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moderato.  作者: 奏多
21/56

#21 変化

香帆視点に戻ります。

あの日からも私と彼の距離は相変わらずで、私のあの妙な行動に対しても、彼は何も聞いてこなかった。




そんな彼の優しさは、痛いほどよくわかってる。




だけど、まだ話す勇気がない。




…重い雰囲気は、もうあの頃だけで十分だ………。







相変わらず私は会社帰りに《moderato》へ行って、閉店までしゃべって帰る。




そんな夜な一時が楽しみで、私の仕事だけに取りついた生活が、少しずつ変わっていった。




「黒沢さん!すみませ〜ん、私頑張ったんですけどぉ、入力したデータが消えちゃって〜」


「あ、そう。バックアップは?」


「とったと思ってたんですけどぉ、とれてなくて〜…」


「そう。じゃあ私やっとくから、これの整理を船越さんに聞いてやってて」




派遣社員がありえないミスをしても、すぐに怒らなくなった。




前の私なら、



『バックアップもとれないの?男をオトす方法は知ってんのに、文字を入力する方法は知らないのね』



とか嫌みを言ってたのに。



もしかして、彼の存在は私にとって、プラスなのかも。




……そんなこと、言わないけど。




とにかく、社内でも全てが円滑に進んでいる気がする。




さっきも派遣のコらが、



「最近黒沢さん、刺々しくないよね〜」


「男でもできたんじゃない?」


「絶対ケッコン前提だよね〜。結構な年だし」



て話しているのを耳にした。




当たってないけど、外れてもないかな。




優也の存在が私を穏やかにしてるのは、間違いじゃない。




たかだか大学生の男に、こんなに影響されるなんて。




自分で自分に驚くけど、べつにそんなに嫌じゃない。



そう思う自分にもまた驚く。




こないだ見た、スコアや指揮法の本の数々。



正直気になるけど、あっちが言ってくるまで待とう。




優也も言ってこなかったんだから、私だけ聞くのもフェアじゃない。




「黒沢くん、ちょっと」



派遣のコのミスをカバーし、給湯室でコーヒーを入れて飲んでいると、上司の児島さんが手招きした。



「何ですか?またミスですか」


「違う違う。君さ、クラシックとか興味ある?」



冬なのに脂ぎった顔を近づけてきた瞬間、反射的に後ずさりした。



「まぁ、それなりに……」



優也の影響だけど。



「おぉ、ならちょうどよかった」


「え、まさか私が部長と行くんですか?」


「なんでそんな顔するんだよ〜」



絶対に嫌だ。



「じゃなくて、こないだ取引先の人に、Orchestraのticketもらったんだ。でも僕あんまり詳しくないから、よかったら貰ってくれない?」



ところどころ英語の発音を使うということは、外人に貰ったという意味だ。



つまり、自分は英語ができると、暗に主張したいのだ。



わかりやすすぎる部長の自己アピールを無視し、ticketはありがたく頂くことにした。




……こないだのお礼に、誘ってみようかな…。

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