扉をぶち破る物
派手な打撃音が響き渡り、開けることも壊すことも不可能だったはずのアダマンタインの扉が、見るも無残にひしゃげ、ぶっ飛ぶ。
同時に扉の破壊に使ったとおもしき、黒く巨大な物体が勢い良く飛び込んでくる、その物体は床を深く削り粉砕しながら直進し、魔王の机を半壊させてやっと停止する。
衝撃で、机に積んであった大量の書類が宙に舞い、ちょっと幻想的な感じになっていた。
「ナッ!?」
扉を破壊し飛び込んできた物を見ると、それは頑丈な鎖で幾重にも厳重に封印された、黒く大きな金属製の棺桶であった。
魔王はあまりの出来事に反応が出来ず、呆然と立ち尽くす。
「よーし、開いたぞー」
気が抜けるようなのんびりした男の声とともに、部屋に四人の人間が闖入してくる。
配下の魔族ではない、男一人、女三人の見知らぬ人族である。
さっきの会話の者達だろう。
「キ、キサマラ、何者ジャ!?」
魔王は強い口調で彼らに問う。
それに男がうやうやしく礼をしながら、微笑み答える。
「通りすがりの勇者パーティです、どうぞお見知りおきを魔王様」
その男は細身で長身の二十歳前後の若い男で、白色のローブを着いる。
切れ長の目をしており、三白眼気味の瞳の色は灰色、左目には学者のようなモノクルをかけている。
知的で落ち着いた顔つきで、きちんと切りそろえられた髪の色は灰色、全体的な雰囲気から魔術師か賢者にみえる。
「勇者パーティジャト?我ヲ滅シニキタノカ?マサカ、ソノ棺桶ハ我ヲ入レル物カ?」
魔王はうろたえる。
「いやぁ、路銀が少なくなったので、目についた魔物の城から、ちょっと宝を分捕ろうかと」
勇者パーティという名の強盗団であった。
その男がおもむろにしゃがんだかと思うと、扉をぶちぬいた棺桶を半壊した机からぐりぐりと引き抜き、そのままひょいと担ぎ上げる。
あの破壊力を見るに、少なくとも数百Kgを超える重さがありそうなのだが、男は軽々と扱っている。
魔法による重量軽減等もしていないように見える。
「ソノチカラ、マサカ貴様ガ勇者カ?」
ハクは目を伏せるようにして首をふる。小馬鹿にされているようでイラッとする。
「俺が勇者?違いますよ。俺は大賢者にして大錬金術士、ハークレイと申します。皆は賢者ハクと呼びますね」
賢者って頭脳職だったよね?そんな棺桶を軽々担げるような職じゃなかったよね?
「ソ・・・ソレデハ、ソコノ女ガ勇者ナノカ?」
面食らいながら、魔王は刀を持った女を指差す。
女は若いエルフらしく、エルフの特徴である尖った耳と、非の打ち所がない程整った綺麗な顔していた。
バランスの取れた体型で、見た目は匠が作った美しい人形にも見える。
ただ、ひたすら赤かった、ポニーテールに纏められた癖のない綺麗なストレートの髪も、着ている軽鎧も赤かった。
瞳もエルフにしては珍しい真紅である。しかも来る途中に配下の魔族を斬りまくっていたのか、返り血を全身に浴びており凄惨な格好であった。
握った刀からも血が滴り落ちている。
「キルキルキル」
・・・こいつは絶対違うと、魔王は思った。
「その赤いエルフは剣士アカネ。下手に近づくと問答無用に斬りかかってくるから注意してください」
赤い女の代わりに、ハクがそう答える。
どこの狂犬だよ、その娘。
「今宵の斬血丸は血に飢えているキル、キルキルキルキル」
愛おしそうに刀に頬ずりしながら、アカネという女エルフが淫靡に笑う。
どちらかというと魔族側だろ?その娘。
魔王は次に神に仕えるシスターのような格好をした娘を見る。
青基調のゆったりした服に、白いミニカートを履いており、そこからスラっとした綺麗な足が伸びている。
目は子猫のように愛らしく、透き通るような青の瞳をしている。
ふんわりとした淡い水色の長い髪を三つ編みで纏めている。
綿菓子のように甘い感じのする美少女であった。
ただ残念なことに絶望的に胸はなかった。
彼女は執務室のいろんな場所を開けたり閉めたりして、喜々として物色していた。
「貴様ハ勇者デハナイノ、勇者ニツキシタガッテイルトイウ聖女・・・カ?」
聖女にしては行動が噛み合っていない。
娘は、物色中の手を止め、ちょっとはにかみながら答える。
「えー?僕ですかぁ?僕は聖女じゃないですよぅ」
そして、また物色を再開する。
「あ、この剣、いい魔石が埋め込んであるよぅ。高く売れるよぅ、じゅるり」
壁の石像が装備していた魔剣をガタガタと動かし、不穏なことを言っている。
「あーそいつは格闘家のアオイだ、聖女どころか女でもないぞ?そいつは男だ」
やれやれと、またハクがツッコミをいれてくる。
「ハ?男?」
よく見るとアオイの手には凶悪そうな鉄甲がはめられており。ミニスカートに見えていた物は半ズボンであった。
魔王は混乱している。
「聖女はわらわですの」
小柄の、まだ年若い少女であろう彼女は、漆黒の闇のように黒かった。
長く艷やかで美しい黒髪は、左右の側頭で大きいリボンで纏められ縦ロール状になっている。
フリルとリボンをふんだんにあしらった黒色のゴシックロリータ風のドレスを着ており、手にはレースの黒の手袋、足も黒のレースのストッキングと黒いブーツを履いている。
白磁のような白い顔以外のすべてが黒に染まっていた。
顔はまだ幼いが気品のある美しい造形をしており、唇はルージュをさしたように赤い。
目は半目状態でじっとりした眼差しで、瞳は深淵を覗くような黒。なぜか左目には銀色の魔法陣のような模様が縫い込まれた眼帯をしている。
そして人の魂を刈り取る死神が持つような黒く大きな鎌に座り空中に浮いていた。
人に聞けば十中八九「悪魔の娘」と答える。そんな感じの娘であった。
彼女は魔王を前にしながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
周りには精霊らしきものが4体浮かんでおり、甲斐甲斐しく彼女の世話をしている。
「わらわはクローディア・クロノクルス、クロノクルス皇国の第二皇女にして聖女ですの。下々の皆様からは聖女クロクロと呼ばれてますの」
聖女のイメージがガラガラと崩れていく気がする。
「勇者ハドコジャ?」
魔王が尋ねる。
「ここ」
「そこキル」
「そこですの」
「そこですぅ」
勇者パーティ全員が、ハクの担いでいる黒い棺桶を指差す。
「エ?」
勇者はすでに、この世にはいなかったぽい。
おお勇者よ、もう死んでいるとは情けない