第六話 習う少女1
ギルドマスターを見送ってから、エフローラさんに家に入る様に言われたので、その指示に従って、家の中にお邪魔する。
中は特に仕切られている訳では無くて、ベッドや台所と思しきところ、真ん中少し入り口寄りの場所に、四脚の椅子と机が置いてあった。その椅子に座る様に言われ、私が座ると、対面にエフローラさんが腰を下ろした。
質素と言う言葉が当てはまるその空間をしげしげと見つめていると、逆にエフローラさんがしげしげと私を見つめてくる。
「改めましてカルセドです、今日からよろしくお願いします」
「……随分と礼儀を知ってるじゃないか、孤児院の出なんだろう」
「あ、アハハぁ」
色々と勘ぐられているので、笑ってごまかす。確かにいきなり孤児院の子がこんな口調で話したら、おかしな子を見るような目で見るはしかたないしね……。と言うか、そもそも魔法の件で隠し事をしてるし、どうせ疑われるなら、一か月話しやすい方が私としても有難い……。
「はぁ、それよりもあんたは魔法で何をしたいんだい」
「……自分の身をシッカリ守れるように、今よりも強くなりたいです」
「はっ! 今よりもねぇ、あんたあれで強いつもりなのかい?」
笑い飛ばすのと、それから挑発するように口をニヤリと見せつけるエフローラさんは、どこかの悪役にピッタリだと思う。
「確かに、あんたは無詠唱で魔法を放った、本来ならばそれが普通なんだ」
「はぁ」
「なんだいその気の抜けた返事は、今の奴らは詠唱しないと魔法を発動しないとか言うバカな思い込みで全く分かってないねぇ」
……周りが皆そうだから、仕方ないといえば、仕方ないとは思うけど。
まぁ実際、ギルドマスターやこの人のように、強い人と言うのは、それこそ世の中にたくさんいると思う。だとすれば、私が見て来た人たちが弱いのかもしれない。だからってそこで安心したら、前回の二の前になると思うし、出来る事はちゃんとやっておかないと……。
「そうなんですね」
「あんたもだよ」
「……はい」
「どーせあんたは、強い魔法を覚えりゃいいと思ってんだろ? はっ! 全くこれだから」
……いやまぁ確かに強い魔法をどうにか覚えて、いこうとは思ってたけど、それじゃあダメみたい?
「さっきの氷槍だって、もっとしっかり作れば強くなるってのにねぇ」
「もっとしっかりですか?」
「そうだ、良いか良く聞きくんだ、魔法ってのは詠唱すれば発動する、その発動した後の物をイメージすれば無詠唱なんて簡単さ、でもそれじゃあダメだ、全然ダメだね、その魔法にどれだけ鋭い魔力を練り込めるかが勝負なんだ」
……成程、つまり私はただ魔法を発動させているだけと言う事か。
それに、詠唱後の魔法をイメージするのは良いけど、その魔法は自分のイメージになる、つまり詠唱して発動した魔法と同等の威力しか出ない魔法が出来上がるって事か。
でも実際は、魔力の練り方で、簡単な魔法で威力を上げることが出来る……。
つまり私はこの世界の魔法の常識から少しばかり抜け出した気でいたけれど、実際は全然抜け出せてはいなかったっと……。
アハハハ……はぁ、笑えないわ。
二回目をやり始めてからは、魔法は学園で研究したし、大丈夫とか思ったけど、ダメじゃん私! 全然ダメじゃん! て言うか威力の高い魔法を覚える前に、その魔力の練り方とか覚えて、既存の魔法を強化する方が先じゃん!
はぁ、驕ってたのは悔しいけど、私はまだまだ小さな女の子。ここから頑張って、学園にどうにかいかない方法を掴んで、死なない力を手に入れないといけない。こんな所でつまずけない。
「あの、魔力の練り方教えて下さい」
「アタシは最初からそのつもりだ」
「ありがとうございます!」
「まぁここで、そんな事よりも強い魔法を教えてくれなんて言ったら、お前を家に帰せてゆっくり出来たんだけどねぇ」
またニヤリと笑いながら此方に向ける視線を、苦笑いで躱しながら、心の中でそっとため息をついた。
「そう言えば自分の属性は知ってるのかい?」
「多分水、風、光です」
実際、ゲームの時と一回目はそうだったけど、今回も同じとは限らない。
今回は前回と比べても、色々とおかしな方向に進んでいるのは明白だし。と言うか私がおかしな方向に進むようにしてるわけで。だってストーリー通りにはいかないし、前回と同じも勘弁してほしいから、新たな道を探るしかない。しかも私が死なない道を。
そうやって考えたら、やっぱり出来るだけ前回やストーリーとは違う道を選ぶべきだと思う。早々に孤児院を出て、何とかやってくのが当面の目標って所かなぁ……。って今はそんな事よりも、一か月で出来るだけエフローラさんから教えを請わないといけないんだけどね。
「曖昧だねぇ、まぁいいうちに測るのがある」
エフローラさんはそう言うと立ち上がり、ベッドの方へと向かった。そしてベッドの下に手を入れて「確かこの辺りに」とかぶつぶつつぶやきながら、目当ての物を見つけたのか、グイッとそれを引き出して、私の目の前に置いた。
目の前に置かれたのは、占いなんかで使われるような水晶玉で、それだけ置かれたためコロコロと転がって行ってしまうのを、パシっと両手で捕まえる。
「そいつに魔力を流しな」
私は一つ頷いて、目の前の水晶玉に魔力を流して行く。
すると、水晶玉は最初に白く光り、次いで水色、緑色に光る。
どうなら今回も私の属性は、光、水、風であり、その順番で使える属性が強いと分かる。
「光水風ねぇ、宝の持ち腐れだよ今の状態じゃあね」
……まぁ確かにそうなんですけどね。
「それにしても光が最初に来るのは珍しいじゃないか、折角いいもん貰ったんだからそれなりの頑張りを見せな」
「はい」
「とりあえずは、魔力の密度を濃くして、魔法に練り合わせて行く事からだね」
「分かりました」
「一か月で出来るって啖呵切ったんだ、できませんでしたじゃ済まさないよ、今日から気合い入れな」
「頑張ります」
「じゃあまず水の玉を作るんだ」
私は言われた通り、先程の水晶玉と同じくらいの水の玉を作る。
「そしたら、その中に出来るだけ魔力を注ぐんだ、勿論大きさは変えずに」
言われた通り魔力を注ごうとして、少し魔力を流すと水の玉が大きくなってしまう。
これは密度を濃くするための訓練だから、これじゃダメなのは明白……。中に入ってる魔力の隙を縫うように、そしてその隙を埋めるように魔力を流さないといけない。
私は、隙間を上手く埋めて、大きくしないという作業に没頭した。
いつの間にかエフローラさんは台所で、何かを掻き混ぜていて、そこからいい匂いが漂ってくる。
私はもう一度気を取り直して、また同じ作業を繰り返す。
エフローラさんの所に来てから三日目、漸くエフローラさんに合格を貰える魔力の塊を生み出した。
最初は隙間を埋めるだけでいいと思って、なんとか隙間を埋めてエフローラさんに見て貰ったら、ふっと鼻で笑われた。
『隙間埋めただけじゃないか、そもそも隙間なんて無い状態で発現させるもんだよ』
と笑われてしまい、これ以上水の玉を大きくしないで、魔力を流すにはどうすればいのかと考えて、一つ思い浮かんだ。水の玉の外側をもっと強化すれば中に入るかもしれないと。例えばガラスでできた四角い箱と、水で出来た四角い箱で考えれば、水の量を増やして行けばガラスの方が水が入る。紙の方は壊れて水が流れ落ちてしまうから。だからそれを補うために紙を強化する必要があると私は思った。
私の水の玉は決壊して大きくなってしまっただけで、その外を頑丈にすればもっと魔力が込められる。例えこれが水の玉でなくても、氷の槍や風の刃でも同じだと思う。風の刃だって、凄く薄くて鋭利だけれど、その中に多くの密度を入れれば、それだけ強くなるはず。
エフローラさんは、どれだけ鋭い魔力を高密度で放てるかって言ってたし、まずは第一段階終了って感じかな……。
それで、次の二段階目の説明を今エフローラさんに聞いている。
「鋭いっていうのはね、どれだけ薄く速くそれでもって密度の高い魔力を作れるかって事だ」
どれだけ密度の高いって言うのは、さっきやったけど、薄く速くって言うのは難しい……かな?
いや、何か元になるイメージないかな……薄くて速い……。あれかな、紙で手を切っちゃって痛い奴が、高速で襲ってくるみたいな。あのペラってだけでシュッと切れちゃうしそれをイメージしてみようかな。
私は目の前の木に向かって、紙が一気にズバッと襲い掛かって、シュッと切れるイメージ、そして紙の表面を魔力で強くコーティングして、密度を濃くして……思いっきりズバッと!
魔法を発動させた瞬間、私の髪が風にあおられてふわっと浮き、周囲の木々もざわめく。
そして……目の前の木が綺麗に真っ二つに切られ、今まさに倒れようとしている。
「や、やり過ぎた?」
「やり過ぎた? じゃないよ全く! 制御もまともに出来ないのかい! これじゃあ魔力制御からみっちりやり直しだよ!」
エフローラさんはそう言いながら、目の前の木に右手を突出す。すると切られて落ちようとしていた木がぶわっと上に舞い上がり、空中で幾度となく切り刻まれて、その残骸が降ってくる。既に私達はその場にいなかったので、木々の残骸に当たる事は無かったけれど……え、エフローラさんすごい……。
そんな事を思っていると、首根っこを掴まれながら、ずーるずーると家に引っ張られて、椅子に座らせられる。そしていい笑顔で「魔力制御をみっちりやるよ」と言うエフローラさんに口元を引きつらせながら、私は頷いて練習を始めた。