#36 優也
「……優也」
帰り道、突然立ち止まって呟いた。
「…びっくりした。突然、なんですか?(笑)」
やっぱり優しい微笑みをくれる。
こんな人が、家族と仲よくないなんて、やっぱり信じられない。
でも………
「…………ご家族と、うまくいってないの?」
一瞬驚いた顔をして、すぐに元の表情に戻った。
「……ずいぶんストレートに聞きますね(笑)」
「さっきオーナーから聞いたの。なんか、あんまり信じられないんだけど………」
優也は前を見つめたまま、なかなか口を開こうとはしなかった。
かといって自ら催促することもできず、無意味にジャケットの裾をのばしてみたり、爪を見てみたりして、次の言葉を待った。
「………前に、香帆さん言いましたよね。
『千崎病院と、何か関係ある?』って」
「へ……」
そういえばだいぶ前に、言ったかもしれない。
優也と初めて会った頃だ。
でも……
「でも、違うんでしょ?自分で言ってたじゃない」
あのとき私が言った言葉は、ほんの軽い気持ちで出たもので、実際優也に否定されてから、すっかり忘れ去っていた。
「………実はあれ、嘘、です」
「へ…………」
「俺、千崎病院の、院長の息子なんですよ」
それからしばらくして、優也はぽつぽつと話し出した。
「俺、本当は千崎の正統な血筋じゃなくて、愛人の子なんです」
「ずっと跡取りとして育てられてたんですけど、あるとき正妻である玲子さんとの間に、弟ができてしまって」
「玲子さんの意向としては、やっぱり弟のほうに病院を継がせたかったみたいで」
「だから、弟に全部押し付けて、高校生になる前に出て来てやったんです」
優也の口から出て来た話は、彼の温和な性格からはあまりにも掛け離れていて、正直何と言っていいかわからなかった。
ずっと一人でいて、それなのにずっと笑顔でいて。
私が今まで優也に話していた愚痴なんて、それとは比べものにならなくて。
それなのに、何も言わずにずっと聞いててくれていたんだ………。
知らない間に、私の頬を熱いものが伝っていた。




