#10 バゲット
「すみません、学内で。でもこのバゲット、すっごい旨いんですよ」
バゲットを買い、みんなでテラスに座る。
昨日の彼とは別人のように、完全に普通の音大生になっていた。
「優也、早く紹介しろよ」
「わーったよ。えー……千崎優也です」
「知ってる」
「だっせー(笑)」
「うっせ。えー、こちら、黒沢香帆さん」
軽く会釈をすると、向かい側に座る友達が拍手をする。
まさに新学期の自己紹介。若いなぁ……
「あとは……お前ら、自分でやれ」
「ひどー。久住遥です!優也の幼なじみでー、ピアノ科3年」
セミロングの、明るそうな女の子が立ち上がる。
「何で立ち上がんだよ」
「いーじゃん、はぃ、次」
久住さんに促され、茶髪の今風な青年が立つ。
「松方大悟です。ピアノ科のエース!よろしく!」
「誰がエースよ。すみません、ただのバカで」
どうやら彼が、グループのムードメーカーらしい。
「指揮科の矢野圭佑です。よろしく」
黒淵メガネの真面目そうな男の子が、軽く会釈する。
「で、管弦楽科バイオリン専攻の斎藤泉です。けいちゃんのカノジョです!」
最後に照れながら立ったのが、ロングヘアのお嬢様ぽぃ子。
「………黒沢です。…よろしく」
若い彼らのパワーに気落ちしそうになりながら、相変わらず苗字だけ言う。
「香帆さんだよ。すっげーかわいい名前だよなぁ?」
私が名前を言いにくかったのに、気を使ってくれたのだろうか。
「えっ、香帆さん?!すっごく素敵ですね!『香帆さん』って呼んでぃぃですか?」
久住さんが目を輝かせて言う。
大学生に気を使ってもらうなんて、私もまだまだだなぁ。
「…………ありがとう」
消え入りそうな声で呟いた私に、彼は温かい微笑みをくれた。
生ハムを挟んだバゲットは、少ししょっぱかった。




