#13 涙
「こちらです。大悟、もう始まっちゃう?」
「あ、うん。あと2分で扉しめるとこだった。………あれ、そちらの超ビューティフルな彼女は、優也のカノジョの香帆さん!」
受付でパンフレットを配布している大悟くんは、相変わらずテンションが高い。
とはいえ、久住さんの手前、いつのまにかカノジョ認定されてる誤解を解かなくては。
「だ、だから私、優也くんとは……」
「まぁまぁ。もう開演ですから、お入り下さい♪」
私の必死のアピールはあっけなく消され、促されて会場に入った。
「…………ゴメン、ね」
隣に座った彼女に、小さく謝る。
「な、なんでですか?こっちこそ、すみません。大悟のバカが……」
徐々に暗くなる会場の中で、久住さんの表情を読み取るのは不可能になった。
オーケストラのチューニングのあと、アナウンスが入ってステージが明るくなる。
「あのオケって、やっぱり上手な人ばっかなの?」
「まぁ、そうですね。各学科から優秀な学生が集められてできてます」
よかった、あまり気にしてないみたい。怒っている風には聞こえなかった。
拍手が鳴り出した。
つられて叩いていると、スポットライトで追われながら、指揮者と燕尾服の優也が出てきた。
割れるような拍手が徐々に止み、指揮者がタクトを振り上げた。
力強く、かつ繊細なピアノの音が、静まり返った会場に響き渡る。
徐々に大きくなるピアノの波に引き込まれ、会場を包み込む。
オーケストラの多彩な音色が重なり、彼の繊細で大胆なピアノと溶け合う。
しばらくしてピアノだけの、流れるような切なげな旋律が奏でられる。
ピアノと一体化したように弾き狂う彼は、いつも見ていた和やかな彼とは別人だった。
気付けば曲は第三楽章も佳境に差し掛かり、鮮やかなピアノの旋律とオーケストラの華麗な音色が、会場全体を包み込んでいた。
息を呑んで見守っていた私の頬は、無意識のうちに濡れていた。
ライトにあたったステージ上の彼とこの暗い客席にいる私とが、全く違う世界にいるように感じた。
やがてピアノの細やかな音とオーケストラの悠々とした旋律で曲は終わり、余韻が会場に響き渡ると、会場からは割れるような拍手が起こった。
中には『千崎先輩!』という叫び声も混じっていた。
すぐに立ち上がれなかった私は久住さんに先に行っててもらい、しばらく会場で声を潜ませて、泣いた。
泣いた理由は、《感動》という言葉では表せないくらい、彼のピアノには胸を打つものがあったから。
もう一つは、いつも近くで温かく笑っていた彼が、なんとなく心を開けるようになっていた彼が、遠い存在に思えたから。




