#44 訪問
「香帆さん……?」
会社の昼休み、昼食をとりに外に出たところで、誰かに呼ばれた。
振り返ると、黒淵メガネの青年が、驚いた顔で立っていた。
たしか優也の大学の友達の………
「たしか……矢野くん、だっけ?」
「はい。お久しぶりです!香帆さんて、ここの社員だったんですか〜」
「一応………。…あ、もしよかったら、一緒にお昼、どう?」
ということで、私は矢野くんと近くのレストランに入った。
「うゎ、やっぱりこのへんの店ってオシャレですね〜。俺、浮いてないてすか?大丈夫ですか?」
「そんなことないよー。矢野くんけっこう溶け込んでる」
「あ、ならよかった(笑)」
私は日替わりランチ、矢野くんはグラコロカレーを注文した。
天井ではダークブラウンのファンが回っていて、明るい店内にはヒーリングの曲が流れ、時折厨房から食器の重なる音が聞こえてくる。
最近お気に入りのレストランだ。
2人分のメニューが揃って、食べ始めた。
「香帆さんの会社って、あの大手の外資系ですよね?」
「まぁねー。でも、中身は普通の会社と変わんないよ」
「でもそのIDカード、すっごい『デキる女』って感じします」
首から下げたままのIDカード。
このあたりには様々な企業のオフィスが乱立しているから、こうやって外に出るときも必ずIDカードを下げておく。
これは別に社則とかじゃなく、ただ単に『自分はお前とは違う』ってアピールするための、いわば自己満足のための慣習。
入社した頃はそれがデキる女のステイタスみたいで憧れていたが、実はその華やかな光景の裏側にはドロドロした感情が潜んでいることに、徐々に気付いていった。
「…あっ……俺、フツーに『香帆さん』って呼んでましたけど、よかったですか?」
「あ……ホントだね。全然気にしてなかった」
「だったらいいんですけど……。優也がそう呼んでたから、つい移っちゃって…。大人の女性に対して失礼でしたよね……」
そう言って、矢野くんはシュンとした。
前はあんなに名前が嫌いだったのに……。
今は『香帆』と呼ばれることが普通になっている。
これも優也のおかげ、かな。
「いや、全然気付いてなかったから気にしないで?優也なんて初対面から名前だったし(笑)」
スプーンを止めて申し訳なさそうな顔をしてこちらを見ていた彼に、慌てて話を振る。
「と、ところで、今日はこんなところでどうしたの?大学とは結構、離れてるよね?」
彼の通う青葉台音大と私の会社とは、同じ港区内といってもそれなりに離れている。
しかも今は平日の昼だ。こんな時間に学生がうろつくような場所ではない。
「あー……やっぱりバレちゃいましたか」
「あたりまえ。この辺には、矢野くんみたいに若くて上品な子いないからね〜(笑)」
大手の企業ばかりが出揃う街だ。
行き交う人は、大抵がキビキビした感じの人で、矢野くんのようなゆったりした人はあまりいない。
私の質問に、彼はふっと真顔になって、口を開いた。
「実は、…………あなたに会いにきたんです」




