#5 音大生
「………OLさん、ですよね?」
突然かけられた言葉に、しばし驚いてから口を開く。
「突然びっくりした」
「あ、すみません(笑)落ち着いてるし、OLさんかなぁ〜って」
「……まぁ、間違ってはないよ」
「よかった〜!これで実は政治家です!とかだったら怒られますもんね〜」
人懐こく微笑む彼に愛想笑いをして、静かに肘をカウンターにのせた。
きっと彼に会社のことを話しても、
『すっげ〜、一流じゃないですか〜!』
ぐらいの返答しか返ってこないだろう。
「………ラフマニノフ、好きなの?」
話題を着メロにふった。仕事の話に戻すことなく、その話題にのってきた。
「あ、やっぱり聞いてましたよね」
意外に雰囲気読む奴なのかも。
派遣のコらより年下ぽいのに。
「うん、あれピアコンの2番だよね」
「ご存じでした?もしかしてクラシック………」
「……実はわりと得意だったり。あなたも?」
「まぁ…。俺、音大生なんです」
照れたように頭をかくと、カクテルを差し出した。
出されたカクテルを一口飲むと、爽やかな甘さが口の中に広がった。
「……おいしい」
「ありがとうございます!」
はにかみながらまた笑うと、ゆっくりとカウンターの中の椅子に腰掛けた。
「で、どこの音大?」
「あっ、青葉ヶ丘音大です」
「えっ、あのヨーロッパみたいなとこ?」
向かいに座る彼に聞くと、微笑んで頷いた。
私立青葉ヶ丘音大とは、かなり多くのプロの演奏家を輩出している、入るのも在籍するのも難しい、リッチな大学だ。
純白の壁にかかるツタの葉。
美しい鐘の音を響かせる、背の高い時計台………。
「本当はあの外観、ちょっと恥ずかしいんですけど」
「何科?」
「ピアノ科です。指揮科と迷ったんですけど、やっぱり楽器にしました」
「あ〜だからピアコン!」
「はい。今度弾くんで……」
そこで一度、会話が止まる。
沈黙を破らないよう、静かにグラスに唇をよせる。
「……………お名前、聞いていいですか?」
「人に聞くときは、まず自分から」
「あ、そーでした(笑)俺、千崎優也です」
「え、もしかして、千崎病院と何か関係ある?」
近くに建っている私立病院の名前を思わず出すと、少し笑って彼は言った。
「……………いや、全然関係ないですよ」
「そっか〜……」
彼とそこまで親しくない私は、彼のその微妙な表情の動きに、気付くことができなかった。




