#6 名前
「はい、次はあなたの番ですよ〜」
彼が名乗ったら自分も名乗ると言い出したのは、私だ。
仕方ない。
「………黒沢です」
「黒沢なにさん?」
何の悪気もなく聞いてくる。
まぁ、普通は自分の名前を名乗るくらい、何でもないことなんだろうけど。
「…………」
「?」
「………………香帆…です」
下を向き、できるだけ小さく言った。
しかし二人以外には誰もいない店内で、しかも耳がいいだろう音大生の彼が、聞き落とすはずがない。
「香帆さん?かわいい名前〜!」
「………私、この名前、すっごいコンプレックスなの」
そう、自他共に認める《頭脳明晰》《品行方正》《容姿端麗》………。そんな私の唯一といっていいコンプレックスは………
この、『香帆』って名前。
「え、コンプレックスなんですか?何で?」
「………私には、似合わない。こんな女の子らしい名前、合わないの。………ずっとこの名前が、嫌いだった」
『貴子』とか『麻美』とか、そういうデキる女風の名前に憧れてた。
『香帆』なんて名前じゃ、仕事がデキる風に聞こえない。
名乗ったときだって、印象が変わる。
エリートになりたかった私にすれば、大きな大きなコンプレックスだった。
「……そっかな?俺は、黒沢さんにすっげー似合うと思いますよ」
「……うそ…」
いつの間にか興奮して目が潤んでいた私に、彼は優しく微笑んだ。
「本当です。外見はデキる人みたいに見えますけど、実は中身は女の子らしい一面とかありそうですもん」
「………」
「店の内装とか見るの、好きでしょ」
「………うん」
「ここの店に入ったとき、思ったんだ。『あ、この人インテリアとか好きなんかな』って。この店にもたまにキツそうなOLさん来るけど、カウンターの形とか、気にも留めないよ」
私がカウンターとかに目を向けてるのを見て、そう感じる人もいたんだ………。
「……それ、なぐさめてんの?(笑)」
「そのつもりだったけど、実は自分で何が言いたいかわからなくなった(笑)でも、つまりさ、『名前嫌い』なんて言っちゃ、ダメですよ」
こんな人、初めてだ……。
今まで私の名前の悩みを聞いても、テキトーに私に合わせて頷く人ばっかりだった。
変なバーテンダー……。
「………変な人」
そう言って笑った私に、微笑んで新しいカクテルをつくってくれた。




