第七話 習う少女2
「カルセド、薪作ってきな」
「はーい」
私はエフローラさんの小屋を出て森へと向かった。
ここに来て既に三週間。実際魔法の特訓に次ぐ特訓でとても濃い日々だった……。
でもきっと傍から見ていると、凄く地味なんだろうなぁとは思う。もし誰かが私の観察日記を付けてたら……いやそれは気持ち悪いな凄く。まぁ付けていたら、一日中部屋の中で魔力制御の為に座っていたり、魔力を体内に循環させるために座っていたり、少ない魔力で大きな力を得るために、座って水の玉の相手をしていたり、勿論密度を濃くする練習もやった、座りながら。
つまり私はだいたいの日程を座りながら引きこもっていたって事。でもちゃんとエフローラさんに教えて貰いながら、魔力やそれに関する事は、来る前とは比べ物にならないくらい扱いが上手くなったと思う。あんまり調子に乗ると、何処で死亡フラグが立ってるのか分からないし、前回みたいなことにはなりたくないから程々にするけど、それでも上達はした。
座っている以外にも勿論訓練はあった。木を精密に切ったりとか。風の刃を使って、ジグザグに木を切るとか、簡単そうに思えて中々難しかったし、それと他の魔法を合わせるとかなり難易度が上がった。
くだらない事や、こんなことあったなと振り返りながらも、木の枝を拾ったり、枝を魔法で斬切りながらエフローラさんに貰ったバッグに入れて行く。このバッグは所謂いっぱい入るバッグ。重さとか気にせず入る四次元ポケットのような……そんなには入らないけど。小説やなんかで良く見る、ゲームでは当たり前のあれだ。でも誰でも持っている訳じゃ無くて、割と高いから持っている人は少ないらしい。
トボトボと森を彷徨いながら枝を集め、これくらいでいいかなぁと思い家に帰る。
家に帰ると少し難しそうな顔をしたエフローラさんが、一枚の紙を読んでいた。多分だけど手紙だと思う。まぁ当たり前か。
私はバッグを定位置に置き、いつもの椅子に座り目を閉じる。手を前にして水の玉に魔力を注ぎながら、その魔力を体に戻す。それから水の玉を介しながらグルグルと魔力を流して行く。これも最初は大変だった。そもそも戻すなんて方法を知らなかったし、それが出来るとも思わなかったから。最初は半信半疑だったけど、段々と出来るようになって行った。その間には家を水びだしにしたりとか、水の玉が破裂して一日気絶したりとか、魔力切れを起こして寝込んだりとか色々あった訳だけど、今はまぁいい思い出? なのかな。
「ん? なんだい帰って来てたのかい、なら挨拶くらいしたらどうだい」
「なんか凄い怖そうな顔して手紙読んでたからいいかなと思いました」
「ったく、最初に来たときは礼儀はまぁまぁかと思ったらてんでダメだねぇ」
「それで、何かあったんですか?」
「南に行く用事があるって言っただろ?」
「それで一か月なんですよね」
「事情が変わったんだよ」
「聞いてもいいですか?」
「別にいいんじゃないかね、元々南に行くってのは、うちの息子からの依頼でね」
「へー、エフローラさん息子さんいたんですね」
「その息子の娘が熱を出したから、治まり次第家に来て要件を済ませてほしいって書いてあったんだ、まったく自分の母親を呼びつけるなんて、信じられないバカ息子だよ」
「大変ですね」
「チッ、人ごとだからっていいねぇ気楽で、そもそもなんで私が子守りなんてしなくちゃいけないんだい」
「要件って子守りなんですか」
「娘に魔術を教えてくれって言って来たんだ、自分でやんな! って言ったら泣きついて来たんだ、ほんとにだらしない、あのバカももっぺん鍛えなおしだ」
私はまだ見ぬ息子さんと娘さんに合唱して、先程の作業を再開した。
「……ふむ」
「なんですか?」
「……まぁまぁ様になって来たじゃないか」
「そう思うなら、そんな苦々しい顔で言わなくてもいいと思うんですけど」
「ハッ、言うようになったじゃないか小娘が、師には敬意を表するもんだよ」
「だから敬語を使ってるじゃないですか」
「そんな心のこもってない口調で言たって意味ないねぇ、まぁいい、様になって来たのは事実だ」
「ありがとうございます」
「あと一週間で一つ、光の属性を使うんだ」
「光ですか?」
「特に回復さ、回復って言うのは死にそうな奴に使うだけじゃない、ピンピンしてる奴を更に活性化させることも、無力化する事も出来るんだ」
「無力化ですか?」
「そうだ、回復しすぎると、体内の魔力が荒れて最終的に気持ち悪くなって気絶するんだ、なんでも程々が一番ってことさね」
「でもその気持ち悪いの終わったら、その人怪我があったら治っちゃいますよね?」
……なんか、気絶させても、わざわざ傷を治してあげるって言うのは、少し納得いかないような気がする。でもまぁ傷つけないで無力化出来るのは、有難いといえば、凄く有難いから、教えて貰うに越したことはないし。前回みたいに、いきなり後ろを取られても、その魔法……魔術を使えば無力化できる。
「エフローラさんは、ちゃんと魔術っていいますよね」
ぼそっとこぼした言葉に反応したエフローラさんは、眉間に皺を更に寄せて此方を睨んできた。
「今のぼんくら共は、精霊術の事をお伽噺かなんかだと思ってでもいるんじゃないのかい」
「でも実際、魔術イコール魔法みたいな雰囲気だと思うんですけど」
「まったく、嘆かわしいねぇ、お前はちゃんと区別するんだいいね」
「わ、分かりました」
凄い剣幕に押されて、そう答えてしまったのは仕方ない……と諦めよう。最近はずっと魔術の事は魔法って言ってたから、改めるって言っても、癖で魔法って口走りそうな気がするけど、エフローラさんに前で言ったら、なんか言われそうだなぁ……。
*****
そんなこんなで、エフローラさんにマンツーマンで光魔術、特に回復系をメインに教えて貰った。前回少しは回復魔法を使ったことはあるので、最初の方は少し余裕だったけど、それを見てエフローラさんが更に特訓のペースをきつく早くしたのは、言うまでもうなく当たり前なんだけど……あと一週間だからって張り切り過ぎだよ……。
そうしてあっという間に怒涛の一か月も今日を残すのみになって、少し豪華な食事をエフローラさんがご馳走してくれた。
「……そういやあんたまだ五歳だったね」
「そうですよ?」
「まったく、とんだ五歳もいたもんだねぇ」
「いや……まぁ」
合計の年齢は口が裂けても言えないんですけどね……。
「まぁ、五歳の割には、いいかい五歳の割には、一か月で良くやったんじゃないかね」
「ありがとうございます!」
「はぁ、本当にとんでもない奴をよこしたもんだよあの子は」
そうは言いながらも、どことなく嫌味ったらしいいつもの笑みでは無く、自然に微笑んだエフローラさんは、良き老婆って感じで何となくエフローラさんの素の一面を見た気がした。だからってどうって事じゃないけど、こうなんと言うか嬉しいというかこそばゆい感じだ。
「でも慢心するんじゃないよ! しっかり鍛錬を続けな!」
「はい!」
「はぁ、最後だけいい返事かい?」
「終わりよければすべてよし、と言う言葉がありまして」
「何だいそりゃ、まぁいいさっさと寝るよ、持ってくもんがあったら支度しな」
「……特に無いですね、身一つで来ましたし」
「そうだったね」
「あ、でもいつになるか分かりませんけど、ちゃんとお礼は持ってきます」
「それなら飛び切り豪華なお礼を持って来て貰おうじゃないか」
「はい、期待して待っててください! ちょっと早いですけど、一か月ありがとうございました」
「まったくだね、……精進しな」
「はい」
こうして、最後の夜は更けて行った。
翌日、お昼前に馬の足音が近づいて来て、一か月ぶりのギルドマスターが現れた。
「よぉ嬢ちゃん、元気だったかぁ?」
「この通り元気です」
「……なんか少し雰囲気が変わったなぁ……一寸は自信がついたって所かぁ?」
「ハッ! 自身だなんて笑わせるねぇ、まだまだただの卵じゃないか」
「よぉエフローラのばーさんは相変わらずかぁ」
「この歳でそうそう変わってたまるかい」
「それでどうだった?」
「まぁまぁだ」
「ほぉまぁまぁか、そいつは将来が楽しみだなぁ、ばーさんも他言無用に頼むぜぇ」
「あんたに言われずとも分かってるさね」
「……エフローラさん」
「ん?」
「ありがとうございました、此処に来れて良かったです」
「ハン、そう言うのはもっと偉くなってから言うんだね」
「それじゃあそうします、ではまた」
「礼とやら、楽しみにしてるよ」
こうして私の一か月は過ぎて行った。
帰り道、アーリャさんや孤児院、ティーダお兄ちゃんに変わりが無かった事を確認しながら、遠ざかる森を少し寂しい気持ちで見送り、草原を抜け街へと帰って来た。
街は出てきた時と変わってない。そりゃ当たり前なんだけど、一か月たつとなんと言うか懐かしさとか、故郷に戻った時の帰って来た……ほっと言う感じがする。
ギルドマスターと共に馬に乗せられ戻って来たのは、やっぱりギルドだった。ギルドにある厩舎だった。そこで馬を下りて、ギルドに入って行く。
ギルドマスターは片手をあげて職員にあいさつをしながら、カウンターの中に入って行こうとするので、私もそれに続いて周りの人たちをチラ見しながら進むと、前方不注意でギルドマスターにぶつかる。
「うっ……すいま……せん?」
最後が疑問形になったのは仕方ないと思う。ギルドマスターはまるで石になったかのように動いていなかったのだから。ギルドマスターを何度かポンポンと叩いてみても反応が無い、辺りを見渡すと他の人も同様に、まるで時が止まったかのような光景だ……。
い、いや流石にそれは……もしかして、私の帰還サプライズかなにか? そんな事を思っていると、不意に後ろから声を掛けられる。
「カルセド・エリアスーラ」
それはとても機械的で、感情がこもっていない声。ゾクリと背中から得体の知れない恐怖を感じ振り返ると、そこには自分と同じくらいの身長の少女が、何か分厚い本を抱えながらそこに立っていた。
「……誰」
黒髪黒目、長い髪を床まで伸ばした少女は、声と同じく無感情な顔で私を見る。その眼も光が宿っていない様な感じだ。それにこの少女、私の事をフルネームで言った。私の事を知っている人物……。
ゴクリと自分が唾を飲むのが分かったが、目線を少女から外せない。
「一度会っている」
「え?」
「知っている、声を」
しってる? 私が? でも確かに、そう言われると聞いたことが……。
…………………あ。
「死んだとき……」
「……」
少女は首を縦に振り肯定を示す。少女の声を聞いたのは前回死んだとき、私に死にたくないかって聞いてきた声だ……。
「そうだ、あの時の……貴女が?」
私がそう問うと、少しだけ少女の目に力が戻った気がした。
「そうです、しっかりと思い出したのですね」
「え、えっと」
「……残念ながら悠長に話している暇はありません、私は主人公を死なせたくないのです、この歪みを正さなくてはならない」
「歪み?」
「そうです、だから私は貴女を戻した、でも今のままでは歪みに抗う事は出来ないのです、ですか……………」
そこまで言うと、少女は一瞬黙り目から力が抜けて行く。
「見つけられるか」
「え?」
「待つだけでは、辿るだけでは、叶わない、故に力を」
「力を付けろって事?」
「歪みは深く、光は弱い、故に光に試練を」
少女は本を私に向けて開くと、そこに書かれている文字が飛び出し、私を覆う。とっさに目を閉じ、少しして目を開けると………………目の前で狼? と猫? が魔術を放ちまくる戦いをしていた。