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夜が明けてハンターギルドが開く時間帯に三人揃って建物に入るとすぐに声を掛けられた。
「居た!」
「天使様!」
「昨日は有り難う御座いました!」
「うわっ……あ、昨日の」
入ってすぐに声を掛けてきたのは迷宮で助けた四人組の少女達であった。
「無事に帰れたようで良かったね」
「お陰様で。お二人も有り難う御座います」
「ん」
「私は何もしてないさ」
少女達のリーダーなのか見るからにホワイトマジシャンのエマと呼ばれていた少女が重ねて礼を言った。
「私たちが所属する軍団の幹部が礼をしたいと言っておりましたのでちょっとだけお時間頂けませんでしょうか。もうちょっとで来るかと思いますので」
「軍団? どこの軍団さ?」
軍団とはパーティーの複合体である。リーダー格の上位組織となるパーティーを定め、下位組織となるパーティーを連ねていくのが通常である。命令系統やパーティー序列はその軍団次第で大きく変わるが基本は上位組織となるパーティーが下位パーティーを従えることに変わりはない。
エマ達のパーティーは所属する軍団の下位組織だという。
この町は中規模というには大分寂しく軍団が居座るなり遠征なりで来れば流石にアキやフユの耳に入るのに知らなかったため二人は首を傾げたのである。
「紅兵団です。私たちは新たに出来た昨日の迷宮への先遣隊だったんです」
「マジ?」
「え、嘘?」
フユとアキは文字通り後ずさった。
「あ、有名なとこなの?」
「え、知らないんですか!?」
「あ、この人ちょっと常識ないだけさ」
酷い言われようだが否定出来ないのでシキは曖昧に笑みを浮かべた。
「紅兵団はこの国でも五本の指に入る有名どころさ」
「軍団長は単騎での鬼殺しとして有名」
アキとフユの解説に今一凄さは解らないものの鬼殺しという酒銘的語感に説得力を感じたので感心したように頷いておくシキ。解らないときは取り敢えず笑顔で頷く、がブラック企業戦士の標準ジョブスキルである。
「まぁ私たちは新入りの最下層で殆どお目に掛かった事もないですけどね」
千人を越える軍団だという。その軍団の幹部が直々に礼を言いに来るというのだから恐れ多いというよりもトラブルに巻き込まれないかとアキもフユも渋い顔になっていた。
「失礼。エマ、その方達か?」
「トシ様。お待ちしておりました。はい、こちらの方々に助けて頂きました」
そうこうする内に話しかけてきたのはローブを羽織った長身の男性。眼鏡作る技術は有るのね、とシキは眠気満載の頭で益体もないことを考える。その眼鏡の奥は吊り目で鋭く、ユルいシキとは対極的な印象を与える美男子であった。思わずアキは口笛を吹きそうになったが必死に堪え、フユは鋭い視線を受けて思わずシキのそばに一歩寄る。
「私は紅兵団の管理部、トシというものだ。あなた方にこの四人が助けられたと聞き礼に参った次第」
慇懃無礼とはまさにこれだ、とばかりの態度であるが不思議と不快感はなかった。
「ご丁寧にどうも。ただいきなりでなんですけど昨日言った通りお礼とか別に結構です。それに僕らはちょっと大事な用があってここに来てますので」
「不躾で申し訳ないですがこちらはこちらで重要案件なので」
アキは余所行きの言葉使いでシキに追随し受付カウンターを気にする。アキとしては礼云々よりも早くナツの釈放手続きを済ませたかった。釈放金と慰謝料を払えばすぐに釈放という訳ではなく早くて翌日である。処理のタイミングによってはもう一日延びる可能性だってあるのでさっさと終わらせたかった。
「ふむ。邪魔だてし申し訳ない。だが我々も礼は不要と言われてはいそうですかと引き下がる訳にもいかなくてね。その用の後にでも時間を貰えると助かるのだが」
「終わった後なら良いですよ。そんなに時間掛からないと思いますのでちょっとお待ち頂けますか」
「承知した」
シキ達三人は紅兵団の五人を背後に待たせ受付でナツの釈放手続きを行う。
「とんでもない容量だな」
「トシ様、勧誘した方が」
「礼が先だ」
背後からシキが次々出す魔石に驚きの声があがり即座に勧誘すべきだとエマが囁くのをフユとアキだけが聞き取り焦った。シキにアイテムボックスから直接出させるような真似をさせず宿かどこかで出させて鞄で運べば良かったと後悔するも後の祭り。元々先日の薬草の一件からもシキのアイテムボックスの容量の多さは噂になっているので今更でもあるが。
「もう先日発生の迷宮踏破したんですか。町に近いので助かります。お疲れさまでした。はい、では魔石と魔結晶で保釈金と慰謝料の支払いですね。差額をお持ちしますのでしばらくお待ち下さい」
受付嬢の言葉にギルド内にどよめきが起こった。「もう攻略したのか!?」「うっそ、俺ら今日行くつもりだったのに!」「ちょっと遠いが森行くしかねぇか」などの声があがる。
とにかく目立っている事に気が気でないシキだがどうしようもない。
「あの子、凄いんですよ。ブラックマンティス二匹、気付いたら倒してましたもん」
「でもまさか一日で攻略するとは思いませんでした」
「ブラックマンティスニ体瞬殺する腕前なら出来立ての迷宮攻略など造作もなかろう。折角情報掴んで速攻でお前ら派遣したのが水の泡だ」
後ろでエマ達への説教が始まりシキの寝不足な脳味噌の不快指数が高まったが「まぁ運が良かっただけだが生き残ったのは上出来だ。無駄に死ぬなよ」とのツンデレな言葉に思わず驚きつつ和んでしまった。トシという男は部下でもあるエマ達にとって酷い上司ではないようだとエマ達の様子からもシキは察した。
「ふぅ。これでひとまず安心さ」
「釈放は明日って聞こえた」
フユは地獄耳を持っているようだ。奥の受付嬢とその上司らしき人の会話が聞こえているようである。
「犯罪者の釈放とは、穏やかじゃないな」
トシはアキ達の手続きが犯罪者の釈放を目的としたものと見て取れた。
「仲間が填められましてね。そんなこと死んでもやらないようなオリハルコン製棍棒並に真っ直ぐで硬い脳筋女なんで絶対冤罪なんです。その馬鹿助ける金稼ぐため迷宮に潜ってました」
「美人局か?」
「いえ、馬鹿が一人で仮入したパーティの男子メンバーに強制猥褻したと」
「ふむ。男が一人で仮で入るなら解るが逆で強制猥褻を実行するというのは少し考え難いな」
流行の手口なのだろうか、それにしても手口が、と首を傾げるトシにエマは耳元で何やら囁く。
「ほう。その強制猥褻されたという男の名はデーブだったりしないか?」
「は? そう、ですが」
まさにその冤罪を仕立て上げた犯人の一味、それも被害者とされる男の名前が出たことに驚く。
「エマ、説明を」
「はい。私たちパーティーはこの町への派遣を命ぜられる前はトナリー町で、その前はサラニ町、さらにその前はチーカク町で迷宮の探索や依頼を受けてました。その際に軍団報告用の情報にデーブという名の裁判記録が妙に多かったのです」
紅兵団はあまりに巨大な組織で一つの都市に納まらないため下位組織を国中に散らして配置している。軍団に加盟しているパーティーは軍団への上納金か情報収集と報告を行うことによって加盟が許されているのだという。
情報収集の内容は多岐に渡るが取り分けハンターギルド内の噂話や揉めごと、裁判などはメジャーな報告内容であった。
「デーブというのが同名であってもちょっと多すぎるかと。恐らく町を流れて強制猥褻で慰謝料を奪って回っているのではないかと思われます」
「はぁ……まぁ、流れのパーティーなのは私も脳筋女も同じですけどね。強制猥褻で慰謝料稼いでたとしても証明する術が無いです」
アキからすると今そんなことを言われても、というのが素直な感想であった。
「君たち、謝礼のための時間を頂くのは明日改めてで宜しいかな。釈放されるのも明日だろう?」
悪そうな笑みを浮かべたトシの言葉に頷くしかない三人であった。




