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moderato.  作者: 奏多
14/56

#14 約束

《今日は素敵な演奏ありがとう。すごく感動しました!あんなに激しいピアノを聞いたの何年ぶりだろう……。とにかく、お疲れ様でした》




ありきたりな文面しか打てない自分に呆れる。




会場でひとしきり泣いたあと、帰る間際にメールを送る。




本当は会って話したいけど、なんとなく、会いづらい。



またうずくまりかけたそのとき。




「香帆さん、来てたんだ!」



突然頭の上から声がした。




耳慣れたこの低い声。



メールを送ったあとに会うなんて、恥ずかしすぎる。




「どうだった?」



最近彼は、だんだん敬語が崩れてきている。


だけど不思議と、嫌じゃない。



「………すっごく…………感動、した」




無邪気に笑って、ちょっと照れながら、ありがと、と言った。




「ね、俺もここで休んでってもいいですか?」


「へ?」


「さっきから後輩とかに、追いかけ回されてて。 実は女の子、ちょっと苦手で…」



やっぱり大学でも人気なんだ、彼は。



確かにあんな演奏を聴いたあとだと、見る目が変わってしまう。



「……バーテンダーなのに、苦手なの?」


「あのバーって入り組んだとこにあるから、あんまり女性のお客さん来ないんですよ」


「その来ないバーに、私を呼び付けたくせに」


「すみません(笑)」



わざとキツイ口をきいた。



泣いたあとの目をみて、何も気付かなかったはずはないけど、黙っていてくれた。




「……じゃあ、そろそろ帰るね」



長い、でも心地よい沈黙を破り、立ち上がる。



「送ります」


「大丈夫、まだ明るいから」



ホールを出て、明るい日差しの下に出ると、今まで静かだったのが嘘みたいに賑わっていた。



「………あの…」


「ん、なに?」



また優しく笑う。



なぜかつられて赤くなる私。



「……弾いてほしい、曲があるの…」


「うん、いいよ」



年甲斐もなく赤くなって、絞り出すように投げかけた言葉に返ってきたのは、あっけらかんとした軽い返事。




だいぶ年上の、しかも人にあんまり頼んだことのない私が、こんなことするなんて………



「へっ?」


「へっ、て、曲でしょ」


「うん…」


「あ、じゃあ俺の家おいでよ」


「えっ……」



こんなにさらりと誘うなんて、最近の若者は……



「いやさ、でかいピアノのほうが、いいでしょ?」



あ、そーいうことね。



確かに、こんな純真無垢みたいな彼が、ソレ狙いで連れ込むなんて、ありえないか。



そっち方面しか考えないなんて、私って……



「ん?どした?」



下から覗き込むようにした優也と目が合い、あらためて赤面。



「な、なんでも……」


「ん。じゃあ、いつがいい?」


「い、いつでも……」


「じゃあ明日は?店も休みだし」


「わ、わかった。またメールする」


「はい。それじゃっ!」




彼と離れて、少し歩いてもう一度振り返ると、彼はそれに気付いてまた手を振った。



太陽の光が、彼の笑顔を優しく照らしていた。

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