#8 音色
快晴だった。
冗談だったとはいえ、『学校にのりこむ』と言ったときのあの嬉しそうな顔が頭の中をよぎり、行かないのはなんだか悪い気がした。
しかも今日は仕事も休み。
正直、また話したいような微妙な気分。
バーテンダーとあんなに話すなんて、初めてかも。
まぁきっと、彼が何も知らない学生で、しかも音大生なんて、よほど裕福な生活を送ってきただろう人だからなんだろうけど。
私とは、店以外では全く無関係な人だし。
行くか、行かないか……。
………ちょっと覗くだけなら、いいかな。
でも、なんかイタイ女みたい。
もしかして、これが彼のバーテンダーとしての、客を呼ぶ魅力ってやつなのかも。
すっかり見事に引っ掛かってる私。
私みたいな社会人が大学に行って学生を探すなんて。
私のエリート意識の塊が、《恥ずかしいからやめろ!》と叫んでいる。
そんな塊とは裏腹に、手は勝手にインターネットに接続し、大学までの行き方を調べていた。
「ここが、青葉ヶ丘……」
イメージどおり(もしかしたら+αかも)のヨーロッパ風の建物。
門から中に入ると、様々な楽器の音色が聞こえてくる。
バイオリン、フルート、チェロ………あれはトロンボーンがテューバとアンサンブルしてる音。
日常の私とは掛け離れた、別世界のようなところ。
慶応とは全然違う、華やかで自信に満ち溢れた場所。
ピアノ科の構内に入ると、たくさんのレッスン室から漏れるピアノの音が波のように溶け合い、妙に気持ちよかった。
と、一つのレッスン室の中で、ひたすらレッスンを受ける彼を見つけた。
昨日みたいな優しい笑顔じゃなくて、ハングリー精神旺盛な、真剣な顔つきで譜面を睨んでいた。
目がはなせなくて、思わずじっと廊下から見つめていた。
隙間から少し漏れてくる彼のピアノは、甘くて少し切なく、心地のよい響きだった。
ここの誰よりも上手くて、いや、上手いとかそんなレベルではなく、とにかく他の音大生とは格段に違っていた。
技術も、真剣さも。




