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#30 物思い
†優也side†
香帆さんを部屋まで送りとどけたとき、香帆さんが部屋に案内してくれそうな雰囲気になった。
「お茶くらい出すよ?」
落ち着き始めていた俺の心拍数はまたしても上昇。
一人暮らししている気になる女の人の部屋にあげてもらうなんて………
よからぬ妄想が、俺の脳内ワールドを占拠する。
仕方ない、若いんだから(笑)
しかし、あいにく来週にはピアノ科の実技試験がせまっている。
何度かレッスンに行けてなかった日もあったから、試験にすべてがかかっていた。
そんな文字が頭の片隅で点滅しだした。
「………実は今すっげー帰りたくないです」
これは俺の精一杯の抵抗。
だけど香帆さんは大人だから、そんな俺の小さなあがきになんか気にもとめなかった。
仕方なく彼女に別れを告げ、マンションを出る。
帰り際に管理人のおじいさんが手を振ってきたので振り返し、とぼとぼと足取り重く車に向かう。
近所のおばさんの、車に対する羨望と驚嘆の視線をかわし、乗り込んでエンジンをかける。
車内に残った香帆さんの残り香に、しばし想いを馳せることにした。
今度、また何かチケットとって誘ってみよう。
香帆さん、喜ぶかな。
俺、なんでこんなに彼女のことばっか考えてるんだろう。
ふと思い立つのは、彼女の笑顔や彼女の声。
香帆さん。
どうやら俺の頭は、あなたのことでいっぱいみたいだ。




