第三話 問われる少女
「嬢ちゃんおめぇ、一体何隠してやがる」
私はその言葉に思考が一瞬停止した。
ティーダお兄ちゃんについて行ってから約一週間が過ぎたころ、何故かいつもより少し早い時間に稽古が終わったけど、その後私だけの残る様に言われた。
ギルドマスターはティーダお兄ちゃんに、帰りは自分が送るから、先に帰ってアーリャさんに伝えておいてほしいと伝えて。
私達二人は裏庭を後にして、ギルド職員の事務などを行う二階へと行ってから、突き当りにある階段を下りた。二階は一本の通路と道を挟んで両側に六つほど部屋があり、特に飾り等は無く、質素な感じだ。
通路の一番奥まで行くと、下への階段があり、それを下りて行く。結構な段数があり、狭いスペースの階段なので、両側にそっと手を添えながら、落ちないように下へと下がって行った。
その先に会ったのは、だだっ広い空間で、ギルドの地下にこんな物があるのかと驚いた。私の驚きにニヤリとギルドマスターが笑ったのが分かったので、一寸しかめっ面をしておいた。
ギルドマスターが魔法を唱えると、その空間に明かりがともり、全体を把握できる。どうやら屋根の部分に何か細工がある様で、そこから光が降り注ぎ、辺りを照らしてくれているようだ。地面は土で、両側は一応補強されているような頑丈な壁だった。
私達はその空間の真ん中まで行き、ギルドマスターが此方に振り向く。その顔は、到底五歳児に向けられた者とは思えないほど真剣な顔つきだった。そのせいでこちらも少し緊張してしまい、ゴクリと唾を飲む。
「嬢ちゃんおめぇ、一体何隠してやがる」
私はその言葉に思考が一瞬停止した。
何を隠しているかと聞くと言う事は、漠然と何か私の行動がおかしいと思ったと言う事だろうか。なんとか顔に出さないようにしてギルドマスターに向き直る。
「えっと、どう言う事?」
「……安心しろ、此処は俺とお前しかいねぇ、盗み聞きもできねぇ様になってる」
「別に私何も隠して無いよ?」
「それは嘘だ」
……やっぱり何か確信があって言ってる。いや、でもそれにしては断定してるのに、その内容を聞いて来るって言う事は、探られてるって事なのかな? なら私の取るべきは……しらばっくれるに限る!
「別に嘘とかついてないんだけどなぁー」
「……どーしてもいわねぇなら」
「なら?」
「あーそうだな、どうすっかなぁ」
いや、そこは決めておこうよ!
「なんで?」
「あ?」
「なんでそう思ったの?」
「もしかして俺がおめぇを探ってるとでも思ってんのか? こちとらこれでもギルドマスターだぜ? 確信がある」
「それは?」
お、おわっと一寸自分でも声が低くなった気がした……気を付けないと。
「最近俺と打ち合ってるだろ」
そう、ここ最近は少し振れるようになったので、ギルドマスターと少しだけ打ち合っている。と言うのも、朝早く起きて、人知れず身体強化を掛けながら教わった事を反復して、こういう場合はどおするって考えながら、少し足も動かしてる。身体強化を使わないと、まだまだ筋力も体力も無いので、走るのは日課になった。でもこの教えて貰える環境が何時まで続くか分からないので、出来るだけ早く上達したかった。
……はっ! まさか上達スピードが異様に早いとか?
「うん」
「間合いだ」
「間合い?」
「俺みてぇに剣やなんやらで戦ってる奴、勿論坊主もだ、そいつらとお嬢ちゃんの決定的な違いは間合いだ」
「私の間合いおかしかったの?」
「剣で対自するときはダメだなぁ、相手との距離を正確に感じて、そっからもう戦ってんだよ」
「私は戦って無いって事?」
「剣での場合だ、お嬢ちゃん……俺とやるときいつも大体間合い二つ分くらい取ってるよなぁ」
「そうなの?」
「あぁそうだ、そしてその間合いの意味を知ってるか?」
「……」
「その間合いはなぁ嬢ちゃん、魔術師の間合いなんだぜ」
……魔術師の間合い。
その言葉を聞いてタラリと背中に冷や汗が流れる。
「しかもなぁ、一般的な魔術師じゃねぇ、ほぼ詠唱をしねぇ奴らにとっての……だ、俺の言ってること、分かるよなぁ嬢ちゃん」
「……」
「俺もなぁ詠唱を必要としてる奴らに稽古付けたことあんだけどよ? あいつらは逆にいさぎいい程間合いを詰めてきやがった、まぁもしも詠唱しても近づかれて殴られれば終わりだからだなぁ」
それはそうだろう。逃げても追いつかれるだろうし、詠唱中に攻撃を当てられればそれまで。ならばどうするべきか、それは死に物狂いで剣で戦うしかない。基本詠唱は集中して行うから、加えて周囲の警戒が散漫になる。そんなところを襲われたらひとたまりもない。
「しかしだなぁ、お嬢ちゃんみたいに、ほとんど詠唱を必要としない術者が剣を習った時はどうなったと思う?」
……確実に一撃届かない距離、少し離れてしかし離れない距離。そりゃ離れられるならその分離れた方がいいけど、それが無理だとしたら、確実に剣の間合いとは合わない。
そう、これは私が学園の授業で最初に教え込まれた事。逃げられず、近接の敵と戦う場合、なんとしても此方が先に攻撃し、相手を怯ませなければならない。避けられて相手の間合いに入ってもダメ。そのギリギリがこの間合い二つ分だと教えられた。その後は基本、間合いはこの距離をずっと意識して、学園ではそれで良かったから、意識をせずにこの間合いを取る人が殆どだった。
でも今回はそれがあだになった。なまじ近接とやり合えるからこその間合い、それをギルドマスターが見て、こいつはおかしいぞと思ったのだろう。ここから言い逃れは……難しそうかな……。
「そんな事を言われても、私知らないよ」
「はぁ、他にもある」
「え?」
「習得が早すぎる」
うっ、これはさっき懸念してたやつか。
「だがなぁ俺はそれと似た事をやって来た奴を知ってんだよ、そいつな、身体強化して鍛えてやがった、あれなら倍は剣を振れるだろうからなぁ嬢ちゃん?」
「…………」
「別にだからって何って訳じゃねんぇだ、ねぇんだが……もしそうだとしたら、色々とある訳だ」
まずい! こんな所で魔力量がばれて学園への切符を握らされたらまずい! そもそも魔法に頼らないでいいように少しは鍛えたかったのに、どうしてこうなるの……。
でも逆に此処で話さないと、更に怪しまれるかも。しかも見た目五歳の子がこんな事やったら、普通は何処で何かを覚えて、わざわざ孤児院にいる子供。話を飛躍すればスパイの関与も疑われるかもしれない。そうなったらお縄で処刑! そ、それだけは。
「聞きたい事は一つだ嬢ちゃん」
「な、なんでしょ」
「将来についてだ」
……へ?将来?
「あー、なんか勘違いしたか?いっとくが俺はギルドマスターであって、国とはほとんど関与してねぇって言って分かるか? いや分かるよなぁ、今迄の話を聞いてその話の意味は聞かなかったしなぁ」
うっ、確かにたかが五歳児がこの話が分かるのは一寸異常かもしれない……。
「将来って?」
「傭兵にならねぇか?」
「へ?」
「言った通り俺はギルドの人間だ、いい人材はキープしとくのが普通だとは思わねぇかぁ? 例えばどっかからお嬢ちゃんのうわさが流れて広まる前によぉ」
「つまり国に見つかる前に囲っておきたいって事ですか?」
「……お嬢ちゃん、どうしてだろうなぁ、そっちの話し方の方がしっくりくらぁ」
あ……普通に話しちゃった……、まぁいっかもう、この際。逆にこれを利用しない手は無い。相手は国から匿ってくれる可能性をほのめかしている以上、この話に乗らない手は無いと思う。それに元々傭兵になるつもりだった。何か無茶を言われれば、最悪逃げればいい。誰もいない山奥とかでひっそりと暮らしたっていい。でもそれはまだ先の話し。無理難題が来るのは多分傭兵になってから、実力を認められたらってとこかな。でも今の内に一応少しは聞いておきたい。
「それで、私に無理難題を押し付ける気ですか?」
「あぁ?そんなことするわけねぇーだろ、無理して死んだら元も子もねぇ……それより俺とお前の全力で打ち合え、勿論魔有だ、いいか全力だ」
「いやでも……」
「俺の事を気にする余裕はねぇと思うがな、これでもギルドマスターだ、しかもこいつは一寸した細工があるんでな」
ギルドマスターは左手で、腰にぶら下がっている剣を軽く叩く。
全力で戦う……。今の私が何処まで出来て、どこまでできないのか判断するいい機会かもしれない。
結局私がイエスと言う前に、そうだと言う前提で全てが片づけられていく。多分本当に、私が魔術を使う事を疑っていないのだと思う。ならもうしょうがない。これがほころびになるか、吉と出るかは私の運だ。でも前回の記憶にはこんなこと無かった、だから受ける。
私は一つ頷き、あの間合いを開けて、片手を前に出したまま制止する。ギルドマスターは剣を両手で構え、此方を見ている。
「いつでも来い」
「じゃあ行きます『氷槍』」
私の目の前から一本の氷の槍が相手に向かっていく、さて壊すか避けるか……。
相手はそれを難なく避けた、壊すまでも無いと思ったのだろう、それは間違い。
「『フラッシュ』『融解、氷槍』」
そのまま相手に向かて強い光で少しだけ相手の目を封じている内に、先程飛んで行った氷の槍を水球に戻し、そこからまた氷の槍を作り、背後から襲わせつつ、私は身体強化で端っこまで頑張って後ろ向きにジャンプしていく。
何とか相手から距離を取ったと言うよりも、取らせて貰ったと言った方が正しい気がする。相手は後ろから迫ってくる槍を避けながら真横に来たと同時に剣で破壊した、しかも目を閉じながら。
ギルドマスターとは本当に恐ろしい人のようだ。
「吹き荒れろ氷の欠片『アイスストーム』」
くっ、やっぱり詠唱恥ずかしい……魔法の名前唱えるのも恥ずかしのに……。
私が放った魔法は、軽い竜巻のような物に、氷の欠片が吹き荒れる魔法だ。凄い速さで氷の欠片が回るので、触れば簡単に傷を増やして行く。
私が次の魔法を放とうとした瞬間、竜巻の一部から猛スピードで何かが飛び出し、そのまま私の喉元に剣を置いた。
あまりの速さに驚いた私は両手を上げて降参のポーズ、しかし相手は何処か釈然としない様な顔つきだった。
見れば所々に切り傷――よく見たらいつものシャツが切れているだけだった――があり、少なからず当てってはいたのだろう。にも拘わら皮膚が傷ついていないのは、多分対魔法防御をしたか、超回復したか。どちらかと言うと前者だと思う。多分剣が何かしらの働きをしたんだろう、だから最初にこれがあれば大丈夫だと言ったのだろう。
「おめぇ」
「なんですか?」
「何もんだよ……」
「カルセド、五歳、アーリャさんの孤児院にいる普通の女の子ですが?」
「普通の五歳のガキはなぁ、あんな魔術ぶっ放せねーだろうがよぉ!」
ですよねー。でもしょうがないじゃん、それにほら、私が有能だと知らしめれば、きっと私を逃すまいと国から匿ってくれるよね? 超打算だけど、相手も打算。きっとこれはウィンウィンの関係ってやつだ、だから問題ないはず。
「話す気がねぇのは分かった、遅くなるとアーリャに何言われるかわかんねぇから、今日の所はここまでにしてやる」
「はーい」
「口調が戻ったな……だが明日からは間合いを詰めろ」
「うん分かったー」
その後私達は速やかに孤児院へと向かったが、ニコニコとした顔のアーリャさんが外で待っており、お帰りとゆっくりと発した言葉に、二人して固まった……怖い。
**********
孤児院の子供達が寝静まった頃、アーリャは玄関から入って来る男を一瞥してから、男が座ったテーブルにお茶を出した。
「それで、話って何かしらレヴォン、それとも私もあの子達みたいに師匠とかギルドマスターって呼んだ方がいいのかしら」
「からかうんじゃねぇよアーリャ……それに今日はそんな気分じゃねぇ」
「分かったわ」
「俺が聞きてぇのは一つ、カルセドの嬢ちゃんについてだ」
「カルセド?」
アーリャは少し訝しげにレヴォンを見るが、レヴォンの表情があまりにも真剣で、アーリャの問いに無言でうなずいた事で、アーリャも少し眼光を鋭くする。
「あの子が何?」
「あいつの産まれは?」
「知らないわ、孤児院の前に捨てられていたのよ」
「それは何歳の頃だ」
「赤ちゃんの頃よ」
その答えにレヴォンの表情が驚愕に彩られる。レヴォンはてっきり何歳までかに魔術の訓練を受けて、何かしらのトラブルで捨てられたと思っていたのだが、その推察は全くの的外れだった。
「どういうこと」
「……あいつはなぁアーリャ、魔法名のみで氷の槍を作り、しかもそれを一旦溶かしてまた槍を作りやがったんだ」
「融解と再構築……本当にあの子が?」
「あぁしかもその後何して来たか想像できるかぁ? フラッシュで目くらましした後に、アイスストーム放ってきやがった、あいつかなりやべぇぞ」
その言葉に更に驚くアーリャ。最初こそ何を言っているんだこの男は、と言った風だったが、その変わらぬ真剣さにどうやら本当だと言われた内容をもう一度頭で繰り返す。
「……あり得ないわ、あの子はまだ五歳で、しかも魔法なんて誰にも教わってないわ」
「そんなはずはねぇよ、おめぇの知らない時間はねぇか?」
「あの子は良くこの敷地内で遊んでいるけど、知らない時間なんて……」
「なんだぁ思い当たったか?」
「朝」
「あ?」
「あの子、朝私よりも早く起きてる……そこが知らない時間よ」
「つまり何者かが接触したってーなら、その時間て事かぁ……何が目的だぁ……いやそもそもそこまでの魔力量となると、いってぇ何処の貴族様の捨て子なんだかなぁ」
結局二人の出した答えは、朝方何者かがカルセドに接触し、魔法を教え込んだ。不幸か幸いか、カルセドはかなりの魔力量があり、その魔法を次々と物にして行った。と言うのが結論だった。しかし実際は転生と前回を経験しのだが、それは到底推測できない話だ……。
二人は今後もカルセドを見守る、もとい見張ると言う事で同意した。