#54 妖艶
「…………///」
帰り道。
いつもより少し遅い時間の夜道は、いつもにもまして人が少なかった。
家まで送ると言ってきかない優也と、手をつなぎながらゆっくり歩く。
だけど………いつもは優也がいろいろ話題を振って私がそれに答える形だったのに。
今日の優也は、全く喋らない。
「………ゆぅや」
「はっ、はぃっっ?!」
前を向いたまま声をかけると、少し裏返ったような優也の声が頭上から降ってきた。
「……私口下手だから、優也がなんか話振ってくれなぃと、困る………ょ」
なんでこんな風にしか言えないんだろぅ……。
「あっ、す、すぃませんっ!なんか俺、まだ信じられなくて……っ」
「へ?」
「香帆さんの彼氏が、俺だなんて。香帆さんは何ていうか、高嶺の花というか、とにかく雲の上の人だったから」
「何言ってんのー(笑)私だって、こんな年上でいいのかなぁって、ずっと考えてるょ」
そう。
優也はまだ21歳の学生だけど、私はもぅ26だし社会人。
年の差は5つといえど、学生と社会人との立場の違いは、優也にとったらどうなんだろう…?
「私は社会人だし、たぶん仕事とかの愚痴もいっぱいしちゃうよ?」
「愚痴聞くのは平気だし、つーか香帆さんなら何でも許しちゃうと思う」
「でも………」
「俺も大学の愚痴いっぱい言いますし、また課題曲もいっぱい聞かせると思います。これでおあいこでしょ?」
………やばい。
そんな笑顔見せられたら、何も言えなくなっちゃう。
こんな素敵な学生クンに思いきりハマッてるのは、私のほうなのかも。
急に立ち止まると、手を繋がれた優也の足も必然的に止まる。
どうしたんですか?、と赤い顔で不思議そうに振り返った優也に、思わず抱きついた。
「へぇっっ?!」
途端に硬直する彼。
恥ずかしくて顔をあげられず、優也の服に顔を押し付けたまま話す。
「…好き。………好き……」
いい年した大人が、馬鹿の一つ覚えみたいに『好き』を連発する。
何やってるんだー……。
「かっ、香帆さんっ///」
「……一つ、お願いがある…んですけど………」
「なに?」
「………敬語、禁止」
やっぱり可愛くない言い方。
「…努力します(笑)」
「あっ、もう減点!」
「あー、…うー、だってもう慣れちゃってるんだもん」
『だもん』って、かわいすぎる………♪
私のボロアパートに着く。
真夜中だから、すでに管理人さんは夢の中。
「……じゃあ、ね」
「うん……あっ、そうだ、香帆さんに聞きたいことあったんだ」
え…?
私に聞きたいことって……?
「……今日のシューマンの件、誰に聞いたんですか?」
「へ?」
「『この曲弾かせたらわかると思うって言われた』って、言ってなかった?」
そういえば………
すごい記憶力だなぁ…。言った私もすっかり忘れてたのに。
「あ、えーっと、矢野くん…」
「圭佑?」
優也はきょとんとした顔つきで、こちらを見つめた。
「う、うん。今日の昼休みに、矢野くんが会社のとこにいて、一緒にお昼してたときに聞いて…………」
「ちょ、ちょいストップ!………圭佑とご飯食べたの?泉も?」
「ううん?矢野くんだけだったけど…?」
「……………」
矢野くんのこと、まずかったかなぁ?
でも彼すごく優也のこと心配してたし……悪いことしてないんだし、いいよね?
あ、でもやっぱり男の人は友達の心配してるの知られるのって恥ずかしいことなのかも………。
「……楽しかった?」
「へ、まぁそれなりに…」
「………お仕置き」
へっ、と反応する前に、私の唇は彼のそれに奪われていた。
人気のない夜道で私をコンクリートの壁に押し当て、強く甘く何度も私の唇を求めた。
こんな熱いキス…できるんだ………。
唇をそっと離し、じっと見つめてくる彼は、外灯の明かりに照らされてどこか妖艶だった。
「…………///」
「……圭佑と二人きりで会ったお仕置き」
そう言って笑うと、もう一度額に軽くキスして帰っていった。
力が抜け、地べたに座り込んでしまったのは言うまでもない。




