前門の虎、後門の狼
港街バスラ、交易と漁で栄える、活気のある街だと聞いていた。
だが目の前にある光景はその真逆であった。
陰気で活気がなく、道行く人は力なく肩を落としている。そして皆、目には生気が感じられなかった。
「どうしたのかしらね?」
クリスティナがこの光景をみて、首を傾げている。
そもそも街に入る検問も、なかなか手続きが通らなかった。
クリスティナが切れて、クロノクロスの紋章を見せて無理やり通ってきたようなものだ。
今も護衛と称して、剣呑な連中が着いてきている。
十中八九、監視だろうね。
「し・・・新鮮な魚介類が無いのデース?」
食料品を売っている露天商を覗いていたピエールさんが、この世の終わりのような顔をしている。
ピエールさんがそんな顔をすると、本当にこの世の終わりのような気がするのでやめていだだきたい。
ハク達は、とりあえず一番大きなホテルに宿をとり、裏に馬車をつなげる。
ホテルはガラガラで、主人も意気消沈している感じだった。
「主人、この街でなにがあった?」
ハクが宿の主人へ話しかける。
主人の目が泳いだ、護衛と称する者たちをちらちらと見ている。
これは、聞き出せる状況ではない。
「話を変えようか、主人、太公望って名前に聞き覚えはないか?多分東方の人間だとおもうんだが」
「太公望ですか?そのような名前は聞いた事はありませんね。お役に立てず、すみません」
主人は腕を組み考えているが、記憶にはないようだ。
「ですが・・・東方の人間なら、半年前ぐらいからこの街におります。変わったお方のようで私どもの耳にも届いております」
やはり変わった人間なのか。
「どのへんに行けば、そいつ会える?」
「そうですね・・・件のものは夜になれば酒場にあらわれ、馬鹿話をしているそうですが・・・」
ハクはクロクロに耳打ちをする。
「太公望の件は俺に任せろ。お前は領主のところに行き、この街のことを聞き出せ」
クロクロは静かに頷く。
「お姉さま、領主様の所に、ご挨拶に行きましょう」
「ん?ちょうどいいわ、すこしストレスがたまってたのよね」
クリスティナが物騒な事を言っている。
「アオイ、あいつら頼めるか?」
「あの監視?いいよぉ?おもいっきり絞りとっておくよぉ」
なにを絞る取るのかは聞かない。聞きたくない。
アオイはスキップしながら、監視のいる所に向かっていった。
なにかボソボソ喋った後、監視と一緒にどこかに消えていった。
監視の鼻の下が伸びていたが、とりあえず手を合わせるハクであった。
「ドラン、一緒に酒場に行くぞ」
「おぉ、酒か!行くぞい」
「アカネはどうするー?」
「子犬と遊んでるキルー」
アカネはいつものように子犬を頭に載せている。
「分かった、それじゃ行ってくるわ」
ピエールさんも露天を回るらしく、誰にも気付かれずにそっと出て行った。
忍者かあなたは・・・
「料理人デース」
・・・
魔王は部屋に入ると、転送ゲートを開きどこかに消えて行った。
「あれ?師匠、先に入ったはずなのになんでいないのかな?」
その後に入ってきたミリが、不思議な顔をしていた。
「そのうち戻ってくるかな?ミリも子犬と遊ぶかな!」
ミリは部屋をぐるりと一周すると、パタパタと部屋を出て行った。
ハクは普段のローブ姿から、普通の街の人間の格好になっており、目立つモノクルも外してある。
ドランと一緒に数件の酒場をはしごすると、件の東方の人間を見つけた。
頭の禿げ上がった50前後の男が正座させられていた。
彼はこの街の領主である。
クロクロが、それをジト目で見下ろしている。
クリスティナは、倒れている領主の配下の男達を積み上げていた。
とりあえず呻いてはいるので死んではいないらしい。
「この程度の連中で、クロノクロスの聖女と白銀戦姫をどうにかしようとか甘いわよ?」
領主は、のこのことやって来た、クロクロとクリスティナを捕らえようとしたようだ。
うら若き女性二人なので甘く見たのだろう。
「・・・龍ですよ」
領主が、魚が死んだような目でこたえる。
「この街の沖合に、半年位前から巨大な龍が居座ってるんです。海に船を出すと、その龍に問答無用に沈められるので、今は漁も交易も出来やしない・・・このままではこの街は終わってしまう」
「討伐隊は出したの?」
領主の配下の男達を積み終えたクリスティナが聞く。
「出しました!私はこれでも、領民からは良い領主と言われてたんだ」
自分から良い人って言う人間は、あんまり信用はならない。
たぶん、自分の船が沈められたかなにかしたのだろう。
「ですが、龍にはまったく刃が立たたず、討伐隊は全滅しました。それどころか、私の要請で、この国の軍も何度か討伐に動いたのですが、それすらも皆返り討ちに・・・」
領主は目を伏せた。
小声で「あの役立たず共」とか言っている。
龍のことは、クロクロやクリスティナの母国であるクロノクロス帝国では聞いた覚えはなかった。
帝国と、この国は隣国というわけではない。間に何個かの小国を挟んでいる。
敵対状態ではないものの、とりたてて友好というわけでもないという微妙な立場だ。
だが半年もあれば、噂くらいは流れてくるはずだ。
噂すら無いということは、この国が大規模な情報統制を行ってるのだろう。
この国としては国軍が魔物相手に敗退を繰り返している事を他国に知られると、国防的にも危うくなりかねない。
へたすれば、他国や敵対する民族からの侵攻を呼び寄せることになる。
手っ取り早く考えられるのは街の封鎖。
海は龍が出るので海から街から抜け出せる人間はいない。
街から出る門をさえ閉じれば良いのである。
検問が異常に厳しかったのはそのせいか。
検問から護衛として来た人間は領主の差金ではなく、国から派遣された人間だったようだ。
国がこの情報を制限してるとなると、この街を出るのに一悶着発生しそうである。
ヘタすれば、この国の軍が出てくる可能性がある。
「前門の虎、後門の狼といったところですわね」
「龍と軍だと、どっちのほうが楽かしらね」
クリスティナの通り名は白銀戦姫です。
やらかしてないので意外にまともです・・・いや・・・やらかしてるから戦姫なのか。




