#2 ケータイ
「…さっむ…………」
トレンチコートをもう一度身体に巻き付け、足早にいつもの噴水広場を横切ろうとした。
通勤するときに必ず通るこの噴水広場は、クリスマスシーズンでライトアップされ、カップル達が所狭しとその幻想的な水の光を楽しみに来ている。
就職してすぐに彼氏と別れてからずっと独り身の私にとって、この周りの状況はかなりストレスの溜まるものだ。
もっとも、かくいう私も昔は彼氏に寄り添って見に来ていたわけだから、文句は言えない。
この年になると、人前でイチャイチャしている若者を、本気で哀れんでしまう。
きっとここにいる彼らの何組かは、数年たてば『あれはワカゲノイタリだったなぁ…』と呟くに違いない。
周りの雑音をシャットアウトしていた私の耳に、ふいに聞こえてきた着メロ。
「………ラフマニノフのピアコン?」
よくよく聞いてみると、知っている旋律だった。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。
最もメジャーなピアノ協奏曲の1つで、クラシックをかじった人なら誰でも耳にしたことはあるだろう名曲だ。
小さい頃からクラシック好きの父親の影響で、よくコンサートに連れていかれたりCDを聴いたりしていたからか、昔からわりとクラシックには強かった。
しかし、わざわざこの曲を着信音に設定するなんて、よほどクラシックに詳しいか、もしくはオタクだ。
足元を見回すと、噴水の隅で黄緑色のケータイが点滅しながら微かに動いていた。
思わず拾い上げると、手の中でバイブが止まった。
しかし少しして、また鳴り出した。
ケータイを開け、恐る恐る通話ボタンを押す。
「……………もしもし」




