ステルス樽
レストランのすぐ横に、少し大きめの樽があった。
その樽を、窓際からクロクロはジト目で見つめていた。
じっと見つめていた。
じーーーーーーーっと見つめていた。
樽は逃げだした。
・・・ぉい
「はぁ」
クロクロは呆れたようなため息をついた。
そして、甘々なパンケーキをつつき始めた。
「あら、美味しいですわね」
お姫様の舌にも満足な代物だったようだ。
精霊王達は何をやったのか、フォークで刺され転がっていた。
ビクンビクンしながら至福の笑み浮かべてるけどな・・・
アカネはほとんど生のステーキを、キラッキラの目をしながら咀嚼していた。
アオイは血の涙を流しながら、海鮮シチューをすすっていた・・・
シロは机の半分を占める「殺人級超メガ盛りパスタを増し増しのW盛り」をもりもりと食べていた。
ちなみに通常の殺人級超メガ盛りパスタは3キログラムである、増し増しで5キログラム、そのW盛りで10キログラムに到達する。
流石にこのサイズの料理をマオは運ぶ事が出来なかったので、店長兼料理長のダンディなおじ様が台車に載せて持ってきた。
10分後、その馬鹿げたサイズのパスタは、ハクの腹の中に綺麗サッパリ消え去っていた。
「追加で1ポンドステーキを3枚、サラダも同量で」
他の客が突っ伏した。
普通。そこは大食いヒロインとかそういう枠だろう。
ハクは追加のステーキを食べながら、さっきの設計図をみていた。
アカネが覗きこむと、そこには棺桶に何やら怪しげなパーツがついていた。
「キル?」
レストランから出るともう夕方になっていた。
ハク達が店にいる間に、さらに数人の客がマオの被害を受けていた。
被害を受けた全員がいい笑顔になっていた。ミリもホクホクしていた。
「わらわは領主に少々用事があるので行ってきますわ」
クロクロが、
「一緒に行こうか?」
「ここの領主はわらわの身内、お供は要らないですわ。では、明日まで御機嫌ようですの」
クロクロはそう言って大鎌に座ると、街の中心にある一番大きな館に向って行った。
あれ闇の精霊王が四つん這いで運んでるんだよなぁ・・・
「そういや、ここの領主ってクロクロの兄上だっけか」
領主の謁見室にクロクロが入室すると、豪奢な机で優雅に紅茶を飲む若い男がいた。
クラウス・クロノクルス、クロクロの2歳上の兄でこの国の第三皇子である。
皇位継承権は第4位。
皇族らしく気品にあふれた青年である。
血筋なのか顔はクロクロと雰囲気が似ており、なかなかの美青年と言ってもいいだろう。
「久しぶりだねぇ、クローディア、元気にしてたかい?」
大仰に手を広げ妹を迎える。
それをジト目で見る、クロクロ。
「お兄様、あのレストランで何をやっていましたの?」
「な・・・なんのことかなぁあああ」
クラウスの声が裏返る・・・端正な顔には大量の汗が噴き出している。
クロクロは、懐から木片をだすと、クラウスの方に投げる。
木片はこんがりと焼けており、すこし湾曲していた。
「こ・・・これは、僕のステルス樽君二十八号の・・・」
木片を握りしめ、クラウスはプルプルしていた。
「側面には穴が、しかも底も抜けていましたので、ゴミかと思い焼却処分しておきましたわ」
クラウスは膝から崩れ落ちる・・・
「・・・今回は、あのマオという少女ですわね?」
クロクロは、崩れ落ちた兄を踏みつけながら優しく問いかける。
「・・マオたんは、僕の天使なのです・・・ハイ」
クラウスは、もともと身内以外の女性と接することが苦手であった。
ましてや好意を抱く女性の前ともなると極度にあがり、挙動不審な行動をとってしまう事を悩みの種としていた。
それでも好きな女性はずっと見ていたい、でも近づけない、という心のジレンマが斜め上の方向に突き進み、思いついたのが樽で女性をストーキングするというもっと怪しげな行動だったのである。
実にポンコツだった。
「ぼ・・・僕は、見てるだけで幸せなんだ。・・・誰にも迷惑なんかかけてないんだ・・・そ・・・そうだろ?妹よ・・・」
クラウスは涙目でクロクロを見上げていた。
「お兄様・・・皇家の人間として少々再教育が必要ですわね」
シャキーンと大鎌をクラウスに向ける。
クロクロの冷たい目は氷点下以下まで下がっていた。
横にはいつの間に出てきていたのか、光の精霊王メイが鞭をクロクロに差し出していた。
クロクロは、大鎌から闇の精霊王アンを出すと、クィッと指示をだす。
アンは笑みを浮かべ、クラウスの首根っこを掴みを何処かへとずるずる連れて行く・・・
クロクロは、その後を冷たい表情のまま優雅に進んでいく。
「い・・・妹よ、落ち着いて・・・ねえ、お願いだから・・・」
「豚が何かしゃべってますわね」
「炎で焼いて」「水に沈めて」「岩で踏みつけ」「空気を無くし」「闇で目を潰し」「光で目を・・・かぶったぁあ」
いつの間にか現れていた、他の精霊王たちが不穏な会話をしている。
クラウスの顔が引きつる。
何故か館に居る使用人や衛兵達も誰も止めようとしない。
クロクロのひと睨みで、そそくさと立ち去っていく。
「ぼ・・・僕・・・ここの領主だったよね・・・だ、誰かぁ助けてぇええ」
しばらくすると、重い金属製の扉が閉まる音が響き渡った。
「いーやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」
それから朝になるまで領主の館から、若い男の悲鳴がずっと聞こえていたという。
「くっ・・・兄皇子め・・・羨ましい・・・妬ましい」
精霊王達はいつもどおりであった。
見た目より比較的マトモだったクロクロの兄はやはり変態だったという話|ω・)




