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傷を抱えて  作者: 睡蓮華
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第三章 〜頼み〜

「もう一つの人格?」

 直哉は実際にそんなことがあるとは信じられず、無意識に聞き返していた。

 こういう反応は最初からわかっていたのか、葉月はうっすらと笑った。

「信じられないのは分かるが、実際に目の前で告白したんだから何がなんでも信じてくれなきゃ。じゃないと、俺の立場がないだろ?」

 葉月は先程まで座っていた机にまた座り直した。

 直哉も手近の机の上に座ると、葉月の言葉をもう一度反芻してみる。

 1人の人間に2つの人格。所謂二重人格と言うことになる。

 これまで二重人格というのに会ったことは勿論ないし、ましてや小説や漫画の中の話だと思っていた。

 それなのに、いきなり『私は二重人格です』と言われても、どう対処していいのかわからない。

 それに……

「なんでそんなことを、俺に喋るんだ?」

 これが一番の疑問だった。

 会ってから今まで、水無月と会話したことは殆どない。ほぼ他人同士だと言ってもいい。

「お前が俺に、そんな重要な話をする理由がないと思うんだが?」

「いや、あるよ」

 葉月はニヤリと笑うと、直哉の目を見ながら答えた。

「お前は確証はなくとも、俺の存在に気付いた。これこそお前に打ち明けた理由だ」

 あまりにも単純明解な答えだった。それだけのことで打ち明けたと本人が言うのなら、それが真実となる。

 しかし、ここでも疑問は出てきた。

「でも、俺以外にも気付いた奴はいるんじゃないのか?俺よりも水無月さんのことを気にしてた奴はいるし、ずっと近くにいる友達だって……」

 そう、自分だけじゃない。自分だけが特別な訳がない。

 今まで成績もスポーツ身長も、直哉以上に優れた奴は多かった。

 それなのに、ただ気付いてしまったと言うだけで選ばれるものなのだろうか。

 直哉の言おうとしていることがわかったのか、葉月は頷いた。

「そうだな。…いたよ、お前以外にも気付いた奴は数人」

「だったら何で……」

「知ってもなお、に関わろうとしてくれたのはお前だけだった」

 水無月弥生自体は誰からも好かれていたし、性格もよかった。女子だと良い友達。男子だと恋愛対象と言った感じに。

 しかし弥生の性格が良い分、葉月に変わるとその性格は逆転する。同じ人間だとしても、葉月は別人なのだ。

 しかしそれを公に表すのは、弥生のためには阻止したいもの。なんとか弥生の様に振る舞おうとするのだが、完璧に弥生になることは出来なかった。すると、

「微かだか性格が変わる、もしくは人が変わると思うだろ。だが、二重人格だと思う奴は誰もいない。そうすると、後思い付くものと言ったら……」

「……裏表のある人?」

「そ。もしくは感情の起伏が激しい人かな。そう思って近づかなくなる奴が多かった。面倒くさいしな。後は、気付かない振りをするとかね」

 そう言って寂しそうに笑うと、葉月は下を向いて黙ってしまった。

 実際、そう思う方が普通なのかもしれない。微かに先程までの性格と変わる人物。それは見る人によれば、あまり関わりたくない人になるだろう。

 しかしそれをされた人にとっては、あまりにも残酷なものだ。

 葉月は毎回それを受けてきた。弥生とは違う自分を誰にも認めてもらえない。

 直哉はどう声を掛ければいいのかわからず、沈黙が続いた。




 5分ほど経過した頃だろうか。沈黙を破ったのはやはり葉月だった。

 葉月は何事もなかったかのように、いきなり明るく笑いだした。

 その声に直哉は驚いた。先程までの沈黙はなんだったのかと思うくらい、その笑い声は明るかった。

 葉月は一通り笑うと、驚いている直哉を気にもせず、曲がってた姿勢を正すように伸びをした。

「ま、同情してもらいたくて話したわけじゃないけどさ、そこまで心配してもらえるとちょっと嬉しいよ」

 初めて認めてもらえた。弥生じゃなく、葉月という名の自分を心配してくれたのだ。それだけで、話してみてよかったと思わせる。

 葉月は嬉しさと、ちょっとの気恥ずかしさで笑った。

 それは初めて見せた葉月本来での純粋な笑顔で、弥生とはまた違った魅力さがあった。

 直哉はその笑顔に一瞬見とれてしまった。しかし、次の瞬間にはもう元の葉月の表情へと戻っていた。

 直哉は葉月が元に戻った事にほっとしたが、先程の雰囲気のせいで聞けなかったことを思い出した。

「あ、あのさ、なんで俺が水無月さんのことをそういう風に見てないと思ったんだ?」

 葉月はキョトンとした顔をすると、盛大にため息を吐くと同時に苦笑した。

「気付いてないんだな。まず、こんな話をした後なのに俺のことを変な目で見ないし、逆に心配してくれただろ」

「ま、まぁ、そういうことになるかな?」

 それは先ほど分かったものであり、話すきっかけとは関係ない。未だ釈然としないところはあるものの一応頷いてみせると、葉月の次の言葉で完全に言葉を失ってしまった。

「し・か・も、俺の存在に気付いてから、こちらに対しての視線が熱かったし?」

 下から覗くように言われ、直哉は赤面した。時折、見ていたのを言われたのだとすぐに分かった。しかも今日、隼人に言われて初めて気づいたのだが。

 自分でも気付かなかった行為ではあるが、見ていた本人に気付かれているとなると、とても恥ずかしい。

 暑くなった顔を手で扇ぎながら、なんとか言い訳を探す。しかし、焦った頭では何の言い訳も出てこない。

 ただただ口の開閉を繰り返していると、葉月は吹き出した。

 豪快に目の前で笑われているとつられるもので、直哉も一緒に笑いだす。和やかな雰囲気が二人を包んだ。




 気付けば、もう部活も終わりに向かっており、外はもう暗くなっている。

「ヤバッ!もう帰らないと」

 家に帰るまでの時間潰しは出来たが、あまりにも遅いと逆にそれについて怒られてしまう。

 直哉は急いで鞄と体操着が入った袋を持ち、葉月の方に視線を向ける。

「葉月ももう遅いし、帰らないと。一応水無月さんなんだし、危ないから駅まで送るよ」

 しかし葉月は帰ろうとせず、真剣な表情で直哉を見据えた。

「俺があんたに正体を教えたのは、頼み事があるからなんだ」

「頼み事?」

「俺と……いや、弥生と付き合ってくれないか?」

「………はい?」

 自分の耳を疑った。付き合うって……、どこへ?

 二重人格の話を聞いた時も信じ難い事だったが、いきなりの告白には不覚にも思考回路が停止してしまったようだ。






 池谷直哉、生まれてこのかた17年。何故か男― 実際には女の子なのだが―にムードも何も一切ないシチュエーションで、初めての告白をされてしまったのだった。



やっとの第三章投稿へとなりました。

投稿が遅いくせに、話は微妙に長くなりそうです。

すみません……。

気長にお待ちください(^^;

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