#11 夜道
それからというもの、私は会社が終わったら週4日くらいの頻度でバーに通い、彼に愚痴を聞いてもらったりしていた。
前に会った大学の友達は来ないのか、と聞くと、
「実はバイトしてること、あいつらに言ってなくて」
と、悪戯っぽい笑顔で言った。
バイトなら他にいくらでもあるだろうに、あえて忙しい夜の仕事を選んだのは何故か。
ずっと気になってきたが、まだ聞けないままだった。
友達にも黙ったまま、音大生なのに練習時間を削って働く理由は何なのか。
彼の口調から、それが半端な理由ではないことくらい、すぐわかる。
私はあえてバイトの話はあまりせず、ひたすらたわいもない話で笑っていた。
「香帆さん、今度の土日って空いてます?」
いつものように閉店まで話し込み、一緒に店を出るとき、ふいに聞かれた。
「空いてる………どうして?」
「あ、前話した学祭があるんです。チケットあるんですけど、音大の学祭って誰誘ったらいいか、わかんなくて」
また出た。
あの少年みたいな、幼い笑顔。
「………行く。ピアノ弾くんでしょ?」
「マジっすか?!やった、じゃあこれ、チケット。2枚渡しておきますね!」
そう言って、私に白い楽譜柄のチケットを差し出した。
「誰か行きたい人がいたら、どうぞ。使わなくても結構ですから。ただ、誰かいたほうか退屈しないかなぁ〜と…」
「ん、じゃあ誰か誘うかも」
夜道を歩き出す。
それからお互い、黙ったまま歩いていた。
沈黙に耐え切れず話しかけようとしたが、自分から話し出す話題がないのに気付き、あきらめて歩き続けた。
彼と別れる駅間近になって、ずっと無言だった彼が、突然口を開いた。
「…………でも」
「え?」
「………彼氏は、呼ばないでくださいね」
「へっ?」
「じゃっ!」
私の聞き返しを遮るように短く言葉を切ると、駅の雑踏に紛れていった。
遠くに走り去る彼は、耳まで真っ赤になっていた。
私はほんのりほてった顔を冷たい手で包み、自分に言い聞かせた。
「年下の、しかも学生にときめいてどうする」
しかし、いつまでたっても顔は、赤いままだった。




