#14 約束
《今日は素敵な演奏ありがとう。すごく感動しました!あんなに激しいピアノを聞いたの何年ぶりだろう……。とにかく、お疲れ様でした》
ありきたりな文面しか打てない自分に呆れる。
会場でひとしきり泣いたあと、帰る間際にメールを送る。
本当は会って話したいけど、なんとなく、会いづらい。
またうずくまりかけたそのとき。
「香帆さん、来てたんだ!」
突然頭の上から声がした。
耳慣れたこの低い声。
メールを送ったあとに会うなんて、恥ずかしすぎる。
「どうだった?」
最近彼は、だんだん敬語が崩れてきている。
だけど不思議と、嫌じゃない。
「………すっごく…………感動、した」
無邪気に笑って、ちょっと照れながら、ありがと、と言った。
「ね、俺もここで休んでってもいいですか?」
「へ?」
「さっきから後輩とかに、追いかけ回されてて。 実は女の子、ちょっと苦手で…」
やっぱり大学でも人気なんだ、彼は。
確かにあんな演奏を聴いたあとだと、見る目が変わってしまう。
「……バーテンダーなのに、苦手なの?」
「あのバーって入り組んだとこにあるから、あんまり女性のお客さん来ないんですよ」
「その来ないバーに、私を呼び付けたくせに」
「すみません(笑)」
わざとキツイ口をきいた。
泣いたあとの目をみて、何も気付かなかったはずはないけど、黙っていてくれた。
「……じゃあ、そろそろ帰るね」
長い、でも心地よい沈黙を破り、立ち上がる。
「送ります」
「大丈夫、まだ明るいから」
ホールを出て、明るい日差しの下に出ると、今まで静かだったのが嘘みたいに賑わっていた。
「………あの…」
「ん、なに?」
また優しく笑う。
なぜかつられて赤くなる私。
「……弾いてほしい、曲があるの…」
「うん、いいよ」
年甲斐もなく赤くなって、絞り出すように投げかけた言葉に返ってきたのは、あっけらかんとした軽い返事。
だいぶ年上の、しかも人にあんまり頼んだことのない私が、こんなことするなんて………
「へっ?」
「へっ、て、曲でしょ」
「うん…」
「あ、じゃあ俺の家おいでよ」
「えっ……」
こんなにさらりと誘うなんて、最近の若者は……
「いやさ、でかいピアノのほうが、いいでしょ?」
あ、そーいうことね。
確かに、こんな純真無垢みたいな彼が、ソレ狙いで連れ込むなんて、ありえないか。
そっち方面しか考えないなんて、私って……
「ん?どした?」
下から覗き込むようにした優也と目が合い、あらためて赤面。
「な、なんでも……」
「ん。じゃあ、いつがいい?」
「い、いつでも……」
「じゃあ明日は?店も休みだし」
「わ、わかった。またメールする」
「はい。それじゃっ!」
彼と離れて、少し歩いてもう一度振り返ると、彼はそれに気付いてまた手を振った。
太陽の光が、彼の笑顔を優しく照らしていた。




