居ないと言って差し支えないレベルの不細工揃いである。


 ひとまずこれ以上の追求は宜しくないだろうと空気だけは読めるシキはお茶を啜った。


 シキが己の美醜感覚とこの世界のそれがほぼ真逆なのだと理解するのはまだまだ先のこととなる。

 一見シキの察しが悪すぎるようにも見えるが、人間というのは得てして己の常識というのを疑ったり捨て去ったりするのが極めて困難な生き物であるからしてこの美醜感覚の差異については一概にシキが鈍感とも言えないのである。



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